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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第三章 別世界からの逃亡者/あるモノたちの記憶
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Episode3-4 愛のもたらすモノ

Ⅹ県・滝山市・一丁目、一般国道にて。


「はあ、こんな時に通行止めって、事故かなんかあったのかよ……全く勘弁して欲しいぜ」


 社用車に乗る、スーツを身に纏ったサラリーマンの男は、恨み交じりに独り言を放った。


 これから、先方と打ち合わせをするために、その会社まで向かっているのだ。万一に備えて早めに会社から出たというのに、これでは約束の時間に間に合わないではないか。


 男は文句の一つでも警官に言ってやろうと、窓から首を出した。その時、


「危ない、顔を戻して!」


 警官の迫真の顔にびくりと反応し、慌てて頭を引っ込める。警官も叫んだ後にすぐさま太陽にじりじりと熱されたアスファルトへ構いもせずに伏せた。


 ――――――――――!!

 時をおかず、後方から凄まじい風を纏った大きな黒い影が、耳をつんざくような鳴き声を上げて車の横を通り過ぎて行った。


 鳥、だよな……にしてもデカかった動物園から逃げたしたりでもしたのか? ――――あまりにも一瞬過ぎて、男は何が何だか分からなかったが、翼をもつ以上は鳥だと思った。


 しかし、あんな鳥を男は見たことがなかった。交通規制を掛けるほどとは、よほど貴重な生き物なのだろうか、それにしても大きかった。などと男が放心していると、


 ――――――――――!!

 それを折ってきたのかけたたましいサイレンが後方から鳴り響いてくる。固まる視線を無理やり動かし、サイドミラーを見やる。


 しかし男の予想に反して、そこには車の姿はなかった。代わりに。


〈皆さん! 危険ですからドアを開かず、窓から顔を出さないでください!〉


 しゃがれた中年の声だった。だが、その声を発しているのは人型であったが人ではない。昔から男が夢見た人型ロボットがそこにいた。近年のロボット産業は目覚ましい成果を上げているのは知っていたが、まさかテレビに出てきた正義のヒーローのようなロボットが作られていたとは思いも寄らなかった。少々、兵器然とした無骨なデザインではあるが。


 男は仕事のことを忘れ、その姿をカメラで捉えることに専念した。対向車線の者たちもその姿を映していた。





 鷲の異形は至大な翼を広げ、空を縦横無尽に飛び回っている。その風はビルの窓を嵐のように震わせ、街路樹の葉を吹き飛ばし、翼に衝突するものは何であれバターのように切り落とした。


 ちっ! 速すぎる! それにしても外野が煩い――――藍色の鎧、アディールに向かってカメラを向けあれこれと喚いている声が頭部内のスピーカーから洪水のように流れてくる。収音性能の強化によってもたらされた弊害であった。


