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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第八章 友の行方/リュウの雄叫び
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episode8-last

「抵抗するなよ、滝上隆一。妹の命が惜しいならなぁ。やるんだ」

「グゥッ!」

 異形の剛腕が白亜の魔人の頸を掴んで持ち上げる。

 椿姫が人質に取られている以上、下手な動きは出来ない。

 【幻相】は痛みのせいか、まるでヒトが変わったような口調だった。

 未だに彼の右目からは多量の赤黒い液体が流れおり、非情に痛々しい。

「あはははは! 最高だねえ! こんなに気分が良いのはいつぶりだろう!」

「ホロロロロ! ロロロロロ! ロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!」

「ハァァッ! グッ!」

 半身を無くしているにも関わらず、異形の攻撃は力強い。

 魔人の体をぬいぐるみのように易々と動かし、床に何度も叩きつける。

 岩すら容易く砕く人外の衝撃を受けて、白き魔人の装甲が破砕されていく。

 彼の白き兜の内側に隠れていた、黒い鱗で覆われた肌と赤き右目が露出する。

「ホロロ! ロロロ!」

「グゥッ!」

〈に、兄さん……〉

 続いて、魔人の胸を覆っていた装甲が砕けた。

 外を覆う闇よりも、暗く深い黒の鱗が現れる。

 異形の半身は既に再生し、新たな腕を形成していた。

 より強く、強靭な、触手を捻じって作られた異形の腕だ。

 触腕は醜く膨張と破裂、再生を繰り返しながら、形を保っている。

 以前にも似たような力に出会ったが、悠長に思い出している時間はない。

「ホロロ! ロロロ!」

「抵抗しないと君は死ぬが、抵抗するんじゃあないよ!」

〈兄さん、私のことは良いですから! それを倒してください!〉

「お決まりのセリフだねえ! でも隆一君はそれが出来るヤツじゃないよねえ!」

 【幻相】は顔の左側は高らかに嗤い、右側は痛みで歪んでいる。

 椿姫は隙を見て、今の自身に出来ることはないかと思考を巡らせる。

 稼働可能なドローンはあるか、脚部に新たに搭載された新兵器を使うか。

 いや、ドローンは木島と、不定の異形によって破壊されてしまっている。

 加えて、新たな装備は脚部の装甲を外さなければ使用できない。触腕に絡めとられている現状では使用できない。万事休すか。

「頭の中身をぶちまけろォ!」

「ホロロロロロ!」

 【幻相】の叫びに応じて、魔人を掴んだ腕が大きく振り上げられる。

 不定の異形は顔面を固く持ち、魔人の後頭部を地面に叩きつけようとしている。

 抵抗しなければ魔人は死ぬだろう。だが抵抗すれば今度は椿姫が死んでしまう。

 諦めて死ぬわけにいかないのだ。この胸の内にある激しい怒りをぶつけるまでは。

 …………。

 ……。





「そうじゃなあ! 死ぬにはまだ早いわ!」

〈えっ? きゃあッ!〉

 魔人が心でそう思った時、聞き覚えのある声が祭室に響いた。

 その瞬間、椿姫を縛っていた触腕が閃光とともに弾け、切られた。

 同時に不定の異形の腕が、高圧の水流によって切られ、魔人は床に落ちる。

〈な、なにが……〉

「見ての通りよ。妹ちゃん?」

 突然起きた出来事に困惑する椿姫。

 機械の鎧を身に纏った彼女を、容易に持ち上げる白髪の少女がそこにいた。

 彼女の顔を、椿姫はすぐに理解できた。そして、不思議と疑問は覚えない。

〈竜ヶ森、クロエ……〉

「呼び捨てって、まあ、いいわ」

 黒色の生物的な鎧を身に纏うクロエは、椿姫をゆっくりと床に下ろす。

 彼女が左手に提げた銀色の細剣が、月明りに照らされてキラキラと輝いた。

「【雷姫】、【水龍】。これは一体どういうことかな?」

 【幻相】は募る怒りを隠そうともせず、顔を歪めて言う。

 彼の前に立ちふさがるのは、青い着物を身に着けた妖艶な女。

 それは椿姫にとっては、全く持って想定外の、敵だったはずの女だった。

「はっ! ちょっと予定が変わってなあ! こそこそと隠れて動くのを止めて、お主の敵になることにした!」

「いよいよボケが始まったと見えるね。私の計画である『新たな“王”の創出』こそ、最も最良な手段だ。これを邪魔すれば、民衆の暴動が激化すると思うんだけどなあ? それに、キミの人間への復讐だって果たせる。他に何か策でもあるというのかな?」

