彼女達の小夜曲
作者が過去にPixivにて執筆した作品です。
思い入れのある作品なのでこちらでも掲載。
[-姉視点-]
三年。私が意中の相手に片想いをするようになってから、もう三年もの月日が流れようとしている。
絶対に想いを告げたらいけない相手。一緒になることは許されない相手。
本当はこんな気持ちを持つことさえも許されないことなのかもしれない。
だって私の意中の相手は七歳も歳が離れている正真正銘私の実の妹なのだから。
両親は私が生まれてすぐ二人目も欲しかったらしい。
けれど二人共の仕事の都合上で子作りを遅らせることになり、落ち着いた頃二人の愛によりこの世に生まれたのが私の妹。
妹は生まれた時から可愛かった。姉としての欲目ではなく、誰にでも可愛いと言わしめる程の可愛らしさ。
どちらかというと平凡な顔つきの遺伝子な我が家系。おかげで最初はもしかして誰かの子供と取り違えてしまったんじゃないかとちょっとした騒ぎになった。
でも念のためにおこなったDNA鑑定の結果、正真正銘両親の遺伝子を受け継いで生まれてきた子供であることが判明した。
それが分かると今度は鳶が鷹を生んだと我が家だけではなく、親戚中で騒ぎとなり、妹は蝶よ花よと持て囃されながら育てられた。
これだけ甘やかされると、我が儘になったり独裁者っぽくなったりしそうなものだけど、妹はまったくそうはならず、多少気が強いところはあるものの、優しく気立てのいい女性らしい女性となり、ますます皆から持て囃されるようになった。
「……………」
思い出すそんな妹がまだ赤ちゃんだった頃。
妹が生まれた時、私は七歳で小学校の一年生。
果敢な時期でこれは後から聞いた話だけど、両親は私が妹に嫉妬などして妹を虐めたりしないか不安だったらしい。
でも私はそんな両親の気持ちとは逆に妹をただひたすらに可愛がった。
そのせいで何処に行くにも私の後をついてこようとする妹。
それが可愛くて可愛くて仕方なく、私は血を分けた妹に夢中になり、小学校が終わると飛んで帰ってすぐに妹の世話をした。
「お姉ちゃん」
そんな妹。私が昔から溺愛している妹に呼ばれてそちらに振り向く。
リビングルームに置かれた二人掛けの灰色のソファ。
その前には白色の丸いローテーブルが置いてあり、今その上には私が愛用している木管楽器のフルートが置かれている。
その私のフルートと私とを交互に見ながら、ややしかめっ面を見せる妹。
その手には妹用のフルート。
中学から吹奏楽をはじめた私。妹はその私を見て影響を受け、両親に自分もフルートをやりたいと伝えた結果、それならと妹もフルートを買ってもらい私と共に吹奏楽を始めることになった。
「お姉ちゃんお願い。どうしても上手く吹けないところがあるの。どうしたらいいか教えて」
妹が私にそう伝え、私の隣に腰を下ろして学校指定の鞄から楽譜をあさる。
制服のままであるところを見ると、どうやら高校から帰ってきてすぐに私のところに来たらしい。
もう陽も落ちていて外は結構暗い。
妹の通う高校は吹奏楽で有名な学校。
私の母校でもあるからその練習の厳しさはよく知っているけど、今もどうやらその辺りは当時と少しも変ってはいないらしい。
「貴女も大変ね。まぁほぼ毎年全国大会に出場するような強豪高校だし、仕方ないけどね」
「うん。今年も絶対行くよ。全国。私、オーディションで大会出場者に選ばれたんだよ」
「え? 凄いじゃん。あの学校で出場者に選ばれるなんてさすが私の妹」
「うん。お姉ちゃんは三年連続全国経験者だもんね。お姉ちゃんに負けないように私も頑張る」
「…そっか。それで何処が吹けないの?」
「あ、うん。えっと」
妹が身体をよじってコンクール用の楽譜をローテーブルの上へ。
それによりふわりと小さく舞う妹の肩まで伸びた艶やかな黒髪。
その黒髪からは柑橘系の香りと妹の女性の甘い匂いが混ざり合い、私の鼻孔をくすぐり過ぎ去っていく。
「ここなんだけど…」
