"大地の怒りを轟かせる者"
"しいたけ山賊団"のアジトを壊滅するほどの巨大な体躯と、禍々しき威容を放ちながら出現した怪異:"マグワンプ"。
マグワンプからもたらされた発言を聞いたケイトは驚愕のあまり、ワナワナと唇を震わせていました。
「馬鹿な……あのSSSクラスの討伐対象"大地の怒りを轟かせる者":マグワンプだと!?そんな魔物が、どうしてここに!?」
――"大地の怒りを轟かせる者"。
"フィアサム・クリッター"とはかつて、豊かな森の中で暮らしながら、自分達のすみかに訪れた人間達に対して、音を出して驚かせるなどのイタズラをする愉快な精霊達の事でした。
しかし近年、人間達による環境破壊によって緑豊かな森が切り開かれ居場所から追い立てられた彼等は、人類の叡智の結晶ともいえる"小説家になろう"というサイトから生じた悪意と結びつく事によって、『破壊されていく大自然の怒り』と『人間社会から零れ落ちた者達の恨み』を二つの側面を兼ね備えた強大な怪異・魔物と化してしまったのです。
「……――"大地の怒りを轟かせる者"の中でも、とりわけ"マグワンプ"という存在は、単体で三つの大国の軍隊を蹂躙したと言われるほどの魔物!そんな貴様が、何故"なろうユーザー"のフリをしてアナホルに近づくような回りくどい真似をしたんだ!?」
突然の事態と全く理解不能の敵の行動に困惑しながらも、すぐさま強い意思を込めた眼差しとともに、ケイトが眼前の巨大なマグワンプへと問いかけます。
対するマグワンプは、何の感情も覗かせない巨大な単眼でケイトを見下しながら、無機質な声を辺り一面に響かせました。
『我がそこの"山賊"に近づいた理由か。そんなものは決まっている。……全ては、貴様等人間どもに本物の絶望を味わわせるためだ……!!』
「なっ……!?人間に本物の絶望を味わわせるだと!?それは一体、どういう事なんだ!」
思ってもいなかったマグワンプの答えを前に、思わず狼狽してしまうケイト。
そんな彼女の方へ、今度こそ明確な侮蔑の感情を眼光に宿したマグワンプがつまらなさそうに言葉を続けます。
『貴様等人間は、膨大な数の犠牲を出しながらも、幾度も我が権能を前に無様に敗れ去り、我によって人間という存在そのものの歪さやそれらが構築した社会が抱える致命的な欠陥を突きつけられようとも、痴愚の如く"希望"などという雑音を口にする。――おぞましい、不快だ。何故、眼前の"我"という現実を直視しない。疾しいならばそれなりに顔をそらすのが筋であろうに。……貴様等"人類"というこの星が生み出した唯一の汚点は、何ら恥入る事などないと言わんばかりに我を見上げる』
心底分からない、と怪異は呟きます。
『人間どもの前に我が立ちはだかった時点で、奴等の行く先など"破滅"以外のどこにもなし。――なのに何故、我を退けた未来などという"希望"という戯言を口に出来る?貴様等人間を完全に終わらせるためには、虱潰しに力で一匹残らず粉砕して回るしかないのか?人間どもに"希望"を口にさせるモノは何なのか?――そのような疑問が浮かぶようになった私は、これまでとは違う試みをする事にした……』
「人間に、希望を感じさせる存在……?――ッ!?ま、まさか!」
そう口にしてからケイトは突如、隣にいるアナホルの顔を見つめます。
当の本人は分かっていないようでしたが、マグワンプは『それこそが、正解だ』と言わんばかりに、くぐもった哄笑をしていました。
『ご明察だ、女騎士!――どれだけ世が乱れていても、自身が定めた縄張りを守り抜き、陵辱的な純愛劇を繰り広げんとする熱き衝動のもと、"BE-POP"な意志の力で新時代を切り開く存在!……それこそが"山賊"を『人界最後の砦』と言わしめる理由であり、最期に倒れゆく人間どもが夢見た"希望"を体現する者である……ッ!!』
マグワンプからは、"山賊"を称賛するかのような言葉が怒涛の勢いで出てきました。
ですがマグワンプは、人の世の終焉を目論む"大地の怒りを轟かせる者"。
『"山賊"こそが人々の希望の象徴である』と判断した以上、称賛して終わりのはずがありません。
現にマグワンプはそれを裏付けるかのように、自身の恐ろしい企みを口にします。
『ゆえに我は、人間の国から非常に危険視されている強大な"しいたけ山賊団"に目をつけ、その弱みを探っている内に"小説家になろう"で書籍化しようとしていた貴様を利用する事を思いついたのだ!』
「なに……?俺がなろうで活動する事が、どう人間社会の終わりに繋がるってんだ!!」
それまで黙っていたアナホルが、闘志を奮い立たせるかのようにマグワンプを強く睨みつけながら、問いただします。
対するマグワンプは、『まだ分からないのか?』などと愉快そうに笑いながら答えを返しました。
