第1話「始まりは突然に 響き渡る鐘の音」
−はじめに・・・ 主人公ご挨拶−
こんちわー!
あたしの名前は、鬼龍院由美子。
ちょっと幻獣が呼べて、魔法が使えるだけのどこにでもいる二十歳の大学生。
えっ?そんな大学生は居ないって?
はぁ?あのねぇ、現にここに一人居るって言ってるじゃないの。
否定的だと、長生き出来ないわよ?
あたしはね、ちょっと変わった家庭に育ち、ちょっと変わった学校に入学してしまったがために、
【ファスタ】って言う地球とは違う世界を旅する仕事をしてるの。
このファスタって世界。あたし達の地球で言うところの「ファンタジー世界」って奴で、
ちょーっと村を離れると右から半分獣の化け物は襲ってくるわ、
左からは生首飛んでくるわの、鼻血が出そうな素敵なところ。
もちろんファンタジーならではの特権?「魔法」も存在するみたいで、
あたしがこの世界で無事に生きていけるのもその才能があったから。もう毎日が命がけね。
ああ、お母さんごめんなさい。貴方の娘は学校でペンを握らないで異世界で拳を握ってます。(しくしく)
でも・・・そんな生活も結構充実してるんだよね。地球では出来ない経験にもなってるしー。
ってなわけで、あたしたちの冒険「Last promise second」今日もはりきって行ってみましょうかぁ!
−アクアラージ・湖畔近隣の村里リラ セルフォート時間14時35分(日本時間約12時半)−
「お、お願いですじゃ、この村を救ってくだされ」
「んー・・・どうする?皇雅ぁ?」
「・・・別に時間がないわけじゃないんだけどなぁ・・・」
こんな会話が繰り広げられているのは、アクアラージにあるリラという小さな村の長老の家。
テーブルの上に広げられたケーキと紅茶のような、平和そのものの穏やかさとは裏腹に
村のことを語る長老のシワだらけの顔は、深刻そのものだった。
一方その対面に座るあたし達三人は、あんましやるきない表情。
理由は簡単。この長老が持ちかけて来た話は、モンスター退治だったのだ。
しかもあたしたちはつい昨日、別の村で依頼を受けちょっとばかり大きなヤマを片付けたばかり。
その一件が片付いた昨日の今日に疲れないほうがおかしいってもんよ。うん、絶対そう。
・・・でも、年寄りの貫禄ってほんとにあるのよね・・・
あたしたちに気軽に「そういうのは国の衛兵に頼んでください」って言わせないこの顔。
あーあ、またこのパターンかぁ・・・無事に済んでくれればいいけどー。
んで、無名の旅人であるはずのあたし達が、なんでこんなことになっているかと言うとね・・・
−アクアラージ・ツァイブル地方路上 セルフォート時間12時50分(日本時間約11時00分)−
「次どこいこーか?」
わざとらしい大きな声で後ろに聞こえるように、あたしは目の前を歩く魔導師姿の男に話をふった。
彼の名は[八頭司皇雅]。日本の若者の間で茶髪が流行る中、
彼のストレートの黒髪は生粋の日本人の雰囲気をかもし出している。残念なことに、ここは日本ではないが。
一見見ると女性と間違える・・・とまではいかないが、比較的中性の顔立ちをしていて
あたしにとっては、物心ついた時からそばにいる幼馴染み兼相棒的な存在。
ちなみに早生まれのため、あたしより一つ下の二十歳。学年は一緒だけどね。
あたしも皇雅も本業は一応日本にある「天皇司学園」という学園の大学生。
だけど、とある事件がきっかけでこの星を旅してるのよ。
旅をしている・・・とは言っても、別に「帰れないー」だとか、
「真実を知って地球の危機を救っているー」なんて大げさな話じゃないの。
んーなんていうのかなぁ。一種のバイト?かしら。
あたし達はただ、あたし達が所属している「天皇司学園」の学園長の依頼をこなしているだけなの。
学園長が依頼っていうのも変な話でしょ?
もうちょっとだけ詳しく説明するね。
天皇司学園っていうのは、財団法人で要するに一人のお金持ち、つまりは学園の理事長が作った学校なの。
んでー、実はその学園っていうのは、理事長が裏で色々な活動をするために作ったものらしくって、
その活動のうちの一つが私設の何でも屋の設立。その名も「セレスト」。
メンバーは約十人程度と言ったところかな。
探偵みたいな仕事もするし、荒っぽい仕事ももちろんやる。さすがに暗殺とかは無いけどね。あはは。
普通の何でも屋と違う所というば、誰でも入ることが出来るわけじゃないってことかしら?
ちょーっと特別な審査みたいなのがあるのよ。まーその辺はこの話を読み終わる頃には分かるわ。
そんでもって、さっきあたしが彼に大声で声をかけたのは、別に彼の耳が悪いわけではないの。
あたし達は、さっきからつけられているのよね。
「どこか通信機が使える施設があるところがいいな・・・ファーナ。この辺に大きな魔術学校か教会はないかな?」
皇雅に声をかけられた女性は軽く首をかしげた。
それと同時に頭のかわいらしい栗色のポニーテールが風に揺れる。
あたしよか少しだけ背が高く、栗色の髪がよく似合う大人びた顔の彼女の名は[ファーナ=ラルヴァーク]。
ある事件がきっかけで彼女を助けたあたし達は、えらく彼女に気に入られてしまいそれから一緒に旅をしている。
彼女は生粋のこの世界【ファスタ】生まれの【ファスタ】育ちで十八歳のお嬢さん。
あたしより年下の割にはしっかりしてて、地球にいるあたしの親友とかぶったりするとこもあってか、
すごく馴染みやすくてねー、今では立派な友人の一人よ。
彼女の職業は法術士。職業柄か彼女はシルバークロークでその身を包んでいるわ。まさに聖女って感じね。
この法術士って言うのは、この世界のお医者さんのこと。
と言っても・・・地球のように医学と言う物はなくって、
その代わりにこの世界には、生命体に魔力を使って直接干渉する方法、いわいる回復魔法が存在するの。
もちろんお医者さんと一緒で、誰でもなれるわけじゃないから、あたし達にとって貴重な戦力の一人よ。
彼女いわく「由美子さん達について行って、人生勉強がしたい」とのこと。
あたし達の仕事は、内容によってはかなり危険なこともやるので、始めはそんなファーナの願いを断ったんだけど、
彼女の熱烈な希望と、料理上手という意外な才能に感動し、この世界のナビゲーター兼給食係って名目で同行を許可したの。
えーと、先に断っておくけど・・・別にあたしが料理苦手ってわけじゃないわよ。皇雅はまったく出来ないけど。
ただね、別の世界って地球とある食べ物が違うからその専門家がいた方が良いじゃない?
言い訳がましくなっちゃうからこれ以上は言わないけどさー。ぶちぶち。
そんなファーナとあたしと皇雅の三人で今はここ、アクアラージを旅してるの。
で、またまた話はずれたけど、さっきからつけて来ている後ろの気配。
なーんか不思議なことにそいつには殺気がないのよ。
あたし達が警戒しているのはそこ。
あまり身に覚えはないが、もしかしたら超一流のアサシンが殺気を消して、あたし達を狙っているのかもしれない・・・
プロなら殺気を消して尾行するくらい造作もないことだからねっ。
そんな得体も知れない気配に、あたしたちは警戒態勢を取っていたわけよ。
ファーナはあたしの心配をよそに、無防備に前を歩いて皇雅と話してる。
皇雅はもちろんこの事に気づいているらしく、なるべくファーナの真後ろを歩こうとしてるわ。
この気配が動いたのは、あたしが一番後ろから皇雅のところにそろそろ対策を持ちかけようとしたその刹那。
ひゅっ。
突然今まで沈黙していた風が動いた。
来る?そう感じた本能とあたしの体に緊張感が走った。
「あのーすみません。エステアでエルダーヴァンパイアを退治したのは、あなた達と聞いたのですが・・・」
あたしの予想とは裏腹に、真っ向から話しかけてきた怪しい気配。
正体はブロンドヘアでショートカットの若い男だった。身なりはただの旅人と何ら変わらない。
ただ、今までかなり後ろを尾行していたはずなのに・・・
おっとりとした話し方とは裏腹にかなりのスピードで移動したみたいね。
あたしは、とっさにトラップ型召喚獣「羅旋」を召喚し、左手にその命を宿した上で質問に答えた。
「だったとしたら・・・なにかしら?」
ぶっきらぼうな返事で答えるあたし。
「なにか・・・怒って・・・ます?」
若い男は困った顔でこちらを見ている。その距離およそ三メートル。
「さすがにねー、数時間もつけられるとあたしもいい気しないわよ」
あたしがそう答えると男は「やっぱりばれてましたか・・・」とつぶやいた。
そんなやり取りの中、あたしの幻獣に気づいた皇雅があたしの前に出る。
「確かに吸血鬼をやったのは俺達だ。そんな俺らに何の用があるのか聞こうか。」
魔道士用のマントをつけているせいで肩から下が隠れている分、今の皇雅はかなり威圧感があった。
もともと無表情なのが手伝って、輪をかけて怖い。
男の指摘した通り、あたし達はここから少し離れたある村でエルダーヴァンパイアを退治した。
もちろんそれは単なる正義感からではなく、あたし達の本来の目的も兼ねていたから。
あたし達の目的、それはある宝石を内装した武器の詮索。
その宝石はこの星々に残る伝説の1つ「ヴァルキリーテール」というもので、宿るはずのないエネルギーが宿った物質と言われている。
宝石といっても全てが鉱石ではなく、その姿形は一つ一つ全て違う。剣だったりペンダントだったりね。
このヴァルキリーテールが問題とされているのが、この宿るはずの無いエネルギー・・・つまり魔力を持っているということ。
もちろんこれ単体で魔力を秘めているので、並の人間が魔力を制御する力「理力」なし使おうものなら、
その魔力に体を引き裂かれる可能性があるくらいの曲者。
絶大な魔力が秘められているため、人の体にかかる負担が大きいそうよ。
なーんて大げさに言ったけど、実際のところはどうかはあたし達もよく知らない。
本物も見たことはあるけど、使ってるところなんか見れないからね。
この世界にはこれが、確認されているものだけで7つ転がっているらしい。
そもそもこの世界というのは、ファスタという異次元の星を取り囲む6つの星を含めた宇宙のこと。
この6つの星をこっちでは六天星と呼んでいて、ここアクアラージはその内の1つなの。
別名、水王星とも呼ばれてるわ。
ファスタに対して水を司る力を及ぼしているんだって。
雨とか・・・雪とかに関係する雨雲の動きなんかのね。
地球では、「蒸発した水分が大気中の温度差によって雨になるー」って科学で解明されているけど、
ファスタの雨は地球とはちょっと違うみたい。あたしも詳しい事は知らないんだけどさ。
そんな六天星の1つ、ここアクアラージは水王星と呼ばれるだけあって星自体がとっても綺麗。
地球なんかよりも水は透き通っていて、自然がたっぷり。
この星だけでも地球と同じくらいの大きさなのに、こんな星が6つとファスタの合わせて7つの星がこっちにはあるわ。
この7つの広大な世界に、たった7つの武器を探すのがあたし達の今受けている依頼の1つ。
正確には、消息が不明になっている残りの4つを探せ。っていうのだけど。
もちろん、そんな簡単に見つかるものではないので、あったら回収しといてくれ程度のもの。
地球に影響を及ぼす可能性があるこのエネルギー体を、地球側としては取り除きたいらしいわね。
この世界にはヴァルキリーテールが増幅してしまう地球にない問題の力がある。
その問題の力って言うのが魔力。
この世界には、術法と呼ばれる魔法文明のようなものが存在してるの。
この術法の種類は入り組んでるから詳しい説明は後回しにするけど、あたし達が普段使っているのは魔術というもの。
ま、普段は面倒だから術法自体を魔法って総称で呼んでるけどね。だって分かりやすいっしょ?
魔術は、六天星の御神体である神より力を借りて・・・ってこれじゃあ分かんないよね?
六天星にはね、それぞれ御神体って言われている神様が居るって考えられてるの。
どこに?って言われてもそれは人それぞれの考え方があるみたい。地球で言う○○スト教みたいなものよ。
んで、その神様がそれぞれの星の特徴であるエネルギーを少しずつ放出してるって考えられてるの。
だからアクアラージがファスタに近づいたら、ファスタに雨季がやってくるんだって。
イメージとしてそんな感じ。
それでね。この魔術っていうのは、何かを媒体としてこの世に力を発揮する方法で、術法としては最もポピュラーなものなの。
六天星はそれぞれ六つの属性を司っているから、その星の位置関係で同じ内容の術でも威力は変わってくるのよ?
・・・って言葉で説明しただけじゃ結構難しいよね?簡単な例を挙げるね。
かなり極端に言うと、この星の人たちは「火よ!」って念じると火を起こせるってこと。
この場合、念じる力=魔力っていうのを代償にして、火の星の神様から力を借りてるってことになるの。
この火を司る星「火王星ガーラスト」が近くに居れば、より大きな火が出せるってわけ。
んで、さっきも説明したけど、この魔力を制御するのが理力って力。
これがないと魔力はうまくコントロール出来ないわ。
火を起こしたはいいけど、全然動いてくれない〜。とかっていうのはこの理力が足りないから。
最悪、この理力が足りないと魔術に使うエネルギーが暴走したりするわ。
まあ一般人が使える魔術を暴走させたところで、牛一頭を焼くことも出来ないだろうけどね。
でも本人には、いたーいしっぺ返しが返ってくるのよぉ?
良い子のみんなは真似しちゃダメだからね♪
えっと・・・すっごい話が飛んじゃったけど、あたし達が依頼を受けてエルダーヴァンパイアを退治しに行ったのは、
このエルダーヴァンパイアが珍しいものを集めているという話を聞いたからなの。
でも、結局彼のコレクションの中には、それらしきものはなーんにもなかったって訳。
で、この男はそんなあたし達の働きを知っているというわけよ。
「実は・・・村を・・・リラを救って欲しいんです」
何故か?と尋ねた皇雅に対して、男はあたし達を見据えてこう答えた。
「村を救う?俺達にまた戦えっていうのか?」
そんな皇雅の台詞には嫌気が十二分に見えていた。
ま、仕方ないわね。例え相手がなんであろうとあたし達だって好き好んで命なんて奪いたくなんてないもの。
「とにかく今、村は悲惨な状況にあります。お願いです、話だけでも聞いてください」
「でも話を聞いたら、断れなくなるしなぁ・・・」
「そうよねー。連戦は辛いわよ。あたしたちは傭兵じゃないんだし」 ぶちぶち文句をいうあたしと皇雅。こういう時のコンビネーションはばっちりである。
「・・・戦うだけなら・・・貴方が戦えば良いのではないですか?人に任せずに」
懸命な男の台詞を切り捨てるように言い放つ、いつのまにかあたしの横に来たファーナの厳しい一言。
「そうね、それだけのスピードで動けるんだもの。戦えるでしょ?貴方だって。」
そんなあたし達の意見に男はほっぺをぽりぽりかきながら
「自分・・・伝令役なんですよ。足は自信ありますけど・・・戦いはちょっと・・・」
がくっ。
3人とも肩透かしをくらって「はぁ」とため息。
「まっいいわ。」
男から殺意がないのを確認したあたしは、ぱちんと左手の指を鳴らすと「羅旋」の命を解き、土へ送還した。
「村には行ってあげる。でも聞かせて、どうして数時間もつけたりしたの?」
あたしの質問に男は申し訳なさそうにうつむいて
「ちょうど城の兵隊に助けを求めに向かう途中、貴方たちを見つけて・・・頼みたかったけど・・・何か怖くて、言い出せなくて・・・」
「それで数時間も付け回ったって言うの?」
「はぃ・・・だって・・・すごい怒鳴ってたから・・・」
『はぁ・・・』
・・・皇雅とファーナが顔を見合わせて再度ため息。
「怒鳴ってたっけ?」
「皇雅さんが由美子さんの分のお魚食べたって、由美子さんすごい剣幕で怒ってたじゃないですか」
ファーナが皇雅の代わりにすかさず答えた。
「んなこと・・・あったっけ?」
「あったよ。いきなりDHAがどうとか、あたしの美容と健康がどうとか言い出して・・・ううぅ」
しくしくと泣く振りをする皇雅。しかし、
「当たり前じゃないの!食べ物の恨みって、おっそろしいのよぉ。」
あたしの台詞に、皇雅はがくっと肩を落とした。
そんな経緯を経て、そのまま話を聞きにあたしたちはこの村へ来たのね。
村までは意外と近く、まだ日が高いうちにあたし達は村についたの。
で、現在に至るってわけ。
−アクアラージ・湖畔近隣の村里リラ セルフォート時間14時00分(日本時間約12時00分)−
村は静まり返っていて、人の気配はほとんどなかった。
んー正確には、人は居るんだけど・・・ひっそりとしててみーんな生気の無い顔してるの。
で、この長老と呼ばれるこの老人はあたし達の実力も確認せずに、あたし達にこうやってさっきから嘆願し続けてるって訳。
まー、この村がワラにもすがりたい気持ちっていうのもわかるんだけどねぇ。
それはこの村に関わっている問題の相手。
なんと、ドラゴンらしいのよ。
ドラゴンなんてものは希少価値の高い生き物で、ここアクアラージにはほとんどいないわ。
そもそもドラゴンは土のエネルギーを司る六天星クリスファードに群れをなして住んでいるはず。
何故ならドラゴンはその体の大きさと似合わない高い知性を持ってて、
人間に関与しようとしたがらず、関与されるのを嫌う生き物だから。
それだけ賢いってことなんだけど・・・それが一体どうして・・・
「老人。そのドラゴンはどこにいる?」
ティーカップをテーブルにゆっくりと置き皇雅が質問した。
多分皇雅もあたしと同じ考えじゃないかな。ちょっとずつこの事件に興味が湧き始めてる。
「村のはずれにあるミザルティルレイクという湖畔ですじゃ。
村の若い者も討伐や偵察に向かったのじゃが、誰一人として帰ってきておらん。このままじゃとこの村は・・・」
自分の言葉に耐え切れず下を向く長老。事態は深刻ってわけか・・・
「由美子さん。」
目を潤ませながら訴えかけるようにあたしを見るファーナ。
あたしはファーナのほうを見て頷き
「長老さん。ドラゴンをここから撃退し、討伐や偵察に向かった者の生存を確かめてくればいいのね?」
「う、受けてくださるのか?」
人に物を頼んどいて、驚いた表情でこちらを見る長老。
・・・無理もない。ドラゴンなんて普通の魔術も効かない相手、普通腕の立つ傭兵でもやな顔するもの。
「皇雅にな嫌じゃなければ・・・ですけどね」
その場にいる全員の視線が皇雅の方へ向かう。注目を浴びた本人は驚いた表情でこう答えた。
「おいおい、ここまで話も聞いてしまったんだ。どうせ止めても行くんだろ?