「言えん。それに復讐はもう良い。まあ何かあったとしても、最悪、当面の“王”は妾がやればよかろうて」

 傍から見ても、【水龍】が適当な事を言っているのは分かる。

「冗談だと願いたいねッ!」

 瞬間【幻相】の左眼が一際強く、怪しく輝いた。

 それは【水龍】に向かって飛んだものの、容易く彼女に弾かれる。

「はんッ!」

「やっぱり、この身体じゃあ勝てないのか」

「竜は頂点に立つ至高の存在、そのような子ども騙しで倒れるわけなかろう。隆一! ボケっとしている場合かッ! さっさと決着を付けろ!」





「……ァァ!」

 【水龍】の声に応じて、白き魔人は立ち上がった。

 色々と状況が動いた気がするが、取り敢えず、目の前の異形を倒さねば。

 魔人はこの戦いを一刻も早く終わらせるため、左腕に全力の力を注いだ。

 雷は青みがかった白から橙色へと変化し、甲高い叫び声を祭室に響かせる。

 見ていてくれ、木島――――

「ホロロ、ロロロ、ロロロロロロ!」

「……アァァァァァ!!」

 魔人は触腕の束を切り裂き、振るわれる剛腕を掻い潜る。

 不定の異形の青い一つ目と、魔人の紅き両目が交差する。

 そして、魔人は異形の腹を渾身の力で蹴り、宙へ吹きとばした。

 不定の異形の巨体は、祭室の天井を突き破って、暗い空を舞う。

 白亜の魔人の紅き両目が、鋭く激しく輝いた。続けて、左腕を天に掲げる。

「…………!」

 魔人の開いた掌の上に、異形の体が乗って見えた。

 左腕に纏った輝きは、魔人の瞳のように赤々と燃える。

 続いて、天が闇よりも暗く厚い雲に覆われ、月を隠した。

 不穏な雲は低い唸り声を上げ、紅い光が点いては消える。

 魔人は掌を強く握ると、異形の体が潰れて見えなくなった。

「燃えろ」

 白き魔人が一言そう呟く。

 その声に応じて、紅蓮の雷が異形の身体に振り落ちた。

 怒りに震える魔人の意思に呼応して、雷は異形を焼き尽くす。

 異形の肉体が再生する間もなく、一瞬にして塵となって消えた。

 その光景を見ていた誰もが沈黙し、祭室はすっかり静まり返る。





「あの紅き雷、もしや……。いや、確実に」

「ははは、ハハハ! こんな面白い事があるかぁ!? ハハハハハ!」

 【幻相】は暗い影に消えながら独り嗤う。

 【水龍】は目の前の光景に夢中で、それを止めなかった。

 いや、どうでもよかったのかもしれない。彼女は左眼から涙を流していた。

 嬉しそうに笑いながら、仮面の剥がれた白亜の魔人をじっと見つめている。

「あれは……」

「ちょっと! 【幻相】逃がしてるじゃない! どうすんのよ!」

 そんな彼女にクロエが食って掛かる。

 だが、【水龍】は変わらず、涙を流していた。

 そして、クロエに顔を向けると、儚い笑顔を浮かべる。

「クロ、喜べ」

「は?」

「お前の……ッ!」

 言いかけた途中で、屋敷の地下から爆発する音が腹の底に響く。

 地響きは絶えず続き、間もなくこの館が崩壊することを想起させる。

「隆一! この館から出るぞ!」

「ちょ、話を勝手に切るんじゃないわよ!」

「この話は後からでも出来る。それに…………」

 【水龍】の視線が魔人とクロエを行ったり来たりする。

 魔人は彼女の声が聞こえていないのか、放心した様子で空を見上げている。

「クロ、滝上の妹を連れていけ、妾はアイツを」

「……分かったわ。終わったら全部説明しなさいよね」

 クロエは真剣な顔になりながら、椿姫の方へ歩いていく。

 そして、自身の何倍もの重さがある機械の鎧を軽々と持ち上げた。

