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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第十章 最後の戦い/いつかの明日
99/104

episode10-3

 X県滝山市の人通りがない海岸沿いにて。

「遅かったな。……女連れとはいい御身分じゃのう?」

 青年たちが着いた時の、【水龍】の第一声がこれである。

「断じて不埒な行いはしていない……」

「本当に?」

「本当だ」

 白髪の女、アリシアまでもが青年に問いただす。

 身も凍る女たちの視線に青年は縮こまってしまった。

「お母様まで悪ノリやめて下さい」

「まあからかうのはここまでにして、じゃ。早う、あの“白い樹”を何とかせねばならんの。……根っこがどんどん伸びておるらしい」

「あとどれくらいで海底に辿り着く?」

「うーん、あと六時間もしない内ね」

 青年の問いに、アリシアは白樹と海を睨みつけながら答える。

「それほど時間は残されていないか。……椿姫! 鎧の準備の方は?」

 答えを受けて、青年は背後の黒いバンに声を掛ける。

「まだ二〇分ほど掛かりそうです!」

「いいや、一五分でやってみせるわ」

 水崎がコンソールと睨みあいつつ、必死に作業をしながら言う。

「樹の上部は警戒が厚いな」

 青年が樹を見ながら言う。

「少なくとも上空から一気に攻めるのは得策ではないの」

「アリシア、他に中に侵入できそうな場所はあるか?」

「あるわ。それはもう立派な扉が一つね」

「如何にも【幻相】がやりそうなことだ。罠だろうな」

「逆にないことも考えられるがの」

 と、【水龍】が水を差す。

「……キリがないな」

「突入するモノは全員でない方が良い。防衛も考えるとな」

「人的被害も抑えなければか……」

 青年は苦々しい顔を浮かべる。

 そして、しばらくして。

「だったら、私が先に行くわ」

「私も行きます」

 そう言ったのは、クロエと椿姫だった。

「二人が行くというのなら、俺も行く。アザレア、後は頼んだぞ」

「番が言うなら、そうするとしよう。アリシアもそれでよいな?」

「分かったわ」

「では、皆。一五分後だ」

 青年の言葉に、その場にいた皆が無言で頷いた。





 同じ頃、APCOの留置所にて。

 そしてここは【轟焔】が幽閉されている部屋である。

 現在、彼は全身を白い拘束衣によって縛られている。

 そこへ、二つの影がゆっくりと近づいてきた。

 閉じられていた【轟焔】の瞳が開かれる。

「ここへ来るとは、一体何があった?」

「……子どもの反抗期があった」

「意味が分からんな」

「そうだろうな」

 隆源が深い溜息を吐く。

「単刀直入に言う。私と手を組まないか」

「は?」

 【轟焔】は呆気に取られて困惑の声を漏らす。

 APCOとは刃を交えた関係なのだから、当然の反応と言えた。

「この一連の事件を解決するのに君の力が欲しい」

「私が貴様に力を貸す理由がないな。そもそも【幻相】が行う計画には不干渉。それがここに来るまでに交わされた契約だ」

「貴様以外の【六柱】は既に動いているようだが」

「他がどうしようと関係ない。我々はそういうモノだ」

「なら、私と君とで契約を結ぼう」

「何?」

 【轟焔】の困惑は増々強くなっていった。

 隆源の思惑が【轟焔】には全く読めなかった。

 それは隆源の傍にいた秘書らしき男も同じようで、ぽかんと口を開けている。

 隆源の仏頂面を見ている内に、【轟焔】は何だか面白くなってきてしまった。

 ああ、自分の悪い癖が出てきてしまった、と【轟焔】は内心で舌打ちをする。

 そう思いながら、【轟焔】は口の端を歪めながら、隆源に質問を投げる。

「一度は貴様に刃を向けた私に、なぜ力を借りようと思った?」

「必要だからだ」

「たとえ、それが自分に危害を加えた相手でも?」

「緊急事態なんだ、昨日の敵であっても使えるものは使う」

 隆源が確かな意志が籠った瞳でそう言った。

 その答えに【轟焔】はくつくつと息を漏らす。

 やがてそれは、部屋中を埋め尽くさんばかりの高笑いに変わる。

「はははははは! いいだろう、力を貸そう! ただし条件がある!」

「何だ?」

「この戦いが終わった後、私と一対一で戦うことだ!」

「……いいだろう」

「よし、決まりだ! この私に交わした契約を破らせたのだ! 絶対に破るまいとしていた信条を曲げさせたのだ! この条件、必ず果たしてもらうからなぁ!」





 同時刻、滝上重工ビルにて。

「おや、この騒ぎは一体……何があったと言うんだ」

 APCOからの連絡で呼び出された柳沼は困惑していた。

 白い樹について、元【幻祖六柱】としての助言が欲しいと頼まれて、気が乗らないなか来てみれば、ビルの内部では人が慌ただしく動いており、しかも、僅かに火薬の残り香が漂っているではないか。はじめ、柳沼は火薬庫か何かが爆発でも起こしたのかと思ったが、火の手や煙などは来るまでに見なかった。となると、銃を使わなければならない事態が起こったと見る方が自然だった。ここが襲撃されるなど、まず考えられないが。

「もしや、彼が……?」

 柳沼には心当たりがあった。

 以前【水龍】から聞いた、隆一が【ヴァル】という話だ。

 彼がここに拘束され、何らかの理由で脱走を図ったのではないか。

 そうすると、この火薬の残り香にも納得がいくというものだ。

 脱走したのは、恐らく白い樹を何とかするためだろう。

 本当に【ヴァル】が生きているなら、きっとそうする。

「急ごう」

 柳沼はビルの上階に向けて歩いた。

 自分が今できることをするために。





 X県滝山市の海岸沿いにて。

「体調の方は大丈夫なのかの?」

「はっきりと言えば、万全ではない。竜にはなれそうもない」

 波打ち際で【水龍】と青年が話し込んでいた。

 その傍らには白髪の女、アリシアもいた。

「そうか、となると、現状の最強戦力は妾という事になるの」

「そうなるな。もしもの時は頼んだぞ」

「妾も久しく龍にはなっとらんから、加減を忘れたらすまんの」

「頼もしい限りだ」

 白い樹、日光を浴びて純白に輝くそれは、一見すると幻想的で美しいものに見えるが、よく見れば、樹の表面は呼吸するように、肥大化と縮小を繰り返している。植物のような出で立ちをしていながら、動物のような生々しさがあるという、この世から逸脱した冒涜的な姿は、見るモノに対して生理的な嫌悪感を覚えさせる。

 あそこに【幻相】が、総ての元凶が待ち構えているのだ。

「準備、終わりました」

「分かった」

 白い樹を睨みつけていた青年に椿姫がそう言った。

「ヴァル、今度は帰ってくるわよね?」

 青年の袖をアリシアが掴んだ。

「ああ、今度は必ず帰ってくるさ」

「いなくなった間の埋め合わせ、期待しておるからな?」

 反対側の袖を【水龍】が掴む。

 そう言う二人からは何らかの圧が感じられる。

 命を捨てたら許さない、次は地獄の果てまでも追いかけるぞ。

 ……などという恐ろしい幻聴が聞こえてくるを感じるほどに。

「はあ、お父様、なんて情けないのかしら……」

「……元々あんなもんなんじゃないですか?」

 バンの近くにいたクロエと甲冑を身に纏った椿姫がぼやく。

 文字通りの最終決戦の時が近づいていた。

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