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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第七章 血濡れの白鴉/青年の背信
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episode7-last

「さっきから煙たくて何が何だか分からないんだけど」

 黒色の鎧を身に纏う白髪の少女は、顔の前で手を仰いでいる。

「……――ァ!」

「いや、何言ってんのか分かんないし。ってかアンタは仕事あんでしょ。死体集め、さっさとしなさいよ。また【幻相】から嫌味言われるわよ。最悪連帯責任で私も言われるかもしれないじゃない。そんなのごめんよ、ただでさえ苛々してるってのに」

 白髪の少女は剣をペンのように使って、砂色の床に円を描きながら言う。

 黒き魔人にも彼女の言葉は通じたようで、風を操って周囲に遭った土煙を、白き魔人と隆源の周りに集め視界を遮る。そして、その間に異形の首無し死体に接近して、担いでしまう。

「待て、何もするな」

 黒き魔人の行動を阻止しようとした白き魔人を隆源が制する。

「――――ァ!」

 煙が晴れる頃には、黒き魔人は雄叫びを上げ、天井に空いた孔から脱出してまう。

 その影は見る見るうちに小さくなっていき、ついには街に消えてしまった。

「……ふん」

 隆源はそんな黒き魔人には何の反応も示さず、目の前の白髪の少女にその視線を向けている。視線には警戒心が満ちていて、僅かばかりの油断もない。先ほどの黒き魔人との戦闘のこともあってか、ここに来て一番の隙の無さであった。

 そんな隆源に対して、白き魔人は心ここにあらずといった様子で固まっている。

「少し、話せるかな」

「……何かしら。……あっ」

 意思疎通が可能そうな白髪の少女に対して、兜を外した隆源が話し掛ける。

 彼の拳銃を持つ腕はだらりと下げられ、攻撃の意思はないことを示していた。

 白髪の少女は敵意に満ちた素っ気ない返事をするが、兜のない隆源の顔を二度見した後、間の抜けた声を上げる。

「君は一体何者なのか、聞きたいんだ」

「……【雷姫】、です……はい」

 【雷姫】と名乗る白髪の少女は髪で自身の顔を隠しながら、敬語を使い始める。

 そこに先ほど間での威圧的な態度は鳴りを潜め、少女的な一面を見せる。

 隆源は少女に思う所はあったものの、構わず話を続ける。

「それは、君の名前なのかな」

「いえ、偽名というか……仮名というか。コードネーム的な感じの……はい」

「コードネーム……。君の本当の名前は?」

「あっ、ちょっとそれは。……風習がありまして、名乗れないんですよ。はい」

「まあいい、君たちは“ブルーアイ”接種者の遺体を集めてどうするつもりなんだ。何故、この街だけで活動を行っているんだ。そして、一体何を行おうとしているのか! ……どれか一つでもいい、教えてもらえないだろうか」