〈ちょっと待ってください! 何がどうなっているんです!?〉

「私も聞きたいくらいよ」

 椿姫は事態が飲み込めず、ただ困惑するばかりだった。

 それはクロエも同様で、隆一を見て二人が何を思ったのか。

 その事と紅い雷が何を意味するのか気になって仕方がなかった。

 全ては【水龍】から話されるだろう。そう思いながら燃える館を後にした。

「隆一、おい。隆一!」

 【水龍】は背後から魔人に声を掛ける。

 だが反応がない。彼女は魔人の肩を引き、無理やりこちらに顔を向けさせる。

 そして、兜のない魔人の顔を見て【水龍】は大きく目を開き、再び涙を流す。

「さあ、早く帰ろう? ここも時期崩れる」

「……アザレア……、クローリア………………アリシア」

 魔人は虚ろな目を浮かべ、名前を口にしている。

 脳の処理が追い付かない出来事が起きているようだった。

 【水龍】が彼を俵のように肩に乗せても、彼の反応はない。

「勝手に連れていくぞ」

 そう言い残して、【水龍】は館を去る。

 轟々と燃える館の外は、酷く強い雨が降っていた。





「旦那様、旦那様、起きてください……」

「ああ……随分と、長い、長い夢を見ていたようだ」

「ふふ、そうでございますか」

 私が目を覚ました時、そこにはいつものように彼女の姿があった。

 いつも無愛想な顔をしているが、小さい頃はそうじゃなかったと思う。

 何時からだっただろうか、彼女が無愛想になり、髪を銀色に染めたのは。

「よく、私についてきてくれたな……」

「私は旦那様に仕える身ですから」

「昔から、君には迷惑を掛けた」

「好きでやっていることですから」

 彼女は淡々とそう言ってのける。

 人の感情には疎いが彼女は別だ。

 本心から言っているのだと思う。

 私がそう思いたいだけかもしれない。

「私は地獄行きだろうな」

「さあ、どうでしょう。死後の世界を見たことがありませんので」

「はははは、そうだな。死んでみなければ、分からないことだな」

 彼女が冗談を言うのは、随分と久しぶりな気がする。

 どうせ死ぬのだ。この際、聞いてみるか。

 聞くならこれ以上のタイミングはない。

「その髪、どうして染めたんだ? 奇麗な黒髪だったのに」

「……笑わないと約束してくださいますか?」

「笑わないさ」

 今の彼女の纏う雰囲気は柔らかい。

 あの頃のようにとまではいかないが。

 今の私にとっては、これくらいが丁度いい。

「だって旦那様、一度迷子になってからあの方の話ばかりするんですから」

「あの方? ……ああ、彼女か」

「毎日毎日、同じ話を聞かされるんです」

「?」

「……その、妬いてしまったのです」

「ふ、ふふ、はははは!」

 私はつい、笑ってしまう。

 彼女は脹れて、そっぽを向いてしまった。

 最後にこのような会話が出来るとは思わなかった。

 大罪人のこの身に、なんと余りある幸福だろうか。

「もう……笑わないでと言いましたのに」

「いや、そんなことで染めたとは思わなかったんだ」

「私にとっては、いえ、小さな女の子にとっては、大事なことです」

「そういうものかな……」

「そういうものです」

 ああ、徐々に意識が薄れていく。

 私は彼女の白い手を握ろうとする。

 彼女は何も言わず、私の手を握り返してくれた。

「少し、眠くなってしまった」

「私もでございます」

「一緒にいてくれるか?」

「貴方様となら、どこへでも」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 罪深き男女は永遠の眠りについた。

