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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第三章 別世界からの逃亡者/あるモノたちの記憶
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Episode3-3 豪焔の猛将

「はあ……全く、兄さんも運がないわね……」


 APCO所有のトレーラーにて、滝上椿姫は無駄を削ぎ落とした全身鎧のようなインナースーツを“装着”する。内側から空気が抜ける音がすると、スーツが体にぴったりと密着していく。とは言っても、肉体のラインは隠れるほど分厚いものだが。


『滝上、周辺の住民の避難が完了していない。公園の立地や目標で判明している能力などを加味すると、作戦範囲は市街地にまで及ぶ可能性がある。よって、今回の作戦においては、避難が完了するまで火器の使用は出来ない』


 確か報告によれば今回の幻獣は空を飛ぶって、聞いたんですけど……どうすんのよ――――椿姫は仕方がないとはいえ、上司から伝えられる無茶難題に頭を抱える。思考を切り替え、椿姫は頭の中で使える武器を探す。


 ブレード、ワイヤー……ナイフ……他にないじゃん、どうすんのよ――――せいぜい使えるのはワイヤーくらいだが、有効打になるとは思えない。一体どうすればいいのだろうと椿姫は再び思考の迷宮へと再び迷い込んだ。


『今回はこの作戦用に高速移動装備と、そして、新装備の……』

「何なんですこれ……」


 思わず上司が喋っている間に発言してしまった。


 視線の先、藍色の鋼鉄の機械鎧の左腕には、上腕部分に上から手の形をした何かが取り付けられていた。脚裏にはローラー、脹脛には推進装置、それらは一つに合わさり、まるでブーツのように履かされている。


 そのあまりの様相に椿姫は言葉を失う。特に、この不格好な左腕に。


『新装備、推進式多目的腕。起動コードはロケットアームだ!』


 その声は椿姫の叔父である滝上隆次郎のものであった。顔は見えずとも、声のみでテンションの高さは窺い知れる。


 その興奮の根源とは、やはり、アディールに取り付けられた通常の二回りは大きい腕であろう。


 そんな自信満々に言われても……――――推進式……ロケットアームというからには飛ぶのだろうが、まさかただでさえ脆いマニピュレーターで殴りつけるということはあるまい。


 恐らくは掴んだりすることが主な用途なのだろうが、多目的というからにはいろいろなことが出来るのだろう。だが、全くその使い道が分からない。


『取り敢えずはアディールを装着してね。細かい操作法や用途なんかは“リンク”して貰った方が早いだろうから』


 “リンク”とは、鎧が改良を受けた時と同時に新たに導入された新技術の事である。脊椎及び脊髄とアディールの制御システムをナノサイズの針によって繋げ、接続された装備をまるで人体の一部のように感覚的に使うことを可能にしたのだ。


 それによって装甲鎧一体辺りのコストも爆発的に増加したのだが、……そんなことは知識だけなら普通の女子高生の椿姫には知る由もない。


 椿姫は隆次郎の言葉に従ってアディールの背中部分から中に入る。それはさながら着ぐるみのようであった。


 よし、やるか――――椿姫の思考は少女のそれから戦士のそれへと変わる。それに伴い表情も心なしか変化していく。





「おらあ!」


 隆一は怪鳥に向けて、風を切り裂きながら蹴りを放つ。しかし、異形はそれを羽をひらりと羽ばたかせ後方に高く飛び避ける。常人を遥かに超える蹴りは一本の木にぶつかり、容易くそれを叩き折った。


「……」


 柳沼は目の前の剛力を振り回す青年の姿を何も言わずにじっと見つめていた。


「あっやべ!」


 脛が大木と激突しても全く痛みはなく、怯むこともなかったが、隆一は木を折ってしまった事に気を取られてしまう。その隙を異形が見逃すことはない。上空から両脚の鉤爪を向けながら一気に降下してくる。


『力に自信があるのは結構なことだが!』

「っ! 最近の奴は結構お喋りだなあっ!」


 間一髪、爪の猛襲を躱すが、肩の服とその肉をわずかに削り取られていく。血管が切れてしまったのか、傷口からはとめどなく血と熱が溢れ、服を赤黒く染め上げる。苦し紛れに異形へ軽口を叩くが、鼻で笑われてしまった。