 だが、そんなことを気にしている余裕はない。目下の案件の解決を急がねばならないからだ。


 異形を懸命に追いかけている椿姫の胸の内にはある疑問が湧いていた。


 何故、こちらに危害を加えてこようとしないのか、という点についてだ。まるで、こちらを隆一たちから引き離そうとしているような、そんな疑問が渦巻く。


〈荒城さん! 兄さんたちの様子は大丈夫ですか!〉

『問題ない、別動隊に向かわせている』


 荒城の堂々とした発言に椿姫は安心するとともに、目の前の目標に集中する。奴の目的が何であれ、街の器物を破壊している以上は対応しないわけにはいかない。


『滝上! その先は滝上ポートタワーだ! 現在、避難誘導が行われているがトラブルがあり、避難は思ったように進んでいない! 何とかそれまでに食い止めるぞ!』


 滝山ポートタワーか……――――少女の持つ、遠い記憶が呼び起こされる。


〈了解!〉


 椿姫はその言葉とともにローラーの回転数を上げ、推進器をさらに吹かす。見えない手の力が強まり、身体がより押し付けられる。


 アスファルトとローラーが激しく接触し、夥しい火花が噴き上がる。


鉄と鉄が擦りれるような不快な音が周囲に響き渡り、椿姫を始めとして、それを聞いた者たちは顔をしかめる。


 異形はそれを意に介さず、相も変わらず空を我が物顔で飛び回っていた。


〈これ以上好き勝手にやらせない! ロケットアーム起動!〉


 鋼鉄の少女は羞恥に苛まれながら、半ばやけくそになって装備の起動コードを叫ぶ。


 奇怪な腕を挟み込むようにして固定していた鉄の器具が外れ、頭部内ディスプレイに使用可能の文字が表示された。


〈Fire!!〉


 その言葉とともに、奇怪な鉄塊の後部から勢いよく炎が吹き上がると、異形に向けて正確に飛んでいく。


〈届けええええええええええええええええええええええ!!〉


 少女は肺を押さえつけられるような感覚に囚われながらも、あらん限りの力を込めて叫ぶ。


 届け、届け、届いて! ――――想い、祈る。





 一方その頃、駐車場では。


「だらあああああああああああ!!」


 青年は大声を上げながら目の前の大男、【轟焔】に向かって走り出す。その顔を始めとして全身が痣や血、擦り傷だらけになっていた。


 対して、【轟焔】には掠り傷一つない。


「動きが単調で直線的だ。貴様の力とはそんなものか」


 【轟焔】は、常人では考えられない速度で走ってくる青年に微動だにせず、巨木のようにただ待ち構えている。


「うらあ!」


 隆一は地面を勢いよく蹴りつけ、駐車場の天井すれすれまで飛び上がる。そして【轟焔】の頭目掛けて踵を振り下ろす。


 しかし、【轟焔】は左腕で受け止めた。


 だが、衝撃はかなりのもので、【轟焔】の両脚と面しているコンクリート床に罅が入り、屈強な身体は直立したまま地面に少し沈み込んだ。


「力は大したものだが、やはり貴様では私を倒すことは出来ない」


 男の顔は痛みを感じたようには見えない。むしろ不敵な笑みを浮かべるばかりだ。


 隆一は猫のように空中で、体勢を立て直して地面に華麗に着地した。その額からは汗がだらりと流れ落ちている。


 息を整えると、隆一は片膝をついたまま【轟焔】に話しかけた。


「あんた、あの黒ずくめの男の仲間なんだろ? お前らの目的はなんなんだよ。一体何を考えてあんな薬を配ってるんだ……人間を化け物に変えちまう薬なんてモノを」


「それには答えられない。目的は聞きたければそこの男に聞け」


 隆一の質問には答えず、視線で柳沼を指す。


 柳沼は地面に腰を下ろしたまま、尋常でないほどの汗を垂れ流し、息を上げている。その姿は医学に明るくない隆一が見ても、弱っているように見えた。


「貴様があいつを助けられたらの話だがな!」


 今まで動かずにいた【轟焔】が一瞬のうちに隆一との距離を詰めてくる。


 隆一が反応した頃にはすでに時遅く、自身より頭が二つ分はあるであろう背丈の男が目の前に立っていた。


 【轟焔】は隆一の襟元を掴むとその剛腕で持ち上げ、勢いよく駐車していた車に投げつけた。


 青年は受け身を取ることも出来ないまま、車のフロントガラスに叩きつけられ、力なくバンパーに倒れこむ。


 ガラスは勢いよく車内に飛び散り、車のアラームが静寂に包まれた駐車場内に鳴り響いた。


「存外、あっけないものだ」


 興味が失せたように隆一から視線を外し、柳沼へと視線を向ける。


「……私如きに六柱をよこしてくるとは、しかも部下まで引き連れて。……全く、このねちっこさ……【幻相】の差し金だろう」

「ああ、そうだ。しかし私自身、貴方とは決闘をしたかったのだ」


 【轟焔】は地面に座り込んだ柳沼、いや、【聖賢】を見下ろした。

 その視線には確かな尊敬の念が含まれている。


「だが」


 【轟焔】の声が氷のように冷え切り、視線も尊敬かた侮蔑するような視線に変わる。視線の先には変わらず【聖賢】の姿がある。


 しかし、その顔は死人のように白くなっている。


「今の貴方では、神聖な決闘を行うことは無理だろう。…………私の“プレッシャー”で弱り切った貴方では。……何故こんなにも弱くなった。昔の貴方ならば私のこの能力など効きはしなかっただろうに」