妹の言葉が、指している楽譜の場所が頭の中に入ってこない。
一度意識してしまうと溢れ出る妹への想い。
「このパート強く吹いても弱く吹いてもなんだか違う感じになるんだよね」
「……………」
私の横で悩む妹をじっと見る。
相変わらず可愛い顔、大きくも小さくもない適度に膨らんだ胸
細い腰。スカートから伸びる女性らしいしなやかな脚。
私が妹を妹としてではなく、一人の女性として見るようになった三年前。
妹が中学生となって夏を迎えたある雨の日。
妹は学校で傘を誰かに盗まれたらしく、全身ずぶ濡れになりながら家まで走って帰ってきた。
そんな時に限って、両親は仕事のために不在。家には私しかいなかった。
慌ててバスタオルを用意して玄関で待たせている妹のところへ持っていった私。
その時、私は見てしまった。
雨により妹の肌に張り付き、透けた夏用の制服。
まだまだ子供だと思っていた妹は私が思っていたよりも育っていて、透けたことにより見える下着は女性の色気を感じさせるものだった。
それから私は妹を一人の女性として意識するようになった。
私も女性。ましてや姉妹。そんな筈がないと自分に言い聞かせても止まらなかった、止められなかった。
妹を一人の女性として意識するようになったその瞬間から、私は妹に恋に落ちていた。
「お姉ちゃん?」
自分のアクションに対し、何の反応も示さない私を不審に思ったのだろう。
妹が私の顔を覗き込んでくる。
こんな時でも意識してしまう妹の唇。
ここでもし妹に私の唇を重ねたら妹はどんな顔をするのだろうか?
その感触はどんなのだろうか。きっと柔らかいのだろう。
病みつきになってしまうに違いない。
妹とのキス。甘美な思いが私の心を支配する。
何も知らない妹に手を伸ばし、妹の身体を自分のほうへと引き寄せる。
「萌歌…」
妹の名を呼んだ瞬間、私は自分で自分を取り戻した。
「!!」
何をしようとしていたのだろうか。
慌てて妹から離れ、距離を置いて自分の行動を誤魔化すためにローテーブルの上に置かれたままになっている楽譜を手に取る。
「へ、へぇ、今年の課題曲はダッタン人の踊りなんだ。これちょっと難しいよね」
明らかに動揺している私の声。
不自然極まりないのだけど、妹は特に気にしないことにしたらしい。
私の横に肩を寄せ、最初の時と同じように私にフルートの吹き方を尋ねて来る。
「ここ、どういう吹き方したらいいかな?」
妹の身体の感触が私に伝わる。
鼓動が早くなり、血圧が上がって顔が熱くなっていくのが自分で分かる。
「あ…えっと、ご、ごめん。お姉ちゃんちょっと用事があったの忘れてて」
これ以上妹の傍にいることに耐えられなかった。
私は唖然とする妹をリビングに残し、慌てて自分の部屋へ逃げ込むのだった。
[-妹視点-]
私立奏高等学校
男子には比較的自由な校風が、女子には可愛い制服が人気なことから県内でも有数の人気を誇る高等学校。
吹奏楽に力を入れており、ほぼ毎年全国大会に出場するほどの実力を持つ学校。
そんな学校の教室棟と多目的棟を繋ぐ渡り廊下で私はフルートを奏でながらいつものようにお姉ちゃんのことを考えていた。
生まれてからずっと一緒に育ってきたお姉ちゃん。
常にお姉ちゃんの後ろをついて回り、お姉ちゃんのやることを私はいつも真似していた。
他に幾らでもある学校からこの学校を選んだのもそれが理由。
お姉ちゃんの母校だったから、私はもう少し上を目指すべきだという中学の頃の担任の言葉を振り切ってここを選んだ。
「~~~~♪」
フルートの音色が空に響く。
昨日お姉ちゃんに吹き方を習おうとして習えなかったところに差し掛かった時、それまでの音は壊れ、不快なものに変わる。
「……………」
音楽に少しでも精通する人ならば誰もが顔をしかめるであろう音。
吹くのをやめ、フルートを唇から離したとき、叩かれる私の肩。
「おはよう、萌歌」
「おはよう、優奈」
紺野 優奈。私の親友で私の密かな想いを知っているただ一人の人間。