 異形は再び上空に舞い上がる。次は確実に仕留めるために。


 隆一からすれば姑息に思えるが、異形の立場で考えれば自身の有利な状況を活かさない理由がない。ましてや相手は人間の身でありながら、先ほどの一撃を逸らした者である。


 何か秘策を持っていることも考えられる。用心しておくに越したことはないだろう、と異形は慎重かつ冷静に相手を分析していた。


『君に、一つ言っておくことがある』


 空高くに浮遊した異形は、地面にいる獲物たちを見下ろしながら、その一人、隆一に語り掛けてくる。


『その男は人間じゃない。そして元が人間であったわけでもない。人間に擬態した、私と同じ……君たちが幻獣と呼ぶモノだ』


 仮面の下のぎらぎらした瞳は、確かに遥か下の隆一の双眸を見つめていた。


 

 青年の瞳は微かに揺れ動き、そして気だるさに包まれ重くなった唇を奮い立たせて、その口を大きく開き、遠く離れたお節介焼きの敵に叫ぶ。


「んなもんわかるわ! 身体から黒い火を噴きだしても平気な人が普通な訳ねえだろ!」


 言われてみればそうである――――その場にいた柳沼と鷲の異形は意表を突かれたと言わんばかりに納得する。


 そして青年は俯いて、内に秘めた思いを再び吐露する。


「でも、俺の意思は変わらない……柳沼さんと子どもたちの笑顔は確かに本物の笑顔だった。心のそこから来るものだった。俺は友人としてそれを信じてる。だから、さっき言ったことを取り消すつもりはない」


『よくぞ言った。私も君に敬意を持って戦おう……私の名は』

〈うらああああああああああああああ!!〉


 しかし、その言葉の続きは異形に放たれた奇怪な手らしきものによって遮られる。その手は異形を正確に捉え、まるで生き物のように飛んでいく。


 鷲の異形は更に上空へ飛ぶことによって回避する。


『神聖な場に土足で二度も入られるのは私と言えども些か頭に来る』


 藍色の機械鎧と一体となったと言っても過言ではない椿姫は、機械的な兜の下で鬼気迫る表情を浮かべながら、一体の鳥の異形と二つの人影に向かって走る。


 脚には高速移動用装備、左腕には奇怪な形をした手が取り付けられている。つまり、普段よりもバランスが悪いのだ。いくら鎧に動作負担を軽減する機能が付いているとは言え、こうも重くては疲労の度合いも普段より強いのだ。


 普段は花のような笑顔を浮かべる良家の令嬢が、鬼すらも怯えて逃げる表情を浮かべても仕方がないのである。


 遥か上空で異形は突進してくる藍色の鎧に、鉄の仮面の隙間から怒りに満ちた眼差しを向ける。


〈ちっ外したっ!〉

「椿姫!?」


 隆一は驚愕に満ちて、鋼鉄を身に纏った妹の名を呼ぶ。柳沼は唐突に現れた鈍い光沢を放つ藍色の鎧に目を奪われ、言葉を失う。


「悪いな鷲さん! 今日は人命優先だ。じゃあな!」


 呆然と立ち尽くしている柳沼の手を引いて、隆一は街中へと逃げていく。


『逃がすものか!』


 大きく翼を広げ鎧の後を追おうとするが、突然何かに静止させられたように、その場に留まる。


 椿姫はその様子をじっと観察していた。今までの幻獣とは違い、明確に知性を持った相手であったからだ。しかも思考は明瞭ている。ならばどこまで慎重になってもなりすぎるということはないだろう、と椿姫は冷静に考えていた。


『くっ! 分かりました』


 しかし、予想に反して、異形は何かに従うように、隆一と柳沼が逃げた方とは違う方向に向かって飛んで行った。


 逃げた!? ――――どこに行くにせよ、椿姫及びAPCO実働隊員にとって追わないという選択肢はない。藍色の装甲はドローンに異形を追うように命令を出すと、鬱蒼と茂る木々の間を抜けて、警官によって交通規制の行われた道路に出る。


〈ローラーブースター機動〉


 足から甲高い音が聞こえ細かく振動する。やがて視界の端が霞み、身体が見えない手で押し付けられるような速さで道路の中心を走り始める。


 く、シミュレーションの時よりきついじゃない――――しかし、少女の目は確かに大翼を広げて飛ぶ異形の姿をしっかりと捉えていた。椿姫は歯を食いしばって更に速度を上げる。


 地面と接する履帯が細かな火花を上げながら回転速度を上げていく。


 こうして、藍色の鎧と鷲の異形による命を懸けた壮大な追跡劇が始まった。





「はあ……はあ……こ、ここまで来れば、もう、安全でしょ……」


 隆一と柳沼は街中のあるビルの一階に併設された駐車場にて、鷲の異形から隠れるその場しのぎの場所として使い、腰を下ろして休んでいた。


 公園の森からここまで走ってきたのにも関わらず、老体の柳沼は隆一と同程度にしか息を上げていなかった。人間とは構造が違うのだろうか、とはいえ、隆一も純粋な人間とは言えないのだが。


