期間限定コスチューム(メイド服猫耳しっぽ付き)入手の条件
それは挨拶のようだった。
挨拶されたからにはこちらも挨拶を返さなければならない。
「湊あおいです。ん? あれ、私の名前知っているのですか?」
「もちろんですとも。すみません、申し遅れました私はキャロライン・スペンスと申します」
あおいはそこまで聞いて、体調が悪くなってしまった。久しぶりに誰かと話したのでどっと疲れてしまったのだ。
あおいはベッドで休ませてもらうことにした。
「お体は大丈夫ですか?」
「はい、ちょっと疲れただけです。ありがとう」
あおいは休んでいる間、この世界のことを色々聞いた。
どうやら近世ヨーロッパ風の世界であること。魔法が存在すること。キャロラインは有力な貴族の娘であること。
「ところで」ベッドのふちに座りなおしたあおいが切り出す。
「先ほど、私のことを勇者様と言いました?」
「はい、助けてもらいたくてあなたをお呼びしたのです」
なんとなく嫌な予感がしながらも、続きを聞く。
「異世界から召喚された特別に魔法の才能がある人を勇者とこの世界では呼ぶのです。」
「私、勇者なんかじゃありません。グズでノロマでひきこもりでネトゲ廃人で……」
「いいえ、そんなことありません。あなたは私の見込んだ人です。魔法の素質である四大元素を扱う能力にとても優れています」
「そういう問題じゃないんです。私にできることなんて……」
「大丈夫です。それに、あなたには魔闘をしてもらわなければならないのです」
「マトウ?」
あおいの頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「そうですね。武器や魔法を使って、みんなの前で行う戦いといったところでしょうか」
戦い!?
あおいの顔から血の気が引いた。
そんなことのために私を呼んだの?
ひどい、人でなしとキャロラインをなじりそうになったけど、声には出さなかった。
「大丈夫です。戦いと言っても命までは取られません。ちょっと過激なスポーツのようなものです。それにあなたには相応の報酬を払います」
そう言って、キャロラインは手のひらサイズの木箱を開ける。中には一枚の紙きれが入っていた。
あおいは紙きれを手に取って眺めてみる。その瞬間、あおいの目が輝いた。
こ、これは!
もう手に入らない期間限定コス、メイド服猫耳しっぽ付き!!
キャロラインが渡したのは、あおいが熱中しているネトゲのコスチューム引換券だった。
あおいは一瞬悩む。だが、すぐに答えは出た。
あおいがひきこもりをやっているのは特に何か深い原因があるわけではなく、ネトゲが面白くなってしまい一日中やっているせいだ。学校にも行かずネトゲ三昧な罪悪感から家族にも見せる顔がなく、家でも誰にも会わないようにしていたのだ。それほどゲームに熱中しているあおいからすれば、喉から手が出るほど欲しかったメイド服引換券が今目の前にあるのだ。逃す手はない。
「はい、何でもします!」
あおいは目を輝かして返事をした。キャロラインはにっこりと微笑んだ。
あおいは、キャロラインの微笑みから何故か元の世界であおいを心配しているはずの母親を思い出した。年齢も容姿も全く似ていないのに不思議だった。