迫りくる破滅のとき
アナホルとケイトの前に現れた一匹のドブネズミ――。
だが、このドブネズミが見かけ通りの存在などではない事は、その身から放たれる凄まじい敵意からして明らかです。
謎の乱入者を前に二人が困惑する中、再びネズミが言葉を発してきました。
「よくも、ここまで進めてきた我の目論見を崩してくれたな、忌々しい女騎士め……!!だがしかし、既に堕ちている身でありながら『人間を導く』などと嘯くだけの事はあるようだな……!?」
どうやら、このネズミの敵意はケイトの方へと激しく向けられているようです。
「堕ちたりなんかしていない!」と否定してから、ケイトは最大限に敵を警戒して、自身の推測を口にします。
「……その口ぶりから判断するに、貴様が以前からアナホルとネット上でやり取りをしていた"地を這うネズミ"とか言うユーザーだな?人語を解するとは面妖な事だが、まさか何の捻りもなく本当にネズミだったとはな!……どうやら、アナホルに懸想しているという訳でもなさそうだが、貴様は一体何者だ!そして、何を企んでいる!?」
対するドブネズミはケイトを睨みながらも、嘲りの感情が込められた声音で返答しました。
「あぁ、忌まわしい人間のフリをするための偽りの名など、こだわる必要性など皆無だったからな……そんなものは全く気にもしていなかった」
そして、とドブネズミは言葉を続けます。
「何やらこの姿がお気に召さぬようだが……ならば、こうすれば良いのかね?」
そう口にするや否や、ドブネズミの足元の影が"漆黒"と形容出来るほどに濃密になり、大きく広がっていきました。
ズゾゾ……ッ!!と何かが蠢く音がしたかと思えば、それは徐々に大きくなっていき、ついにはとてつもない振動と衝撃音とともに、ドブネズミの影から大量のモノが出現しました。
最初に出てきたのは、膨大な数のゴキブリやムカデ、ナメクジといった蟲達でした。
これらの姿を見た瞬間に、ケイトは泣きそうな顔で心神喪失しかけていましたが、"山賊"として山で暮らしてきたためこういった生物に慣れているアナホルは、自分達のもとに近づかないよう颯爽とケイトの前に躍り出ました。
ですが、それらの蟲達はアナホル達のもとに向かわずに、自分達を呼び出したはずのドブネズミのもとへと殺到していきます。
ドブネズミの姿はあっという間に見えなくなりましたが、それにも関わらず、影は依然として濃厚なままその場に残っており、そこから次に猪やもぐら、マムシといった蟲達よりも比較的大きな生き物達が大量に現れ、蟲達を貪るかのように群がり始めました。
最後に出現した膨大な"廃棄物"――呪いの魔剣や四散している車輪らしきもの、古いパソコン、不景気で潰れた飲食店の看板、河原に落ちていたガビガビの卑猥な本、未開封のままのエクササイズ用DVD、腕のあたりが欠けた石像、割れた水晶玉……etcといった様々なモノで構成された山が盛大に崩れ落ち、蟲も獣も等しく呑み込んでいきます。
生物も廃棄物の区別もないほどに原型を留めない形でバラバラになったそれらは、中で混ざり合うかのように徐々に隙間なく接合し始め、至るところから棘が大量に生えた"塔"とでも言うべき奇怪なオブジェに変わっていきました。
無機物をイメージさせる外殻でありながら、まるで生きているかのように脈打つ不気味な存在。
この奇怪な塔は"成長"するかの如く、見る見る内に巨大化していき、ついにはアナホル達"しいたけ山賊団"のアジトを内側から崩すほどの大きさになっていました。
「――ッ!?危ねえッ!!」
「……あぁ、分かってる!」
アナホルとケイトは、崩壊に巻き込まれないように瞬時にその場を離脱します。
――外に出た二人が目にしたのは、"腐敗"を象徴するかのような禍々しい黒色に、全身の至るところに蟲や獣の口を貼り付け、中心部分の巨大な眼球でこちらを睥睨している巨大な"怪物"の姿でした。
無造作に、あるものを全て繋ぎ合わせただけと言わんばかりの姿は、まさに"生命への冒涜"という他ない印象を見る者に抱かせます。
突如自分達の前に現れた理解を超えた存在を前に、アナホルとケイトが絶句する中、先程までとは異なる愉しげな声音で怪物が語りかけてきます。
『何だね、その表情は?『人語を解したところで、たかがネズミ』と侮ったか?……あの姿はただ単に、貴様らの動向を探るのに最適だったからに過ぎん……!!』
以前ケイトが何の気無しに言った通り、"地を這うネズミ"というユーザーがアナホルの動向や事情をそれとなく理解しているかのようなコメントを出来ていたのは、やはり小さなドブネズミとして彼やその周辺を見張っていたからでした。
そんな仮染めの姿を辞めてまで、本性を現したこの怪物は、一体何者なのでしょうか……?
そんな二人の疑問に答えるかのように、怪物が高らかに宣言します。
『そして、これこそが権能を開放した真の姿!!……我こそは、"大地の怒りを轟かせる者"の内が一体!――文明社会に終焉を齎す盟主:"マグワンプ"である……!!』
アナホルとケイトの前に、突如姿を現した"大地の怒りを轟かせる者"を称する極大の怪異:"マグワンプ"。
それまでの、どこか歪ながらも愉しげだった"しいたけ山賊団"の日々に終わりを告げるかのように、轟音を響かせた凄まじい悪意が、今まさに二人に迫ろうとしていました――。