それに、後でこの村がドラゴンに滅ぼされたとか聞いたら目覚めが悪くなっちまうからな」
−アクアラージ・ミザルティルレイクへ向かう道 セルフォート時間15時45分(日本時間約13時半)−
「でも、本当によかったのですか?礼金いらないって・・・」
ドラゴン退治に向かう途中の林道で、不安そうにあたし達を見るファーナにあたしは腰にぶら下げているポーチを指差さして答えた。
「大丈夫よぉ。お金だったらまだかなりあるから。別に貧乏なとこから巻き上げようなんて思ってないし・・・ねぇ皇雅」
「そうだな。それに長老も言ったじゃないか帰ってきたらご馳走を用意しとくって。それで十分だよ」
前を歩く皇雅が振り返って微笑む。
「そうそう、ご馳走ご馳走。ふふふ」
「ところで・・・ドラゴンって・・・何ドラゴンなんでしょうね?」
そう、ご馳走。ご馳走のドラゴン・・・?何ドラゴンかなぁーえへへ?
にやけるあたしの顔を凍りつかせるには十分過ぎる質問だった。
「そういやー聞いてなかったな。ドラゴンの特徴。何匹いるのかも・・・」
「だったねーって、ドラゴンは群れで行動することのほうが多いから一匹って事はないでしょう?どうすんのよ?」
「どうするもこうするもないだろ?聞いても聞かないでも結果は一緒なんだし。」
「はーっ・・・気楽ー」
早口のあたしに、どうってことないよといった表情の皇雅。今のでどっと疲れたわ。
「ファーナ、もしドラゴンの数が多かったら貴方は戦わないでね。」
「どういうことです?」
急に真顔で言われたこの言葉に不思議そうに首をかしげるファーナ。
「後ろで間接的にサポート、もしくは逃げろってことさ」
足を止めた皇雅が背中を向け、背を向けたまま言う。
「フォローできないかもしれないからね。あたし達が手一杯だと・・・さ。」
特に何も言わずただ頷くファーナ。
こういうところでわがままを言わないのがこの子のいいところね。
実際ファーナはあたし達と幾度となく戦闘を経験している。だからある程度は理解しているのだろう。
あたしには体術と幻獣召喚に魔術が、皇雅には幅広い魔術がある。
だけどファーナはあたし達と違って法術士。回復専門なのだ。
いくら彼女が雷系の攻撃魔法が得意としていても、幅広いスキルを持つあたし達とは違う。
決してファーナが弱いわけじゃないんだけどね。
それに、誰かをかばいながらドラゴンをまとめて相手出来るほど、今のあたし達には余裕はない。
「そんなに気を落とすなって。別に邪魔って言ってるわけじゃないし・・・な?」
少し肩を落としているように見える彼女の肩をたたく皇雅。
そんな会話の後、あたし達の会話は途切れ、あたし達はただまっすぐ湖畔へと足を進めた。
−アクアラージ・ミザルティルレイク近辺 セルフォート時間16時20分(日本時間約14時00分)−
「ところで・・由美子さんたちミザルティルレイクは初めてですよね?」
先を歩くファーナが坂の上で不意に立ち止まった。
「ええ、行ったことないわ」
後ろから追いかけるあたし達がファーナのところまでたどり着いたその時!
「わーすっごーい!なにこれ、漫画の世界じゃないの!」
あたしの目に飛び込んだのは、透き通る水が集まった大きな池と、その真ん中から上に向かって噴出す鯨の潮吹きのような滝。
その30mくらい吹き上がる水の上には信じられないことに島のような大陸が浮かんでいた。
その池のあちこちには疲れた羽根を癒す鳥達の姿もうかがえる。その様はまさにこの世の楽園。
「確かにここには、重力があるのに・・・これが魔力のなせる技なのか・・・」
さすがの皇雅も理解しがたいらしく、へぇーと頷いて見つめていた。
「すごいでしょう?ここがアクアラージでも有名なミザルティルレイクですよ。」
まるで自分の物かのように自慢気に話すファーナ。でも自慢したくなるのもわかる、これは見事だわ。
「景色が見事なのはいいが、肝心のドラゴンはどこにいるんだ?あの大陸の上か?」
皇雅の言葉にみんなの視線が水の上に浮く大陸にいった。
確かに池の周りを見回しても、戦いがあった形跡はないし。ドラゴンの姿も見当たらない。
でも、あそこまで移動するのは至難の業ね。
普通、魔法って言うのは空もパッと飛んで行けるようなイメージがあるけど、
この世界では魔力で空を飛ぶなんてとんでもない。
出来てせいぜい着地時の衝撃を和らげるためのホバリングくらいかしら?
風を専門にしている魔術師なら話は別だろうけど。
あたしでも垂直に5mくらい飛ぶのがやっとかしら。自分のジャンプ力も合わせての話だけど。
「ファーナ。あの上に行く方法ってなんかあるの?」
大陸を指差し、ファーナに問い掛ける。
「あそこの下まで何か乗り物があれば滝を登ることは出来ると思います。あの水の流れだけは逆に働いているはずですから」
「垂直に上る船か・・・」
そうつぶやくと、皇雅は懐からペンを取り出しおもむろに紙に何かを書き始めた。
「そうなんです。船は上って行っても中の人間は大変なことになりますね。上ってる間」
確かに船で上れば・・・ね。
あたしは滝を見つめるファーナの横にしゃがみ、左腰に付けている小型の杖を地面に刺した。
「皇雅。面倒だからあたし達隻真で先に行っちゃうよ」
「わかった、すぐに追いかけるよ」
首をかしげるファーナを尻目にあたしは皇雅の返事を聞いてから詠唱をつぶやき始めた。
風を裂く銀の翼を持ちし者よ
闇を見通す白き瞳を持ちし者よ
我が名において汝をここに招来する
その大いなる姿を現したまえ!
久しぶりだからうまくいくかわかんないけどっ!
「出ておいで、隻真!」
地面に刺さった杖が詠唱と共に光を発し始め、あたしの声に応じるかのように光の中から何かが形成されていく。
光が収まりそこに現れたのは、片羽根6mくらいある鋭い一つ目の大きな鷲。
これがあたしの特技[幻獣]。
召喚術とは少し違い、あたしが呼ぶのはもともと生息している生き物ではなくあたしの親友と二人で作り出した魔法生物。
だから、こうしている間にもあたしの魔力はどんどん削られていく。
ちなみに村に来る前、男に警戒して左手に宿したのも幻獣の1つ、その名も[羅旋]。
羅旋は小型のベアトラップのような螺旋をまとう魔法の光。
相手の動きを止めたい時なんかに重宝するもの。
ああいう小型の幻獣は詠唱も儀式も無しで呼べるのだけど、
この隻真のように、自分より大きなものになればなるほど呼ぶのに手順を必要とする。
あたしは光が収まった杖を引き抜くと、その大きな体の正面に回った。
「隻真、あの水の上の大陸まで連れてって」
あたしが大陸を指差し命じると、それに呼応するかのように隻真は甲高い泣き声を上げる。
目の前で起こったことが、未だに信じられないといった表情を浮かべるファーナの手を引っ張り、
あたし達は隻真の背中に乗った。
「じゃ、あそこの上でな」
皇雅が手を上げる。つられて手を上げるあたし。ファーナは唖然としている。
「二人はちょっとしんどいだろうけど、頑張ってね。」
あたしがそう言って隻真の銀の体をさすると、隻真は大きく羽根を広げた。
−アクアラージ・ミザルティルレイク水上大陸 セルフォート時間16時30分−
「いやーこうして滝の近くを上るとマイナスイオンを感じるわぁ」
大きな鷲の背中に乗って伸びを1つ。あー空気がおいしいわ。
「すっごーい。由美子さんってこんな召喚術も出来るんですか?」
滝の三分の四くらいまで行った所で後ろからあたしの体をつかむファーナが問い掛けた。
「ああ、これ?正確にはあたしの力じゃないのよ。あたしはただ呼んでるだけ。」
風で声が聞きにくい為、大きな声で返事すると後ろから「はぁー」と言う感嘆の声が聞こえた。
「あたしの親友にね、すっごい魔導師がいるの。その子があたしの魔力を媒体にして作ったのよ。だから一応あたしたちのオリジナル術法ね」
「すごいですっ!私もいつかきっと由美子さんみたいな術法使えるようになりたいです」
いきなり大声でそんなことを言われたもんだから、少し照れるあたし。
「やめてよっ、あたしなんか魔術師の中ではたいしたこと無いんだから」
「そんな、謙遜しなくてもいいですっ。十分すごいですよ。この前のヴァンパイアの件といい・・・」
そこまで行った所でファーナの台詞が止まった。
隻真に捕まったまま後ろを見て見るとファーナの視線は、いつのまにか自分達より下にある大陸の中央部にあった。
中央部に丸まっているのは緑の巨体。そう、ドラゴン。
向こうからこちらは見えていないらしくドラゴンは暴れる様子も無い。
まっ、隻真ほどの大きい鷲だったら人間が捕まってるのなんて見えなくて当然ね。
あたし達の予想を裏切り一匹だったが、大きさからみると十分な成竜。
「降りるわよっ。ファーナっ!」
「はいっ!」
相手を生で見たためか、自然とファーナの返事にも力が入る。
あたしたちはドラゴンが居る位置より少し離れにある、吹きぬけた草原に降り立った。
ここなら戦いやすいし、皇雅だって見付けやすいだろうと見越して。
「偵察が本職なのに足につかっちゃってごめんね。ありがと、隻真。」
いい子いい子をするように、あたしが隻真の頭をなでると隻眼の鷹の体は眩しく輝き、やがて光の中に消えていった。
「さってとぉ、上から見た限りじゃあの大きさのは一匹だったけど・・・どうしょっか?」
隻真を送還したあたしが後ろを振り向くと、ファーナは何かを考えるかのように顎に手を当てていた。
「一匹っていうのは、あからさまにおかしいですよね。かといって仲間が隠れられるとはちょっと思えないし・・・」
「確かにそうね。この大陸は限られてるわ。大きさもたかが知れてるし・・・あの巨体で隠れるのは無理ね」
クロークをひるがえし、ドラゴンの居た方向を眺めたままあたしの話を聞くファーナ。
さっきの幻獣の召喚で魔力を消耗したあたしは、ショルダーパッドを置きその場に腰を落とした。
肩が重い・・・さすがに、二人分の負荷がかかると魔力をガンガン消耗するわね・・・考えないと・・・
あたしは左腰の杖のオーブを入れ替えながら、ファーナにこう問い掛けて見る。
「ファーナ。貴方は今回の事件どう思う?」
彼女はこちらを振り向くと真剣なまなざしでこう答えた。
「そうですね。アクアラージにあのような翼竜型のドラゴンが生息してるなんて話聞いたこと無いですからね・・・
私は誰かが呼んだんだと思いますけど・・・由美子さんは?」
「んーいい推理ね。・・・でも、プロの召喚術師の仕業じゃないような気がするわ。何かの事故か事件か・・・の産物だと思う」
えっ?と言った表情で顔をしかめるファーナ。
「だって、召喚術師がこの星に害を与えるためにあのドラゴンを呼んだなら、あいつは暴れまくってるはずよ。
だいたいあんな目立って、力を消耗するものプロはそう簡単に呼んだりはしないわ。契約を結んだ後でもドラゴンは制御が難しいのよ。」
あたしの説明に彼女はふむふむと言った感じで頷く。
「さらに言うとね。翼竜ならなんでここから離れないのかしら?普通こんな目立つところにずっと居たりはしないと思うけど。
だからと言って見張りか何かに召還獣を使うなら、翼竜よりも他の竜の方が効率がいいわ」
「でもですよ・・・この大陸に上がるために翼竜を使ったとしたら?」
「ファーナはあのドラゴンの色を見たか?」
ファーナの質問の回答は意外なところから返ってきた。
「皇雅さん!ここまでどうやって来たんですか?」
後方から現れた皇雅は、座り込んだあたしを見てすぐ魔力を消費しているのに気づいたらしく、
あたしの肩に手をおき、無言で活性術をかけてくれた。
あー、次第に肩が軽くなって、疲れがとれていくわ。
皇雅は、あたしの肩に手をやったままファーナに、
「そりゃ、企業秘密ってやつだな」
って笑いながら答えた。
「で、さっきの話の続きだけどな。実はグリーンドラゴンは有翼竜だけど飛べないんだよ。この30mもある高さはよ」
皇雅の話にそうそう、と頷くあたし。
「そうなんですか?でも特別変種とかかも知れませんよ?」
「例外を考えてたらきりが無いさ。それだったら魔獣使いって線も考えられるだろ?」
そう言って置いていた手で肩をぽんっと叩くと、すくっと立った皇雅はあたしに右手を差し出した。
あたしは手助けを借りて起きると、そばに置いていたショルダーパッドをつけ
手を首の後ろに回し、マントの中に入っていた髪を外に出す。
考えたらあたしの髪の毛も伸びたわね。今度暇な時にでも切ろうかなぁ。
なんて事を考えてる時だった。
グォーーン。
突然響く咆哮。
と、同時にその方向から鳥達が群れをなして羽ばたいて行く。
「あれは、ドラゴンが居た方向ですね・・・」
ファーナがその方をみたまま呟く。
「どちらにしても、行くしかないな。準備はいいか?」
「おっけーです」
「ええ。」
皇雅の声に二人の声がシンクロした。
そしてあたし達はドラゴンの居るほうへと駆け出す。
「ファーナ。回復系の法術もがんがんかけてかまわないから、遠慮せずにサポートしてくれ」
「はい」
林の中を走りながら、皇雅が出した指示にファーナが大きく返事をした。
皇雅がこんなことを言うのには理由がある。
回復系の法術は、かけられる方に負担がかかると言う節がこの世界の定説なのだ。
回復魔法は本人の生命力を最大限に引き出すものだが、その代償に本人の寿命を削るらしいのだ。
だから法術師というのは才能もさることながら、人の命を左右する職業なので、なるのが非常に難しい。
そういった意味でもファーナがあたし達と旅をしていても邪魔にならない。
さっきのやりとりを見て気づいた人もいると思うけど、皇雅も回復魔法である法術を使える。
でも彼の場合は少し特別な事情があるため、毎回彼に頼るわけにはいかない。
「村を襲ってたって言うのがどうも引っかかるな・・・」
500mも走らないうちに体力の無い皇雅はそんなことを言いながら歩き出した。
「どっちにしても、行かなきゃわかんないでしょ?ほら、行くよ!」
あたしは少し後ろに戻って皇雅の背中を押す。
「うー。ここまで来るのにもう体力使っちまったよ。」
いきなし弱気の皇雅。こいつの体力がないのは昔っから変わんないわね。
「もう。頑張りましょうよ。村でおいしい物食べるんでしょう?」
ファーナまで皇雅の背中を押しに来る。
「美女二人に背中押してもらえるなんて、ありがたいと思ってよね。まったく・・・」
あたしの台詞ににっこり顔のファーナ。少し空気が柔らかくなるのを感じる。
「すまんすまん。お二人には感謝してますよ。はい。」
このままあたしたちは、走るまでは行かないが早歩きで林道を抜けた。
さっき居た草原のような吹き抜けた場所に、そいつはいた。
大きく裂けた口に強靭なエメラルドの体。そんなグリーンドラゴンの傍らには数人の男。
戦士のような奴が二人と魔導師スタイルが三人。
戦士の一人はかなりの軽装、後は魔導師だけど・・・こいつらみんな良い体格してるわ。
まともにやりあったらこっちが不利になっちゃうかもね・・・
「ビンゴみたいよ。ファーナ。」
あたしの台詞にファーナが頷くと同時に男達がこちらに気づいた。
「お前達。何者だ?」
お決まりの台詞を投げかけてくる魔導師スタイルの男。
怪しいことやってるやつに限ってこんな台詞言うのよねー。
「この近くの村を襲ってるのは、貴方達かしら?」
「何ぃ?村を襲う?さてはお前リラの連中に雇われた傭兵か?」
回答がてらにした、あたしの質問にさらりとボロを出す。軽装の男。
馬鹿ねー。わかりやすくていいわ。
「で、俺らを止めにきたってわけか?」
さらに別の体格の良い戦士系の男が口を開く。
みんな同じくらい馬鹿みたいね。都合が良いわ。
「ううん。止めに来たんじゃないわよ」
あたしの言葉に男達が「はぁ?」と声を揃える。
「じゃあ、何しに来たんだよ」
魔導師姿の男の一人があたしに問い掛けた。
「退治しに来たのよっ!」
ドカーン。
台詞と共にいきなりの先制攻撃!男達の足元に爆炎が広がる。
「行くわよっ。二人ともっ」
「quake down」
あたしの繰り出した爆炎の魔術を合図に皇雅が男達に目掛けて地震を起こす。
その隙にあたし達は左右に拡散。地震のおかげでドラゴンも下手に動けない様子ね。
さらに皇雅の後ろから追いかけていくファーナの手のひらが輝き、二人を魔力障壁が包む。
ファーナもよく分かってきたじゃない。ほんとの戦場ってもんがさっ。
これで思いっきり暴れられるわっ。
男達も地震で体制を整えることが出来ないのか、「どこだー」なんていう間抜けな声をあげている。
そんな彼らがひるんでいる隙にあたしは左手に「羅旋」を宿し、さらに右手で左肩をさする。
それに呼応するかように左肩の宝玉より、炎を纏った小型のワイヴァーンがあたしの真上に飛び出した。
この子は炎。あたしが最も呼び出し、頼りにしている幻獣。
「炎。あのドラゴンを呼び出してる媒体らしき物を、全てあいつらから奪い取って来て」
「了解です。主」
あたしの命令に炎の小龍は、臆することなく煙巻く中に真っ直ぐに飛んで行く。
その直後に巻き上がる爆炎。
そしてあたしはさらに走りこみ、男達の横に回る。
炎に数秒遅れて横からその煙の中に入った時、
ひゅっんっ!
ふいに煙の中からあたしのすぐ右横を光の槍が飛んでくるっ。
とっさに上半身をひねり直撃を避ける。
あいつら、横にあたしが回ったのに気づいたのかしら?
とりあえず光の槍が飛んできた方向に、左手から螺旋っ!