 溢れ出そうになる感情を必死に押し込めて、隆源はそう言った。

 対して、白髪の少女は顔を隠したまま黙りこくってしまう。

 そして、観念した隆源が先ほどから気になっていたことを聞く。

「……気になっていたんだが、何で敬語を使うのかな?」

「え!? っとそれは、そのあのー。……はい?」

 明らかに言葉の意図を理解しつつ、【雷姫】は聞こえなかった振りをする。

「何故、敬語を使うのか。……君とは初めて会った気がしないな? 何故だろう」

「えっ……とそれは!」

 【雷姫】が何かを口走ろうとしたその時、

「…………ァァ!」

 隆源の後ろの方でぼうっとしていた白き魔人が、唐突に隆源と【雷姫】の間に入る。

 その行動に隆源と【雷姫】も呆気に取られ、二人の視線が白い身体に注がれる。

「どうしたんだ隆一!?」

「えっ隆一!?」

 隆源の発言に【雷姫】が目に見えて取り乱す。

「ん!?」

「……!?」

 【雷姫】に一人と一匹の視線が集中し、周囲に微妙な空気が流れる。

「やっぱりあったことがあるんじゃないか? 君は隆一の友人なのだろう!?」

「…………ァァ!!」

「……っ!」

 隆源の言葉を遮るように、白き魔人が目にも留まらぬ速さで【雷姫】まで迫る。

 反射的に【雷姫】は白き魔人に剣を振り、剣の腹に殴られた彼は壁に激突して、粉塵を身体中に纏わせる。

「ごめん!」

 【雷姫】の謝罪の声が響き、それと同時に、彼女は眩い光を放ちその場から姿を消した。

 壁にめり込んだ白き魔人の甲殻は、空間に融けるように消えていき、滝上隆一の姿が現れる。その姿を目にした隆源は、はっと我に返って彼に駆け寄る。

「隆一! 隆一! 大丈夫か!?」

 息子の安否を確認する、父の姿がそこにあった。

 真相こそ明らかにならなかったが、闇に葬られたわけではない。

 答えは、案外すぐに分かるだろう――――そう思いながら、隆一は意識を手放した。





 件の事件から二日が経過した、滝上中央病院にて。

「……どうぞ」

 扉越しに中年の男の声が聞こえてくる。室名プレートには東藤と書かれていた。

 隆一は深呼吸をした後、病室の扉の取っ手を握りスライドさせる。片手にはバラやガーベラといった花が盛られたカゴが握られていた。一歩進むと、隆一の視界に一人の男と二人の女の姿が映る。

「……どうも」

 隆一は明るくも暗くもない声色を出しつつ、会釈をする。

「よく来てくれたな」

 ベッドに横たわっている男、東藤が微笑みながら隆一にそう言った。

 その傍らには、中年の女と二〇代半ばに見える女が座っていて、明らかに東藤と歳が離れていて、仕事仲間にも見えない隆一に注目している。

 その三つの視線に対して、隆一は曖昧に笑ったまま何も言わない。

「少し、二人にしてくれないか?」

 見かねた東藤が傍らに座っていた二人の女に言う。

「何かあったら呼んでね」

「ああ、ついでに暇が潰せそうなものを買ってきてくれないか」

「はいはい」

 二人の女は、隆一にすれ違いざまに軽い会釈をすると足早に病室から出ていった。

 そして、二人になってから程なくして隆一が近くにいってカゴを渡しながら、

「奥さんと娘さんですか?」

「ああ、面会が許されてからすぐに来てくれてな。ありがたい話だ」

「家族仲いいんですね。羨ましいな」

「……」

「いえ、最近はまあ、そこそこいいんですけど」

「……そうか」

 病室にいたたまれない空気が流れる。

 そんな空気を払拭するように、隆一が無理やり明るい声色を出して話し始める。

「あっそうだ。缶コーヒー買ってきたんですけど、飲みます?」

「ああ、後で飲ませてもらう。……ところで」

「はい?」

「この前の戦いで敵に気絶させられたと聞いたんだ」

「ええ、まあ……はい」

「大丈夫なのか?」

「まあ、身体の治りが早いのは取り柄の一つなんで」

 自嘲するような表情で隆一が言う。その表情や声には色々な感情が込められていた。

 それを汲んだのか東藤は一旦言いたいことを呑んだものの、ぽろっと口を漏らす。

「あの場で何があったのかは知らないが、自分の体は……大切にな」

「…………そうですね。あのやっぱり、その、東藤さんの足は」

 隆一が申し訳なさそうな顔をしながら、東藤の脚を見る。左手に持った缶コーヒーが、直に氷を握っているかのように、痛いほど冷たく感じられた。

 東藤は泣き出しそうにも見える隆一に対して、柄にもなく満面の笑みを浮かべる。

「まあ多少不便になるが、介護が必要になるわけじゃあない。それに、上からたんまりと手当諸々を貰えたしな。……まあ、その、なんだ。まあ、その当分は病院でリハビリしながら過ごすことになるだろう。……それでも元の仕事になれるわけじゃあないが、デスクワークもまあ、悪くない。元々歳だったしな」

 室内の空気が一層凍り付き、沈黙は二人の心を真綿で首を締めるかのように、じわじわと締め付け、痛めつけてくる。しかし、それでも東藤の目には熱く、気高く燃える心の火が灯っていた。その双眸が歯を食いしばっている隆一を射貫き、諭すように話し始める。

