魔王城での愉快なこたつ会議
「ならば、ジャンケンで負けたモノから街を襲いに行くことにする」
こたつに入った4人がのんきな様子で話をしている。
こたつに入って、親しい仲間と話すことは日本ならば珍しいことではない。日本ならば。
ここは魔王城。
生物の生存を許さないかのような吹雪の中にそびえ立つ城の中でも、魔王と四天王という魔王軍のトップしか入れない会議室である。
きらびやかな装飾をシャンデリアが照らす中にある、こたつ。
異質でしかないが、それがまた妙に馴染んだようにも感じれる。
「ジャンケンってなんか三種の技を繰り出すやつっすよね。うっす。この腕に誓って勝たせて頂くっす」
「あんたの腕、6本もあるじゃない!そんなのずるいわ!」
まるで岩の様な巨大な6本の腕を見せつける四天王の1人、ゴンザックス。
それに文句を言う背中から羽根の生やした女性は、同じく四天王のイザベル。
「ゴンザックス、腕は一本にしろ。あと僕はグーを出すと宣言しておこう」
2人の言い争いを止めるのはローブに身を包んだ男、3人目の四天王、クローブ。
「ふむ……、そう言っておきながらチョキを出すのか」
「なっ!魔王様、未来を見るのは卑怯ですよ!」
そして最後に3つの目と大きな角がある怪物が魔王である。
「やっぱりジャンケンは止めにしましょうよ。ここはクローブ、貴方が行きなさいな。貴方なら水晶から魔物に指示を出すだけでしょう」
「嫌だ」
クローブはこたつ布団をしっかりと掴んでおり、離そうとしない。
イザベルはその様子を見て顔をしかめた。
「なんでよ。別にこたつから出なくて良いのよ」
「見ろ、向こうの机の上なんだよ。僕の水晶は」
クローブが指さす方を見ると確かに机の上で水晶が輝いていた。微妙に遠い距離にあり、水晶を取るにはこたつから一度出なければならない。
「別に魔法で取れば良いっすよね。それくらいなら俺にも出来るっすよ」
ゴツゴツした手が魔力を編み、水晶へ魔力を伸ばしていくところで邪魔が入った。
「やめろ!」
より洗練された魔力がゴンザックスの魔力を打ち消す。
「僕にはわかるんだ!一度でもここから指示を出してみろ!魔物達の統制や戦略の為にどうしたって外に出なければならなくなる!そうしたら外に出たついでにあーしろ、こーしろ言われて、結局こたつに戻れるのはかなり先になるんだ」
大声で主張したあとクローブはよりこたつの中へと入るように寝っ転がった。
それから魔王の方を見て言った。
「……今回街を襲うのって、勇者討伐の知らせも兼ねてですよね。ならばここは魔王様が行かれるべきなのではないですか?勇者なぞ恐るるに足らぬわって感じで」
他の2人もそれに便乗して言う。
「確かにそうですわ。この中で魔王様が現れるのが一番人間達に恐怖を与えられますわ」
「うっす。そうっす」
「ならば我は全員で行くことを提案するが。……こたつは消すか」
提案と言いながらもそのオーラが反論を許していない。
四天王の3人が名残惜しそうに、せめてもう少しだけでも暖まれるようにと、こたつに入る。
ジャンケンでもなんでもしておけば良かった。そうすれば自分だけは、こたつにいられたかもしれないのに……。
3人が次に来るだろう寒さに怯えながら必死に暖を取る。
しかし予想に反してなかなかこたつが消えない。
「ま、魔王様どうなされましたか?」
おそるおそるクローブが尋ねる。
「いや、なに、もう少しだけと思ってだな……、あと……もう少しだけだ……」
あともう少しを何度も繰り返している。魔王も名残惜しいようだ。
「とりあえず、勇者討伐の知らせももう少し後でもよろしいのではありませんか?別に多少遅れたって問題はありませんわ」
「う、うむ。そうだな。しかし、いつまでもという訳にはいかぬな。そうであった。勇者はどのようにしてこの誘惑に打ち勝っていたのだ?」
リザベラの提案を受け入れた魔王は3人に疑問を投げかける。
「確かにそうっすね。もしかしたらこたつから出る為の装置があるかもしれないっす!」