よしっ。手ごたえありっ。あたしはそのまま後ろの方に回りこむ。
気が付くと、右肩のガードが少し削れている。さっきの光の矢がかすったのね・・・
皇雅の起こした地震が止み、煙が収まったとき、あたしの目に映ったのは緑の巨体の大きな顔。
巨体を支える四本の足は全て凍り付いて地面と一体化している。
氷の魔術・・・さては、皇雅の仕業ね。
しかし足を封じられたドラゴンは、いつのまにかあたしの目の真ん前で大きく赤い口を開いている。
「やばいっ」
あたしは、とっさに地面を大きく蹴ってドラゴンの頭に飛び乗った。
その直後に下からすごい熱気が襲う。
こいつっ、ヒートブレスが吹けるの?
下から熱を感じると同時にあたしにかかる魔法結界。少し体に体温の上昇を感じる。
この波長は皇雅ね。さんきゅー。でもちょーっと遅いかな?
ドラゴンの頭の上から後ろを見ると、あたしが居た辺りは一面焼け野原になっていた。
背中に一筋の汗が伝う。
・・・まともに浴びてたら骨になっちゃうわね。危ない危ない。
安心したのもつかの間、すぐさま追い討ちの光の矢があたしを大きくそれて、空に向かって飛んでいく。
この打ち方…さては、この魔術を使った奴はこっちの動きを完全に把握してないわね・・・
右に気配を感じ振り向くとファーナと皇雅がこちらに向かってきていた。
どうやらあっちはけりついたみたいね・・・後は、ドラゴンと魔術を使った奴・・・
なんて考えてた丁度その時、炎が杖を咥えて戻ってきた。
「炎。あったのね。それ貸して!」
すぐに炎に手を伸ばす。
「魔力反応があったのはこれだけです。主」
邪魔な蝿を落とすかのように飛んでくる尻尾をよけ、
炎はあたしに杖を渡してそう告げるとドラゴンの前に出た。
さっすがあたしの幻獣。気がきくぅー。
炎がドラゴンの目の前を飛び回ってくれるおかげでドラゴンはそっちにばかり気がいってる。
今が絶好のチャンス!
あたしはすぐにこの杖の先端に膝蹴りを入れ、付いている宝玉を無理やりちぎり取った。
で、この宝玉を左手で握り締めて・・・精神を集中してっと・・・
深呼吸を一回・・・まだ、まだ足りない・・・
深くふかぁく深呼吸。静かに目を瞑る。
よしっ!
吸いきったところで息を止め、一度右手で印を切ってから足元にあるドラゴンの頭におもいっきり右の拳を叩き込む!
「宿陽動・制!はぁぁぁっ!」
グォオオオオーーン
ドラゴンの断末魔が響き渡り、あたしの左の手の中の宝玉が砕け散った。
何かに吸い込まれていくようにエメラルドの体が、光に包まれ消えていく。
それと共に下に落とされるあたし。
「よっと。」
右手で地面をうまく付いてバランス良く着地し、螺旋に捕まっている男の方に向かった。
男は螺旋に縛られているため、横たわったまま身動きも取れずこちらを睨んでいた。
「よくあんた達にドラゴンなんか召喚できたわね」
あがこうともしない魔導師姿の男に、あたしは少し息を切らしながら見下すように声をかける。
「ド・・・ドラゴンを素手で・・・貴様何者だ?」
男の顔は自然と青ざめている。まっ、こっちの常識から考えたらそうかもね。
でも、ちゃんとした理論と知識と力があれば、あれくらい誰だって出来るんだけど。
「やりましたね、由美子さんっ」
二手に分かれていたファーナが、ガッツポーズでうれしそうに駆け寄ってくる。
「まあ、何とかね」
あたしの返事に目をきらきらさせるファーナ。
でも流石はしっかり者のファーナちゃん、走っても魔術結界は全然弱まっていない。
「質問に答えろ。ドラゴンを素手でどうやって消滅させた」
身動き取れないわりには、強気の男。でも、その質問は自分の無知をさらけ出してるのと変わんないわね。
「貴方、魔術師でしょ?少しは自分で考えたら?」
「私も気になりますっ。どうやってやっつけたんですか?」
あたしが冷たい台詞を言い終わらないうちに、ファーナまで問い掛けてきた。
「もーせっかくあたしが格好良く決めてるのに…決まんないわねファーナぁ。」
「だってー、知識の追求は魔導師の基本ですよぉ?」
ちっちっち、と指をふるあたしに少し照れた表情で彼女は言った。
ちなみに法術師や魔術師など、全ての魔法使いをひっくるめたものをこっちでは総称して魔導師と呼んでいる。
「また今度教えてあげるわよ」
「絶対ですよ。約束ですからね。」
息を整えてあたしがそう言うと、ファーナはうれしそうな表情を浮かべた。あー目がキラキラしちゃってるわ。
「・・・で・・・これから俺をどうするつもりだ?」
ファーナとあたしのやり取りを見ていた男が口を開いた。種明かしは諦めたみたいね。
「貴方には悪いけど、もう少しそうしててもらうわ」
「主」
炎の声にあたしが踵を返すとすでに翼炎の炎に焼かれた男たちが倒れていた。
その数・・・一、二・・・三人?
始めに見たときは確かに五人居たはず・・・
「皇雅ぁ。後一人どこ行ったか知らない?」
ファーナに遅れて、歩いてきた皇雅に声をかけた。
「さぁなー。俺も見てないぞ」
ドラゴンが居たあたりから困った表情でこっちを向く皇雅。とその時!
「皇雅さん、後ろ!キャアッ!」
「ファーナ!」
ピキーンというガラスが割れるような音。
ファーナの叫ぶ声とほぼ同時に彼女が張った魔力結界が相殺されたらしい。
そのダメージが術者にフィードバックしたためかファーナはその場にぱったりと倒れている。
すぐにファーナの前に出るあたしと皇雅。
どこ?どこから飛んできたの?軽くあたりを見渡す。
そういえばさっきもあった。爆炎で見えていないはずなのに、あたし目掛けて飛んでくる光の矢が。
でも、周りを見渡しても人影はない。
あるのは・・・螺旋で縛られたあの男と翼炎によって気絶させられている男達だけ・・・
あたしは回りの気配に集中しながらファーナを後ろから支える皇雅に近づく。
「ファーナは?」
「気を失っているだけのようだな」
まずはほっと一息。よかったぁ。
「皇雅、どこから魔力が発生してるかわかる?」
あたしの声が聞こえてないかのように、彼女の手を自分の肩にまわしながら静かに座り込む皇雅。
「皇雅?ねぇ聞いてる?」
あたしの言葉に反応しない彼の顔は、まさに真剣そのものだった。
やばい。自分をかばってダメージ受けたもんだから怒ってるわ。この人。
過去のちょっとした出来事がきっかけで、彼もあたしもこういうのがトラウマになっていた。
本気で怒り出す前に止めないと・・・
「立て続けに幻獣呼んでるからさ、魔力の感覚が変になってるんだよね。だからさーどこから来てるか教えてよ」
大きく息を吸い込んで深呼吸をし、彼はこう答えた。
「光学迷彩のような魔法がかかってるらしいな。今気絶してる三人の男のすぐそばだ」
「そっか、わかった。あたしが行くから、ファーナをよろしくね」
「もう、行く必要ないぞ」
「えっ?」
かかとを鳴らすあたしに、すぐに返ってくる皇雅の返事。
「良く見てみろ。ファーナの結界のおかげで向こうも気絶してるみたいだから」
「だからぁ、魔力が完全に回復してないんだってばー」
ぶつぶつ言いながらも皇雅にそう言われ、二人の一歩前に出る。
でも、あの爆発の瞬間に姿を消す魔術を使うなんて・・・賢い奴も中に居たのね・・・
そんなことを考えながら男達のところを見ると、倒れている男達の中に半透明の男が一人増えていた。
男が意識を失ったから、姿を消す魔術が切れかかってるのね・・・勘違い勘違い。
ファーナの結界を作る力が相手の魔術の魔力を上回ったから、魔力が逆流する現象「逆凪」が起きたんだわ。
「炎!」
あたしの呼び声に、すぐさま隣に来る翼炎。
「炎、あの男がわかるかしら?」
魔導師風の男を指差し炎の顔を見る。
「すみません、気配はわかるのですが、目視出来ません・・・」
申し訳なさそうに頭を落とすワイヴァーン。ちょっと不思議な光景。
「おっけー。わかった。気にしないでいいわよ。あたしの魔力が底にきてるから貴方にも影響が出てるのね」
「主。どうして封印されたままなのですか?」
翼炎が頭を落としながらも、疑問をあたしに投げた。
「まー色々あるのよ」
それに対し、気楽ーに答えるあたし。
「そのブレスレットがやはり・・・」
炎の言葉に誘われ、思わず右手につけているブレスレットを見る。
シンプルな炎を形どったデザインのブレス。
「そうね。でも、今外したところであたし達は何も変わりはしないもの。ねー皇雅」
「そうだなぁ。あんまし良い思い出ないしなぁ」
ファーナを自分の体にもたれさせ、右手をマントから外に出し、ブレスレットに反射する太陽の光を眺めては苦笑する皇雅。
「これは別に、特別な力があるアイテムってわけじゃないのよ?炎」
あたしの言葉に炎は「そうなんですか?」と首をかしげる。
「ともかくご苦労様。後はあたし達で片つけるわ」
「了解」
そう一言だけ言うと、翼炎は吸い込まれるようにしてあたしの左肩の宝玉の中に消えた。
と、同時に少しだけ肩が軽くなった気がした。
「さってどうしよっか。まっ、とりあえずっと」
パチンっと左手で指を鳴らし螺旋をこっちに呼び寄せる。
「おっ、おおおおおおーーっ」
ずりずりと引っ張られてくる男。必死に抵抗するが体に巻きつく光の帯びは一向に緩まない。
「最後には自爆してくれたみたいだけど、よくもまあドラゴンなんて召喚できたわねー。首謀者は誰よ?」
早口で男に尋ねる。男はあがくのをあきらめたみたいで口を開いた。
「お前もさっき同じ事を言っただろ。種を明かす手品師がどこに居る?」
青ざめた顔色は元に戻っており、表情はむすっとしている。おっ、縛られてるわりには強気ねー。
さっきの種明かしの仕返しのつもりかしら?
「俺達は、お前らを抑圧しに来たわけじゃあない。目的くらい話してみないか?」
ファーナの顔に直射日光が当たらないように、マントで影を作ったまま皇雅がやわらかく問いかけた。
「いきなり攻撃しといて抑圧する気がないだとぉ?ふざけんなっ!」
凄い剣幕で怒る男。まー当然か。
「炎に襲われて、意識を失わなかったって事は・・・貴方かあの姿を消してた魔術師、どっちかが一番魔力が高いはずなのよ。
だから仮にドラゴンを呼べるとしたら、どちらかじゃないかしら?違う?」
割り込むあたしの台詞に動揺の色すら見せず、ただただ、だんまりを決め込む。
男とあたし達の間にしばしの沈黙が流れた。
「居たぞ。こっちだ」
そんな沈黙を破るかのような甲高い声。
その声と共に天馬ペガサスに乗った二十騎ほどのペガサスナイトが空から降りてくる。
先陣を切ってペガサスから飛び降りたのは意外にもあたしと変わらないくらいの若い女性だった。
腰にはショートソードを携え、赤く長い髪は後ろで束ねている。
身を包んでいるのは・・・なにやら紋章が入った鎧。
・・・敵なの?とっさに身構える。
しかしこのペガサスナイト達は、警戒するあたしの予想を裏切るかのように整列し始めた。
先頭に立っているのは先に下りた女性。そのすぐ後ろに兜をかぶったナイトが四人綺麗に整列して立っている。
大人びた顔立ちの女性は、表情1つ崩さぬまま額に右手を当てあたし達の方に敬礼した。
「旅の方、ご協力感謝いたします」
こちらを向いて、そう切り出す女性。
「協力?」
「とりあえず、先に今回の犯人の確保をさせて頂いてよろしいですか?」
どうやら彼女は、この男たちが欲しいらしい。
あたしたちも聞きたいことはあったが、直接こいつらが必要なわけじゃないのでとりあえず
「いいわよ」
と返事をした。
「では、被疑者を確保せよ」
この声と同時に後ろの四人もこちらに敬礼し、螺旋に縛られた男を捕らえた。
男が完全に捕らえられたのを確認したあたしは、左手でとりあえず螺旋を解除する。
周りにいたペガサスナイトも、ペガサスから降り男達を囲んでいた。なんというか・・・手際がいい。
「申し遅れました。私は六天星特別警備隊のアクアラージ第六大陸天空警備部隊長シェリルと言います。
今回はご協力いただきありがとうございました」
再度笑顔で敬礼するシェリルと名乗る女性。
「あのーシェリルさん?」
「シェリルで結構です」
「じゃあ、シェリル。貴方たちは一体?」
あたしの問いに首から下げているダビデの星を描いたようなペンダントを指でつまみ
「えっ?ご存知ないですか?六天星特別警備隊・・・」
「ごめん。知らない」
あっさりとした切り替えしにずっこけるシェリル。そんなに有名なのかしら?
