闇堕ちへの連鎖
固定のファンや交流相手の作家なども出来、精力的な執筆活動を行うアナホル。
ネット上の繋がりだけでなく、現実でも自身の執筆活動を支えてくれる理解者に囲まれて、まさに順風爛漫なはずでしたが、日を追うごとに画面に向かうアナホルの顔つきは険しいものになっていきます。
「駄目だ……この作品じゃ、PVもここいらで頭打ちだな。評価点もここから爆発的に上がる事はないだろうし、書籍化するにはもっと話題性と出だしからのインパクトが必要だな……」
ブツブツと呟きながら、何度も自身の作品のマイページやアクセス数を行ったり来たりしています。
そんなアナホルのもとに、髪を下ろした状態のケイトがソワソワした様子で近づいてきました。
「ほぅ、執筆活動に真面目に専念しているとは感心だな!――そのおかげでこちらも夜の相手とやらをせずに安心してぐっすり眠る事が出来るし、まさに良い事尽くめだ!」
そんなケイトの言葉を聞いてからようやくアナホルは画面から目を離し、彼女へ苦笑と共に返事をしました。
「バカ言ってんじゃねぇよ。今はただ単に、お前を焦らしてるだけだっつーの。……これが一通り済んだらガンガンお前の事を責め堕としてやるから、覚悟して待ってな」
そう軽口を言ってから、アナホルは再び画面へと視線を戻しました。
そんな彼の様子をケイトは寂しげに眺めてから、「あぁ、分かった……」とだけ口にして、自身の寝室へと戻っていきました。
その言葉に返事をする事もなく、アナホルはまたもブツブツと呟きながら"確認"作業を繰り返すのみです。
「書籍化するには短期間で結果を出していかないと……!!――もっと、読者ウケのする作風にするためにはどうしたら良いのか、"地を這うネズミ"さんに訊くしかねぇ……!!」
――結局"確認"に必死だったのもあり、アナホルの執筆はロクに進まぬまま、この日の夜は終わりを迎えました……。
この頃になるとアナホルは、『手っ取り早く書籍化する』という目的を果たすために、それまで自身が書いていた連載作品の執筆を放棄し、どのような作品が一番効果的なのかを試す"1話ガチャ"という効果を繰り返すようになっていました。
彼がそれだけ焦るようになったのにも理由があり、まだ本格的に王国軍は動き始めていないものの、ギルドから派遣されてきた"しいたけ山賊団"討伐部隊も日に日に強者が投入されるようになった影響で、部下達も苦戦を強いられるようになってきたからです。
「ヒイィィィッ!?コ、コイツ等、強すぎなんだズェ〜〜〜ッ!!」
「無駄口叩いてんじゃねぇ!!――俺がぶぶ漬け出して奴らにお引き取り願ってる間に、お前はさっさと逃げて反撃の準備をしやがれッ!!――ウオォォォォォォォォォッ!いかがどすかぁぁぁぁぁッ!?」
「クッ……!?まさか、ギルドにこんな凄腕のおっさん冒険者が残っていたとはな!激弱女の子冒険者などの比ではない、か……!!――お前は、俺がコイツからゲンコツをブチ込まれて瞳に♡マークを浮かべている隙に、至急ここへの応援を呼んできてくれッ!!」
「わ、分かったんだズェ〜〜〜!!」
幸いにも、この時の戦闘は首領であるアナホルが駆けつけた事もあり、誰一人欠ける事なく敵を撃退する事が出来ました。
ですが、"しいたけ山賊団"のメンバーが受けた被害は、とてつもなく甚大なものでした。
このような日増しに強くなってくる冒険者達だけでなく、直接的に目に見えずとも確実に存在する、王国から出された"しいたけ禁止法"の影響、そして、その裏で着実に準備を行っている王国軍の兵士達。
こういった諸々の現実が、アナホルを『少しでも早く、結果を出さなくてはならない』と焦らせる要因になっていたのです。
