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謝罪

崩壊が始まると、それこそ僅か十数秒で、全高約三千七百メートルもあった<魔王>の姿は、大量の血と肉片の山となって消え失せた。


<最後の足掻き>さえなく、本当に呆気なく。


その一方で、周囲のデモニューマが<魔王の倒壊>に巻き込まれたりもしつつ、魔王が完全に死に絶えても普通に動き回っていた。特に慌てもしていない。


たとえ、巣が破壊されたとしても、その巣の蜂がすぐにすべて死に絶えるわけじゃないのと同じように。


なのに、レイラの姿はなかった……




その頃、エギナは、最前線の街の、デモニューマによって破壊された柵の傍らで、侵入してくるデモニューマを待ち受けて各個撃破するという部隊を率いていた。


デモニューマが侵入すると弩(いしゆみ)で迎え撃ち、ダメージを与えた上で<スタン>を使い、確実に一頭一頭倒していくのだ。これでもう三十体以上倒した。


確実に撃破できるようになったことで、賎民を囮に使うのではなく、自分達自身を囮にしておびき寄せ倒すという戦術が確立したのである。


この時も、城壁から目視で確認できるデモニューマはすべて撃破し、彼女は、周囲の状況を確認するために、三つの隊、総勢十七名を率いて破壊された柵のところから哨戒に出た。


すでにもう何度も繰り返したことだ。これにより、草むらに潜んでいた蛇型を撃破したこともある。気付いた瞬間に容赦なく一斉に弩(いしゆみ)で矢を放ち、自身のスタンで動きを封じて討ち取るのだ。実に効果的な対処だった。


炎の魔法を使うデモニューマは、鉄の大盾を取り付けた荷車を前面に押し出してある程度まで接近すれば弩(いしゆみ)が届く。


雷霆の魔法を使うデモニューマは、射程が大型弩砲を下回っているので攻略は容易い。


レーザー光を発振するデモニューマは、濃い煙や湯気を立ち上らせれば後は木の盾でも十分に防げるとレイラから聞いているので、早々に対処済みだ。


「油断するな。見落とすな。不審に感じたら容赦なく撃て。責任はすべて私が負う」


と告げつつ、慎重に索敵する。


と、彼女は、何とも言えない違和感に、視線を止めた。


「何か、ある……」


思わず口に出したものの、彼女自身、何度も目にしたことのあるものだった。血塗れで、しかしその血も乾いて黒ずんだ死体のそれだった。デモニューマのそれかとも思ったが、何か違う……


瞬間、ハッとひらめくもの。


「人か……!?」


昼前にも哨戒に出た時には気付かなかった。いや、そんなところに人間の死体などなかった気がする。そう思った時、


『まさか……!?』


と思った。そう思って、彼女は駆け出していた。それを、兵士達が周囲を警戒しながら追う。すっかり身に付いた動きだった。エギナだけが、失念している。しかしそんな彼女を兵士達がカバーする。


そうして、<倒れている誰か>の人相まで分かる位置まで来た時、エギナは叫んだ。


「レイラ!?」


そう。そこに倒れていたのは、まぎれもなくレイラだったのだ。


「レイラ! しっかりしろ!」


エギナが叫ぶが、反応はない。ないが、エギナは、レイラが何かを握り締めていることに気付いた。それは、木片だった。彼女が手に取ってそれを見ると、そこには、


「エギナ様へ。ここまでは戻ってまいりましたが、あと一歩、届きませんでした。申し訳ございませんが、ルデニオンまで私を運んでいただけましたら、あとはシズカが対処してくれます」


と書かれていたのである。




「急げ! でも慎重にな! 魔王を倒した英雄を丁重に扱うんだ!!」


エギナはそう指示し、馬車にレイラを乗せて、一路、ルデニオンを目指した。


最前線の街から王都ルデニオンまでは、途中の街で馬と御者を替えつつほぼ不眠不休で馬車で急いで、四日間。ルデニオンから前線に向かうまでにもそうしてきた。少しでも早くレイラの下に駆け付けるために。それと同じ形でルデニオンを目指す。


その間、馬車の上で、血塗れのレイラの顔や体を水で濡らした布で拭き、髪を洗い、本来の彼女の美しい姿を取り戻す努力をする。その甲斐あって、ルデニオンに到着する頃には、ほぼ、元の姿を取り戻していた。


さらには、デモニューマとも何度か遭遇したが、エギナをはじめとした兵士達の鬼気迫る戦いでいずれも撃破。四日目の早朝についにルデニオンへと辿り着いた。往路より半日以上短縮して帰り着いたのだ。


