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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第七章 血濡れの白鴉/青年の背信
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episode7-2

「で、まあ、契約をすることになったわけだけど」

「正直、冷や冷やしておったんじゃったんだが」

 でしょうね、という感想を抱く隆一。彼はあの時握られていた手を伝わって、じっとりと染み込んでくる汗、というより水の感触を今でも覚えていた。

「他の者に、妾の事を言っておらんじゃろうな?」

「言ってない。俺だって敵と繋がってると知られたら、やばい立場なんだぜ? 本家の、いや、APCOの理事の息子とはいえ化物は化物なんだからさ。ていうか、アンタ……」

「【水龍】、いや、アザレアと呼べ。奴に、ヴァルから貰った名じゃ。こちらの世界ではそう言った花の名前があるそうじゃ。まあ、偶然じゃろうが」

「アザレアは、俺の……家の事情に詳しかったよな。何で?」

「【雷姫】がお主について調べておったからな。ある程度の情報はこちらに筒抜けになっていると言ってもいい。まあ、家族構成や友好関係といった表面的なこと以外は、こちらが推理も入っているがな。そちらのカラクリについては、全く分からん」

 さらっと家族構成や友好関係がバレていることを告げられ、隆一は背中からじっとりと冷たい汗を掻いた。もし家族が狙われるようなことでもあったらと、最悪な光景が脳裏で湧いては消えていく。

「あれ? 自動販売機でちょくちょくあった時は、俺に何で気付かなかったんだ?」

「妾がそこら辺適当なのは分かるじゃろう? ぶっちゃけ、始めは興味なかったし」

「見た目はこう……如何にも怪しげな感じの美人なのにな」

「えー? へへへ、そう? まあ言われて悪い気分はせんわ」

 化粧や身に着ける装束は、如何にも敵幹部といった風体だというのに、その表情はだらしなく歪んでおり、喜んでいるようであった。その姿を隆一は残念なモノを見るような目で観察している。

「まあ、取り敢えず今の所は安心せい。お主とその家族を狙うということは、全面戦争を仕掛けると言っても過言ではないことじゃからな。【幻相】も何やら難儀しておるようじゃしな。だが、警戒して損はないだろうな。……一番警戒すべきのは妾じゃがな」

「あっそうだ。“ブルーアイ”について、何か知らないか? 殆どのバイヤーは潰したんだけど、未だに小規模ながら事件が起こっててさ。これは何処かに在庫があるか、或いは、小さな施設で生産が続けられているって、上は考えてる」

「ああ、あの薬について、か。待っておれ」

 そう言って、【水龍】は扇子で顎を軽く叩きながら唸り始める。が、

「んんー? 分からん。奴は何やら人間とともに何年も前から、あの薬を開発しておったようじゃが、作っている場所については、妾たち他の【六柱】にも言っておらんからな。金光たちも培養はしておっても、それが何で出来ているのか、どう作っているのかについては知らんかったしな。秘密主義にも程があるわ」

「手詰まりだよなー。アンタに調べてもらう手もあるけど、下手な気取られて【幻相】に殺されでもしたら解決の糸口が一気になくなっちまう」

「【幻相】は自身の能力についても、ひた隠しにしておるからな。取り敢えず、知覚、特に視線に敏感であることは確かじゃ。突然現れたりするのも能力のように思うが、確証はない」

「何ていうかさ」

 そう言って、隆一は【水龍】の言葉を切る。

「何じゃ?」

「アザレアと手を組んで、今この状況になった経緯は分かったけどさ。解決策については全っ然分かんねえな」

「それを考えるのはお主の仕事じゃ。妾はそれを補佐したり、助言するのが役目だと思っておる。時々、力を貸そうとは考えておるがな。……まあ、そうじゃなあ。出来ることなら、【轟焔】辺りを仲間に引き入れたいところじゃが、まあ、難しいじゃろうて」