「滝上、私は今回の結果には満足しているんだ。胸の内にあった、しこりを取ることが出来た。過去を引きずっていた私にとって、これ以上に望むものはないさ。勿論、最良の結果というわけじゃあない。事実だけ見れば、上沢に罪を償わせることは出来なかったし、国松は今も意識が戻っていない。もっと早く事件を解決することが出来ていたら、もっと器用な人間だったなら、何度もそう思った。でも」

「……でも?」

「不謹慎な話だが、妙にスッキリした気分なんだ。ちょっとだけ寂しいような、孔が開いたような、そんな感じもするが。……何というか、そうだな。やっと、前に進むことが出来た、そんな気がする。少しだけだし、後ろを振り向いてしまうこともあるがな」

 そう話す東藤の横顔は、澄み渡る青空のように晴れ晴れとしていた。

 隆一はその顔をまじまじと見ながら、東藤の言葉を待つ。

「ああ、すまない。礼を言うのを忘れていた、助けに来てくれてありがとう」

「いえ、そんな。……当然のことをしたまでですよ」

「キミが来てくれていなかったら、私の命はなかっただろうし。今のような心境には成れていなかっただろう。だから、本当に……ありがとう」

「……はい、どういたしまして!」

 隆一は向日葵のような満面の笑みでそう返す。

 東藤の今後の路は決して平坦なものではないだろう。

 辛い事や苦しいこともあるだろう。だが、それでも、きっと。

 東藤や彼の家族ならば大丈夫。確かな根拠はないが、隆一はそう思えた。





 同日、滝山市の中心部から遠く離れた山奥に建てられている、とある館にて。

 鼻を綿のようにじわじわと刺激する、独特な薬品臭が立ち込める部屋の中心には、奇妙な円柱状のガラスケースがあった。それを取り囲むように、円柱の周囲には様々な計器類が所狭しと置かれており、現在も白衣を着た男とメイド服の女が確認している。

 その様子を見ながら、黒ずくめの男と白髪の少女が会話していた。

「いやあ、今回はご苦労だったねえ【雷姫】。実にいい仕事をしてくれたよ」

「……ふん」

「おっとぉ? 随分とご機嫌が斜めじゃないか」

「こんな辛気臭くて薬臭いのは大っ嫌いなのよ。しかも、あの白衣がいるし」

「確かにファーストコンタクトは悲惨なものだったが、些末なことじゃあないか?」

「はあ?」

「私たちは今、“王”の復活、その第一歩を垣間見ようとしているんだ」

「だから? 完全に復活してから呼んで欲しいんだけど」

「随分な言い方だねえ。“王”の復活の儀式に立ち会うなんて、この世のどのようなものよりも名誉あることだ、感謝の念すら覚えるべきだと思うねえ?」

「はあ、付き合ってらんないわ。ってか何でここに居るのが私だけなわけ?」

「【轟焔】はまだミラジオの方で後処理をしてもらっているし、【疾風】にはちょっと仕事をしてもらっている。【水龍】は……何をやっているんだか。居場所すら分からないなんて、まあ、滅多にないことだねえ。全く最近の彼女の秘密主義には困ったものだ」

「あのババアも、アンタにだけは言われたくないでしょうね」

「はっはっ、心外だなあ? 私はいつだって皆のことを考えている。ただ言う必要がないから言わないだけさ。言ったところで変わらないことなら、言わない方が良いだろう?」

「それを判断するのは、アンタじゃないと思うけど。ってか後ろで隠れてこっちを見ているの、アンタの新しい傀儡よね。私そんなに信用なかったかしら?」

 ガラスケースに映る、黒ずくめの男【幻相】の面の皮の厚い笑みを、【雷姫】は眉間に皺をよせながら睨みつけ、鋭く言い放った。その身体中は細やかな碧い稲妻が燻る炎のように奔っており、彼女が胸の内に怒りの感情を迸らせていることが見て取れる。