「レイラ様!!」


「レイラ様!?」


出迎えた兵士達が馬車の荷台に横たわるレイラを見て声を上げる。


「死んでない! 死なせない! レイラの顔はこんなにも美しい! 彼女は死んでないんだ!」


脈もない。呼吸もない。なのにレイラは美しいままで、普通の死体のように腐敗する様子もない。だからエギナは、レイラが死んでいないと確信していた。


そして、兵士に、馬でレイラの屋敷まで静香を迎えに行かせ、静香が駆け付ける。すると静香は、持ってきた太陽電池パネルを広げ、USBケーブルをレイラの腰のハッチを開けてそこから引き出した端子に繋いだ。


実は、ルデニオンを出発するまでの間に、静香にこれを依頼していたのだ。自らUSBケーブルに接続できる端子を、金貨を材料に自作して。


「これで、日が高くなる頃までには、レイラも目を覚ますはずです」


かろうじて覚えたこの国の言葉で言いながら、静香は、太陽電池パネルを太陽に向けて掲げた。発電効率が最大になるように。


先にも触れたように、完全にバッテリーが尽きていたなら、おそらく起動は無理だろう。ただ、起動時の自己診断を行える程度に電力が残っていたなら……


一縷の望みを賭ける形ではあるものの、それでも、静香を救出できたからこそのものだった。二十一世紀頃の地球の知識と道具を持つ静香だからこそ、これが成立した。


こうして、日が正中に差し掛かる頃、


「お願い、レイラ。目を覚まして……!」


祈るようにして、静香は、レイラから聞いていた後頭部側の首筋にある電源スイッチを押す。


すると、


「フォーン」


という柔らかい音がレイラの体から発せられた。


「行ける? 起動する?」


起動時に自己診断を行うため、完全に起動するまでには三十秒ほどの時間を要する。


手を組んで祈りつつ、静香はレイラを見つめ、エギナや兵士達も、彼女が目覚めることを祈った。


だがその時、


「デモニューマだ!」


柵のところで監視をしていた兵士が叫ぶ。するとエギナは、


「邪魔を、するなあっ!!!」


激しく感情を昂らせ怒りの形相で弩(いしゆみ)を手に兵士達を連れ、柵を跳び越えてきた獅子型のデモニューマに一斉に矢を浴びせた上でスタンを使って動きを封じ、剣で心臓を貫いて、見る間に討ち取って見せた。


実に手慣れた働きだった。エギナだけでなく、兵士達も。皆、迷いもためらいもない的確な対処ができる、歴戦の勇士だった。


そんなエギナらに、


「お見事です。エギナ様、皆様」


声が掛けられた。


「レイラ!?」


振り返った彼女を、静香に支えられたレイラが見詰めていたのである。


起動が成功したのだ。


ただ、


「申し訳ありません。今の電力では体を動かすことはできませんので、シェイナとパティリエカ様を呼んでいただけますか?」


と、レイラは表情さえ作ることなく、告げた。


体を動かそうとすれば確実に電力不足でシャットダウンすることが分かっていたので、メッセージを伝えるだけの機能に限定し、稼働しているのだった。




「レイラ様!!」


ブルーディスに連れられたシェイナとパティリエカが揃って彼女の名を呼び、馬車の荷台に寝かされたレイラの傍に駆け寄ってきた。


「……!」


「レイラ様! お怪我を……!?」


声を掛けることもできずにレイラに縋り付くシェイナの代わりに、パティリエカが問い掛ける。それに対し、レイラは、


「いえ、怪我ではありません。ただ、魔法の力がほぼ失われたことで、体が動かせなくなっただけです。ですが、魔王は討ち倒しました。あとは、残ったデモニューマの襲撃を凌ぐだけです。それも、エギナ様をはじめとした皆様であれば十分に退けることができるでしょう。我々の勝利です」


横になったまま、穏やかな表情でそう告げた。


パティリエカが、傍に控えていたエギナを見ると、


「ああ、レイラの言うとおりだ」


と、はっきりと応える。


「ああ……ああ……レイラ様…レイラ様……ありがとうございます……!」


パティリエカは、目に涙をいっぱいに溜め、心からの感謝の言葉を掛けた。


さらにレイラは、何も言葉にならずポロポロと涙を流すシェイナと、涙をこぼしながらも王族として毅然とした姿を見せようとするパティリエカに、


「お二人には何も告げず、魔王の下へと赴いたことを、深くお詫び申し上げます」


と、謝罪したのだった。








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