それ故に遠慮がなく、彼女は私に毎度毎度軽口を叩いてくる。
「今日も変わらずシスコン拗らせてるね」
優奈が不敵な笑みを浮かべる。
先程のフルートの不協和音。あれはただ吹き方が分からないだけではなく、お姉ちゃんのことを思ってのことだったことを彼女は分かってしまうらしい。
思い返せば中学に上がった頃からお姉ちゃんは私に対して態度が変わった。
甘えさせてくれていた時間が減って余所余所しくなり、それまで時々一緒に入っていたお風呂は完全に別々。
フルートだって私が分からないところがあった場合は一緒に吹いてくれて私に吹き方を教えてくれていたのに、今では昨日のように私から逃げていく有様。
何かをして嫌われてしまったのだろうか? それがおよそ三年前からずっと私の心に引っ掛かり、奏でる音にもこうやって影響が出ている。
「萌歌ってさ、めっちゃモテて男選びたい放題なのになんでシスコンなのかな。勿体ない」
優奈の言葉。
確かに私は私の何がいいのか分からないけど、男子から告白されることが多い。
優奈のように男子からあまり縁がないらしい女子からはそれが羨ましく見えるのだろう。
でも私は…。私は男子から告白されても少しも心が動かず嬉しくもなかった。
私が好きなのはお姉ちゃんだけ。
女性同士で、姉妹で、世間的にはおかしいと思われることが分かっていても、私の心はずっとお姉ちゃんにある。
「告白…してみようかな」
「は!? マジで!!?」
私の言葉に驚愕の表情を浮かべる優奈。
その時の私は自分の暴走を止めることが出来なくなっていた。
そしてそれがあの日に繋がることを私はまだ知らないでいた。
[-姉視点-]
朝。朝練に行くために早起きする妹もまだ微睡の中にいるくらいの早い時間。
私は自分がまだ幼い頃からずっと日課にしているとある行為を今日も遂行するために妹の部屋の前に立っていた。
ドアノブを静かに回し、妹を万が一にも起こしてしまうことの無いように音を立てないよう部屋の中に侵入する。
フローリングの部屋に置かれているガラステーブルや猫の柄のクッション。
それら障害物に気を付けながら数歩進み、妹のベットの前で立ち止まる。
聞こえて来る小さな寝息。
覗き込むと天使としか言いようのない愛らしい寝顔。
「萌歌…」
名を呼び、頭を撫でる。その行為を五分程。
これがいつもの日課で私は普段ならそこで満足して来たときと同じように自分の部屋へと戻る。
けど今日は。部屋着のポケットから取り出すスマホ。妹の寝顔を動画と写真で撮影し、その場で両方とも上手く撮れていることを確認してから部屋へと戻るために踵を返す。
部屋に戻ったら今撮った宝物を鑑賞。
それを思い、気を緩めたのがいけなかった。
一歩前に進んだ時、クッションに乗せてしまう足。
重量の掛かり方が悪かったのか、クッションは前へと滑り、私はその反動で尻餅をついて転げてしまった。
上げそうになる悲鳴。何とか堪え、妹を見るとこの騒ぎにも気づかなかったらしい。先程の愛らしい天使の寝顔のまま眠っている。
"ホッ"と胸を撫でおろしたのも束の間。
体勢を立て直して立ち上がった時、私は妹から発せられた寝言により、またあの時と同じように目線が一か所に集中して動けなくなってしまった。
「お姉ちゃん…」
「萌歌…」
妹の唇。吸い寄せられるようにその唇に自分の唇を持っていく。
後少しで唇と唇が重なり合う。
その時だった。
"ピピピピヒピピピピピーーー"
けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音。
私はそれにより我に返り、妹が起きるよりも一瞬だけ早く妹の部屋から大急ぎで脱出するのだった。
[-妹視点-]
吹奏楽部コンクール県大会。
部の皆が一丸となり、このコンクールで絶対に金賞を取ろうと燃えている中、私は一人だけ浮かない気分を持て余していた。
今から一ヶ月程前、漸くお姉ちゃんから教わることの出来たフルートの吹き方。
