魔闘で活躍する
魔闘の舞台はすり鉢状の円形闘技場だ。
闘技場には多くの観客がつめかけている。どこからでも見える豪華な席には、国王が座っている。見やすい席には貴族が陣取り、その他の席には多くの平民が試合は今か今かと待ち構えている。あおいと対戦相手のノーマが向かい合う形でそれぞれの入り口から現れたとき、彼らは歓声を上げ、二人の登場を歓迎した。
元々、魔闘とは神々の前で行われる神事だったらしい。それが世俗化して、今の魔闘になったのだそうだ。
神官が神々への祈りと感謝の言葉を言い終わると、試合は開始となった。
ノーマが剣を軽々と振り回し、構えるのを見て、これは下手したら命を取られる戦いなのではないかとの思いに囚われ、不安が高まる。
だが話によれば大丈夫なはずだった。試合会場に配置された神官によって私とノーマには保護の魔法がかけられ続けている。命まで取られることは稀であるらしい。
すごい緊張感だった。足が震え立っているのがやっとだった。やっぱり魔闘なんて断るんだったと後悔が襲いかかってくる。だけど、ここまで来た以上、やるしかないんだ。これも限定コスのためである。
一撃で仕留める!
「ファイアースピア!」
「スペルカット!」
二人が同時に魔法を詠唱する。
本来ならば、炎の槍が現れるはずなのだが、何も起こらない。
あれ、どうしたんだろう? 声が震えて言い間違えたのかもしれない。
「ファイアースピア!」
「スペルカット!」
今度は言い間違えないよう細心の注意を払い、ゆっくりと発音した。
それなのに、魔法が発動しない!?
あおいは瞬時にパニックになった。
きっとノーマが唱えた魔法が原因だ。あれが私の魔法を使えなくさせているんだ。
ノーマは怖い笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。
なんで、こんなことに……。
杖を放り出して、頭を抱えてうずくまる。
周りの観客の歓声も、迫りくる敵の足音も、次第に聞こえなくなっていく。
意識から外界の情報をシャットダウンして、静かな自室で布団にくるまっているかのような感覚に持っていく。
それは究極の現実逃避だった。無理もない。あおいは現代日本のひきこもりなのだ。
異世界で、魔闘士になるべく生まれてきたのではない。
お母さん。最後にお母さんの作ったクッキー食べたかったよ。
戦意を喪失し、心が折れかけていたそのときだった。
ばさっばさっと翼の羽ばたく音が聞こえてきた。
なに……?
見上げると、逆光のなか、カラスが大きな翼を広げて降下してくるところだった。
キャロラインの使い魔のカラスだ。
カラスはあおいの肩にちょこんと乗っかる。
「あおい!」
「その声は、キャロライン! どうして?」
「今、使い魔を中継して私の声を届けてもらってるの」
「大丈夫、私がついてる。それにあなたの魔力なら敵なしだと保証するわ」
「でも、無理だよ。魔法を封じられちゃ」
「スペルカットは再詠唱に時間がかかるのよ。ノーマはあなたがそれを知らないとわかってはったりをかけているの」
「そ、そうなの?」
「やる前から挫けていてはだめよ」
「うん、やってみる」
あおいの声音が変わった。決意に満ちた声になっていた。
杖を取って立ち上がる。そしてノーマに向かって構えた。
キャロラインの助言を思い出すんだ。大丈夫。私ならできる。
「いでよ。ゴーレム!」
「スペルカット!」
土で出来た人形が、大地から這い出ようとした瞬間に、形が崩れて、ただの土の塊に戻った。
よし、ここまでは良い。
そして間髪を入れず。
「ファイアースピア!」
叫ぶと共に炎の槍が杖の周りに出現し、ノーマ目掛けて矢のように飛んでいく。
大爆発。ノーマは炎の柱に包まれた。
やった!と心の中でガッツポーズをする。
でも死んじゃってないかなと不安になる。
観客席がどよめいた。
どこからともなく「すごい魔力だ!」と声が聞こえてきた。
炎の嵐が収まると、ノーマが剣を杖のようにしてもたれていた。
「くっ、魔闘士も満足に雇えない貧乏貴族のスペンス家のご令嬢がどんな魔闘士を連れてくるのかと思ったら、こんな大物だったとはな。お前の実力を甘く見すぎた私の負けだ」
ノーマはくずおれた。