 そして、二度と目を覚ますことはなかった。

 彼らの行先は地獄か、それとも……。





 滝上重工のビル、その最上階のとある部屋にて。

「そうか分かった。結局、椿姫と……隆一は無事なんだな」

『ええ。ですが隆一君が』

「また敵と逃げたと?」

『そうです。如何されますか?』

「放っておけ」

『分かりました』

 滝上隆源は部下との通話を切った。

 彼は一息つくと窓ガラスに片手を付いて、ため息を吐く。

 理由は単純だ。息子である隆一が敵と内通していることについてだ。

 信じているなどと口にはしたが、心の内に懐疑が募っているのは確かだった。

 再び彼がため息を吐こうとした時、再び固定電話からけたたましい音が鳴る。

「……私だ」

『研究班の高井です』

「どうしたんだ」

『以前光金製薬から押収した、例の“ブルーアイ”を増殖させる作用を持つ、特殊な音波の解析が済みましたので、その報告と……』

「どうした?」

『いえ、その』

 向こう側から、話しにくいという雰囲気が漂ってくる。

 隆源は咳払いをして、その続きを促した。

『以前息子さんから採取した血液サンプルに、異変が起き始めたのです。まるで』

 …………。

 ……。

「分かった。すぐそちらに向かう」

『はい、お願いします』

 隆源は通話を切ると、素早く支度を済ませ、部屋を後にした。

 エレベーターの中で、彼は動悸が激しい心臓を押さえた。

 早く話を聞きたい、この目で確かめたい……。

「滝山病院に向かえ」

 黒塗りの外車に乗り込むと、隆源は端的にそう言った。

 いつもであれば、もう少し柔らかな物言いをするのだが、その余裕はない。

「…………」

「どうした?」

 しかし、運転手はエンジンを掛けたものの、一向に走り出さない。

 運転手が無口だ、いつもなら雑談を交えてくる陽気な人物なのだが。

 バックミラーを見やると、そこにはやはり違う人物が映し出されていた。

 骨太で筋骨隆々な、まさに武人といった只ならぬ雰囲気を醸し出している。

 その気迫は、滝上家の歴代でも最強と謳われた、隆源に勝るとも劣らない。

「……いつもの運転手は?」

「休んでもらっている」

 地獄の底から這い出て来るような、冷たく無感情な声だった。

 隆源は反射的に拳銃を懐から取り出し、運転席に押し付ける。

 しかし、運転手は全く反応を示さない。

「無駄だ」

「……君は何者だ」

「【幻祖六柱】の一柱、【轟焔】」

「堂々とここに忍び込むとは、いい度胸をしている」

「実働部隊のほぼ全てがここに居ないのは知っていた」

「成程、だから私の頸を取りに来たということか……」

「いや違う」

「何?」

 【轟焔】ははっきりと否定する。

 では、何のためにここに来たというのか、拉致か。

「私を拉致するつもりか?」

「それもある」

 何とも不可思議な返答だ。

 隆源の胸の内に疑問が募った。

「他にどのような目的があるというんだ」

「それは追って話す。一緒に来てもらおう」

 隆源はさりげなくドアノブに手を掛けるが開かない。

 まるで、ドアが溶接でもされたように、びくともしないのだ。

「下手な抵抗をすれば、その両手足はなくなるぞ」

 そして、車は何処かに向けて走りだした。


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