「そ、そうですか・・・私達はこの大陸の平和を守るために星単位で雇われている警備隊です。
今回は付近の村から多数の通報があったため出動したのですが・・・」
へぇーそんな警備隊があったんだー。知らなかったわ・・・
「もう、あたし達が蹴りを付けていた・・・と」
「そうです」
シェリルは力強く頷いた。
「依頼があった付近の村って言うのは・・・リラ?」
「はい。そうです。貴方たちが先に向かったのも村で聞きました。」
はっきりとした口調で答えるシェリル。
へー。しっかり二重に防護策を練ってたって訳か。やるじゃんあの村長。
普通だったら依頼のバッティングは傭兵にとって怒る所なのだが、あたし達は別に傭兵ではない。
村を守ろうとする村長の考え方に、普通に納得していた。
「ねー皇雅。六天星特別警備隊って知ってる?」
あたしの問いかけに無言で頷く皇雅。まだ怒りは覚めていないようね。怖いわぁ。
「ところで・・・お連れの方が怪我をなされたのですか?良かったら治療いたしますが・・・」
「ほんとに?意識を失ってるだけだとは思うんだけど・・・お願いするわ」
シェリルの突然の申し出を、あたしたちは喜んで受けることにした。
だって、このままファーナを担いで村まで帰るのも苦しいしね。特にこの人に怪しい素振りもないし。
「では、少しばかり失礼・・・ってお名前を聞いていませんでしたね。良かったらお名前を教えていただけませんか?」
「そうだったわねー。あたしは由美子よ。あそこの倒れてるのが今回の功労者ファーナ。で彼女を支えてるのが皇雅よ」
あたしの紹介にシェリルは「由美子さんにファーナさんに皇雅さんですね」とニッコリ笑って、ファーナの元に向かった。
「では、さっそく。ちょっと失礼します」
とシェリルはファーナの額に手を当て、目を閉じて呟き始めた。音もなく掌が輝きだす。
へぇーシェリル自身が法術師だったのね。格好はもろにナイトって感じなのに・・・
このくらいの部隊を率いる隊長なんだから、結構できそうね。この人も。
「もう大丈夫ですよ」
掌から生み出た光が収まり、ファーナの目が虚ろに覚めた。
「ファーナ!大丈夫か?」
後ろについていた皇雅がすぐさま声をかける。
「・・・?こうがさん?」
まだ意識がはっきりしないのか、弱々しい声で答えるファーナ。
「魔術結界は術者にかかる負担が大きいから気をつけないと・・・」
少し怒った表情を浮かべて言う皇雅も、安心したためか最後の方は声になっていない。
「ごめんなさい。足手まといになっちゃいましたね」
「ううん。助かったのはこっちよ。ごめんねーほんとだったら、あたし達があなたをカバーしないといけないはずなのに」
「そうだな。借りを作ってしまった」
あたし達の言葉に思わずにっこりのファーナは、頭をゆっくりと振って目をこすりながら起き上がった。
「では、私達は今回の件を報告しに戻ります。本当にご協力ありがとうございました」
ファーナが回復したのを確認して、シェリルも立ち上がる。
引き連れていたペガサスナイト達は、それぞれ男たちを連れてすでにペガサスにまたがっている。
「この方たちは・・・?」
「私は六天星特別警備隊の隊長シェリルです。今回はドラゴン討伐のご協力ありがとうございました。ファーナさん」
「えっ!?六天星特別警備隊って・・・ASGの方ですか?」
ファーナの質問にただ頷くシェリル。ASG?ファーナも何か知ってるみたいね。
「ねぇ、ASGって何?」
「Asteroids Specially Garrisonですよ。由美子さん達はご存知無いですか?」
そうそう言葉はね、あたし達が地球で普通に生活するみたいに英語交じりの日本語で通じるの。
本当はその地方ごとに言葉が違うらしいのだけど、あたしと皇雅はほとんど普通に話してOK。
もちろん、これはセレストの隊長が旅をする上で苦労しないようにって計らってくれたこと。
詳しい仕組みはわからないけど、ファスタにはこういったコミュニケーション用の術法もあるみたい。
「うーん。さっきシェリルには言ったのだけど、聞いたこと無いわ」
あたしの正直な意見にぽかーんと口をあけて頷くファーナ。
「ASGって言ったらこの星でかなり高い権力を持つ行政組織なんですよ。社会の秩序や平和を守るための。」
「へぇー。ねぇー!こーがぁー。日本の警察みたいなもんかな?」
「うーん、似てるけど少し違うな。ASGは警察のように範囲外での権力の行使が出来ない反面、
六天星内ではその場で臨機応変に権力を行使していいっていう特権が与えられてる。
早い話、自分の範囲内だったら何をやってもいいのさ警察と違ってさ。元は私設の組織だしな」
それまで黙っていた皇雅が口を開いた。
彼はあたしより長い間この星々を旅しているため、あたしよりこの星に詳しい。
皇雅が知ってるってことは、それなりに有名みたいね。
それにしても・・・私設って?それってもしかして・・・
「国は認めてるの?その組織を」
あたしの質問にシェリルの顔色が少し変わった気がした。
でもシェリルは何も言わずこちらを見ている。
そんな状況を見ながら少し気まずそうに皇雅が口を開く。
「そこは今でも国によって意見が分かれているところさ。ASGはなまじ実績があるから民間の支持が高い。
それを素直に認めている国はASGに積極的に協力してるし、それを認めてない国はASGに対して厳しい対応をしているんだ」
「だから私たちは一人でも多くの人々に認めていただけるように、こうして近隣の警備から行っているのです」
真剣な眼差しのシェリル。自分の仕事に誇りを持ってる人の目って良いわね。まっすぐで。
「そっかー、これからも頑張ってね」
「ありがとうございます。由美子さん達もお元気で。では、失礼します。」
シェリルが背筋を伸ばして敬礼する。それに続いて翼を広げるペガサスナイト達。
今回の事件の張本人たちはもう反抗する気もないのか、大人しくペガサスナイト達に吊り下げられていた。
そしてシェリルの乗るペガサスが飛び上がり、ASGの一同は去っていった。
「行っちゃったね」
「そうですねー」
「これで一件落着なんだよね?」
「そうだな。村に戻ろうか」
あたし達は気づいていなかった。ファーナがこのことを言うまでは・・・
「ちょっと待ってください。討伐に行った村人ってどこにいったのです?」
「え?」
「村人ですよ。ドラゴン討伐に向かったのでしょう?村人が」
『だった。すっかり忘れてた。』
あたしと皇雅の声がハモる。皇雅もすっかり忘れていたらしい。
きっと読者の方も忘れていただろう。大丈夫、あたしもすっかり忘れていた。
「でもここに来る途中に、そんな人たちも死体も見当たらなかったしなぁ・・・」
あたし達は仕方が無いのでとりあえず村に報告に帰ることにした。
「実はあの連れてかれた男たちだったりして」
「えー。村人にしては顔が怖かったですよぉー」
ゆっくりと歩きながら言うあたしの言葉に、思わずファーナが笑う。
「馬鹿なこと言ってないでとりあえず戻ろう。のんびりしてると日が暮れてしまうさ」
そんなあたしたちを横目に、あくまで早歩きの皇雅。
まったく・・・体力ないのに強気なんだから・・・
こうしてあたし達は幻想的なこの水の楽園を後にした。
−アクアラージ・湖畔近隣の村里リラ セルフォート時間18時40分(日本時間約16時00分)−
戻ってきたあたし達を見て長老は、少し驚きの表情を見せていた。
こういう仕事の重要な所は、報告。
と、いうことであたし達は長老にミザルティルレイクであったことを報告した—————。
「そうですか、若い衆の行方はわかりませんでしたか・・・」
「若い男性連中は居ましたけどね。・・・連れていかれましたよ。ASGに。」
皇雅の言葉に長老の顔色が少し変わった。
・・・やっぱり。
あたしの中で一つの考えが確信になりつつあった。
村から消えたのが若い衆数名。そして犯人は若い五人組。
結びつけるなと言う方が無理がある。
経緯を説明するあたしたちから目を離さずに、村長は真っ白なひげをさすった。
「そうそう、それで思い出したけど・・・ASGの方を呼ばれたんですね」
あたしの言葉に長老の片眉がぴくりと動いた。
「あんた方には悪いと思って・・・」
「別に気にしてないわ。当然といえば当然よ。あなたは長老としての役目を果たしてるだけだし」
長老の言葉をさえぎり、あたしは言い放った。その場に沈黙が訪れる。
「さっきも皇雅が言ったけど、その若い衆はASGが連れて行ったわ。後は自分たちでどうにかしてね」
「そうでしたか・・・」
「まぁとりあえず・・・だ。これで俺達の役目はおしまい。でいいんだろ?」
「はい、本当にありがとうございました」
報告が終わったその夜は村をあげてのちょっとした宴会だった。
昼間ここを訪れた時の空気とは一転、村の人々にも笑顔がこぼれてる。
どうやら村の人には、それなりの説明が長老からあったらしい。
まあ、村の若い衆も時期に戻ってくるだろう。
引っかかる所はあるけど、それはそれでASGって彼女らが解決するだろうし。
そこから先は村の問題だからね。あたし達がどうこう言うもんじゃないわ。
でも問題は全て無くなったわけじゃない。
昼間消したあのドラゴン。・・・そしてあれを呼んだ黒幕。
きっと居るわ。実行犯は彼らじゃない。
・・・でも、今考えるのは辞めにしましょ。
せっかくのおいしそうな料理が並んでるんだしね♪
あたしたちは約束だった豪勢なお料理を堪能していた。
出てきたのはミザルティルレイクで取れるらしい魚介類のフルコース。
久しぶりの豪勢な食事ということもあり、あたしたち三人は舌鼓をうちっぱなしだったわ。
「どうです?我が村が誇る海産物の数々は」
「うん。とーってもおいしいわー。生きててよかったーって感じ」
あたしが満面の笑みと素直な感想で答えると、村長は大口を開けてがははと笑った。
こうなると村長も一人のおじいちゃんね。
仕事の剣幕な表情はどこへやら。
皇雅は皇雅で大好きなお酒をガンガン飲んでいる。
あれで体形維持出来るんだから羨ましいもんだわ。
あたしは普段あまり飲まないほうなのだが、甘い果実で作られたというお酒が飲みやすかったのと
皇雅のペースにのせられてついつい飲んでしまっていた。
そのしばらく後、少し飲み過ぎたあたしは一人先に部屋に戻って来た。
流石にここは日本じゃないので畳は無いが、木造の素朴な感じのコテージ。
これがあたし達が泊まるために用意された寝床だった。
村自体の見た目がいまいちだったので、期待していなかった分ちょっとリッチな気分ね。
窓を開けると、ほてった顔に心地いい夜風が吹き付けた。
窓際に腰掛けるとショルダーパッドなどの装備品を外し、今回の功労者達を床に置いた。
「何事もなかったから良しとするかぁ」
誰もいない部屋でそう呟くと、「うーん」と一度伸びをし、肩を回す。
宝玉自体はそんなに重くないのだが、やっぱり着けっぱなしはねぇ・・・
職業病みたいな物だけどさー。このままじゃ肩こりになりそうだわっ。
その後あたしはシャワー(魔法で水が出る蛇口みたいな物)を浴び
この心地よい夜風を肌で感じながら静かに床についた。
−アクアラージ・湖畔近隣の村里リラ セルフォート時間1時45分(日本時間約1時半)−
「・・・みこさんっ!由美子さん!」
どれくらいの時間がたっただろうか?朦朧とする意識の中、あたしは自分を呼ぶ声に気づいた。
「なーによファーナぁ。あったま痛いんだから静かにしてよねー」
まだお酒が少し残っている感覚がする。うーん。
「由美子さん大変なんです。起きてください」
もーう、ファーナは大げさなところがあるからなぁー。
「何よぉー、皇雅が飲みすぎて倒れでもしたぁ?」
「村が、襲撃されてるんです!」
その言葉に・・・あたしの目は一気に覚めた。
「なんですって?襲撃?」
がばっと起きるとすぐにあたしは着替えに入る。
「はい、皇雅さんがあたしをかばって男達について行っちゃって・・・」
「村の状況は?」
装備したショルダーパッドに外した宝玉を付けながら聞く。
「抵抗した者はやられました。相手の目的はドラゴンを倒した奴だったみたいで・・・」
あたしに気を利かせてか、ファーナが小声になった。
「相手の印象は?」
「昼間の相手とは格が違うって感じです。なんていうか・・・相手は戦いに慣れてて・・・」
「向こうは何て言ってたの?」
立て続けにファーナに質問を投げるあたし。
こういう時に大切なのは、冷静に状況を把握することだからね。
「ドラゴンを奴を連れて来いって言ってました。」
「それで皇雅が連れて行かれたのね。」
「・・・はい」
「よし、準備おけ。じゃあ行くわよ、ファーナ!」
「はいっ!」
あたしはいつものようにショルダーパッドから後ろ髪を出すと、寝癖も気にせずに外に飛び出した。
表に出たあたし達が見たのは、倒れて呻き声をあげる村人の姿だった。
皆口々に「助けてくれ」だの「何故この村ばかりこんな目に」だの言っている。
そんな昼とは一転した風景の中、ちょうど村の中央に見慣れた一人の男が倒れていた。
「あなたは確か…」
少し前に見たような…ショートカットのブロンドヘア。
この男は足を怪我しているだけで命に別状はないみたいね。
「あっ、伝令の人ですよ。由美子さん。」
「あーあ!昼間散々ストーカーしてくれた!」
思い出したあたしの声で男が目を覚ました。
「う、うん…・」
まだ状況がよくわかってないみたいね。この人、ずっと気を失ってたのかしら…?
「ねぇ、あなた皇雅がどこに行ったか知らない?」
あたしの問いかけにも[?]マークを浮かべて首をかしげている。
「ねえ、ねえったら!」
シャツの襟をつかみ二、三度男の体をゆすると、男は襟を持つあたしの手に手を当て
「長老が・・・」と涙ぐんだ顔で呟いた。
「この村を襲った襲撃者たちに見覚えは?」
あたしの質問にも男はうつむいたまま首を振るばかり。
「これじゃ埒があきませんよ。行きましょう由美子さん!」
あたしはファーナの言葉に大きく頷き、村で一番大きな家に向かって駆け出した。
「長老さん?」
その足で真っ直ぐ長老の家に向かい、ドアを勢い良く開けて中に入ったあたし達。
そんなあたしたちが見た物は、凄い形相で目を見開いたまま机にうつ伏せている長老の姿だった。
唇も紫に変色しており、変わり果てた姿・・・そんな言葉がとてもふさわしかった。
とてもさっきまで自分達と飲んで騒いでいた人間と同じとは思えない。
時間も経っていないというのに体温は奪われていて、この形相・・・あたしのよく知ってる死にかたね。これは。
「そんな・・・」
入り口で手を口に当てるファーナ。
彼女は「信じられない・・・」といった表情で、入り口から中に入ることが出来ずに居た。
しかし、これがあたし達の居る場所。戦場。
明日には自分がこうなるかもしれない。そんな場所だ。
まあ、人間同士の実戦経験がほとんどないファーナにとっては、かなりショックだっただろう。
ましてや数分前まで自分と話していた人間のこういう姿を見るのは。
あたしはテーブルまで歩み寄り長老の首筋を触った。
冷たい。とてもそこに命が宿っていたことを感じさせない無機質な冷たさである。
人の体は命を失うと、今まで生きていたのが嘘のように冷たくなる。
まるで生きるという炎の儚さを表すかのように。
あたしは確かに命がないのを確認すると、見開いたままの目に手を当て静かに伏せた。
手を下ろすと同時にその瞳は閉じ、顔が安らかなものへと変わっていく。
「ファーナ。聞き込みに行くわよ。あたしは外で倒れている人から話を聞くから、家に残ってる人をよろしく。」
「・・・は・・い・・」
あたしの行動に依然言葉を失ったままのファーナ。よっぽどショックだったようね。
そっとファーナに近寄るとあたしは、そのほっぺに両手を添え顔を覗き込んでにっこりと微笑んだ。
あたしにつられて泣きそうなファーナの表情が少し柔らかくなる。
その刹那。
ごんっ!
「いったぁーーい!いきなり何するんですかっ!」
見事にあたしのヘッドバットがファーナのおでこを捕らえた。
「いちち・・・結構石頭なのね・・・」
あたしはファーナの苦情に何も答えず、家の入り口に立つと立ち尽くす背を向けたまま彼女にこう告げた。
「ファーナ。これが戦場なの。明日にはあたし達の誰かがこうなるかも知れないのよ。
だから・・・あたし達が倒してきた魔物達にとっては、あたし達が死神みたいな物なのよ・・・それを忘れないで」
先に家を飛び出したあたしはそれから聞き込みに回ったが、結局有力な情報を得ることは出来なかった。
分かっていることは、今のところ確認されている死亡者は長老ただ一人だけということと、
「この村は関係ない」と言って皇雅が男達と共にどこかへ行ってしまったことだった。
聞き込みをはじめ、傷ついた人々を目の当たりにするうちに、あたしは自分が焦っていることに気づいた。
焦る気持ちと怒る気持ち、その両方がこみ上げてくる。抑えようとすればするほど。
何に?
関係ない村人を襲った来訪者に?
一人で全てを抱えて行った皇雅に?
何も出来なかった自分に?
・・・分からない・・・
いつから怒っているのかすら、あたしにはわからなかった。
少なくとも、この涙に気づくまでは。
「どうだった?なんかわかった?」
それからすぐに、あたし達は村の中央の広場で落ち合った。
さっきまで宴会場として使われていた場所は、今は無残にも荒らされている。
村人は元気な人が怪我人を治療している。どうやら簡単な術法を使える人間は居るらしい。
「襲撃者たちの会話の中に、「池に急いで連れて行かなければ」って言うのがあったらしいですよ」
さっきとは別人のようにしっかりとした口調で話すファーナ。さすがに頭突きが効いたかしら。
「池ねぇ・・・・」
顎に手を当て呟くあたし。
あたしにはなんとなく全体が見えてきた。
この事件の犯人も。真相も。
だけど・・・まだ不確定要素が多すぎる。
本当はここであたしが動くべきではない。
だって連中が狙ってるのはあたしなんだから。
更に言うとこの事件の黒幕はあたし達が考えているよりも大きいわ。
あたしは皇雅がそんなに簡単に死なないことも知ってる。
組織がらみなら、セレストに報告して助けを求めてからでも遅くはない。
だけど、今のあたしは焦っていた。自分でも分かるくらい心臓の鼓動が早い。
何故か分からない焦りであたしの胸はいっぱいだった。
−アクアラージ・湖畔近隣の村里リラ セルフォート時間2時55分(日本時間約2時半)−
あたしが池と聞いて頭に浮かんだのは、もちろん昼間行ったミザルティルレイクだけだった。
今は少しでも可能性があるところからつぶしていくしかない。
あたし達はすぐにミザルティルレイクに向かうことにした。そんな道中。
森の中でも少し開けた場所に出た。
そこからは夜空が丸見えで、あたりには何の気配も無い。
「ファーナ。ちょっとごめん。先にちょっと連絡したいんだけどいいかな?」
「連絡・・・ですか?・・・どうやるんです?」
何にでも興味津々のファーナ。興味を持つのはいい事ね。いい魔導師になるわぁ。
「まぁ、本当はこんなの嫌なんだけど・・・」
そういって愛用しているロッドを地面に刺し、先端の宝玉に右手の人差し指に付けていた指輪を外してはめた。
まるで内側に蝋燭があるかのように、薄暗い明かりがロッドに灯る。
あたしは、静かにその明かりに左手を置いた。
そのゆらゆら揺れる明かりは、時間が時間なだけに結構不気味だった。
しかし、そんな不気味な光を見つめながらほけーっと「綺麗—」なんて言っているファーナ。
あたしの空いてる右手の人差し指を口に当てる「しーっ」のポーズに、彼女は慌てて口を抑えた。
これは魔力で声を飛ばす、電波を使わない電話みたいな通信機。簡易式だけど。
本当はちゃんとした通信用の魔力を集中させる場所で行うといいのだけど、緊急事態だから仕方ない。
魔力媒体の無いこの通信は、誰でも魔力の波長を合わせれば聞けるくらい不安定で危険な物。
わざわざこの通信を盗みぎきしようとしてる奴は五万と居るわ。
だってこういった通信は、ほとんどが緊急時に行われる方法だからね。
情報を沢山持ってる方が有利なのは、地球となんら変わんないの。どの世界もね。
杖の中の明かりが動かなくなって、しばらくすると脳に直接声が響いてきた。
「こち・・は・・・です」
やっぱり魔力波が弱いせいか、はっきりと声が聞き取れない。
向こうには、あたしの魔力派が飛んでるから、はっきりと声が聞こえるんだろうけど。
「あーもしもし、こちらは天照。マスターにつないで」
あっ、もしもしって言っちゃった。電話じゃないのに。自分でも変な感じー、でも口癖って抜けないよねー。
「はい、・・かりま・・・た。しば・・くお待ち・・・・・・」
あえて本名を出さずに、アマテラスという偽名を使った。これはセレスト内であたしのことを指す。
こういった通信の時だけに使うコードネームである。
本当は熾焉君に直接つなぎたいのだけど、それは出来ない。
何故なら彼は仕事柄、全ての魔力を無効にする空間に居るからだ。
だからあたし達は連絡をするのに一度、こういう手順を踏む必要がある。
「遅くなりましたー、私です。どうしましたか?」
待つこと三十秒程度、頭にはっきりとした声が届いた。さすがに一般のオペレーターとは魔力の桁が違うわね。
こんなちゃっちい通信機でも、使用者の魔力波がしっかりしているから声がはっきりと届くわ。
このゆったりとした優しいお医者さん口調の人が、あたし達セレストの司令塔・熾焉君。
彼、天宮熾焉君は、あたしと同年・同大学の学生で、皇雅の幼い頃からの親友。
さっきも言った通り、彼はあたし達に的確な指示を出してくれる司令塔的存在なの。
こういうと勘の良い読者は気づいたでしょうけど、こうやって指令を受けてファスタを旅してるのは、
何もあたしと皇雅だけじゃあない。
あたしが知ってる限りでも、この学園が持つ独自の組織セレストは10数人くらいで構成されている。
その中でもファスタを回ってるのは4人くらいかしら?
もちろん残りのセレストメンバーは地球でそれぞれ生活をしてる。
普段は他の人と同じような生活をね。緊急時だけ召集される・・・って感じかな?
まあ普段からみんな仲が良いから、結構一緒に居ることが多いんだけど。
そんな各世界に散らばったセレストのメンバーに、的確な指示を出すのが司令塔・熾焉君。
彼がその立場にふさわしい人間だと言うことがこういう緊急の場合、特に再認させられるわ。
あたしの「マスターにつないで」っていう言葉だけで、緊急事態を察知し必要以上に喋らないし、
慌てることも無く普段のまんま。この声だけで、通信ごしの熾焉君のいつもの笑顔が目に浮かぶわよ。
「手短にいきます。片翼が連れて行かれました。あたしだけでは救出が困難です。増援をください」
あたしの台詞に驚いた様子も見せず、そのままのペースで話しつづける熾焉君。
「そうですか。スサノオを・・・と言いたい所ですが、不在なのでサンダルフォンを三分後に送りましょう」
「了解。こちらもすぐに向かいます」
「御武運を祈ります」
熾焉君がそう言った直後、宝玉内から明かりが消えた。
彼が、場所もあたし達の所在地も聞かなかったのは、この通信に使った指輪のおかげ。
これは、常にあたし達の居場所を熾焉君に送りつづけている発信機みたいな物なの。
熾焉君はこれで、皇雅の居る場所の近くに増援を送ってくれるはず・・・
でもって無駄な情報を公開する必要も無いって訳ね。
それにしても熾焉君・・・サンダルフォンって言ってたわね。
・・・あいつが来るのかぁー。大丈夫かなぁ・・・
「それで由美子さん?これからどうするんです?」
今まで黙っていたファーナが不安そうにあたしを見ている。
「あたし達もミザルティルレイクに行くわよ。皇雅なら大丈夫。心強い応援が来るはずだから。さ、行きましょ」
−アクアラージ・ミザルティルレイク近辺 セルフォート時間4時5分(日本時間約2時半)−
昼間と違って夜の森というのは不気味なものである。
光も届かず、音もしないとなおさら。ちょっとした肝試し気分になる。
熾焉君に連絡してから十五分くらいたっただろうか?
