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▼02.寒空と野球

 晴れ渡る空とは裏腹に、吹く風は冷たく、少し湿った匂いを運んでくる。

 季節は12月。すっかり冷え込み、外出にはコートの一枚も着なければ凍えてしまいそうなほどで、そんな寒い中、外出をしている僕は当然ながらコートに身を包んでいる。

 黒いダッフルコートに、紅いマフラー(赤じゃなくて紅なのがポイントである)、耳には黒くてもふもふした毛のついた耳当てをつけて、手袋も黒でもこもこした品。

 我ながらに似合っていると思う次第であるけれど、格好良いではなく可愛いと称されてしまうのが気になるお年頃。

 とはいえ、寒さを我慢するくらいならば、僕は実用性を尊ぶのである。

 コートの袖から入った寒風に若干鳥肌を立たせ、ポケットに手を突っ込んだ。

 そんな僕の視界に入るのは、公休日で人の姿が無い小学校の校庭にもぐりこんで遊ぶ子供達。

 僕が仲の良い友人二人と、不肖の妹一人がこの寒い中、防寒着を脱いで走り回っている姿である。

「サッコーイ!」

「しゃー、行くよ。せっちゃん! 我が魔球の前にひれふすが良いよ!」

「今度はストライクゾーンに入れられるように頑張ってね?」

「がんばる!」

 今やっているのは、三人だけの野球ごっこ。


 投手役は妹である佐藤 嗣深つぐみ

 中学生という花も恥らう年齢でありながら、女の子らしさをかなぐり捨てたかのような緑のジャージ姿で、頭には何時の間に持ってきていたのかわからない紅白帽を野球帽代わりにかぶっている。

 一見小学校低学年と間違われそうな小柄な体躯と相まって、完全にお遊戯会のような様相だ。

 ちなみに前に一度幼稚園児に間違われた事もある。然もあらん。

 僕もその巻き添えで小学一年生と間違われた時はとても悔しかった。とても悔しい。

 でもお菓子を貰ったので間違えた人の事は許してあげた。僕は寛大なのである。


 そしてバッターボックスに立つのは、宇迦之 刹那せつなさん。

 中学一年生としては高めな身長と、そのクールビューティーな感じの外見とその知的な印象(実際、非常に頭が良い)ゆえに男女からの人気が高い。

 濡れ羽色というのはまさにこんな色だろうと思えるような、黒く艶やかな髪を後頭部で結ってポニーテールにしており、そこから覗くうなじがセクシーとはクラスの男子の談だ。

 こちらは黒地に白いラインの入ったウィンドブレーカーを羽織り、脚はスキニーパンツ? とかいう奴だったか、少しピッチリ目のズボンを穿いていて、パッと見はボーイッシュなスポーツ女子といった姿であるが、残念ながら彼は男の子である。

 顔も中性的なせいで間違える人がたまにいるが、男の子である。


 最後に、キャッチャーとしてやけに様になっているポーズと共に、5回に4回はストライクゾーンから大きく逸れて大暴投していくボールをやたら華麗にキャッチしているのが、高学年の先輩達並の身長を誇る我が親友というか悪友のような友人、桜庭さくらば 虎次郎こじろうくんである。

 運動センス抜群、ふざけているように見えるから頭が悪そうに見えるけど、意外と頭も良いとかいうリアルチート主人公くんだ。

 宇迦之さんと虎次郎くんで基本的にはクラスの学力テストのトップツーを争っている。ちなみに中学校一年生の問題は基本的には小学校の頃の延長的なものが多いため、皆成績自体は高いのだけれど、毎回全教科満点なのはこの二人くらいだろう。

 なお、全国模試的なのでも毎回相当高い順位らしいけど、残念ながら学校の方針で全校生徒が受けたことがあっても成績は中の中でしかなかった僕には縁遠い話である。


「わがまきゅーをくらえ! ニャックル!」

「ナックルの変化どころか、ミットにすら届いてないよ嗣深ちゃん……」

「ふっ……変化しすぎちゃったみたいだね!」

「むしろ一直線に地面にワンバウンドだったと思うんだけど?」

「ナイスニャックルやで、つぐみん!」

「どやー!」

「えええ、いや、ま、まぁ二人がそれで楽しいなら良いよ? うん」


 不真面目キャラ二名に挟まれた真面目くんの宇迦之さんが忍びない限りであるが、僕はこのままジャングルジムに居座って高みの見物と洒落込むつもりだ。

 どうしてこのように寒い日にそんな汗をかくような運動をしなくてはならないのか。僕にはわからない。


「よっしゃ、ピッチャー交代、刹那! バッターはヨッシーやで!」


 とか思ったら呼ばれてしまった。

 義嗣よしつぐだからヨッシーという安直な渾名にツッコミを入れるつもりは無いけれど、空気を読んで欲しいものだ。

 僕はそんな野球なんてする気はまったく無いのだが、空気を読む僕は大人だから遊んであげるのである。

 僕はやれやれと肩をすくめながら、ジャングルジムから降りて、交代しに来た嗣深に手袋とマフラーを預けてバッターボックスへと向かう。

 はーやれやれ、乗り気じゃないんだけどなぁ。

 アンニュイなため息を吐いてから、僕は虎次郎くんから預かったバットを持ってゆっくり構えると、言った。


「っしゃーばっちこーい!」


 構えは後ろ足に重心を置き、前足でリズムを取るオープンスタンス。

 狙う所は小学校の校舎を超える特大ホームランである!

 見てろよ見てろよ。いや本当、全然まったく、やる気なんてないんだけど。

 いや本当に。本当にまぁちょっと、多少、友達に誘われた以上はやらなくちゃいけないかなー的な。

 あるよね、そういうの。

 そんなノリであって、本当、僕にそういう脳筋みたいなアレは無いので。

 無いんだけど、まぁ参加するからには全力だよね!!

 僕は心の中で誰にともなくそんな弁明をしながらキリリとした顔でピッチャーをにらみ付ける。


「へいへいへーい! バッターびびってるよせっちゃーん!」

「誰がビビるかー! へいへいへーい! さぁ来るんだ宇迦之さん、ホームランにしてやるぜ!」

「なんやアンニュイな空気出してた割にはめちゃっくちゃノリノリやな、ヨッシー」


 虎次郎くんが笑いながらキャッチャーのポジションから見上げて言ってくるので、僕は親指を立てて自分の胸を指差す。


「虎次郎くん、今を生きる、今を生きるんだよ」

「なるほど、今を目一杯楽しむことが、人生の秘訣ってやつやな!」

「そのとおり!」

「えーっと、もう投げていいのかな?」

「っしゃーこらー! ばっちこーい!」


 見さらせ、これが僕の本気だ……ッ!!


「ナイス空振りだよつぐにゃーん!!」

「しゃらーっぷ!!」


 めっちゃ球が速い上にど真ん中きれいに入りましたよ奥さん、これ無理じゃありませんかね?

 僕は遠い目をしながら再度構えに入るのであった。

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