 【轟焔】の瞳に悲しみが帯びる。

 その視線を【聖賢】は真向から受け止めていた。

 【轟焔】の自戒のような言は続く。


「人間の女などを愛さなければ、人間の中で生温い生活を過ごさなければ、貴方がこんな無様な死に際をすることにはならなかっただろうに……。【ヴァルジール】もそうだ。奴も人間の女などを愛したから死んだのだ」


 【聖賢】の眉がぴくりと動く。先程まで虚ろとしていた男の顔に確かな色が戻った。しかし相変わらず動くことは出来ない。


「生まれた子も可哀想なものよ。心が壊れてしまった母を抱え、未来永劫届かない父の幻影を追い続ける。あれは最早、愛というよりも呪いだ。……愛など不幸を生むだけだ」


 【轟焔】はだらんと下げた腕に力を籠める。


 すると、【轟焔】の手から炎が螺旋を描くように伸びていき、一三〇センチ程の高さにまでなると、燃え盛る炎はふっと消えて、その場には刀身が血のように紅い巨大な剣が残った。


 【轟焔】はそれを天高く掲げる。それはまるで処刑人のようであった。


「総ての始祖たる王よ。貴方の代わりに六柱の一柱であるこの【轟焔】が、裏切り者を貴方の所へと送り出します。どうか、このモノに安らかな時が訪れますよう……」


 透き通るような紅の刃に、【聖賢】の青白い死人のような肌が映り込む。


 【轟焔】は祈るように何らかの口上を唱え、風を切りながらその鋭い刃を【聖賢】へと、


「【聖賢】、やはり愛など不要だ。もし、貴方に次があるのならせめて……っ!」


 振り下ろされることはなかった。代わりに、巨剣が切り落としたのは、車のハンドル。


 【轟焔】の視線がハンドルが投げられた方向に向けられる。


 そこには、息を上げながら地面に立つ、傷だらけの青年の姿があった。


「はあ……はあ、はあ……愛って言うのは、人を思うってことはなあ! すげえ切なくなることも……すっげええ、悲しくなることだってある……」


 青年の身体から蒸気が溢れ出る。その左腕が白い靄に包まれた。


 【轟焔】は刃を床に突き刺し、隆一の様子をじっと観察している。戦士の瞳には再び煌めくような興味の念が湧いて出ている。


「でもなあ!」


 蒸気は青年の左腕の周囲を循環し、生き物のように脈を打つ。


 沸騰しているような状態の肉体を鎮めるために深呼吸をする。尋常でない量の汗が吹き出てくる。


 体がじっとりと濡れる不快感を無視ながら、隆一は言葉を紡ぐ。


「愛があるから……人は優しくなれるし、愛があるから、人はどこまでだって強くなることが出来る。……だから、俺は! あんたには負けない。柳沼さんだって! 救ってみせる。……あんたに愛の力を、他人を思う気持ちが生み出す力ってやつを見せてやる!」


 風が蒸気をさらっていく。

 隆一の左腕は白亜の甲殻を纏い、人を超えた力が漲る。だが、それだけではない。大事な人たちとの約束を守る、その思いが隆一に異形の力以上のモノを与えていた。


「安心してください柳沼さん。俺、普段はあんなですけど、約束を守ることに関しては……マジですから」


 青年の瞳には【轟焔】へ反抗する意志が満ちていた。そこに先ほどまでの弱気な色は見えない。心の底から湧き上がる、想いの力が青年に勇気を与えているのだ。


 白き半魔人は高らかに、だが、心は冷静に叫ぶ。

「やっぱ柄にもないこと言うもんじゃねえなあ、まあいいか。行くぜ……【轟焔】」



 これは裏切りの物語。その反攻。







 

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