たぶんもう皇雅はセレストからの増援と合流しているはず・・・
しかし、彼らに敵を倒すのはあたしの感が正しければまず無理だろう。
「由美子さぁーーん。ちょっと待ってくださいよぉー」
ずいぶんと間の抜けた声が聞こえ後ろを振り向くと、ファーナがかなり後ろの方に居た。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してて・・・」
とりあえず、ありがちな嘘をついておく。
「それでなくても私、怖いのとか苦手なんですからねー」
文句を言いながら、とてとて走りであたしに追いつくファーナ。
「ごめんってばー。でも、もう着いたじゃない。あの坂を上がれば・・・ね?」
「そうですね。でもー・・・またあの召喚獣で上まで上がるんですか?」
二人で歩幅をそろえて坂の上に向かう。あたしの足取りはちょっと重い。
って言うのは、ファーナが言う通り上に上がるのに、もう一度隻真を呼ばなきゃいけないから。
あたしの召喚術には、ちょっとしたからくりがある。
いくらあたしが特別でも、何の規制も無しにあんな芸当できるわけではないのだ。
あたしの幻獣召喚術を使うには、ある条件がいる。その条件を満たし代償を払うことで初めて術が成立するのだ。
ちょーっと複雑な条件なので、今は・・・呼べないんだよね。実は。
余程強い魔力をかけない限り・・・ね。
「うーん。出来れば呼びたくないんだよねー。今、寝起きだしさー」
頭の後ろで手を組んで、適当なことを言うあたし。
ちょうど目の前には昼間とは違った表情の景色が広がった。闇夜に輝く水の上の大陸。
「じゃあ、どうやって上るんですか?」
ファーナがそう言った時だった。
「その必要はないよ」
「おせーよ、由美子。」
湖の下のほうから坂を登ってくる少し似た面持ちの男が二人。
一人は背が高くモデルのような体に長い黒髪をなびかせ、右手に薙刀を携えた無表情な男。
このファンタジーな世界に似合わない、カジュアルなハーフコートを身に纏っている。
後から歩いてくるのは、ちょっと苦笑いの見慣れた皇雅本人である。
「ちょっとぉ、呼び捨てはやめなさいって言ってるでしょう?紅刃」
「いてっ。いいじゃねーかよ、生まれた早さなんて関係ないって」
あたしの一撃にもめげず、屁理屈を言ってるこの男。
このぶっきらぼうで無表情なのがコードネーム「サンダルフォン」こと八頭司紅刃。
苗字を見て分かるとおり皇雅の弟である。
「それにそのカジュアルコート。あんまり似合ってないわよ。あんた身長があるんだから・・・」
「これか?仕方ねーだろ?日本の秋の夜は結構冷え込むんだぜ?」
ふるふるっと震える仕草をしてみせる紅刃。薙刀が揺れて非常に危ない。
「皇雅、大丈夫だった?ちょっとは心配したんだからねー」
紅刃を無視してあたしは皇雅を迎えに行くと、彼は力なく手を上げた。
表立った傷は見当たらないが、ずいぶんと疲れた様子である。
「この方が・・・増援ですか?」
始めて見る紅刃に戸惑いながら、少し不安そうに言うファーナ。
増援というくらいだから、もっとたくさんの人間を想像していたのだろうか。
「紹介するわ。こいつは皇雅の弟の紅刃よ。あっ紅刃、こっちはファーナね。あたし達の仲間よ」
「こいつはねーだろ?まったく・・・よろしくなファーナさん」
表情1つ変えず薙刀を上げる紅刃とは対照的に 「はじめまして、ファーナですっ。よろしくおねがいします」 と、ぺこり頭を下げる礼儀正しいファーナ。
「で、状況はどうなの?敵は?」
「兄貴と一緒に居たのは全部で十人と一匹。うざかったから人間は全部斬った。」
あたしの質問に即答の紅刃。
十人か・・・皇雅は戦力にならないはずだから・・・さすがね。
紅刃はあたし達より三つ下だけど、子供のときからあたし達にしごかれてるから実力はかなりのもの。
とは言っても、セレストの中ではまだまだ新米だけどねっ。
「大丈夫だよ。斬った奴は兄貴がちゃんと縛りつけといたから」
「斬ったって・・・あんたねぇ・・・」
ギャアアアアアアーーーーーーン
あたしの声を遮るかのように突然のけたたましい咆哮が響き、
その声の主は大陸の上からこちらに向かって飛び降りてくる。
「ちっ、また来やがった!」
「あ、あれは、昼間の!」
いつもより高いファーナの声が辺りにこだました。
彼女の言う通り大陸から飛び降り叫んでいるのは、昼間あたしが退治したグリーンドラゴン・・・のはずだった。
飛び降りたドラゴンのヴァルティオ(地球で言う月の事ね)に照らしだされた姿は、
とても直視出来る物ではなかった。
肉は腐食し羽根はボロボロ。原型などほとんどない。
しかし、あいつは確実にあたしを睨み付けている。
それを見てあたしは確信を持った。やっぱりあたしの推理は間違ってない。
「ファーナ。ここはあたし達で片付けるから皇雅を回復したげて」
「はいっ!」
あたしの指示に、聞きなれた明るい返事が返って来る。
皇雅は何も言わずにファーナの傍に駆け寄った。
「紅刃。迎え撃つわよ。あたしに続いて」
あたしがそういうと、紅刃はすぐに薙刀の刃を返した。
「由美子。どうするつもりだ?俺もさっき何度か斬りつけたが、全然効かないんだよ」
「大丈夫。あたしがあいつの本体を持ってるの。あいつの狙いはそれよ」
坂の下に駆け下りながらあたしに言う紅刃。
やっぱり攻撃しちゃったのね。どおりで・・・
「紅刃。あたしの術が終わったら、ドラゴンの額に宝玉が出てくるから!それを狙って!」
「額だな。了解!」
あたしは踵に体重をかけ、スピードを落としつつベルトポケットから昼間奪った宝玉の欠片を取り出す。
紅刃はそのまま走っていきドラゴンに向かって一直線に飛び上がった。
急に目つきが鋭い獣のように変わった!
高い!なんて跳躍力してるの?まるで羽根がついてるみたい。
ドラゴンが紅刃の動きに気づいた!?口を紅刃のほうに向ける!
(危ない!)
そう思った瞬間。紅刃が何かを踏み台にしたかのようにさらに一段高く飛び上がった。
もちろんドラゴンの吐き出したヒートブレスより紅刃はかなり上に居る。
今がチャンスね。あたしは手にした欠片を思いっきりドラゴンに向けて投げると印を組み早口に真言を唱え始めた。
汝がここに封じし 悲しみよ憎しみよ
我が名のもとに かの力を解き放たん
今ここに 貴がお御手をかさんことを
その大いなる苦しみより救いたもう
あたしの言葉に呼応するかのように宝玉の欠片が輝きだす。
「汝があるべきところへ帰りなさいっ!」
台詞と共に思いっきり拍手を打つと、宝玉の欠片はその輝きを失いこなごなに砕け散った。
それと共に聞こえるドラゴンの咆哮。
召喚に使った媒体を失ったため、ドラゴンの肉体は溶け、地面へ流れ落ちだしたのだ。
とたんにその周辺に広がる異臭。物が腐った時のあの息の詰まる匂い。
「そこかぁ!」
そんな匂いを苦ともせず、肉が落ち骨だけになったドラゴンの額に上から切り落とす形で全体重をかけ紅刃が切りかかる!
グォォォォォォーーーーーン
夜の闇にヴァルティオの光に反射した刃の切っ先が光り、ドラゴンの頭に一線の閃光が走った。
そのすぐ後に響き渡る断末魔。
着地と共に紅刃が後ろに飛び下がった。
入れ違いになるようにあたしが前に出る。
ドラゴンにはもう抵抗する力も自分の体を修復する力も残っていない!このまま一気にけりをつけなきゃ!
胸の前で手を組んで静かに目を瞑る。ここが正念場、集中しなきゃ。
目を閉じたまま力ある言葉をつむぎ始める。
猛りもゆる 白き炎よ
彷徨える 魂の帰りし源よ
その浄化の祝福を かの者に与えたまえ
「ラヴィエターナル!」
あたしの掌から生まれ出た白い炎は、瞬く間にドラゴンの残骸を包み込んだ。
肉の焼ける匂いと腐敗臭が混じって、なんとも言えない嫌な匂いが辺りを立ち込める。
全てを燃やす浄化の炎は、容赦なくドラゴンの全てを焼き尽くしていった。
白い炎から出た煙は、空に吸い込まれるように消えていく。
あたしと紅刃は、ただ静かにその最後を眺めていた。お互い一言も発することなく。
全てが焼き尽くされた後、その場には紅刃が砕いたエメラルド色の宝玉が散らばり残っていた。
あたしはその石の一番大きい欠片を拾い上げる。もう石に熱はなく、冷たい輝きを放ったまま。
「由美子。俺は・・・」
状況を理解したらしく、紅刃が申し訳なさそうにあたしに声をかける。
「いいのよ。それより早く戻りましょ。二人のもとに・・・ね?」
うつむく紅刃の肩を叩き、いつもどおりのテンションであたしは答えた。
紅刃がこんなことを言い出すのには、紅刃が気づいたあることが関係している。
それは、召喚術の基本。
召喚術は呼び出される側と呼び出す側の魔力が同調してはじめて実現するものである。
もちろん呼び出した側の意識、つまりコントロールが途切れると召喚獣も消えてしまう。
それと同じように召喚獣の受けたダメージも、ごくわずかだが術者にフィードバックする。
昨日の昼間、あたしは地球に伝わる魔法【呪術・心術】を使って召喚術のコントロールを奪った。
もちろん、危険な賭けだったわよ。
あたしの魔力と心力が、もし相手よりも低かったらあたしは弾き飛ばされていただろうし。
だからまず初めに、召喚術をコントロールしている奴を炎で狙ったわけ。
目的は相手の魔力を削ぐためね。
大抵の魔導師は自分の魔力をアイテムで増幅している。杖とかブレスレットとか装備品でね。
だからそれを先に狙って、逆に利用させてもらったって訳。
大体そういう増幅に使われるアイテムは、魔を吸収する力も兼ね備えて持っている。
魔力の理論と言うのは、表裏一体のものが多いのだ。
つまりはあの宝玉を利用して、ドラゴンのコントロールを奪い封じ込めたって訳。
あの男やファーナが知らなかったのは、ファスタで心術の認識が薄いからだろう。
催眠術なんかを主とする心術は、ファスタより地球の方が発達しているからね。
地球では呪術って言ったりするけど。
で、紅刃がへこんでる原因は、彼があのドラゴンを通じてあたしを攻撃したと思っているから。
ドラゴンの本体の制御をあたしが持っていたのを見てそう思ったのだろう。実は違うんだけど。
あたし達が坂を登ると、皇雅はまだファーナの治療を受けていた。
どうやらダメージはそうとう重いらしい。
でも皇雅自身は座ったまま「おつかれさん」と手を上げるほど余裕の表情。
「終わったみたいだなぁ」
「いやー計算外だったわ。まさかこうなってるとは思わなかったもん」
あたしと皇雅の会話に不満の表情のファーナ。
その不満そうな表情からすぐに苦情は飛んできた。
「ちょっと由美子さん。私にはぜーんぜん話が見えないんですけどー」
相変わらず紅刃は黙ったまま右肩に薙刀を立てかけ、首をぽりぽりと掻いている。
「普通さぁ、ファーナ。召喚術の媒体には何使う?」
皇雅の方に両手を向けたまま彼女がこちらを見た。
「何使う?って・・・召喚符とか魔法陣の類の魔力道具でしょう?」
「そう、召喚符や魔法陣ね。だけど今回あのドラゴンは人間を媒体に呼ばれたものなのよ」
あたしの言葉に一瞬彼女の手が止まり、すぐさま皇雅の回復に戻った。
さすがに動揺を隠し切れない様子ね。
「どうして・・・そんなことを・・・」
少しうつむきがちに首を振り言うファーナ。
頭のポニーテールもそれにつられて風に舞う。
彼女がこんなリアクションをとるのも無理はない。
人間の体を媒体にする、と言うのは術法の中で禁呪とされているものなのだ。
そもそも召喚術を使うのに、それ専用の召喚符を使うのには二つの理由がある。
まず一つ目は、フィードバックするダメージを術者がダイレクトに受けないようにするため。
で二つ目、これが一番大きい理由なのだけど、召喚術に必要な膨大な魔力と言う代償を払うためである。
人間にも特殊な人種と言うのは居るもので、稀に大きな魔力を体内に秘めた型代と呼ばれる能力を持っている人がいる。
しかし極まれな才能なので、そんなものにお目にかかることは滅多にない。
極まれな理由は、この能力の潜在性。
普通、誰も好き好んで自分の体に何かを召喚しようと試したりはしない。
なぜなら一般人が自分の体を媒体にして何かを召喚しようとしたなら、間違いなく体はバラバラになり、
対象の召喚獣とともに、この世から消え去ってしまうからだ。
自分が型代だなんてことは、自分の体に召喚でもしない限り気づくことはない。
もちろん好き好んで死のうなんて奴は、常人には少ない。
だから、自分が例え型代であったとしても、大抵の人は気づかずに一生を終えることになる。
この型代の召喚法が、禁呪である理由は言うまでもない。
代償である型代自体が危険だから。
たとえ成功しても、このように代償である型代が召喚獣に取り込まれてしまう可能性は大きいのだ。
もちろんメリットだってある。
まず一つは、型代を使用した場合、召還者は一切の責任を持たなくなる。ということ。
これはどういう事かというと、通常召還術は召還者がコントロールを行うが、
意思を持っている媒体、つまり型代を使うことでこのコントロールすらやる必要が無くなる。
それすなわち。召還者は最初の魔力だけ提供すれば、後の責任を持つ必要がなくなるのだ。
もちろん召還元に強いダメージがあっても、自分にフィードバックは返ってこない。
そして二つ目。それは型代が人間以上の禁忌の力を得れるということ。
昔はこれに魅了された人間が、数多く散っていったこともあったらしい。
だけど、そんな強い魔力を内に秘めた人間は、数百万人に一人いるかいないか。
それすなわち、ほとんどが失敗に終わってしまうということ。
数々の犠牲の上に、型代は禁呪だということを人間は学んできたのだ。
彼女がこんなリアクションを取ったのは、このことを知っているからである。
「型代だったのですか・・・」
皇雅の治療が終わったのか、ぽんっと彼の背中を叩いて立ち上がるファーナ。
「本人にその自覚はなかったのでしょうね。だからこんなことになったのよ」
「残留思念と被験者の残留魔力による不死者化ですね。」
歯を食いしばるようにしていうファーナにあたしは頷いた。
彼女の言う通り、夜になってあのドラゴンゾンビが復活したのは、
あの場に残った型代の残留思念と魔力が、中途半端にドラゴンを復活させようとしたため。
型代に自分が召喚獣に取り込まれていると言う自覚がなかったのだろう。
あたしが召喚元のドラゴンを持っていったせいで、今でも生きてると思う心と潜在的な魔力がこういった現象を起こしたんだわ。
「いくら攻撃しても全然効かないからおかしいとは思ったんだ。だけど召喚元を由美子が持ってたなんてな」
それまで黙っていた紅刃が吐き捨てるように言った。
「えっ、ずっと攻撃してたって・・・」
「いーじゃない、終わったことをぐたぐだ言わないの」
心配そうにあたしを見て言うファーナの言葉に割り込むあたし。
この言葉の後に沈黙が訪れた。
そう、あのドラゴンゾンビを切りつけたダメージは、型代と召喚元に返って来ていたのだ。
だからドラゴンゾンビは苦しみ、あたしを憎んだ。
型代と一体化していたため、どうして痛いのかすら分からないまま痛みを感じていたのだろう。
自分の本当の体を返して欲しくてあたしを狙っていたのだ。
そしてそれがもう1つのフィードバック先、召喚元。
紅刃は、これをあたしが持っていると思っている。まあ宝玉をあたしが持ってたからなんだけど。
先ほどから、ああいう態度を取っているのもそのせいね。この辺は兄弟似てるわー。
でも、実際はこのダメージ。全て皇雅が背負っている。
皇雅はちょっと特殊な体質で、自分と波長を合わせた人間の魔力を体内に吸収することが出来る。
自分で出し入れは出来ないんだけど、その代わり彼のキャパシティはとてつもなく大きい。
条件付き型代・・・と言えば分かりやすいだろうか?
