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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第四章 男の運/不幸者の追憶
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Episode4-4 落人の剣ヶ峰

 午後五時二分。滝山港・コンテナターミナルにて。

 青みがかった夕焼けとコンテナ船の汽笛の音が何とも言えない哀愁を漂わせている。


 そんな場所で俺と少女、そして“お父さん”率いる謎の白衣集団は誰かを待っていた。

 もしかして、あいつらの関係者だったりして……?

 などと、不安がっていた頃、


「そろそろ、着いてもいい頃なんだが……」


 黒いバンの横で、しきりに腕時計を見る“お父さん”。

 俺は手持ち無沙汰感が拭えなかったので、試しに“お父さん”に近づいて話し掛けてみることにした。


「あの、“お父さん”?」

「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない。大体お前、俺とそこまで歳違わないだろ」

「は、はあ……そうですね」


 あんたの名前知らないからこう呼ぶしかないんだけど。

 俺も名乗った覚えはないけどな。


「まあ、それはそれとして、今何をしてんです? ってか、貴方が話していた相手は誰なんです? ありえないとは思いますけど、あいつらの仲間じゃ」

「それは違う。お前は知らないのか、ニュースとかSNSで持ち切りだったろ」

「えーっと、えーっと?」

「はあ、APCO知らないか? この前の道路上と滝山ポートタワーでの化物騒ぎとか……色々ネット、ニュースで話題になってたろ。ロボとか、銃持った部隊とか色々上がってたはずだ」

「ああー」


 APCO、確か化物退治を専門とする正義の組織……とか何とかネットの記事ではそんな感じで取り上げられてたはずだ。

 つまり、あの化物とその売人とは敵同士って感じか。


 よし、段々と話が見えてきたような気がするぞ。

 “お父さん”はそのAPCOとやらと何らかのコネクションを持っている。

 そして、今からそのAPCOに俺たちを引き渡し、身の安全を確保するって寸法か。


 でも、正直言って不安だなあ。

 俺、その組織のことよく知らないし。

 もしかしたら、人命よりも化物退治を優先する組織かもしれない。

 そう考えると、背筋の奥からぞわりと悪寒が這い上がってくる。


「あ、あのぉ」

「どうしたんだ、そわそわして」

「い、いやあ、その、えぇAPCO? のことよく知らないから、ちょっと不安だなーって」

「安心しろ。一応、一つでも多くの人命を救うことを目的として、創られた組織だ。人権は尊重されると思っていい。それに、娘を守ってくれた恩人に対して、無礼なことは決して働かせない。私も人として持つべき最低限の良識は持ち合わせている」

「そ、そうですか、安心しましたー……」


 ちくしょう、なんか人として負けた気がする。

 なに、さっきまでの子煩悩メーター振り切れ野郎とは大違いじゃないか。

 自分の人としての小ささに嫌気がさしながらも、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「まあ、バイクの件に関しては仕方がなかったとはいえ、擁護できないがな」


 で、ですよねー。

 そんな折、海辺から嬢ちゃんが元気そうに走ってくる。


「お父さーん! あっちの方に藤壺がびっしりだったあ!」

「そっかー! 良かったな、竜……伏せろ!」


 それはあまりにも突然だった。

 嬢ちゃんを“お父さん”が覆うように地面に倒すと、その上を物凄い勢いで何かが通過していき、黒いバンに突き刺さる。


「な、なんだぁ!?」


 俺は屈みながらバンに突き刺さった何かを見る。

 そこには、二〇センチほどの黒と黄色が入り混じる細長い針が刺さっていた。

 俺たちが困惑しているところへ、


「おい、外すなよって言っただろうが。暗殺ってのはなあ、基本ばれたらダメなんだよ。今度からは気をつけろよな」

「――、――!」

「はあ……研究が進めば話せるようになる個体も増えるって言ってたが……先生にはもっと頑張ってほしいねえ……」

「うっへえ、やっぱパねえっすねえ……薬の力ってのはぁ」


 針の飛んできた方向には、蜂の化物と売人、そして俺たちを追っていた三人の追手が俺たちが“借りたバイク”を足蹴に立っていた。

 そして、獲物を狩る目で俺たちを品定めしてくる。

 俺が恐怖のあまり絶句していると、“お父さん”が俺に向かって囁いてくる。


「おい、この子を連れて、お前は逃げろ」

「でも、」

「私も正義という言葉に憧れ、この道に来た人間の一人だ。市民や自らの子どもを守ることくらいやらねばな……竜海、お前はおじさんと一緒に逃げるんだ。父さんもあとから絶対に追いつくから」