その時のお姉ちゃんはとても優しく、慈愛に満ちていて、私はやっと三年間の蟠りが解消できる。
そんな気がしていた。
なのに…。
お姉ちゃんは私に教えるだけ教えると以前よりも私を徹底的と言っても過言ではない程に避けるようになった。
一つ屋根の下にいるのに声をかける隙さえもないような状況。
私が起きた時にはもう家にいないし、寝るときは私よりも早いため部屋に行っても話なんて出来ない。
『どうして…』
幾ら考えてもお姉ちゃんにそうされる理由が見つけられない。
私達は誰が見ても仲睦まじい姉妹で、お姉ちゃんは私のことを大切に思ってくれている筈だし、私も勿論お姉ちゃんのことを大切に思っている。その筈だった。
"パチパチパチパチパチパチパチッ"
そんなことをあれこれ考えているうちに私達の前の学校の演奏が終わり私達の出番がやってくる。
舞台準備の間に気持ちを切り替えないといけない。
そう思うのに上手くいかない私の心。
このままだと皆に迷惑が。
そう感じ始めていた時、私の横に並ぶ人影。
見ると予想はしていたけれど、やはり優奈。
慰めるか気合を入れるか。どちらかをしにきてくれたのかと思っていたら、優奈がそのどちらでもないことを口にする。
「萌歌。香音さん…。萌歌のお姉ちゃん来てるよ」
「え!!」
思わず驚きの声を上げる。
今日のことはお姉ちゃんには伝えていない。
伝えようにも伝えられなかったから。
だからお姉ちゃんが来てくれているわけがない。
「ほんとに? ほんとにお姉ちゃん来てくれてるの?」
信じられず優奈に確認。
すると優奈は自分の口で言うよりも私自身に確認させたほうが早いと思ったのだろう。
舞台袖に連れていかれる。
舞台準備が進む中、コンクール出場中の他の学校の生徒や一般のお客さん達にバレない程度に袖から出す顔。
ここは結構大きな建物。だからこそ収容人数は多い。そんな中でも一発で見つけられる大好きな人の姿。
お姉ちゃんは私に見つからないようにするためか後部座席に座り、プログラムが書かれたパンフレットを見ながら今か今かと私達の番が来るのを待っていた。
「来てくれたんだ…。お姉ちゃん…」
胸の中心が温かくなる。
大好きな人が私の演奏を聴きに来てくれた。
これで燃えない筈がない。
舞台準備が整って私達の出番がやってくる。
拍手で迎えられ、それぞれの位置につく私達。
今の私の目に映っているのは指揮者と丁度その視線の先に見える世界で一番大好きな人。
指揮棒が上がる。コンクール会場に広がる私達の音楽。
私達はその後金賞を取り、次の地方大会への出場を決めた。
◆
演奏及び地方大会出場校発表終了後。
私は学校の皆から離れ、一人お姉ちゃんのことを捜していた。
今見つけないと何故か一生会えないような気がして、必死にコンクール会場内を駆けまわる。
すれ違う人々。人の波を掻き分けながら進み、演奏会場から玄関ロビーへと続くエスカレーター付近で漸く見つけるお姉ちゃんの姿。
「お姉ちゃん」
声を上げてもお姉ちゃんには届かない。
距離があるため、どうにかお姉ちゃんに近づくためにもがく私。
それでも近づけない。人に押されてどんどん広がる距離。
お姉ちゃんがコンクール会場から外へと出ていく。
「待って。お姉ちゃん」
手を伸ばし、お姉ちゃんを求めながら私は人を掻き分ける。
走り、私もコンクール会場から外に出て、ようやくお姉ちゃんに追いついた場所はコンクール会場から少し先の車道と歩道が分け隔てられているこの辺りでは大きなコンクリートの橋の上。
「ハァ…ハァ…お姉ちゃん」
息が切れる。
時期は夏。なのに学校の代表として出場しているため私達が今現在着用しているのは冬用の制服。
零れる汗。制服内に蒸れる自分自身の温もり。
「ハァ…ハァ、ハァ…」
息を整え、自分より数歩先にいるお姉ちゃんを真っ直ぐ見つめる。
その顔は少し困った顔。
演奏を聴きに来てくれたのに、私を見に来てくれたのに、どうして私にそんな顔をするのか分からない。
「お姉ちゃんどうして…」