昼間のドラゴン消滅のトリックは、あたしがあのドラゴンを彼の体内に封じたって仕組みだ。
つまり紅刃が皇雅を助けるためドラゴンに斬りつけたダメージは、全てあたしではなく、
皮肉にも助けようとしていた、皇雅の魔力や精神力に影響を与えていたって訳。
皇雅がぐてんぐてんに衰弱していたのはこのせいね。
もちろんファーナもこの皇雅の特殊な能力のことは知らない。
知ってたら、すごい勢いで怒りそうだけど。。。
このことを知ってるのは、あたしと皇雅の親友ごく一部だけ。
まあ知られたところで、悪用されたりって事は無いんだけどやはり気持ちの良い話じゃないしね。
「でも、由美子さん。あの男達はドラゴンを呼び出して何がしたかったのでしょう?」
「さあ、それは帰って長老に聞いてみないとわかんないだろうな」
治療を終えた皇雅が、いたずらっぽく笑った。
「えっ長老?でも長老は・・・」
ファーナが言葉を濁す。そっか、皇雅は知らなかったんだ・・・
「殺されたわ。皇雅を連れて行った男達に」
あたしの言葉に、 「そうか・・・」 と呟いたまま黙ってしまう皇雅。
そしてその場に少しの沈黙が流れた。
「皇雅。やっぱり黒幕は村長?」
「多分な。しかし何かの組織がらみの事件だろう。途中で対立したケースだと思うね、俺は。
ドラゴンは村を襲う可能性があると考えた村長は、組織と対立して退治しようと思ったんだろ。」
「だけど逆に消されてしまった。ってか?」
紅刃の意見に答えるかのように皇雅が無言で頷いた。
「ここミザルティルレイクにはあるんだろ。そのドラゴンを呼ばなければならないくらい大切な何かがね」
「だからって!・・・型代は・・・」
皇雅に割り込んで叫んだファーナの声が少しずつ小さくなった。
「人間は不完全な生き物だから欲に目がくらんでしまうのよ。自分の未来も見えないくらいにね」
うつむいたまま何も言わないファーナ。
心優しいこの子には理解しにくいでしょうね。
「んで・・・ここに何があるか調べなくてもいいのか?兄貴」
魔術で薙刀を送還しながら言う紅刃。この程度の魔術なら使えたんだ。へぇー。
「別にいいだろ?魔力反応はなかったし。興味ない」
そっけなく答える皇雅。いつのまにかあたりは少し明るくなってきていた。
「っと、じゃあ俺は帰るぜ。熾焉さんに報告しないといけないしな」
「そっか、急に呼び出してごめんね。ありがとう紅刃」
熾焉君から渡されていたのであろう魔法陣を、コートのポケットから取り出し広げだす紅刃。
「助かったよ。みんなによろしく言っといてくれ」
「おうよ。兄貴もたまには家に帰ってこいよな」
魔法陣の上に紅刃が立つと魔法陣は輝き始めた。
突然何かを思い出したかのように「ファーナさん」と声をかける紅刃。
「どうしたんですか?」
とファーナが前に出る。
「兄貴はともかく由美子は凶暴だから気をつけろよ」
両手を頭の後ろにやり、「ひひひっ」といたずらっぽく笑いながら言う紅刃。
「ちょーっとぉ!あんたファーナに何吹き込んでんのよ!」
あたしが全部言い終わらないうちに光に包まれ、にやけて手を振る紅刃の姿は消えてしまった。
光が収まると魔法陣も紅刃も消えて、辺りは元の薄暗い夜明けの明るさになった。
「面白い人でしたね。紅刃さん」
「あんな奴の言うこと信じちゃ駄目よ。帰ったらとっちめてやるんだから」
あたしが指をぽきぽき鳴らすと、ファーナが眠そうな表情で笑った。
「ファーナ。眠いだろうけど、あたし達はもう少しだけお仕事があるのよ」
「お仕事?何するんですか?」
「やっぱかぁ。じゃないかなぁとは思ったんだけど。まだ居やがるのかー」
首を傾げるファーナとすぐにマントから紙の人形を取り出す皇雅。
確かにドラゴン自体は消えた。だけど、ここに居る残留思念は消えたわけじゃない・・・
紅刃も知らないあたしの真の実力。それは・・・
「除霊・・・って言ってファーナわかる?ここに残ってる思念自体をお払いするのよ。」
「払う?魔術で・・・ですか?」
さらに顔をしかめるファーナ。魔術理論を知ってるファスタの人間ならこの反応は当然だろう。
日本に魔法がないようにファスタには陰陽術がない。
そもそも、霊などの存在が認められていないとか言う次元ではなく、霊そのものが認知されてないのだ。
ファスタではそういった現象全てが魔力のせいになっているからね。
しかし、実際にファスタにも霊は存在している。
一流の陰陽師である、このあたしが言うんだから間違いない。
あたしが思うに多分地球にも魔力元となるエネルギー体はある。
極々わずかだけど、波動を感じるときがあるからね。
でも地球の人間が魔術などが使えないように、こちらの人間には陰陽術が使えないのだろう。
皇雅が懐から取り出したのは紙の人形。これは日本でいわれる「型代」。
ファスタでは魔力を体で表現できる人間のことを型代と言うけど、日本では意味が違う。
身代わりにするために使ったり、ご神体の変わりに用いたりするのがこの人の形をした紙。型代だ。
「今からあたしがすることは、貴方の胸の中だけにしまっておいてね」
ファーナの質問には何も答えず、ただ彼女の耳元でそういうとあたしは林の中に行き正装に着替えはじめた。
皇雅は事情を知っているので、追いかけようとしたファーナを止めてくれているらしい。
あたしには裏の顔がある。
それがこの姿。第23代目鬼龍院家当主の陰陽師としての鬼龍院由美子。
日本に伝わる陰陽術師の家系でも比較的有名な血筋に生まれたあたしは、陰陽師としてはめずらしい女性の当主となった。
だからあたしは、恋もしてはいけなかった。
人と結ばれるわけにはいかなかったから。
人と結ばれたら神の嫁で、なくなってしまう。
女性の神主にとって人間と結ばれることは、その陰陽術の力の全てを失うことを意味するのだ。
皇雅はそんなあたしの生い立ちを理解してくれている。それでいて傍に居てくれる。
だからあたしは頑張れる。どこまで走っても一人じゃないから。
こうやって正装に袖を通すたび、自分について考え直してしまうわね。
だって、あたしにとって昔から家系には頭を抱えてたからなぁ・・・
だから昔はこの正装をするのが嫌だったのを鮮明に覚えてるわ。
一応ファスタでも、すぐに着替えれるように着替えの用の魔術も開発してもらったのよね。
でも、光に包まれて着替える瞬間ボディラインが丸見えなのよ。これって。
まさか熾焉君の趣味とも思えないけど。ふふっ。
その欠陥のおかげでこうして林に隠れて着替えてるって訳。
さすがに皇雅とファーナだからって麗しき乙女の肌を見せるわけにはいかないからね。
封を切った札から溢れる光はあたしの体を包み込み、やがてあたしは白と紫を基調にした袴姿になった。
何重にも布を重ねているため、動きにくく、暑い。
とても戦闘を出来るスタイルではないわね。
あたしも普段は好んで着たりはしない。色合いも悪趣味だし。
だけどこの服は、こう言った陰陽術に必要な心力を増強し、雑霊を寄せ付けない。
まさに除霊にはもってこいなのである。
だから仕方が無い。多少は暑くても我慢我慢。
「おまたせーっ。」
着替えを済ませたあたしが踵をかえして皇雅たちの元へ戻ると、
すでに皇雅はファーナを近くに寄せ印を切り、呪法結界を張っていた。
そう、皇雅も日本では有名どこの陰陽師の家系に育った。
実はあたし達は、元・陰陽師パーティだったりする。
実際に、地球に居る間のセレストの依頼の8割はこっち関係の話だしね。
しかし、皇雅は長男ながら当主ではない。
それどころか心力は普通の人間となんら変わりが無い程度。
これは紅刃も同じ。八頭司の家計はちょっとした事情があり、当主が変わることは無いのだ。
勘の良い人は気づいただろうが、あたし達の出会いというのは、通常ありえない。
偶然「鬼龍院」と「八頭司」が相反した派閥ではなかったから、あたし達は出会えた。
もし相反していたとしたら、彼はあたしの一番の敵になっていたかもしれない。
何故なら陰陽師は基本的に同業者というのは避けるものだから。
理由は簡単。それだけ扱っている物は危険で不安定だから。
名前や誕生日や生まれた位置はおろか、厳重に守られている巫女や神子・巫士や神主だと
性別すら明かさないのがこの陰陽術界の常識。
だって、その情報だけで簡単に呪術がかけられてしまうからね。
ちなみに神社に普通にいる神主だって、真の名前を伏せている人は山ほどいるのよ。
そうそう、さっきあたしは真言を唱えたけど、別に密教だけがレパートリーではないわ。
これがあたしの強みで、あたしは普通の陰陽師と違って能力に壁が無いの。
だからこの世界に来た時も、ある程度すんなり魔術を使うことが出来た。
あたしの十八番の幻獣の制御だって、実は陰陽術で行っている。
まあ、一口に陰陽術師と言っても色々居ると言うことね。
そうは言っても、さすがに異世界に住んでる陰陽師ってのはあたし達しかいないでしょうけど。
ちなみに無事に済んだように見せて紅刃を帰したのは、これを見せないため。
鬼龍院家の当主があたしであることを知っている人間は、この世に指折るくらいしか居ないから。
あたしは、自分の命に一族の重みを背負っている。
あたしが倒れることは一族の最後を意味するから。
どうして女性であるあたしが一族の運命を背負っているのか?
それは、鬼龍院家には跡取はいないから。
・・・いや、正確に言うと居なくなったから。
そこら辺は家庭の事情だから、あたしにはよくわかんないんだけどね。
あたしはまだ当主の仕事はほとんどやってないし。
まだうちの父さん、つまり二十二代目鬼龍院家当主はばりばり元気で神主やってるからね。
だから形上だけ、あたしは二十歳の誕生日に鬼龍院家の当主を継いだの。
でも、ほとんどは父さんが引き続き仕事をこなしてくれている。
職業柄、若い神主が表に出ているとなめられてしまうしねー。
「由美子、始めるのか?」
「へっ?」
後ろから突然かけられた声に、あたしは思わず上ずった声を出して返事をしてしまった。
「え、ええ。やりましょうか。でももっと広いところに行きましょう。気配的にただの生霊じゃないわ」
「そうか。俺にはさっぱりわかんねーから、お前に任せるよ」
あたし達のやり取りにすっかり黙ってしまったファーナ。さては皇雅が口止めでもしたかな?
そうしてあたし達は池の近くまで降りてきた。
ここなら原っぱのようになっていて広いし、
傾斜だって無いから立ち位置も安定している。・・・よしっ!
「ファーナ、さっきの紙に息を吹きかけてくれた?」
「はい・・・」
あたしが手を伸ばすと、少し大人しい目に返事してあたしに型代を渡すファーナ。
皇雅は何も言わずあたしにそれを差し出す。
「じゃあ下がって、ファーナも魔力結界だけは張っといて」
ただ頷き立つファーナに皇雅が笑顔でおいでおいでをすると、彼女は小走りで彼に駆け寄った。
これで、心力と魔力の二重にガードは張ってある。
みんなの波長を記した型代もここにある。
ちょっと眠たいのが気になるが仕方ない。始めますか!
「では鬼龍院の名において、ここに魂寄せの儀を執り行う」
あたしがそういうと一陣の風が頬をかすめた。
まるで何かを訴えかけるかのように。どうせ雑霊か何かだろうけど。
皇雅たちの型代を袴の胸元にしまうと、あたしは自分の手と口を湖の水で漱ぎ、礼拝をし、
さっきドラゴンから取り出した宝玉の欠片を取り出して祝詞を唱え始めた。
「掛巻も畏き天神地祇八百万神等 その従え給う千五百万神の神達・・・」
言葉を語ると言うよりは言葉を歌うような、この訓読だけで構成された言葉が祝詞。
そもそも祝詞は神主さんがお払いする時に読む言葉で、神様に願い事を伝える内容になってるの。
最終的には造化3神の天之御中主神に力を借りるのが目的らしいわ。
興味が湧いたらその手の文献も読んでみてね。けっこう面白いから。
なーんて古典の宣伝もしたところで!
「今ここに彷徨いし魂よ!我が前にその姿を現せ」
あたしの言葉と共に生暖かい風が流れ、宝玉の欠片から湖の水面に何かが飛び出す。
あたしの力によって、具現化された魂が姿を現したのだ。
ちょうど空に浮かぶ雲に、人の顔が浮かび出たものだと言えばいいかしら?
普通の陰陽師は何かに一度魂を降ろしたりして除霊を行うが、あたしはこうして魔力で対象を具現化する。
人をモルモットのように使うのはどうも好きになれないから。
「いやぁぁーーっ」
後ろでファーナの叫び声が聞こえる。
あたしの魔力と目の前の霊の怨念が入り混じって、すさまじい魔力の威圧感が襲ったためであろう。
霊たちの叫びは、それその物が魔力の超音波のような物になる。
魔術師は普通の人間よりもそんな音波に敏感に反応してしまうため、ファーナもこうなっているのだ。
でも、あたしは後ろを振り向いたりはしない。
気を取られること、それはこの場にいる霊に隙を見せるだけだから。
彼女なら隣に皇雅がついてるから大丈夫だし、ね。
「お前は何ゆえにここに漂うか?」
厳しい声を張り上げて対峙するあたしに、その霊体は大きく顔を歪めた。
「苦、苦、苦、苦・・・・生き、生きる」
ドンドンはっきり聞こえ、繰り返される生への残念。
この手の霊体は自分が死んだことを理解している分、性質が悪い。
何も知らない無垢な魂は真っ直ぐ導くだけでいいが、こいつらは自分の念でここにいる。
「お前にはもうこの世界に居場所など無い。だから早く神さんの元に行きなさい。
ここで苦しみ続けるより、早く生まれ変わって良い生活をやり直したほうがいいでしょうが?」
きつい言葉使いだが、こうして威圧感を与えないと無駄な抵抗をするだけ。
それだけ、生と言うのは彼らにとって価値あるものだから。
陰陽師の本当の仕事は、こうして霊たちを納得させるところから始めなければいけないの。
「あ、あ・・・・・ク・・・繰り返す?」
少しずつ空気が穏やかになるのが分かる。
この霊自身が生ある人間と自分が会話をしていることに少しずつ気づき始めているのだ。
確かにこの霊も今まで苦しかっただろう。
誰にも気づかれず、ただ型代の中に押し込められ召喚の代償となっていたのだから。
「そうよ。こんな生き方は無意味なの。今すぐ神さんの所へ行きなさい」
厳しい顔のまま生霊に向き合う。
「もう、苦しくないのか?」
はっきりと生霊の声が耳に届いた。あたしと霊との波長があったためであろう。
ちなみにこの会話は、型代を通して皇雅たちにも聞こえている。
もちろん型代の本来の目的は身代わりだけどね。こういった目的にも使えるのだ。
「このような所で叫んだところで誰一人お前には気づくまい。今のお前がやってることは無意味なんだ。」
無意味。とてもとても冷たい言葉。
あたしがこの職業をやってて一番辛いのは、常にこういう言葉をもっていないといけないということ。
相手にとって、生きると言うことがどれだけ魅力的なことなのかは、きっとあたしは理解出来てない。
だって・・・あたしは死んだことがないから。
しかし、相手には絶対に理解してもらわなければいけない。
どんな理由でも、死んだ人間はこの世界に残っていてはいけないのだ。
「・・・」
霊体は何も言葉を発しなかった。
自分の運命に気がついたのだろうか?
そんな相手に、あたしは最後の情けをかける。
「私が道を開いてやるから、神さんの元に帰りなさい!」
「・・・」
言葉を忘れてしまったのか?と思わせるほど何も話さなくなった。
救いの道を開くのは、今しかない。
「宿陽・五行神柱!」
相手の沈黙を確認したあたしは、すぐに五枚の札に命を宿し、具現化した霊の周りを包ませた。
霊は抵抗する気もないらしく、おとなしく光に囲まれている。
今までドラゴンを再生復活させていたのは、ただ生きたいって執念からだったのね・・・
「高天原に神つまります 大天主太神の命もちて
八百万の神たちを神集へに集へたまひ 神議りに議りたまひて・・・」
祝詞をあげるあたしの言葉に札が反応し光の筋が生まれ、その筋はやがて柱となった。
言葉を続ける毎にあたしに魔力が集まっていくのが分かる。
体が芯から燃えるように暑い。どこからか吹きすさぶ風が、あたしの髪を後ろへと引く。
でも空に帰さなきゃ。この魂を・・・この悲しみと一緒に。
更に祝詞は続く。
「・・・かく失ひては 現身の身にも心にも罪といふ罪はあらじと
祓ひたまへ清めたまへと白すことを所聞食せと 恐み恐みも白す」
神言と呼ばれる祝詞をあげ終わり、ここに五行を用いた神道、つまりは魔力場が発生した。
「汝が来世に幸あらんことを!鬼龍奉天魂!」
言葉と共にぱちっ!とあたしが拍手を打つと、霊を囲む光の柱は中央に集い天高くその光を伸ばす。
光の柱が一瞬白く輝いたとき、霊体の口が微かに動いた。
しかし言葉は何も発されず、そのまま一条の光は空へと帰っていった。
その刹那だった。あたしの脳にその姿とヴィジョンが映ったのは・・・
「あ・・・」
その場に崩れ落ちるあたし。
「由美!」
いつ走ってきたのか、皇雅がすぐそばまで来ていた。
「ごめんごめん、・・・大丈夫。あたしは大丈夫だから」
確かに見えた。
さっきの空に上る瞬間。あの霊の命ある時の姿が・・・
それは、まだあたし達とたいして変わらない年頃の男の子・・・
更に、あのヴィジョン。
「皇雅には見えた?さっきの霊」
座り込んだあたしを後ろから支える皇雅に、もたれかかってあたしは問いかけた。
「ああ。18歳前後ってとこだったな」
「いつからあの姿で彷徨っていたのかはわからないけど、誰かに殺されたのね・・・きっと」
「ゆ・・・由美子・・・さん?」
突然後ろからファーナの震えた声が聞こえた。
「ん?」
あたしと目が合ったファーナは唖然とした表情でこちらを見ている。
まるで何か獣でも見るかのように・・・ってそっか。
ファーナは始めて見るんだっけ?