「うむ。我がこたつを再現しきれていなかった可能性もあるな。クローブ、どうだ?」
クローブは水晶を机からたぐり寄せて、水晶をのぞき込む。水晶の向こうの魔物と会話した後、3人の方を見た。
「ないですね」
「なっなんだと……。勇者は化け物かっ」
「う、嘘よ!あんなに弱い勇者がこたつに勝てる訳ないわ!」
「自分らの姿にさえ恐れていたんすよ!そんな精神力の奴がっすか!」
目を見開いて驚く。
彼らが思い出す勇者の姿は、自分たちの豪腕や魔法で死に絶えた姿である。
戦いは戦いと呼べない程に一方的であり、勇者はすぐに死んだ。
魔王軍は異世界から召喚される勇者から異世界の記憶を読み取り、異世界の力を手に入れることで勢力を拡大してきた。今回も同じように記憶を読み取り、そこで魔王が興味を持ったのがこたつだったのだ。
「私、今回の勇者の力を認めるわ」
こたつの温かさをかみしめながらリザベルは言った。
「自分もっす。勇者は確かに強かったっす」
6本の腕を組んでゴンザックスも言う。
残りの2人もうなずき、賛同する。
「ふむ、我らも勇者に負けてられぬな。……ジャンケンで我らが宿敵、勇者の討伐を人間達に知らしめに行く者を決めようではないか」
魔王が威厳のある声で配下達に言った。
「良いですか?!ゴンザックスは腕一本、リザベルは幻惑など禁止、魔王様も魔眼禁止。正真正銘、勇者達のルールに則って行いますよ」
クローブがルールの確認を言い、そのままジャンケンのかけ声をする。
「最初はグー、ジャンケンッ!」
四天王の三人はそれぞれグー、チョキ、パーと別の手を出した。
そして魔王はグーから人差し指と親指のみを出した。いわゆる最強の手というものである。
「な、なんですかそれはっ!」
「ふふふふ、これはだな。最強の手である。三種全ての要素を含んでおるのだ。勿論、勇者達でも行われていた行為であるぞ」
「そんなものがあったんすか……」
「ひ、卑怯ですわ!それに三種全てに勝つということは同時に全てに負けているってことですわ!」
「ええい!我はこたつに入っていたいのだ!貴様等でもう一度ジャンケンでもなんでもするが良い!」
四人で誰が行け、こたつは誰のものだと言い合いが始まる。
こたつを囲んで騒いでいると、バンッと会議室の扉が開いた。
「なんだっ!今大事な話をしているのだが!」
言い争いの中断と扉から入ってきた冷気が余計に彼らを苛立たせた。
並の魔物であれば即座に逃げ出すような殺気が向けられた先には1人の男がいた。
「どーぅしたんだい!!鍛えているか!!今日の寒さは筋肉に来るぞ!!そしてこの寒さは俺の炎をより熱く!!!燃やすのだぁあああ!!!」
見た目も炎を纏い、熱く叫ぶこの男は四天王の最後の1人、ランザースである。
暑苦しい男の登場に4人は目を見合わせた。
うん。
4人の心が合わさり、それを代表する形で魔王が命令する。
「四天王、ランザースよ。いかなる時も鍛えるとは流石の向上心であるな。此度の任務、貴様に任せようではないか。魔王の勇者討伐を人間どもに知らしめ、我らへの恐怖を高めるのだ」
「はははっは!!!魔王様の命令とあらば!!このランザース!人間どもの領地を焦土と化してきましょうともぉおおおお!!!」
命令を受けるとすぐにランザースは会議室を出て行った。
暑苦しい男が出て行くことで部屋が寒くなった様に感じるが、こたつがすぐに体を温める。
「こたつに気を取られて、彼奴のことを忘れておったな」
「うっす。忘れてたっす」
「そうですわね」
「そうでしたな」
平和的解決が行われた。4人の空気も和らぎ、のんびりとした空気になる。
「そういえば、こたつにはみかんという果物が欠かせないそうですよ」
「ふむ、早速試してみるとするか」
魔王城では緩やかな時が流れている。
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