「見るからに堅物そうだもんな……あっそうだ柳沼さ、【聖賢】さんはどうだ?」

「ありゃもう歳じゃ、戦えんじゃろ。全盛期なら話は違っただろうが……。それに、疑り深いあやつのことじゃから、自身の知る限りのことを総て話したわけでもあるまい。まだ妾たちのことを話すべきではないじゃろうなあ」

 難しそうな顔をして、【水龍】はベッドサイドテーブルの天板を人差し指で叩く。

 傍から見ても、必死に頭を巡らせていることが分かる。

「へえ……俺はそんな風には思えなかったけどなあ」

「まあ、お主よりも長い間同僚やっとったからな。となると、残るは【雷姫】なんじゃが……うーん、気が進まない。というか、一番どうなるか分からん相手じゃ」

「姫ってことは、お姫様なのか?」

「“王”を務めていた【雷龍】の娘じゃから、まあ、姫なんじゃが。まだあやつは若い。【六柱】入りを果たせる辺り、戦う力は備わっておるがなあ」

「どんなやつなわけ?」

 隆一は最早友人と接する時のような軽い感覚で聞く。

 肝心の【水龍】も気にしていない様子だった。

「あやつはなあ……」





「ぶえっくしょい!」

「汚い。唾を飛ばすな」

「アンタ最近辛辣過ぎない!? これでも学校ではクール系で通ってるんだけど。ってか五日以上連続で戦ったんだから、少しくらい労ってくれてもいいんじゃない?」

「私の知ったことではない。それに、これは【六柱】として行うべき職務だ」

 青紫色の空の下、地面に倒れ伏した無数の異形の中心に二つの影があった。

 片方は、黒い鎧を身に纏った白髪の少女。もう片方は炎の鬣を持ち、岩のような肌の獅子を思わせる異形。見た目こそ大きく異なるものの、二体は対等に会話をしている。

「きっと誰かが私を噂しているんだわ。この怖気からして、【水龍】のババアね」

「自意識過剰ではないか? あとその失言を気を付けろ。消されても知らないからな」

「はいはい、期待なんかしてないわよ。あー最悪。どうせなら」

「噂をするのが滝上隆一であれば良かった、とは言うまいな?」

「めっちゃ言うつもりだったんだけど」

 何で分かったの、と言わんばかりに炎の異形を見る少女。

 対して、炎の異形は額を抑えて唸り始める。

「あー、とうとう貴様も恋を知ってしまったのか。嘆かわしい。ヴァルが亡くなってから、貴様を立派な【六柱】として育てるために、恋など不要であることを、師として剣を通じて教えてきたつもりだったのだが、ああ、全く嘆かわしい」

「親面してんじゃあないわよ。私がどう生きようと私の勝手よ。それに、こちとら碌な記憶がないんだけど? タヴァン谷に突き落とされた事や、ムオル砂漠に一か月以上放置された時の怨み、一生忘れないからね」

「カフェまで一緒に来ていた時にまさかとは思っていたが……ああ、何てことだ。ヴァル私は一体貴方にどう償えばいいというんだ。すまない」

「少しは話しを聞きなさいよ! ったくまあいいわ。あーあ、それにしても最近【水龍】のババアの様子がおかしいのよね、何考えてんのかしら。しかも、任務失敗しといてあの態度。【幻相】がいたら絶対ねちねち言われてたわ。まあ、いずれはアイツの耳にも入るだろうから、小言は確実に言われるでしょうけど」