ずっと我慢していた涙が溢れ出る。
砕け散った堰。心の堰も同時に崩壊して、私はお姉ちゃんに告げてしまった。
「お姉ちゃんが好き。大好き。ずっとずっとお姉ちゃんのことが好きでした。私と付き合ってください」
お姉ちゃんの顔が驚愕のものに変わる。
その後私が受けた返事は「NO」だった。
[エピローグ -姉視点-]
数か月後。
カナダ某所。
日本でおこなっていた私の仕事。
音楽関係のとある仕事。
その仕事を一身上の都合で退職し、持っているスキルを活かして日本語やフランス語の本を英語に翻訳という仕事に就いた私は遠く日本から離れてここカナダで一人暮らしを始めていた。
日本から離れた理由は言うまでもなく妹から離れるため。
あの日妹から受けた告白。
これ以上ないくらいに幸せで夢でも見ているのではないか? と錯覚してしまった程の出来事。
妹と恋人として付き合える。そう思いもしたけど、同時に私は妹の将来を背負う自信がなく逃げる道を選択してしまった。
いよいよ離れ離れになる際、妹の顔を見るのが怖くて妹の吹奏楽部全国大会出場の日を狙って飛び立った私。
その際「萌歌から」と母親から渡された手紙には『私は絶対にさよならは言わない』そう書かれていた。
「……………」
今日のノルマと自分で決めていた範囲内の翻訳を終え、本場カナダのメープルシロップを使って焼いたクッキーと紅茶を手に小休止を取る。
現在は日本で言えば春。冬の厳しい寒さから解放されて過ごしやすい季節。
「ハァ…、幸せ」
仕事が終わったことによる解放感。
仕事に使っている部屋から移動して暖炉の間のロッキングチェアに座り、紅茶を口にした時耳に聞こえる私の家のドアを叩く音。
"コンコンコンッ"
「もう…、せっかくの安らぎの時間なのに…」
本当は出たくない。
けれどもしかしたら仕事の関係者かもしれない。
なので渋々重い腰を上げて私は家の玄関へ。
ドアを開けた時、そこに立っていたのは大きなボストンバックを隣に、笑顔を浮かべている妹だった。
「今年からこっちに留学することになったから、お姉ちゃん泊めて」
茫然とする私を余所にボストンバックを転がしながら家に上がり込んでくる妹。
妹は手紙の宣言通りに私を追いかけて来て、そして私達は姉妹二人暮らしが始まった。
◆
更に数か月後。
「お姉ちゃん」
妹が私を求めて覆い被さってくる。
妹とこういう関係になったのは、妹がこっちに来たその日の夜。
寝室でどうして今まで妹のことを避けていたのか。その理由を洗いざらい白状させられた私は妹の逆鱗に触れ、その場で唇を奪われてそのまま身体も奪われ妹のものになった。
二人きりの寝室。パジャマ姿の妹が可愛い。
潤んだ瞳。求められるままにキスをすると、妹は微笑み私が離れたら今度は妹からキスをしてくる。
柔らかな唇。何度も何度も私達は順番で唇を重ね合う。
どれくらいそうしていただろうか? 何気なく見ると妹のやや上気した顔。
「お姉ちゃん大好き」
「私も大好きだよ。萌歌」
「でもお姉ちゃん私を避けてたよね?」
「う…。それは…」
「いいよ。許してあげる。でももう私を置いていかないでね」
「うん。約束する。ずっと一緒にいるよ。萌歌」
「誓いのキスして」
「さっきまでいっぱいしてたじゃない」
「それとこれとは別。お姉ちゃんの誓いが欲しいの」
「はいはい。可愛いんだから」
妹の首に手をまわして、自分のほうへと引き寄せる。
可愛い私の愛する妹。不意に蘇る思い出。
「もっと早くこうしてれば良かった」
「ほんとだよ。私はいつでも受け入れたのに」
「勇気無くてごめんね。でももう絶対萌歌を離したりしないから」
「うん」
妹が目を閉じる。
それを見て重ねる唇。
もう二度と妹を離さないことを誓いながら。妹と生きることを誓いながら。
私は妹に永遠の愛を誓った。
私達は共に生きていく。
何度も何度も季節が移ろい変わるのを二人で見ながら。
――――愛し合う二人で。
~~~HAPPYEND.