「うん、分かった。お父さん、あたしに嘘ついたことないもんね」

「ああ」


 物分かりのいいお嬢さんだなあ。

 俺は少女の手を握ると、奴らの様子を窺う。


「じゃあ、行くぞ」


 そして、一気に走り始めた。

 先程までよりも暗くなった空を。


 …………。


 ここで一つ思ったことがある。

 雰囲気ぶち壊しだが、思ってしまったものはしょうがない。


 これ“お父さん”に死亡フラグ立ってるよねえ!

 “お父さん”死んじゃうパターンだよこれ。

 いい人描写からのここは任せて先に行け、後から必ず追いつくって、もうさ!


「おい! お前らはあいつらを追え! 今度は逃がすなよ」

「へ、へえ、解りました!」


 売人が追手に命令をする声がこちらまで聞こえてくる。

 まじかよ。

 どうやら、こちらも余裕こいて相手の心配をしている場合ではないらしい。

 蜂の化物が白衣の人たちを釘付けにしている間に、三人の追手がこちらへ走ってくる。


「やっべえ!」


 俺たちは夕暮れの届かない真っ暗なコンテナの間に向かう。


「今度は逃がさねえぞ!」


 追手の様子からは、もう後がないということが痛いほど伝わってくる。

 でも、奴らの目的は俺たち。奴らの望みを叶えさせることは論外だ。


「おじちゃん……お父さん、大丈夫かなあ」


 暗いコンテナの間を走っている最中、少女が呟いた。

 まあ、そうだよな。いくら子どもでもあんな状況なら気づいちゃうよな。

 でも、俺はこの幼気な少女に精一杯、希望という名の嘘を付く。

 毒にも薬にもならない、当たり障りのない言葉を紡ぐ。


「ああ、きっと大丈夫だ。だってお父さん、正義の味方なんだろ?」

「ううん? 普通の会社員だけど?」


 うーん、そっかあ。

 そこは普通に、「そうだよね」とか言ってほしかったなあ。

 “お父さん”まあ、家族を不安にさせないために職場の事を話してないのかな。

 まあ、何にせよ。今の目的はこの少女とともに無事に生き延びることが最優先だ。

 と、気を取り直したとき、


「今度という今度は」


 前に追手が一人。

 そして、


「逃がさねえぜ」「ぜ!」


 後ろに二人。

 これは俗に言う挟み撃ちというやつだろうか。

 ギラギラとした三つの視線が俺たちに浴びせかけられる。

 完全に読みを見誤った。今俺たちがいるのはコンテナの隙間。


 見た限りでは、高く積み上げられた左右のコンテナは身の丈の二倍はある。

 この状況、将棋で言うならば、そう、詰みというやつだ。

 そこで、俺は自らの経験を最大限活かした解決策を取る。


「ちょっと、話し合いません?」


 ああ、本当に今日は厄日だ。



 同時刻。滝山港・コンテナターミナルにて。

滝上隆次郎を始めとした、滝上重工・強化スーツ開発部門の計三人は、黒いバンを盾に蜂の異形とその傍らにいる柄の悪いスーツを着た男の様子を窺いつつ、話し込んでいた。


「主任、カッコつけるのはいいですけど、私らも死ぬのはごめんですよ。っていうか大体なんです? 私たちただの開発者で、APCOの装備を開発はしてるけど、APCOじゃないし、正義の味方でもなんでもないじゃないですか! そもそも、主任が勝手に連れてきたんじゃないですか! 大事な仕事ほっぽって!」