「そんなに睨みつけないでくれよ。怖いじゃあないか」

「だったら、その気色の悪いにやけ面と小心者な所を直すことね」

 依然として放電したまま、毒を吐く【雷姫】。

 そんな彼女の言葉を受けても、【幻相】はその仮面を外そうとはしなかった。むしろ、さらに口元を歪めていくほどである。そして、彼は憎らしいほどに良く回る舌のエンジンに火を付けた。

「これはこれは手厳しい。君が生まれる随分と前から、こんな顔をしているものでね。君のお父上は出会ってからすぐに慣れてくれたんだが。いやあ? 何なんだろうねえこの差は? 師匠があの無骨な筋肉男だったせいかなあ? まあ、私は至って真っ当な心優しい紳士だぁかぁらぁ? 全く気にすることなどないし? 別にいいんだけどねえ? ただ君の良心は痛まないのかなあ、と、思うんだ? いや、これはあくまで年長者としての意見だよ? それに君は大事な友人の娘だから、いくら憎まれ口を叩かれようと受け止め、諭すのが友人というものであり、年上としての役目でもある。いくらでもいいたまえ? どんな罵詈雑言でさえも受け止めてやろうじゃあないか? そして、何度でも君にとぉてぇもぉありがたい言葉を授けてあげよう」

「……はあ」

 深いため息を吐きながら、【雷姫】は額に手を当てた。

 腕に遮られて半分になった彼女の視界には、緑色の光によってライトアップされた円柱のガラスケースが映り、それを見て、何故か背筋が凍り付くような感覚に襲われる。

 それによって、【雷姫】は一歩後ろに下がってしまう。目の前の円柱の中にいるモノは生きていて、自身を見つめるモノを見つめ返してきている、そう思わせるのだ。視界に映る円柱の中身はただの揺らめく液体だけだというのに。

「……これが、“王”ってやつ?」

「ああ、そうだよ。クローリアくん。いや、クロエくんと言った方がいいのかな」

 黒ずくめの男は円柱に見惚れながら、うっとりとした声で呟いた。





 同日、昼前の滝上家にて。

 椿姫は外行きの恰好をして、居間で新聞を読んでいる父に向かって声を掛けた。

「今から、私用で出掛けてきます」

「む、何か……ああ、柳沼さんにアポを取っていたな」

「え、ええまあ」

 椿姫は如何にもバツが悪いといった様子で、そっぽを向く。

 そんな様子を父、隆源は新聞から少し顔を出しながら確認する。

「大方、滝上家の……いや、魔狩師の始まりについて聞きに行くのだろう?」

「っ!」

 一目見て判ってしまうほど、分かりやすく狼狽える椿姫。

 しかし椿姫の予想とは違い、隆源は至って平静で再び新聞に目を通す始末である。

「鎌をかけたんだが……そうか、お前も気になったんだな。気持ちは分かる」

「怒ったり、しないんですか?」

「まあ、別に無理して隠すものでもないしな。それに、私もお前と同じくらいの歳の頃、蔵に盗み言ってこの家について調べたものだ。……結局、寺に置いてあるもの以上のことは分からなかったがな」

「意外です。お父さんにもそんな頃があったなんて」

「引き留めてすまなかったな。待ち合わせに遅れるといけないから、早く行きなさい」

「ああ、はい……そうですね。それでは行ってきます」

 隆源の言葉に促されて、椿姫は礼をすると廊下に向けて歩くのだが、

「ああ、椿姫」

「っはい?」

 隆源に声を掛けられたことによって、やや体勢を崩す。

 そして、彼女は襖の端から若干顔を出しつつ、隆源の話を聞き始める。

「隆一について、何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと……ですか? 時々変なことをするのはいつものことじゃあ?」

「いや……隆一とは違う、別の何かを感じたりしたことはないのか?」

「兄さんは記憶喪失なんですから、昔と違うという意味でなら」

「……私の勘違いのようだ。改めて引き留めてしまった、すまない」

「いえ、大丈夫です」

 そうして、ようやく椿姫は玄関へと再び歩き始めることが出来た。

 しばらくして、玄関の方から扉が閉まる音が聞こえてくるとともに、居間にただ一人残された隆源は、天井を見ながら独り呟いた。

「あの時、剣を交えて感じたものは、一体……」

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