 少女は天を仰ぎ見ながら、パタパタと顔を扇ぎ、わざとらしく話題を変える。

 周囲では微かに異形たちの呻き声が発せられていたが、それらは風がそよぐ音によってかき消されてしまったため、二体が気付くことはない。

「ああ見えて、【水龍】は職務に対して忠実な奴だ。ましてや、【雷龍】の忘れ形見がいる貴様を不幸にするような真似は決してしないだろう」

「どうだか、私はお母様と【水龍】が喧嘩ばかりしていたような記憶しかないわ。お母様が側室だからって、随分と大きな態度を取っていたような記憶があるわ」

「あれはもう、スキンシップみたいなものだ。まあ、衝突こそしていたものの、いい関係であったと傍から見ていた時は思ったぞ。貴様の母も【水龍】の言葉一つで凹むような女ではなかったしな」

 そう言った瞬間、炎の異形は失言したと思った。目の前の少女、【雷姫】の母の現状が悲惨としか言いようがない状態だからだ。炎の異形の鬣が不規則に燃え上がる。心が揺らぐとき、鬣もまた平常ではいられない。【轟焔】にとって生来の弱点であった。

「別にいいわよ。……はあ、やっぱりお母様に会ってくるわ」

 【轟焔】と長い間、師弟関係を結んでいたためか、彼が落ち込んだということはすぐに解った。普段であれば軽口を叩くところだが、何故だか気分が乗らなかった。ミラジオは故郷であるというのに、彼女の心を癒してくれるものではなかったからだ。父が死に、母が心を病んでからは、彼女にとってはむしろ辛く、しがらみの多い場所でしかなかった。皮肉なことに、父を殺した人間たちが棲む世界の方が、気楽で落ち着けた。そうなったのはひとえに自身が思いを寄せる青年のお陰だろう。

「……そうか」

 ため息をついた後に、【雷姫】はハチミツ色の建造物群の脇を抜けた先にある、森へ向かって歩き始めた。炎の異形【轟焔】は止めるでもなく、その背中を見つめる。一歩、また一歩と歩を進めていく毎に、どんどんと距離が開いていく。しかし、九メートルほど離れた時に【轟焔】が口を開いた。

「辛い思いをしてきたはずだ。何故、そうまでして母を助けようとする? お前はもう、一人でもやっていける。わざわざ辛い思いをする必要などないはずだ。それが分からないお前ではあるまい」

「それでも……」

 【雷姫】、いや、一人の少女の声が震える。口の端から白い息が漏れてはいるが、震えは寒さのせいではなかった。心が揺らいだのだ。少女は振り返ろうと足の向きを変えたが、止める。俯いたまま、声を振り絞る。

「それでも! 私はお母さんの家族だから! お母さんを一人ぼっちになんてさせない! 私はどれだけ時間が掛かったとしても、絶対にお母さんの心を取り戻して見せる! 【轟焔】! いや、師匠! アンタはいつも愛を下らないって言ってたわよね! これがアンタに理解できない愛よ! 誰もが持つことの出来る、真に尊い感情よ! 理解できるもんならしてみなさい!」

 少女は意を決して、足を動かして【轟焔】に向き直る。頬を伝う涙を振り払いながら、精一杯の笑顔を作って見せる。これは少女にとっての挑戦状であった。過去に囚われ、考え方が固着してしまった師匠に一発かましてやろうじゃあないか、理解できるものならしてみろ、と。剣においては一度も勝ったことがないが、この感情は、思いの強さは負ける気がしない。

「早く行け、化粧が崩れているぞ」

「うっさいわね! もう行くわよ!」

 少女は走る、深い深い森の奥にある湖まで。

 そこで待つ母の、遠い昔の姿を、優しい眼差しを思い浮かべながら。だが、目指すのはそこではない。遥か未来、それが何十年、何百年先かは分からないが、心を取り戻した母の姿を、何物にも代えがたい幸福を目指して、少女は走る。

 【轟焔】、いや、男はその後ろ姿をじっと見守っていた。その目は睨んでいるようにも、呆れているようにも見えたが、口元は僅かに緩んでいる。氷よりも冷え切った心に、柔らかな陽光が差し込んだようだった。

「生意気な口を叩くのは昔からだが、今日はいつもより酷いな。全く、困った弟子だ」

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