 隆次郎の部下である、若い白衣を着た女性が食って掛かる。

 部下の忌憚ない発現に、隆次郎は何かを考え込むに左手を顎に添えている。


「ぐぐぐ、ちょっとカッコつけすぎたな」

「謝罪くださいよ、しゃ・ざ・い!」

「川見さんも主任も! そんな言い合ってる場合じゃないっすよ! やばいっすよ! あいつらこっちにじりじりと近づいてますよ! ってうひゃあ!」


 この場にいる中では一番若輩の男性研究員が慌てて頭を下ろす。

 窓越しに異形達の様子を確認していた彼であったが、それに気づいた異形が醜悪な顔を歪ませながら、鋭い針を撃ちだしたのである。


 目にも留まらぬ速さで向かってくる死を孕んだ猛毒の牙は、風を切り裂き、一瞬のうちに聞くに堪えない不快な音を立てながら防弾ガラスに食い込んでいった。


「やばいやばい! 主任! まだなんですか! APCOからの増援! ていうかこれAPCOのバンじゃないですか! 壊してもいいんですか!」

「常識外れだって聞いてはいましたけど、ここまでとは思わなかったっすよ。俺ん中の常識がどんどん崩れていくっす……」

「ううむ……」


 部下の二人が一様に異形の力に驚嘆する。

 先程から思案顔を崩さない隆次郎も、内心では異形の能力に背中を凍らせた。

 しかし、増援を呼んだというのに、ここまで遅いとは何事か――――隆次郎は唇を噛む。


「主任!」


 堪らず部下からは催促するかのように呼ばれる。

 さらに背筋が冷や汗で濡れる。


「なあ、そっちの白衣の人たちぃ!」

「!?」


 スーツを着た厳つい男の野太く、どこか底冷えするような声が辺りに木霊する。


「一〇秒だ。今から一〇秒数える間に出て来い。じゃないと、」

「――、――!」


 男の言葉を蜂の異形が起こすけたたましい怪音が遮る。

 そして、異形が自身の左腕を水平に持ち上げたかと思えば、その腕に付いた円筒状の器官から鋭い針が幾つもの粘液の橋を作りながら伸びていった。

 人の上腕ほどの長さまで伸びた所で針の成長は止まり、次第に器官が細かな振動を始める。


「――、――ッ――――!」


 再び異形が怪音をまき散らすと、空気が向ける音とともに針が射出される。

 いや、消えた、と言った方が近いだろうか。

 それは風を置き去りにする勢いで直進し、目前の黒い車体を串刺しにした。

 隆次郎たちは息をすることすら忘れる。


 なぜなら、針が瞬間移動してきたようにも思えるほど、その挙動を知覚することすら出来なかったためである。その上、針は三人を避けるかのように、正確に切っ先を鉄の壁から突き出ていたのだ。


 三人は理解せざるを得ない。

 この攻撃はわざと外されたのだと。

 そして、


「はあ、まだ一〇秒数えてないってのに……まあいいか。んん、お分かりいただけたかな? また一〇秒数える。それでも出て来ないというのなら、次はその車ごとあんた達を一人ずつ串刺しにしていく」

「――、――ッ」


 次はない。

 そう、確信させられる。


「さあ、行くぞー」


 間延びしているが、機械的で、血の通わない、どこまでも冷徹な声だった。


「一〇、九、八、七」


 それは考える間もなく始まった。

 男の口にするカウントは明らかに一秒よりも速い。


「ど、どどどうしますっすす!?」「し、知らないわよ。どうするんですか主任!」「むむむ、むむむむむむ」「もう! 唸ってる場合じゃないでしょ!」

「六、五、四」

「やばいよやばいよ!」「ああもう、こんなことなら彼と仲直りしとけばよかったあああああ!」「むむむむむむむ! むっ!」「肝心な時に考えこまないでくださいよ! もう、うわあああん!」「あわわわわわっすすすす」


 出るか出ないか、二つに一つ。

 単純だが、その選択は命に関わる。

 しかし、現状で興奮したまま思考が脳を右往左往している三人では、それを選ぶことすらままならない。


「三、二、一」


 無情にも、時間だけが過ぎていく。


「ゼーロ」

 

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