なろうでの親しい者からの助言をもとに、人気が出そうな要素を詰め込んだ作品の1話目だけをいくつか書き上げて短編に投稿し、その中から最も反応が良かった作品を連載形式で執筆していく、という手法です。
これにより、創作にかかる時間や労力を効果的に人気作にかけられる――はずでした。
「クソッ!……駄目だ、駄目だ!!この先の展開をどうすりゃ良いのか、全く思いつかねぇ……!!」
それも無理からぬ事だったのかもしれません。
アナホルが"1話ガチャ"をもとに始めた連載は、彼が知り合いのユーザーの意見を参考に、多くの読者の反応が良かった要素をとにかく詰め込んだだけであり、そこに彼自身が作品に込めようとした感情やメッセージというものは皆無に等しかったからです。
作品と一対一で向き合う事をしなかったため、作品を自身の中に全く消化出来ておらず、原型のままどこから調理すれば分からなくなったアナホルの筆が止まるのも当然の成り行きでした。
そうして、話を練るために少し中断すればPVや評価の動きも止まり、すぐにランキングから滑り落ちる。
それでは書籍化するだけの人気や勢いが得られないからと、また新しい"1話ガチャ"を試して同じ行為を繰り返していく内に、『満足に作品の続きも書かずに完結させられないまま、新しいものに手を出す作者』として、徐々に読者から信頼を失っていく……。
そうして、思ったほどの評価や人気が得られない事に、さらなる焦りを感じる――今のアナホルは、そんな絵に書いたような悪循環に陥っていました。
そんなアナホルを見かねたのか、ズカズカと足音を響かせながらケイトが近づいてきました。
開口一番、彼女はアナホルを怒鳴りつけます。
「おい、お前!ここ最近の目も当てられない有り様は何なんだ!?――ギルドからの冒険者達の対処を、手下の山賊達とそいつらに堕とされた女の子達に任せっきり!筋トレもボイトレも怠り、地元の挨拶まわりにもまったく行かずに、1日中引きこもってスマホをいじるのみ!!――わ、私との事はともかく、お前はそんなザマで自分の事を本当に"山賊"と言えるのか!?」
怒りと不安が入り混じった表情をしたケイトでしたが、そんな彼女に返ってきた言葉は冷たくかつ素っ気ないものでした。
「……うるせぇよ」
「……え?」
何を言われたのか分からずに、思わず訊ね返す女騎士。
そんな彼女にチラリ、と一瞥したもののすぐにスマホに視線を戻し、ソファーに寝転がった姿勢でアナホルが気怠げに言葉を続けます。
「今はまだ冒険者を差し向けられるくらいで済んでるけど、法律やら軍隊が動くかもしれないって事で満足に村へ襲撃しに行く事も出来ねぇんだ。略奪も出来ない山賊なんて意味ないだろ。――だから今の俺は、さっさと書籍化なろう作家になって稼がねぇと、何の意味もねぇんだ……」
「……」
「お前だって、その方がせいせいするだろ?誇り高い女騎士様を良いようにしてきた山賊が勝手に自滅して馬鹿やった挙げ句に弱ってんだからなぁ!まさに、"ザマァ!"展開ってヤツそのものでスカッとすんだろ!?――お前に言われるまでもなく、俺なんざ……ッ!?」
そこまで口にした、その時でした。
『その先は言わせない』と言わんばかりに、アナホルの持っていたスマホがケイトによって床にはたき落とされたのです。
すぐさま身体を起こして激高しようとしたアナホルでしたが、瞬時に胸ぐらを掴んできたケイトによってソファーに押し返される形となっていました。
そのままアナホルを組み敷きながら、ケイトが彼以上の剣幕で言葉を投げかけていきます。
