episode10-3
X県滝山市の人通りがない海岸沿いにて。
「遅かったな。……女連れとはいい御身分じゃのう?」
青年たちが着いた時の、【水龍】の第一声がこれである。
「断じて不埒な行いはしていない……」
「本当に?」
「本当だ」
白髪の女、アリシアまでもが青年に問いただす。
身も凍る女たちの視線に青年は縮こまってしまった。
「お母様まで悪ノリやめて下さい」
「まあからかうのはここまでにして、じゃ。早う、あの“白い樹”を何とかせねばならんの。……根っこがどんどん伸びておるらしい」
「あとどれくらいで海底に辿り着く?」
「うーん、あと六時間もしない内ね」
青年の問いに、アリシアは白樹と海を睨みつけながら答える。
「それほど時間は残されていないか。……椿姫! 鎧の準備の方は?」
答えを受けて、青年は背後の黒いバンに声を掛ける。
「まだ二〇分ほど掛かりそうです!」
「いいや、一五分でやってみせるわ」
水崎がコンソールと睨みあいつつ、必死に作業をしながら言う。
「樹の上部は警戒が厚いな」
青年が樹を見ながら言う。
「少なくとも上空から一気に攻めるのは得策ではないの」
「アリシア、他に中に侵入できそうな場所はあるか?」
「あるわ。それはもう立派な扉が一つね」
「如何にも【幻相】がやりそうなことだ。罠だろうな」
「逆にないことも考えられるがの」
と、【水龍】が水を差す。
「……キリがないな」
「突入するモノは全員でない方が良い。防衛も考えるとな」
「人的被害も抑えなければか……」
青年は苦々しい顔を浮かべる。
そして、しばらくして。
「だったら、私が先に行くわ」
「私も行きます」
そう言ったのは、クロエと椿姫だった。
「二人が行くというのなら、俺も行く。アザレア、後は頼んだぞ」
「番が言うなら、そうするとしよう。アリシアもそれでよいな?」
「分かったわ」
「では、皆。一五分後だ」
青年の言葉に、その場にいた皆が無言で頷いた。
同じ頃、APCOの留置所にて。
そしてここは【轟焔】が幽閉されている部屋である。
現在、彼は全身を白い拘束衣によって縛られている。
そこへ、二つの影がゆっくりと近づいてきた。
閉じられていた【轟焔】の瞳が開かれる。
「ここへ来るとは、一体何があった?」
「……子どもの反抗期があった」
「意味が分からんな」
「そうだろうな」
隆源が深い溜息を吐く。
「単刀直入に言う。私と手を組まないか」
「は?」
【轟焔】は呆気に取られて困惑の声を漏らす。
APCOとは刃を交えた関係なのだから、当然の反応と言えた。
「この一連の事件を解決するのに君の力が欲しい」
「私が貴様に力を貸す理由がないな。そもそも【幻相】が行う計画には不干渉。それがここに来るまでに交わされた契約だ」
「貴様以外の【六柱】は既に動いているようだが」
「他がどうしようと関係ない。我々はそういうモノだ」
「なら、私と君とで契約を結ぼう」
「何?」
【轟焔】の困惑は増々強くなっていった。
隆源の思惑が【轟焔】には全く読めなかった。
それは隆源の傍にいた秘書らしき男も同じようで、ぽかんと口を開けている。
隆源の仏頂面を見ている内に、【轟焔】は何だか面白くなってきてしまった。
ああ、自分の悪い癖が出てきてしまった、と【轟焔】は内心で舌打ちをする。
そう思いながら、【轟焔】は口の端を歪めながら、隆源に質問を投げる。
「一度は貴様に刃を向けた私に、なぜ力を借りようと思った?」
「必要だからだ」
「たとえ、それが自分に危害を加えた相手でも?」
「緊急事態なんだ、昨日の敵であっても使えるものは使う」
隆源が確かな意志が籠った瞳でそう言った。
その答えに【轟焔】はくつくつと息を漏らす。
やがてそれは、部屋中を埋め尽くさんばかりの高笑いに変わる。
「はははははは! いいだろう、力を貸そう! ただし条件がある!」
「何だ?」
「この戦いが終わった後、私と一対一で戦うことだ!」
「……いいだろう」
「よし、決まりだ! この私に交わした契約を破らせたのだ! 絶対に破るまいとしていた信条を曲げさせたのだ! この条件、必ず果たしてもらうからなぁ!」
同時刻、滝上重工ビルにて。
「おや、この騒ぎは一体……何があったと言うんだ」
APCOからの連絡で呼び出された柳沼は困惑していた。
白い樹について、元【幻祖六柱】としての助言が欲しいと頼まれて、気が乗らないなか来てみれば、ビルの内部では人が慌ただしく動いており、しかも、僅かに火薬の残り香が漂っているではないか。はじめ、柳沼は火薬庫か何かが爆発でも起こしたのかと思ったが、火の手や煙などは来るまでに見なかった。となると、銃を使わなければならない事態が起こったと見る方が自然だった。ここが襲撃されるなど、まず考えられないが。
「もしや、彼が……?」
柳沼には心当たりがあった。
以前【水龍】から聞いた、隆一が【ヴァル】という話だ。
彼がここに拘束され、何らかの理由で脱走を図ったのではないか。
そうすると、この火薬の残り香にも納得がいくというものだ。
脱走したのは、恐らく白い樹を何とかするためだろう。
本当に【ヴァル】が生きているなら、きっとそうする。
「急ごう」
柳沼はビルの上階に向けて歩いた。
自分が今できることをするために。
X県滝山市の海岸沿いにて。
「体調の方は大丈夫なのかの?」
「はっきりと言えば、万全ではない。竜にはなれそうもない」
波打ち際で【水龍】と青年が話し込んでいた。
その傍らには白髪の女、アリシアもいた。
「そうか、となると、現状の最強戦力は妾という事になるの」
「そうなるな。もしもの時は頼んだぞ」
「妾も久しく龍にはなっとらんから、加減を忘れたらすまんの」
「頼もしい限りだ」
白い樹、日光を浴びて純白に輝くそれは、一見すると幻想的で美しいものに見えるが、よく見れば、樹の表面は呼吸するように、肥大化と縮小を繰り返している。植物のような出で立ちをしていながら、動物のような生々しさがあるという、この世から逸脱した冒涜的な姿は、見るモノに対して生理的な嫌悪感を覚えさせる。
あそこに【幻相】が、総ての元凶が待ち構えているのだ。
「準備、終わりました」
「分かった」
白い樹を睨みつけていた青年に椿姫がそう言った。
「ヴァル、今度は帰ってくるわよね?」
青年の袖をアリシアが掴んだ。
「ああ、今度は必ず帰ってくるさ」
「いなくなった間の埋め合わせ、期待しておるからな?」
反対側の袖を【水龍】が掴む。
そう言う二人からは何らかの圧が感じられる。
命を捨てたら許さない、次は地獄の果てまでも追いかけるぞ。
……などという恐ろしい幻聴が聞こえてくるを感じるほどに。
「はあ、お父様、なんて情けないのかしら……」
「……元々あんなもんなんじゃないですか?」
バンの近くにいたクロエと甲冑を身に纏った椿姫がぼやく。
文字通りの最終決戦の時が近づいていた。