「はあ、はあ、この歳になると、走るのが、もう辛いねぇ……」


 柳沼は隆一の隣に腰を掛けると、薄汚れた灰色の天井を見上げる。しかし、その視線の先にあるものは、やはり天井などではないのだろう。遠く先、いや、時間すらも遠く隔てた過去を幻視している。


 しばらくの間、放心していた柳沼を余所に、隆一は駐車場の隙間から外を確認していた。鷲の異形からの襲撃に備えていたが、それよりもAPCOからの救援を待ちわびてもいる。


「あの、柳沼さん……」


 沈黙に耐え兼ねた隆一は、虚空に旅立った柳沼を現実の世界へと引きずりおろす。柳沼はにっこりと微笑んで“何かな”と返してきた。


「柳沼さんは、何でシーカー、じゃなくて、幻獣に狙われてるんですか? しかもあんな凄い奴に……貴方みたいないい人が何故? それに同じ幻獣なんでしょう?」


 隆一は差別や偏見の意識を抜きに、柳沼に自身に渦巻いた疑問をぶつける。


 柳沼はやや苦笑を浮かべたが、重い口を開こうとわざとらしく咳払いをして、


「私はね、」

「それは、そいつが裏切り者だからだ」


 柳沼の言葉は唐突に駐車場に現れた、三〇~四〇歳ほどの筋骨隆々の男によって遮れる。男の声には怒りなどは全くなく、ただただ静かな殺意が溢れていた。


 隆一は声がした方を振り向く。


 その容姿は彫刻のように精悍な体つきをしており、身に着けている黒いTシャツやジーンズは、男の筋肉によって張り裂けそうなほどに伸びている。


「貴方は誰です……」


 隆一は男の放つ威厳と殺気に若干怯みながらも、柳沼を隠すように男の前に立つ。


「私の名は【轟焔】」


 【轟焔】、その響きは隆一にあの忌々しい黒ずくめの男【幻相】を想起させた。隆一の顔がそれに伴って苦虫を噛み潰したような顔に変わる。


 目の前の男は隆一の考えていることを理解したのか、咳払いをし、


「【幻相】のような男と一緒にするな。今回はかつての戦友との決別するためにここに来た。それ以外に人間に危害を加える意図はない。だが、貴様が私と【聖賢】の果たし合いを邪魔するというのならば、先ずは貴様を戦意を消失させることが先だ」


 戦意を消失――それは明らかに隆一は眼中に入っていない。それどころか命は奪わないと言っているのだ。【轟焔】の見え透いた手加減は隆一へオブラートに包まれず、むき出しに伝わった。そしてこうも言われているように思えた。


 お前では柳沼を救えない――――と。


「言ってくれるじゃねえか……おっさん。やってやらあ!」


 震える脚を無理やり奮い立たせ、一気に【轟焔】との距離を縮める。そして、右脚を振り上げ、【轟焔】の頭の左側面に目掛けて勢いよく蹴りつける。


 が、


 それは【轟焔】の大木のような腕によって防がれてしまった。嵐のような風圧が【轟焔】の顔を通り抜けていく。木々を容易く折った隆一の蹴りの衝撃を真向から受け止めたにも拘わらず、一歩もその場を動いてはいなかった。


 隆一の顔が驚愕の色に染まり、【轟焔】は無表情のまま、


「どうした、先ほどまでの威勢はどこへ行った。貴様の力とはそんなものか、もっと本気を見せろ」


 【轟焔】は身体から赤い火花を迸らせ、先程までとは比べ物にならない気迫と殺気を放つ。まるで、溶鉱炉の傍にいるような暑さだった。


 隆一は体に掛かるとてつもない重圧に膝をつきそうになるが、気合で踏ん張る。そして羽織っていたお気に入りのジャケットを投げ捨てる。


「よっしゃあ! やってやらあ! 見てろよ!」

「ふっ、ふはは……その域だ。さあ来い!」


 隆一と【轟焔】の戦いが幕を開けた。

 彼我の差は圧倒的、押しつぶすようなプレッシャーに怯むのとは裏腹に、隆一の体中を駆け巡る高揚と熱は一層増していく。



 これは裏切りの物語。その邂逅。





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