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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第六章 水の龍/力の源
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Episode6-8 青紫の空の下で

『――――!』

「ふんっ!」


 青紫色の空の下に、ハチミツ色の建造物が密集する大きな街があった。

 その街を真っ二つにする幅四〇メートルはあろう中央道路の真ん中で、黒色の鎧を部分的に身に着けた少女が、複数の異形の存在を一方的に制圧している。道路は若干凹凸がある粗悪な石畳で出来ているにも関わらず、踊るように華麗な体捌きで、手に持った片刃の剣を自身の身体の一部として扱っている。


「ちっ、数が多い! 単なる暴動にしては規模が大きすぎない!?」


 相手は少女の生死など考えずに襲い掛かってくるが、少女はそうはいかなかった。不満の声を上げながら、剣の嶺を異形の首などにぶつけて、相手の無理やり意識を刈り取る。


「【雷姫】、黙って仕事をしろ。王という絶対的な存在は民にとって、それほどまでに大きな存在であったということだ。これほどの民を統率するのは生半可な力では出来ないことであったろうな。……ちなみに、私はもう三〇体目だ」


 少女と同じく、異形と対峙する異形の姿があった。

 その異形は岩のような鱗を持ち、関節や背中、その他の細かな所から真っ赤な炎が噴き出ていた。周囲にいる異形の中でも一際存在感を放っている。しかし、他の異形と違い、極めて理性的で、技量においても少女のそれを超えていた。武器すら使わず、己の腕だけで相手の意識を奪っている。


「うっさい! 年甲斐もなくさらっと数自慢してんじゃないわよ! ていうか! あの嫌味で口の回る【幻相】のやつはどこに行ったわけ!」

「知らん。ヤツは“後はよろしくー”などと言って何処かへ消えた。まあ、王宮だろう」

「はあ!? マジで意味わかんない! あーあ【水龍】の婆と変わっとけば良かったわ」


 少女と炎の異形は言い争いをしながらも、相手を確実に鎮静化させている。

 道路には、瞬く間に気絶した異形たちの山が積み上げられていく。


「口が悪いな。小さい頃はもっと天真爛漫で、なおかつ、お淑やかさがあった」

「! いつの話、してんのっ! よっ!」


 少女は炎の異形が放った言葉に気を取られ、隙をついてきた異形が少女の喉笛を噛み切ろうと飛び込んで来ることを許してしまう。だが、少女は攻撃に対して焦る様子もなく、左手に眩い光を放つ雷を集め、それを異形の顔面に向けて放つ。

 異形は強烈な光によって目が眩み、反射的に目を手で覆い、攻撃を中断する。

 当然、少女もその隙を見逃すことはしない。すかさず異形の首に勢いよく剣の嶺をぶつけ、意識を奪ってしまった。


「お互い、破壊力が高い一撃を重視する分、このような局面で本気を出せないというのは辛いな。こういったことは【水龍】や【疾風】の領分だ。そうは思わないか?」

「はんっ! 今日はやけに饒舌じゃないっ!」

「それは貴様もだろう」

「まあ、私くらいになればこれくらいは余裕よ、余裕。だって……お父様、【雷龍】の娘だも、のっ!」


 そう言って誇らしげな顔をした少女は剣を天に向ける。すると、彼女の上空に無数の光輝く槍が形成されていき、瞬く間に異形の群れに照準を合わせる。圧倒的な力の前に怯む化物達の様子を見て、少女は口元を歪め、悦に入る。

 しかし、炎の異形が口を開くと、その表情は一変して怒りを表すものになる。


「おい、相手は暴徒と化したとはいえ民だ。殺してはいけない」

「……分かってるわよ。これはあくまでも警告なのよ、警告。分かる?」

「道路の修繕と言えど、それに掛かる労力はバカにならない。それを分かっているのか」

「……ああ、もう! 分かったわよ! これ一本でやればいいんでしょ! やれば!」


 少女が声を荒げると、上空の槍が一斉に霧散し、光の粉が風に乗って流れていく。そして、炎の異形に向けて剣を荒々しく振った後に、物の怪の群れに突っ込んでいった。

 その様子を炎の異形、【轟焔】はじっと見つめている。やがて、ぽつりと口を開き


「ヴァル、お前の娘は元気にやっているぞ。この混乱も、あと少しで終わる……」





 滝山市の山奥にある古びた洋館、そのある一室にて。

 元は豪奢だったであろう部屋は見る影もなく、緻密な幾何学模様が刺繍されたカーペットは薄っすらと埃を被り、色褪せている。シンプルながら質が良い素材を使っているであろうカーテンも所々穴が開き、千切れている。その埃に塗れた部屋の中心で、青白い光で構成された身体の男と、古びた椅子に腰を掛ける白衣を着た男が会話していた。しかし、その雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。