[おまけ -優奈視点-]
多摩 萌歌。
小学校からの私の幼馴染で私の大切な親友。
その親友から実の姉が好きだと聞いたのは、彼女と私が小学校高学年に上がった時だった。
萌歌は小学校の頃から男子からかなりモテていた。
その容姿もさることながら、成績も彼女の姉に負けず劣らず優秀で運動もそこそこ出来、欠点らしい欠点と言えば多少強気なところがあるところだけ。そんな萌歌を男子が放っておくわけがない。
萌歌が男子から告白されているところを何回見ただろうか。
愛のメールやSNS、今時少し珍しいラブレター。
それらを受け取ってもただ一度として誰の想いにも応えなかった萌歌。
その理由が実の姉を好きだと知った時はそれは勿論驚いた。
けれど私は同時に萌歌が実の姉を好きになる理由も納得していた。
彼女の姉は容姿と運動神経こそ妹の萌歌には劣るものの、性格も成績も萌歌よりも上。
料理の腕や音楽の才能も抜群で異性からモテる萌歌と違い、萌歌の姉は同性からいつも頼られていた。
そんな二人だったから…。
私はあの日、迷っていた萌歌の背中を押した。
吹奏楽全国大会出場後に降ってわいた交換留学生の話。
カナダと日本。萌歌はその話に一度は飛びつく姿勢を見せた。
けれどそれは私達から離れるということ。
全国大会に出場した中でも特に優秀だった高校として名を馳せた私達。
交換留学の話が合った数日後には私達はその春すぐに街のコンサートの出演が決まっていた。
フルートのパート。萌歌が抜けた場合は早急に代理を立てなければならない。
でもその穴を埋めるのは残ったメンバーではなかなかに難しく、それを分かっている萌歌はギリギリまで悩んでいた。
本当はすぐにでも飛んでいきたいくせに責任感から悩む萌歌。
私は交換留学生制度の話が締め切られる数日前に萌歌を放課後の音楽室に残し、二人きりで話をして彼女にカナダへ飛び立たせる決意をさせた。
それからの萌歌は早かった。
こうと決めたら余程のことがない限りは自分の考えを信じて前へ進む萌歌。
職員室に行って交換留学に応募し、決まったら吹奏楽部と自分のクラスにお別れを言って彼女は春には遠いカナダの地へと飛び立っていった。
◆
それから数年の刻が流れた。
今日はここ日本の地にカナダの有名な交響楽団が訪れて演奏を行う日。
パートナーと共に訪れ座る席。
舞台にはフルートを構える彼女がいて、そのすぐ前客席の一番良い処には彼女を優しく見守る彼女の姉であり、恋人の姿があった。
曲が始まる。
その日聴いた彼女のフルートの音色は、私が知っている限りで最も美しく最高のものだった。
恋人の為に奏でるフルート。パンフレットの彼女の紹介文にあるとおりに。
end.