すぐに湖の方に歩いていって水鏡に顔を映す。
ヴァルティオに照らされた湖に映ったのは、顔のほとんどに真っ赤な化粧のようなものが施された自分の顔。
紅い部分を少し強めに指でなぞってみるが、一向に取れる気配はない。
うちの家系の特徴らしいのよね。
儀式的に大掛かりな陰陽術を使うとこういった反動が出てくるのは。
うちではこの現象を苗字にちなんで鬼宿とか呼んでるけど。
魔力や心力が増幅された状態にあるみたい。
ちなみにファスタでこの現象が出ることはあまりない。
今回は・・・さっき紅刃が地球に帰る時に開いた道から、
呪術の神である地球のご神体のエネルギーが、あたしの術に反応して流れ込んだためであろう。
「大丈夫よファーナ。二時間もすれば元に戻るから。」
振り返って笑顔でそういうと、彼女の顔が少しだけ緩んだような気がした。
「皇雅。あたし分かったよ。村長が殺された訳」
袴姿のまま胸元の型代に魔術で火を呼んで炎をつける。
人型の紙はちりちりと燃え始め、少しずつ灰になっていった。
「村長が死んだ訳・・・」
意外にもあたしの言葉に、ファーナが皇雅よりも早く反応を示した。
「あちっ!」
炎の熱で持ちきれなくなった型代から手を離し、全て燃え尽きたのを確認してからあたしは火を消した。
「ファーナ。あたし達が見た時、村長は凄い形相で亡くなっていたわよねぇ?」
「ええ」
あたしの問いかけに彼女のポニーテールが少し縦に揺れた。
「あれは呪術を受けた人間の典型的な反応・・・なのは知ってるわね?」
「心力が相手よりも低かった場合・・・つまり術がストレートに相手に伝わった場合ですね?」
「ご名答。その通りよ。じゃあ、あの呪術かけたの誰だと思う?」
誉められてうれしそうにしていた彼女は首を傾げてしまった。
「・・・言葉ってね。ただ意思を伝達するだけの道具じゃないのよ」
「え?」
余程あたしの言葉が予想外だったのだろう。
ファーナはわからないと言った表情を浮かべている。
「蟲毒って知ってる?」
「蟲毒?」
「いちばん簡単な呪術とも言われてるくらいの呪術だよ。壷の中に毒蛇なんかを入れて放置するんだ。
そしたらやがて蛇たちは共食いを始めるだろ?そんな中で最後まで生き残った蛇を贄にするのさ。 それで相手に呪いをかけるって術のこと」
あたしの代わりに説明する皇雅。
「なぜそんなことを?」
皇雅の説明に興味もった人間が約一名。
「他の死んでいった蛇たちの怨念が最後の蛇に移るって言われてるのよ。
あたしはやったこと無いから詳しい原理と内容は知らないけど」
ほうほう、と言った表情で頷く好奇心旺盛のファーナ。
「で、その蟲毒がどう関係してるんですか?由美子さん?」
「言葉だって、積み重ねれば大きな力になるってことよ。」
あたしの言葉に全てを察したのか、ファーナの顔色が少しずつ青くなっていく。
「ここに、言霊が存在するって言うのか?」
すぐに皇雅が切り返してくる。
「こっち、つまりファスタには呪術というのは伝承の世界でしか出てこないものよね。
逆に地球には魔術みたいな物が伝承や空想の世界にしか出てこないわ。ここが今回のポイントだったのよ。」
このあたしの言葉にヒステリック気味にファーナが叫んだ。
「ずっと、ずっと呪い続けてたっていうんですか?あんな器に閉じ込められて!」
無理も無い、彼女の両親はあの子供と同じように型代となって死んだのだから。
あの時の両親の苦しむ顔が、ファーナの脳裏にフィードバックしたのだろう。
苦しみがわかる人間だからこその反応・・・
「でも、でもファスタには呪術という力はもう存在してないはずです!」
続けて叫ぶファーナに低い声でゆっくりと皇雅が語りかけた。
「・・・俺達、地球人にだって魔力はある。同じようにファスタの人間に心力があっても不思議じゃあない。」
否定したい気持ちだってわかる。
けど、これはどう考えても長老の部屋で感じた心力の波長と一致する・・・
「さてっと、都合良く魔力が増幅されてるうちに、上で倒れてるまぬけな黒幕たちに会いに行きましょうか。」
あたしは二人の反応を見ずに両手でそっと自分の髪に触れた。
手の触れた部分からあたしの髪が輝きだし、そのまま髪から離した両手を合わせて優しく広げると、
掌から光が広がり、昼間より一回り大きな鷲がその姿を現した。
「さっ、乗った乗った。」
「じゃ、今回は俺も便乗していくかぁ」
そういって一番初めに隻真の背中に乗ったのは皇雅。ファーナは動こうとしない。
「まずは話を聞いて見ましょう。じゃないと何にもわかんないから・・・ね?」
あたしが手でファーナを隻真に乗るようにエスコートすると、彼女は一度だけ頷いて本日二度目の隻真に乗った。
−アクアラージ・ミザルティルレイク水上大陸 セルフォート時間5時00分(日本時間約4時15分)−
「ひーゃっほーーー」
「おい、ちょっと飛ばしすぎじゃねーの?」
夜、空の散歩をするのは気持ちがいいわねー。吹き付ける風がちょっと寒いけど。
「おい、おいってば!」
怖がる皇雅を無視して、隻真は大きく翼をはばたかせる。
決してふらふらすることなく力強いその羽ばたきは大きく風を切り、ドンドン上昇していく。
あたしたちが目指す大陸の頂上へと・・・
「・・・乗らねー。俺はもう頼まれても絶対乗らねーぞ。」
「あら、皇雅って高所恐怖症だったかしら?」
隻真から降りた後、しきりにぶーぶー文句を言う皇雅にいたずらっぽくあたしは尋ねた。
時間が時間なので辺りも、もううっすらと明るくなってきている。
「別に高所恐怖症じゃなくても、真っ暗闇の中あの速度であんな飛びかたされたら誰だってびびるだろ!」
必死で弁解する皇雅。
「あら、そうかしら?気持ちよかったわよねぇ?ファーナ?」
「はーい。とってもー」
皇雅とは違いすっきりした表情のファーナ。
「俺が言ってるのは、アクロバット飛行の方だ!」
「あれもジェットコースターみたいで良かったじゃない」
「ジェットコースターってなんですか?」
「あたし達の星にある乗り物よ。こんな感じでね、さっきみたいにゴーッって行くの」
手をピンと伸ばし、上から下へ下降する様を説明すると、
「それは何のために使うんですか?」
と、ファーナ。
「もちろん、スリルを味わうためよ。ふふふ」
あたしの無気味な笑いに「へぇースリルですか・・・」とファーナは真顔で感心していた。
「とにかくだ!奴らはこの近くに縛り付けておいたから、さっさと行こうぜ。まったく・・・」
「皇雅さん?どうして震えてるんですか?そんなに寒いですか?今日」
「な、なんでもないっ。」
ファーナに心配されながらも、ぶつぶつと文句を言いつづける皇雅。
よっぽど怖かったのねー。あいつが絶叫マシン系が駄目なのすっかり忘れてたわ。
「ちょっと待って。着替えてきていいかな?動きにくいんだ。袴」
「えー着替えちゃうんですか?格好いいのにー」
自称あたしファン?のファーナはがっかりしていたけど、これじゃあたしは動きずらいのよね。
と、例の如く草むらに入りいつもの軽魔導師ルックにあたしは着替えた。
せっかくだからあたしの普段の服装を紹介するわね。
あたしは魔導師にしては近接戦をすることが多いので、その点を考慮して動きやすい格好をしてるの。
軽い革の紐靴に靴に合わせたベージュ色のズボン。
上はシンプルなシャツに、もうお馴染みのショルダーガードね。
ガードって言っても大体ピンポン球大の宝玉が入るくらいの大きさ。
だから、どっちかって言ったらショルダーパッドって言うのかしらね?
後は腰に巻いてるベルトにいくつか袋がついてるわ。これにあたしのネタを封じ込めた宝玉が入ってるのよ。
装飾品は右手のブレスレットと通信に使った指輪くらいかしら?
で、一番外側に肩から膝くらいまであるマントを羽織ってるの。皇雅と違って前が開いてるやつね。
さて、由美子ちゃんのファッションショーも終わったとこだし、戻りましょうか。
「ごめーん。お待たせ」
着替えから帰ってきたあたしの顔を見て「くすくす」笑い出すファーナ。
「ん?どうしたの?なんかついてる?」
「由美子さん。服装変わっても顔はそのままなんですね」
「服が変わっても顔がそのまま?失礼しちゃうわね。顔なんて簡単に変わる訳無いでしょう?」
『ははははは』
あたしの台詞を聞いてさらに笑い出すファーナと皇雅。
「何よ。皇雅まで」
「だって、お前。はははは」
指を指して笑い出す皇雅。
ムカッ。何よ。何がおかしいって言うの?
つかつかつかつか。ゆっくり皇雅に近寄るあたし。彼の笑いは止まらない。
むしろあたしが近づくことで「かお、かお」とエスカレートしている。
げしっ。
「ぐげっ。」
すまーした顔で何気に足を踏んでみる。笑っていたところに不意打ちをくらい変な声をあげる皇雅。
「何がそんなにおかしいって言うのよ」
「いや、ファーナが言ってるのはこれのことだよ」
むにーっ。
皇雅の両手があたしの頬を横に伸ばす。あたしはそのアクションではじめて皆が笑ってる対象に気がついた。
「あー。こえのここ(これのこと)ね」
ファーナが笑ってるのは、鬼宿によって出来たこの赤の模様の事だったらしい。
不覚・・・あたしとしたことが、いつもは出てこないから全然気づかなかったわ。
「だって由美子さん全然気づかないんだもん」
くすくす笑うファーナと、あたしに踏まれた足を二、三度振ってそうそうと頷く皇雅。
「仕方ないじゃない。自分の意志で出してるわけじゃないし」
「そうだな。まっ、そのうち元に戻るさ」
「もうそろそろ明るくなってきましたね。早く行きましょう。由美子さん、皇雅さん」
このファーナの言葉にあたしと皇雅は頷き、男達の元に向かい歩きだした。
「あれだよ」
無言で歩くこと約10分弱。
皇雅が発した言葉と彼の目線の先には、確かにずたずたになった男達が魔力結界に閉じ込められていた。
男達は全員統一された戦闘服のようなものに身をつつんでいて、あたしからは誰が誰なのかよく分からない。
数十人の男達の中の数人は意識はあるようだが、倒れたままもがける程度。
あたし達が近づいても暴れようともしない。
紅刃はずいぶん手加減無しで攻撃したみたいね。
と、なると正確なことはわからないけど・・・多分、この中の数人は足や肋骨が折れてるわね。
あいつはそれくらいなら平気でやるからね、ああ見えて兄貴思いだから。
「羅旋」
あたしの声にそこら一体の地面の色がうっすらと明るく変わる。
鬼宿であたしの魔力が増幅されたおかげで、普段は子供一人程度の大きさの螺旋が
あたしを中心とした半径10mくらいの大きさになり、大地に潜伏した。
「さて・・・ご機嫌はいかがかしら?」
あたしの言葉に反応し睨み返してこれたのは、十数人の内たった三人だけだった。
「お前達は・・・何者だ?」
搾り出すように出た男の言葉。余程体力が残っていないのだろう。
しかし目だけはこちらを睨みつけている。決して目は死んでない。
「旅人よ。さすらいのね」
「はっ、旅人が何故我らの邪魔をする?」
「あー。あたし理不尽なの嫌いなんだぁ。戦いなり召喚なりがやりたいなら自分らだけでやればいいじゃん。
わざわざ関係ない人巻き込まなくてもさ」
あたしの台詞に分からないといった表情の男。するとこれを聞いていた横の男が口を開いた。
「俺達が誰を巻き込んだって言うんだよ?証拠はあんのか?あぁ!?」
あら、強気じゃないの。身動き取れないくせに。
あたしの中で徐々に苛立ちが膨らんでいくのが、自分でも分かった。
「誰を巻き込んだかですって?少なくともあの型代は関係ない少年だったでしょうが!」
型代、というキーワードが出たのが予想外だったのか、男たちは何も反論してこなかった。
「証拠ですって?型代になった人間の特徴でもなんでも言ってやるわよ!あたしをなめないで!」
「由美子落ち着け。」
男達を怒鳴りつけるあたしの肩に、皇雅の制止が入った。
「貴方達は、こんなことまでして何がしたいの?」
続けていつもはおとなしめのファーナが強い口調で男達を問いただす。
「・・・」
しかしその質問には誰も答えようとしなかった。
「ふん、見上げた忠誠心だわ。よっぽどしっかりした組織なのね。」
あたしがそういった時だった。
「お褒めに預かり光栄だね。さすらいの旅人さん」
「誰!?」
声のした方を振り向くと、いつの間にか男達と同じ服装をした少年がそこに一人立っていた。
歳の頃は十歳くらいだろうか?
身長はあたしよりも低く、少しパーマのかかったブロンドのショートカットと
大きく青い瞳が特徴的な可愛い感じの男の子である。
「その男達を受け取りにきた黒幕だよん」
そう言って、少年はいたずらっぽく笑い、胸に手を当て軽く一礼する。
「羅旋!」
先ほど仕掛けたトラップを呼び出すと、あたしの声に呼応した光の筋は
名の如く螺旋を描いて少年の腰辺りまで巻きついた。
あっさりと羅旋に下半身の自由を奪われる少年。
「冗談にしては笑えないわね。子供はとっくに寝てる時間よ」
あたしの言葉にも螺旋にも、同様の色1つ見せずになすがままされている少年。
それどころか、時折笑顔すらうかがえるわ。
「魔術・・・いや違うな・・・召喚術かな?」
縛られながらも唯一自由な片腕で光を触り確認する少年。
「それにしてもおねいちゃん、きつく締めすぎだよ。こんなにきついとちょっと苦しいよ」
「あら、だったら避ければ良かったのに。あたし達に気配を感じさせずここに来れたんだもの。出来るでしょ?僕?」
相手に合わせてあたしがいたずらっぽく言うと、少年は「ふぅん」と頷いた。
「頭も切れるみたいだし、召喚も使える・・・おねいちゃん一体何者だい?」
少年は羅旋に拘束されたまま、あたしに問い掛けてきた。
しかしその問いかけには、あたしが答えようとするより早く皇雅が口を開いた。
「ナンパするときは男が先に名乗るもんだぜ?僕?」
「お前には何も聞いてないから」
小馬鹿にされたのが頭にきたのか、突然そう言って少年は空いている手を一振り。
するとそこから生まれたすさまじい突風が皇雅に襲い掛かった。
対する皇雅も、すぐにその突風を魔術を使い右手で別の方向へ曲げる。
・・・なかなか出来るわね。この子・・・
「えーこいつもぉー?うーん、これは面倒なことになったなぁ」
術を皇雅にはじかれ、意外そうな表情で頭をぽりぽりする少年。
「さて、ゆっくり話を聞かせてもらおうか?」
「そうね。幹部クラスが自分から出てきてくれたことだし」
あたし達の台詞に少年は静かに呟く。
「幹部だなんてそんなぁ。・・・僕はもっと上だよ。」
「!?」
そう言った少年はまるで何もなかったかのように羅旋をすり抜け、空中に浮かび上がった。
そのまままるで風に乗ったかのようにふわふわ浮いている。
・・・訂正。この少年は風を纏っている。真っ白の目に見える風を。
「浮遊術?こんな子供が?」
一番初めに反応を示したのは皇雅だった。
「二人にもいい物を見せてもらったからね。これはそのお礼さ」
「秘術・・・エア・セレスティアをこんな子供が?そんなまさか・・・」
「へぇ。三人目も馬鹿ではないと言うわけか・・・そりゃあこいつらじゃ実力不足だろうね」
ファーナの言葉に鼻を鳴らしうっすらと笑いを浮かべる少年。
エア・セレスティア・・・たしか風の最高位に値する魔術の1つで元は魔法が起源にあると言われるほど強力な魔術。
風を自分の体に身につけることで速く動いたり空を飛んだりすることが出来るものだったはず。
少年の体からそれ相応の溢れる魔力を感じるわ。・・・ただもんじゃない、この子。
「貴方。何者なの?」
あたしの質問に少年は少し高度を落としこう答えた。
「僕?僕の名前はカミユ。みんなは碧鳳のカミユって呼ぶけどね」
纏っている風で少年のブロンドの髪が揺れる。
風で髪が上がっているおかげではっきりと見える顔の一番の特徴である大きな青い目、これが彼の異名の由来ね・・・多分。
「おねいちゃんは?」
「あたしは由美子。鬼龍院由美子よ。」
「キリュウイン・・・ユミコ・・・。変わった名前だね。」
あたしの回答を聞きながら、彼は羅旋が渦巻く大地に降りてきた。
あたしもあえて攻撃はしない。 どうせ羅旋程度じゃ止められないだろうし。
「そっちのお兄ちゃんとおねーちゃんの名前も聞きたいなー」
「そっちが皇雅でこっちがファーナよ」
あたしの後ろに隠れているファーナと隣で臨戦体制の皇雅を紹介すると、ふむふむと頷くカミユ。
「あー、残念だなぁ。本当はもっと遊んでたいんだけど・・・」
彼が手で軽く体を払うと、まとっていた白色の風が消えていった。
完璧にエア・セレスティアを使いこなしてる・・・理力も並じゃないわね。。。
「今回は回収だけって約束だから、もうタイムリミットなんだ。」
「タイムリミット?」
その言葉を聞いたあたしの背中に、何か嫌なものが走った。
「おねいちゃん達の名前も聞いたことだし、今日のところはそろそろ帰るよ」
「・・・帰るだと?」
「そうだよー帰るの。大丈夫、このままじゃおねいちゃん達がつまんないだろうからお土産を置いていくよ」
・・・お土産?あたしの中で何か嫌な予感は核心に変わった。自然と体が反応して空に印を切る。
その瞬間に、あたし達三人の周りに発生する心力を高めるための空間が広がる。
「ファーナ、あいつらに防御結界を!早く!」
カミユの声が途切れないうちに、倒れている男達を指差して皇雅が叫んだ。
その声にせかされながらも、すぐに防御結界を張ろうとするファーナ。
カミユが静かに言葉をつむぎ出すと辺りの風の動きが一気に変わった。
この言葉は・・・召喚術?!
「カミユ様!俺達はどうすれば?」
それまで黙っていた男達が、カミユの詠唱を見た瞬間に慌てだした。
そして詠唱が進むにつれ、気絶したいたはずの男が悶え苦しみだす。
カミユは男達の質問を無視して、更に詠唱を続けていた。
「織り成せ汝が真の姿に・・・我が力もちて目覚めたもう・・・眠りし黒の更なる闇の・・・」
その言葉はあたしも知ってる召喚術の最も触れてはならない部分。・・・それは・・・
「その詠唱は!だめぇー!」
同じことに気づいたのか結界の詠唱を中断しファーナが叫んだ。
それでも少年の口は止まらない。
まるで読みなれたお経のようにカミユは言葉を紡いでいく。
このままでは・・・まずい!
「tornado javelin!」
皇雅の手から発せられた槍状の風が、カミユの足元に向かって飛んでいく。
「直撃!?」
「甘いっ!」
それを寸止めで止め、バランスを崩しながらも、先ほどと同じようにふわりと浮かび上がるカミユ。
皇雅の魔術は、どうやら彼の足元の地面をえぐっただけだったようだ。
皇雅は目的を間違えるほど腕は悪くない。
となると・・・おそらく彼が方向を変えたのだろう。
攻撃に転じたあたしたちに対して、カミユは即座に身に纏っている風を指にくるくる巻きつけてこちらに投げつけてきた。
鋭い牙のような風は辺りの木や植物、果ては倒れている男達に襲い掛かる。
辺りに響く裂けるような悲鳴と叫び声。
樹は切り刻まれ、木の葉が辺りに舞い散る!
「全てを遮る光の壁よ!極光壁!」
あたし達を襲う風をファーナの防壁魔術がジャストのタイミングで完成し阻止。
すぐさまあたしは光のカーテンいっぱいまで前に出た。
これで条件はそろった。今のあたしならきっとやれる。詠唱を止めるにはこれしかない!