 白衣の男は乱雑に置かれた古い書類や書籍、タブレット端末をせわしなく見ている。

 霊体の男がほとんど一方的に話し掛け、白衣の男が聞いているという構図だった。


「やあ、随分と久しぶりな気がするねえ」

「そうだっただろうか、覚えていないな」

「研究は進んでいるかな? まあ、キミのことだから問題はないと思うけど。前に言った“王”の依り代の試作品は未だに出来ていないようだし、ね? 私も色々と言いたくなることがあるのさ。……来たるべき時までの刻限はそう多くないから」

「思った以上に合成が上手くいかないんだ。始めの素体となる肉体に負担が掛かり過ぎるらしい。とても強い肉体、いや、“アルダー因子”と適合率が高い肉体が必要だ」

「“アルダー因子”ねえ。名前を付けるなら僕に付けさせてほしかったなあ」

「そこの家具がアルダーという木で作られたもので、偶然目にから付いた付けた名前だ」

「随分と適当な由来でびっくりだよ……。まあ、いいか、私は使わないからね」

「……もう、作業に戻っていいだろうか、忙しいんだ」


 そう言って、白衣の男はタブレットに何らかの操作を加えようとする。


「いや、すまないけど、まだ話を終わらせることは出来ない。私だって忙しいところを抜けてきたんだよ。その依り代の肉体探し、進めているのかい?」

「当然だ。私は生き甲斐をくれた貴方に報いたいと思っている。だから、貴方には出来る限り完璧なモノを渡したいのだ」

「そうかい、ありがたいね。【六柱】もこれくらい信頼してくれたら……。まあいい。で、検討を付けている人間、もういるんだろう? 会わせてもらえないかな?」


 白衣の男の言葉をさらりと流すと、自分の本題をぶつける。


「残念ながら、ここにはいない」

「あんなに沢山あるというのに?」

「ああ、ここに残っているのは素体には適さない者達ばかりだ。素体として使わないなら優秀な者もいるが……」

「そう……その人間とは連絡は取れるのかな?」

「いや、連絡先は知っている。だが」

「どうしたんだい?」


 霊体が目を軽く見開いて、不思議そうにする。

 白衣の男は後頭部を掻きむしり、呻き声を上げる。掻きむしった頭部からは大量のフケや髪が落ち、床や机を汚す。その様子から、彼の脳裏で困り事が渦巻いているのは容易に分かる。

 霊体は不快さに顔を歪めながら、白衣に視線で訴えるものの口にはしなかった。

 だが、霊体の行動も空しく、自身の世界に入った白衣には全く通じていない。

 そして、しばらく唸った末に、白衣の男が口を開く。


「素体として目を付けている男、まあ、“ブルーアイ”を投与した者の中で、初めての成功例だったんだが、うーん、何と形容すべきか……とにかく、非常に扱いにくく、不安定なヤツなんだ。正直に話すが、素体にすることもまだ言っていない。ヤツが納得するかも分からない」

「それ、人選ミスじゃない?」


 霊体は苦笑を浮かべながら、はっきりと言う。

 白衣の男の表情に浮かぶ、困惑の色が更に深まる。


「いや、本当に素体としてはこれ以上ないものなんだ。ただ、致命的なまでに人格面が面倒なだけだ」

「次々とバイヤーを潰されてしまっていてね、こっちも参っているんだ。せめて、素体に関しては安心したい。今度、その人間と会う時は是非とも呼んでくれ。どんな手を使ってでもその人間を説得してみせよう」

「分かった。だが、一度先にこちらから出向いていくよ」

「そう……か、分かった」

「ありがとう」

「ああ、それと」

「……何だ?」

「ここにいる優秀なのが欲しいな。ちょっと、こちらのカードを増やしておきたくてね」

「ああ、構わない。ちょっと待て、リストを持ってくる」

「いや、それはこちらで見極めさせてもらうよ」

「そうかぁ、分かった」

「ありがとう、それじゃ」


 その言葉を伝えると、霊体は掻き消え、部屋が暗闇に包まれる。

 残された白衣の男は、テーブルランプの電源に手を伸ばしたものの、止めて、天井を見上げる。しばらく、何もない空間を見つめた後、大きくため息を吐いた。


「ああ、いつになったら、また会えるのだろう……」


 男の瞳には、一筋の白い光が映っていた。

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