『国から注目されるほどに強大かつ有名な"しいたけ山賊団"の首領である貴様が、書籍化するためとはいえ、自身の作品をロクに完結させずに、作品を使い捨てするかのような一話ガチャを繰り返せば、人間どもの期待や信頼とやらが地の果てまで失墜するのは明らか!!――"BE-POP"とは到底言えない貴様の俗物じみた振る舞いを見れば、人間どもが"山賊"に抱いていた勝手な希望とやらは雲散霧消する事は間違いなしだ……!!』
「お、俺の一話ガチャ行為が、世界を終わらせるための合図だって言うのかよ……!?」
自身にとっては、賃金を稼ぐために目指していたなろうでの一話ガチャ行為が、遠大ともいえる意思のもとに行われていた破滅の幕開けであった――。
あまりにもスケールの違う敵の思考を前に、アナホルは思わず絶句していました。
そんなアナホルに向けて、マグワンプは愉しげに嘲笑します。
『予想以上に貴様が単純で、我の提言を鵜呑みにするほど"一話ガチャ"にのめり込んでくれたおかげで、日頃の挨拶まわりを怠った貴様には地域との繋がりもなくなり、アジトも我の完全なる顕現によってご覧の通り壊滅した。……万が一、貴様が我を倒せたとしても、貴様が『手っ取り早く人気を得るために、一話ガチャを行った』という事実は絶対に消えない!!――貴様は、"山賊"としても"なろう作家"としても何一つ功績は残せず、人間どもに絶望だけを与えた愚かな存在として、残り僅かな人類史に名を刻むのだ!』
『ハハハハハッ、ハハハハハハハハハハッ!!』
「嗤うなッ!!――それは、お前のような者の役割ではないッ!」
「お前……」
絶望を前に挫けかけていたアナホルの意識を繋ぎ止めたのは、気高さすら感じられるケイトの言葉でした。
訝しむマグワンプを前にしても、毅然とした態度を崩さぬままでケイトは宣言します。
「今がどんなに過酷でも、新時代を切り開くのが"山賊"であり、悪意に満ちた筋書きであろうとも、自身が望む結末を描けるのが"なろう作家"だ!――誰かに定められた枠組みなんぞに、コイツがおとなしく収まるはずなんかないだろうッ!!」
だから、とケイトは続けます。
「私達の未来は、私達自身の意思で掴み取る!!貴様のような者がもたらす破滅的なシナリオなど、無用の長物だと知るが良い!愚か者!!」
「……やはり、貴様だけは何を捨ておいても真っ先に始末すべきだったようだな、女騎士……!!」
マグワンプの殺意が、目に見えて分かるほど極限に膨れ上がってきました。
それを前に、さしものケイトも思わず怯みましたが、そんな彼女の前に颯爽と人影が躍り出てきました。
先程の絶望した表情から一転、不敵な笑みを浮かべながらアナホルがマグワンプと対峙します。
「……ったく、高潔な"女騎士"とやらのくせに、コイツは"山賊"である俺以上に理屈ってものを平気で置き去りにしやがる!でもって、『必ずお前の事を引き上げてみせる』って言葉だけは律儀に守りやがるし……本当にままならない女だぜ……!」
だからこそ、とアナホルは続けます。
「コイツみたいな"女騎士"は、"山賊"である俺がきっちり最後まで完全に堕とすと決めてんだ!!――テメェみたいな奴に、そう簡単に好きにさせてたまるかよ!」
「なっ……お、お前それは実質……!?」
ケイトが頬をあかく染めながらしどろもどろになっています。
それとは裏腹に、マグワンプは何ら動じる事なく、アナホルを軽んじるかのように問いかけてきました。
『それでどうする?好きにさせない、と吠えるのは結構だが、まさかそのまま丸腰で挑むつもりじゃなかろうな?』
「……ッやべ!……いや、そこは、なんと言うか……」
アナホルがケイトとは別の方向性で、しどろもどろになっていた――そのときです!!
「武器なら、ここにあるでヤンスよ!おやび〜〜〜ん!!」
「ッ!?お前ら!!」
声のした方を見ると、そこには壊滅したアジトから何とか逃げ切っていたと思われるアナホルの手下である山賊達が武器を抱えながら、こちらに呼びかけてきました。
「お前達……大丈夫だったのか!」
「ハイ!団長もご無事で何よりであります!」
ケイトの部下である女騎士達も含めて、アジトにいた者達は全員無事だったようです。
ほっ、とひとまず安堵する二人に、手下の山賊達が呼びかけます。
「おやびーん!おやびんの山賊刀も持ってきたから、受け取って欲しいんだズェ〜〜〜!!」
「姐さんも、どうぞ!」
山賊達は、鞘に入ったケイトの剣と刀身剥き出しのアナホルの山賊刀を二人に勢いよく投げつけました。
アナホルは「危ねえな、オイッ!」と口にし、ケイトは「誰が姐さんだ!」と叫びながらも、互いに上手くキャッチしました。
そうして、自身の得意な武器を手にした二人は、いよいよマグワンプと戦う構えへと入ります。
「そんじゃあ、いっちょ派手にやってやろうズェ……!!」
「あぁ、言われずとも分かっている!!」
――いくつもの国の軍隊を壊滅させてきた最強最悪の怪異を前に。
"山賊"と"女騎士"による、誰も見た事のない最新最高の逆襲劇が始まろうとしていました――!!