「翼炎!雷閃!飛燕!」
あたしの言葉に即座に現れる三匹の幻獣。
炎を纏ったお馴染み炎と、雪のような白い体を持つ一角獣と青白く輝く燕。
「行け!」
3匹とも現れたと同時に、言葉少なく命令を下す。
彼らはあたしの命令に従い、無言で光のカーテンを飛び出した。
まず炎の口から吐かれた炎球と、一角獣の角から発せられた雷撃が詠唱中の彼を捉える。
その爆発と稲妻の轟音がそこら中に鳴り響き、一瞬辺りが明るくなった。
男達のカミユに助けを求める声が、一瞬かき消される。
「雷よ。雷よ。我が手の中で命に応じて力となれ!雷閃光!」
彼を包み込む煙の中に、更にファーナの掌から生まれた雷の魔術が襲いかかった。
割れるような音と雷が落ちた地面の土が辺りに四散する。
術の反動でファーナも少し後ずさりするのを、皇雅が後ろから支えた。
「光を壊せ、飛燕!」
更に続く連続攻撃。そこに光を纏った燕が一直線に飛び込む!
「うっ!うあああああっ!」
さすがに詠唱中は防御に魔力を回せなかったのか、
飛燕の直撃を受けた少年は地面に叩きつけられ、辺りに土煙が立ち込める。
叩きつけられた後も、もがき苦しむ少年。
それと共に、飛燕が即座にあたしの元に戻って来た。
この子「飛燕」は、場にある魔力を発散させる力を持っている。とはいっても限界はあるが。
今の始めたばかりの詠唱程度の魔力場なら、この子の直撃で十分壊せるものなのだ。
「あんたね!型代にドラゴンを降ろしたのは!」
煙が止み、膝まづく彼に向かってあたしは叫んだ。
「・・・確かに・・・ドラゴンを呼んであげたのは・・・僕さ」
あたし達が敏感に反応を示した理由・・・
それはさっきからこいつがやろうとしていた事。
そう、それはまさにさっき片付けた型代を使った召喚術。
こいつはそこらに倒れている男達の体に、無理やりなんかを呼ぶつもりだったんだわ。
「どうしてそんなことしたのよ!」
あたしの怒号に近い叫びに、カミユは右手だけで上体を起こし息を整えてからこう答えた。
「近くの村のじいさんが組織に頼んだのさ。この湖の自然を守るために守護するモノを呼んで欲しいってね」
「だから・・・だからって、ドラゴンを呼んだとでも言うんですか!」
「向こうからこれを呼んでくれって指定は無かったんでね。
だけど、じいさんったら人間に危害を加えたらどうする?なんて言い出しやがった。
自然に害をなす人間を追っ払うためにせっかく呼んでやったのにさ」
はははと笑いながら言うカミユ。
「僕も馬鹿じゃないんでね、保険をかける意味でドラゴンの型代には、そのじいさんの孫を使わせてもらった。
そして型代とドラゴンの脳に焼き付けてやったのさ。じいさんがこれを主謀し、望んだんだってね」
「で、呪術をかけさせたって訳か。確かに頭は切れるみたいだな。いろんな意味でよ」
誇らしげに言うカミユに皇雅が静かに言った。怒りが満ち溢れんばかりに入った低い声で。
これではっきりと分かった。昼の事件の真相が。
昼間居た男達は、彼にあの杖を渡されドラゴンの監視を頼まれたのだろう。
多分正体は予想通り失踪した村の住人達にして、このカミユの組織の下っ端たち。
どんな理由があるのかは分からないけど、あの村はこいつらの勢力がほとんどを占めていたんだわ。
そして一人ドラゴンが自然を守護することに、長老は反対した。
そんな邪魔な長老を消そうとしたところに、あたし達が現れた・・・と。
と、なるとそこに倒れている連中の中にも、村の人間がいるかもしれないわね。
「ちょっと腑に落ちない点があるわ。どうして長老一人を暗殺せずにわざわざこんな大事にしたのかしら?」
「さぁね、セイジ的な理由があるらしいよ。僕は子供だからわかんないけど・・・」
そういって今度はフフフっと少年は笑った。さっきといい今といい、この子は確実に戦いを楽しんでる。
「でも、正直計算外だったよ。君達の存在はね!」
吐き捨てるように言うとあたし達をキッと睨みつけた。
・・・この魔力。これだけの力があればドラゴンを召喚出来たっておかしくない。
ってことは・・・彼が言ってることは多分嘘じゃあない。
「誉めていただいて光栄だけど、あんた、下っ端を大切にしない上司は嫌われるわよ!」
あたしが型代召喚を見抜いているのが分かったらしく、カミユはぺっと唾を吐くと右手で口をぬぐって立ち上がった。
「気に入らないね、やりたいこともお見通しって訳か。僕も甘かったよ。
君が同時に何体もの召喚獣の制御ができるなんてね。
どうやら僕は君達を甘く見すぎてたみたいだね」
ヒュッ
また彼が右手ですばやく十字をきると、垂直に交差した真空の刃があたし達の方に向かって飛んできた。
しかしあたしの元までは届かず、先ほどと同様にファーナの魔力結界によって相殺される。
「防御は私が」
普通のものより少し小さいワンドを両手で持ち、横に並んだファーナが小声で言う。
平気なふりをしているが、よっぽど怖いのだろう。
微かに震えているのが横からでもはっきりとわかる。呼吸も落ち着かない。
無理も無い。純粋に高い魔力なんてなかなか見る事が出来ないからね。
あたしは前を向いたまま、ファーナに分かるように頷いてそれに答えた。
ちらりと反対を見ると、男達は術の代償から開放されたためか、ぐったりとして動かなくなっていた。
「やっぱり駄目か。まっ、どっちにしても今回は僕の負けだよ。」
「え?」
急に彼の口から出た意外な言葉にあたしは耳を疑った。
「どうして・・・」
「お前・・・左手が動かないんだろ?」
あたしの言葉を遮り言った皇雅に、やれやれといった表情を向けため息を1つ吐く。
「そこまで見抜かれてるか・・・まいったなぁ。まっ、そういうことだからまた逢おう、おねいちゃんたち♪」
前を睨んだまま横に並ぶ三人に対峙していたカミユは、そう言うと一枚の札を自分の真上に投げた。
彼の手から離れた札は空に魔法陣を描き、彼は風を纏ったまま笑顔で軽く手を振りその中に吸い込まれていく。
やがてそこには誰もいなくなり、地面を魔術でえぐられた形跡だけが残った。
いつのまにか辺りも、お互いの顔がはっきりと見えるほど明るくなっていた。
「・・・ふぅ」
まずため息をついたのは皇雅。
ファーナは手にしっかりと持っていたワンドを落とし、へなへなーっとその場に座り込んでしまう。
その瞬間に、あたし達の前に輝いていた光のカーテンもゆっくりと透明になりやがては消えてしまった。
「ありがとね。みんな、お疲れ様」
あたしも炎たちを一匹ずつなでなでして送還し、印を解いて地面にお尻を降ろした。
「いやぁー、危なかったぁ。鬼宿がなかったらやばかったかもね・・・」
「マジでデンジャーすぎだよ。よっぽど大きい組織がかかわってるみたいだな」
「こ、こわかったぁ。型代召喚の詠唱が聞こえたときには、どうなるかと思いましたぁ」
ファーナが大きく息を吸い込んで深呼吸する。
つられてあたしも大きく息をはいた。
「もしかしてあたし達ってー、とんでもないことに首突っ込んじゃった?」
「しかも丁寧に名乗っちまったしなぁー。はっはっは。」
「もぉー。笑い事じゃないですよぉ」
三者三様の反応。確かに久々に本気になっちゃったわね。
「さて、どうしようか?これから」
先に立ち上がった皇雅が座り込むファーナとあたしの方を見て優しく微笑む。
「とりあえず村に戻らないとね。最後に手を合わせていこう。ねっ?」
「そうですね。一番の被害者はあの親子だったんですから・・・」
そう言ってファーナが落としたワンドをに手を伸ばし、先に立ち上がった。
「ねー、こいつらどうする?」
座ったままのあたしは、少々下品だが男達を顎で示した。
いくら鬼宿中でも、魔力や心力を消費していることは普段となんの変わりも無い。
睡眠不足も手伝って、あたしの体力はかなり底の方まで来ているのだ。
「ほっとこう。つれて帰れる人数じゃないしな」
笑顔でさらりと鬼畜な事を言う皇雅。
「村についたら、ASGの方に来てもらうように伝えてもらえばいいんじゃないですか?」
「おっ、ナーイスアイディア。それで行こー」
パチンと指を鳴らしファーナを指差すあたし。
例えカラ元気でも、あたしが疲れた顔するとみんなが疲れちゃうからね。
「じゃ、そういう訳で・・・帰ろっか?」
「ASGがパシリ扱いってのもひでーとは思うけど・・・さすがに疲れた、帰ろうぜ」
その後襲い掛かる睡魔を我慢し、あたし達は二度目の水上大陸を後にした。
そうそう、言うまでもないけど皇雅は隻真に乗るのを拒み自力で水上大陸から降りたのでした。ちゃんちゃん。
−アクアラージ・ツァイブル地方路上 セルフォート時間16時20分(日本時間約14時00分)−
「ふぁーあ」
麗らかな午後の陽射しにつられてか、皇雅のあくびが響いた。
「あれだけ寝たのにまだ眠いの?」
「んー。眠いね」
あの後リラに戻ったあたし達は、ほとんどの村人が眠りの世界に入っているのに軽くキレて、
即効で自分達のコテージへ。
そのまま昼近くまで爆睡したのちに、村人に事情を説明した。
話を聞いた村人は皆、信じられないといった表情をしており、不思議なことに誰一人として組織を知る人間は居なかった。
その後あたし達は長老のお墓に手を合わせて、遅い朝食をいただいてから村を後にしたのだった。
結局、昼起きた頃にはあたしの鬼宿もなくなってたので、
あたしにとっては、村の人たちには鬼宿を見られなくて済んだから良かったんだけどね。
「それにしても大変な一日でしたね」
リラを出てまもなくのところ、あたし達は当初の目的どおり大きな町を目指してぽつぽつと歩いていた。
「そうね。でも、いい教訓になったわね。うかつに依頼は受けるなって事と・・・」
『誰彼構わず安易に名乗るなってこと』
皇雅とあたしの声がハモった。
『はははは』
思わず皆で顔を見合わせ笑う。
少しだけ冷たい空気にからっと晴れた空がひどく心地よかった。
もしかしたら命を賭けた大事が終わった開放感からかもしれない。
理由なんて、なんでも良かった。
ただ、こうして仲間と笑える空間がとても愛しく思えた。
・・・しかし、そんな空間も長くは続かなかった。
突然あたしと皇雅がつけている指輪が、おびただしい量の光を放ち始める。
「呼び出し?」
あたしはすぐにロッドを地面に刺し、先端の宝玉に指輪を埋め込む。
ゆらり揺れる灯火は、すぐにはっきりとした炎となりあたしはそこに手を置いた。
皇雅がすぐにその上に手を置いてくる。
直に触れる少しほてった彼の掌は、あたしの手よりとても温かく思えた。
「こちらは天照です。」
あたしの声にすぐにゆったりとした声が帰ってくる。
「こちらは本部です。そちらにメタトロンもいますね?」
相も変わらず落ち着いたこの声。
熾焉君自らあたし達に連絡なんて・・・何かあったとしか思えないわね。
「ここにいるよ」
あたしの手に触れたまま、メタトロンと呼ばれた皇雅が答えた。
あたしには今実際話している皇雅の声と、頭の中を伝わって魔力波に乗った彼の声が両方聞こえる。
もちろんこれは彼にも同じ事が言えるけど。
「少し事情を説明していただきたいですね。一度本部へ戻ってきてもらえますか?」
静かさの中にも何か違和感を感じさせる熾焉君の台詞。
「何かあったの?」
普通に話し掛けてしまうあたし。
「このままでは危険なんです。すぐに戻ってください。」
彼が慌ててる?珍しいわ。一体何が起こったっていうの?
「分かった。ではすぐに帰還する。」
熾焉君のその言葉に即答する皇雅。
熾焉君がいう言葉に、間違いが無いのは分かっている。
だから皇雅は即答したのだろう。
でも・・・何が危険なのだろう?
「ちょっ、ちょっと待って。ファーナはどうするの?」
やばっ、思わず本名を出しちゃった。やばかったな?
「もちろん、こちらにご招待してください。では通信を切った後ゲートを開きます。」
熾焉君は一方的にそう言うと通信を切った。
ロッド内の明かりが消え、皇雅が無言で手を離す。
その数秒後に、扉大の光の空間があたし達の後ろにその姿を現した。
「皇雅・・・」
あたしの呟きに、皇雅はただ頷き扉の前に立った。
何が、一体何が起こってるっていうの?
「ファーナ。一緒に地球に来てもらえるかしら?」
「残念ながら選択権は無いみたいだけどな。」
あたし達二人が光の扉の前に立ち、ファーナに語りかけて手を伸ばす。
「はい・・・」
自体が飲み込めないファーナは、小さな声で返事をするとあたし達二人の手を取った。
こうしてあたし達は数ヶ月ぶりの帰還を果たすことになった。
あたし達三人は仲良く手を繋ぎ、お互いの顔を見合わせると光の扉の前に立った。
扉を突き抜ける瞬間。
おびただしい量の光のシャワーがあたし達に飛び込む。
未体験の世界に、不安そうな表情が消えないファーナ。
読めない展開に、言葉を失ったままの皇雅。
久しぶりの地球。お母さん達元気かな?
熾焉君どうしたのかな?セレストのみんな元気かな?
なんてそんなことを考えるあたしの耳に最後に聞こえたのは、
村の方角から聞こえてくる犠牲者たちを弔うための鐘の音だった。
ー第一話 完ー
ありか>ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
さて、らすぷろ2第一話をお届けしましたがいかがでしたか?
神楽>1を知ってる人間にはとても見せられるものではない作品になってしまったね。
ありか>自己紹介がまだだよ。神楽君。
神楽>そうだったね「あるふぃるだうす(旧:覚醒世界or脳内麻薬)」管理人であり、
ラスプロの作者の一人【神楽】です。(礼)
ありか>神楽君のサポート役の【ありか】です(ぺこり)。主にネタなどを提供してまーす。(笑)
神楽>さて一番疑問に思われた、何故いきなり「Last Promise(以下LP)」は2からなのかについてですが、
これはLPと言う作品の同時進行性に理由があります。
ありか>基本的に、LP2は本当はファーナちゃんが主人公なんだよねー。
神楽>話を飛ばすなって(汗)。でもありかが言ってるのは本当です。
第一話は由美子視点で書いていますが、「LP2」はファーナがメインのお話です。
ありか>じゃあ、2話からはどうするの?
神楽>これから先は、ファーナ視点か第三者の視点で進めていこうかなと思ってる。
ありか>ふーん。で、LP1っていうのは?
神楽>そう初代LPというのは、かなりシリアスで真面目?な内容なんだ。
ありか>確か由美子ちゃん達が高校生の頃の話なんだよね?
神楽>うん、由美子と皇雅と蒼威と佐織の四人が、学園内の事件を解決していくって言う
セレストの先駆けの話なんだよ。LP1は。
ありか>それが何かまずいの?
神楽>作者の実力不足のせいなんだけど、2の内容にかなり噛んでしまうんだよね。
ありか>ようはバレちゃいけない事が書いてあるって事?
神楽>うん。このLP2って作品の中で大切にしてるのは世界観と各キャラクターの心情なんだ。
LP1を先に読んでしまうとその部分を壊してしまう恐れがあるんだよね。
ありか>へぇー、だったら2とかしないでこれを「Last Promise」ってタイトルで出せばよかったのに。
神楽>いや、由美子達が成長していく様はそれでしっかりと残しておきたいんだ。番外編とかじゃなくてさ。
ありか>その辺はこだわりってやつね。
神楽>まーそういうことにしておこう。
ありか>同時進行ってことは、LP1もここに掲載するってことよね?
神楽>うん、書く余裕があればドンドン書いていきたいって思ってるよ。元ネタはもうあるからね。
ありか>ところで第1話の最後だけど、あれってかなり中途半端じゃない?
単行本の小説だったら買った人は確実にキレるわよ。
神楽>うー。なんて痛いことを言うんだありか。あれはあれでいいんだよ。(苦笑)
ありか>謎とか結構残ってるしさ。本当にいいの?あれで。
神楽>あれでって連呼して言うなって。(笑)
ありか>あー笑ってごまかしたでしょ。それにファーナを無理やり地球に連れてきちゃって大丈夫?
神楽>だからそうしないと話が進まないんだって(またまた苦笑)
ありか>じゃあさ、次の話からは地球が舞台になるって事?
神楽>そうだよ。第2話にはとっても個性の強いキャラが次々登場するので、皆さんも楽しみにしててくださいね。
ありか>私は個人的に由美子ちゃんの陰陽術が好きなんだけど、また登場するのかな?
神楽>その辺は第2話をこうご期待ってことで。
ありか>皆さん。これからも「らすぷろ」をよろしくね。
二人>それでは、2話でまた逢いましょう。さよーならー。
最後まで見ていただいた貴方に、特別に第二話を少しだけ紹介しちゃいましょう。(由美子視線編)
「ただいまぁー」
『こんにちはー』
あたしと共に家に来たファーナと皇雅。
「うぉっかえりぃー。由美子ぉーー」
どどどどどどどどどどど!
そんなあたし達が初めに見たものは袴姿のまま家の奥から突撃してくる一人のおっさんだった。
どふっ。
「ぎゅ、ゆみ゛こ」
「抱きつかなくていいから・・・お父さん・・・」
あたしの両手が父の突撃を制止する。
「へ、変な音したけど大丈夫か?」
「いいのいいの。さあ、上がって」
無言でそのやり取りを見ていたファーナの眼鏡が少しずれた。
「お邪魔します。」
そう言って二人が靴を脱いだその刹那。父が皇雅の肩をつかんでこう言った。
「皇雅君だったな。娘はやらんぞ。」
「開口一番客に対して言う言葉がそれかぁっ!」
ごすっ!
家に上がるふりをして足をおもいっきし踏むあたし。
「は、はぁ・・・」
お互いの顔を見て唖然とする皇雅とファーナ。
果たして由美子の父、鬼龍院和真はこのまま暴走し続けるのか?
皇雅は五体満足でこの家から出ることが出来るのか?
それよりなにより真面目な展開は望めるのか?(笑)
次回「煩雑な心模様 帰還の理由」こう御期待!