「だから、自分は"山賊"じゃなくて"なろう作家"だとでも言うつもりだったのか?――ふざけるなッ!!そんなただのくだらん逃避くらいで、女騎士の名誉を穢した罪が帳消しになると本当に思っているのか!?……お前が"山賊"でなくなる事が許されるのは、"女騎士"である私に討ち取られた時のみだ!!」
「……テメッ、言わせておけば良い気になりやがって!!」
「フン、どうした?凄んでみたところで、引きこもり過ぎて訛った身体を誤魔化す事は出来ないようだな?」
「〜〜ッ!?うっせぇ、うっせぇ!!お前は結局、俺に何をさせてぇんだよ!?――こんな情けない俺の存在が許せねぇ、ってそこまで言うなら、宣言通り俺の首でも何でも斬り落して、自分の手柄にでもすれば良いだろッ!!」
そう叫んだアナホルは、フワッとした風を感じました。
そして次の瞬間、彼の唇はケイトのそれと重ね合わせられていたのです――。
それから、どのくらいの時間が経ったのでしょうか。
ゆっくりと顔を離したケイトは、まっすくアナホルを見つめながらはにかんだ笑みを浮かべていました。
「――私は"書籍化作家"なんかじゃない、"山賊"であるお前に堕とされたい、と言ってるんだ。……小説を書けるような奴なら、そのくらい分かれ。……バカ」
ケイトの眼差しから顔をそむける事も出来ず、アナホルは言葉も口に出来ぬまま固まってしまいました。
この瞬間、アナホルの脳内にあるのは、あれほどこだわっていた"小説家になろう"というサイトやはたき落とされたスマホの事でもなく、ただ目の前の女騎士が自分に向けている笑顔の事だけでした。
そんなアナホルの頬に、ケイトが手をそっと添えて語りかけます。
「――だから、周囲が何と言おうと、どれだけみっともなくても。お前が"山賊"である限り、私はお前のもとから離れたりなんかしない。――もしもお前が何かに迷って転倒しても、そのときは、未だ堕ちる事を知らぬ高潔な"女騎士"として、私が必ずお前の事を引き上げてみせる!……それじゃ、駄目なのか?」
不安げにアナホルの顔を覗き込むケイト。
対するアナホルは顔を赤らめながらも、すぐにふてくされたような顔つきになり、すぐさまケイトから顔を背けました。
「……駄目に決まってんだろ……相手を堕とすのは俺達"山賊"の専売特許なのに、"女騎士"が人のもんを強奪してんじゃねぇよ……このタコ」
「ッ!なんだ、タコって!?それに、つまり今のは……どういう意味なんだ!?」
「〜〜う、うっせぇ!『引き上げる』なんて偉そうな言葉には、反発してやるのが俺達"山賊"の流儀だって言ってんだよ!お前の方こそ、俺の言いたい事分かれよ!……って言うか、自分のときは『そんなので誤魔化される気分じゃない』とか平気で言うくせに、俺には平然とキスと雰囲気でなし崩し的に流そうとしやがって!卑怯だぞ!!」
「なっ……!?へ、平然となんてしていない!!それに、私のはお前のような卑劣な誤魔化しなんかじゃなくて、正真正銘の自分の想いなんだから、問題なんてあるはずないだろう!?――嘘偽りなどない事を、もう一度その身に分からせてやる!」
ソファーの上で互いに両腕を押し合いながら、そのようなやり取りをするアナホルとケイト。
まだ何も解決してはいませんが、それでも今このときだけは二人の間に楽しげな空気が満ちている――と思われた、そのときでした。
「――よくも、余計な真似をしてくれたな……!!」
それまでから一転、突如、地の底から響くような声が二人の耳に聞こえてきました。
全てを憎み、否定するかの如き意志が場に充満し、アナホルとケイトの背筋に凄まじい悪寒が走りました。
それでも、何とか二人が声のする方へと顔を向けると。
――そこには、声の主とは思われる一匹の小さなドブネズミが、とてつもない殺気を放ちながら二人の事を睨みつけていたのです……。