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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第三章 別世界からの逃亡者/あるモノたちの記憶
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Episode3-2 別世界の処刑人

 公園のベンチで隆一とクロエは、目の前で自分用の座椅子に座りながら話す、紙芝居を趣味とする高年の男、柳沼と話していた。


「へえ、君たちは滝山学園の学生さんなんだねえ」

「ええ」


 隆一は柳沼との会話に安心感を覚えた。歳はかなり離れているものの、古くからの友人のような気安さを感じていた。


「で、今日はデートかい? 僕も昔のころを思い出すよ」


 柳沼は寂しそうに遠くを見つめる。その先には一体何があるのだろうか。男は隆一の思考の及ばないところを見据えているような気がした。


「紙芝居の出来はどうだった?」

「良かったです! ああいう優しいお話好きです」

「…………」


にっこりと笑いながら御世辞を述べる隆一に対し、クロエの方はムスッとした表情で柳沼を睨む。そして、


「隆一」


 クロエは刺すような冷たい声で隆一の名前を呼ぶ。

 隆一は背中がひやりとするような感覚に陥りながらも返事を返した。


「何?」

「コーヒー、買ってきて」


 そう言って半ば無理やりに小銭を握らせてくる。隆一はその手の温かさに胸を打たれつつ、柳沼に目で飲み物がいるか訊ねるが笑顔で拒否、青年はそそくさと逃げるように小走りしながら自販機へと向かっていく。


 その様子を柳沼は微笑みながら、じっと眺めていた。


「で、何で貴方のような者がこんなところにいるのかしら」

「やっぱりねえ、一目で君は、彼女の娘だと思ったよ。大きくなったものだ……昔はこんなだったのに」


柳沼は嬉しそうに目を細めて、指を摘むようなジェスチャーをし、自身を睨みつけている白髪の少女を見つめ返す。





 一方その頃、滝上家では。


「お母さん、兄さん今何してると思う?」


 椿姫は居間のソファーに寝っ転がりながら、携帯を構いつつ、テレビをチラ見して、母に言葉を投げかける。その姿には普段の凛々しさなど毛ほどもなく、彼女を密かに慕っている生徒たちの夢が壊れること間違いなしだろう。


「んーそうねぇ、隆一の事だから、きまずくなって何か買ってくるよ! とか言って今頃は自販機とかの前にいるんじゃない?」

「まっさかー」


 椿姫と美冬はけらけらと笑い合った。





「ぶえっくしょい!!」


 しばらく経ち、隆一は未だに自販機の前に立って、ジュースを選ぶふりをしながら、横目でクロエと柳沼の様子をちらちらと窺っていた。


 あれは明らかに知り合いだ。それも、何か深い確執を持った――――


 手持ち無沙汰になった青年は携帯を確認する。友人に話し相手になってもらうことを期待して。


「木島の奴どうしてるかなぁ」


 隆一は友人の中でも特に仲のいい友人の姿を思い浮かべる。


 木島優斗――――隆一と深い親交を持ったクラスメイト。気遣いのできる男で、クラスの中で持ち前のリーダー性を発揮しているのだが、彼女のことが絡むと途端にそのカリスマ性や知性が低減するのがたまに傷。


 そして、あの”アルバイト”を本来やっていた男でもある。あの日以来、彼女とともに姿を消し、学校にも来ておらず、連絡もつかない。親が捜索届けを出したそうなのだが、未だに見つかっていないらしい。


  隆一はそんな親友に届けばと、切なる想いでメッセージを送る。他の友人にもそれとなく聞いてみたが、理由はわからないらしい。


 以前から”危ないバイト”をしていたことは皆知っていたらしく、そのバイト絡みなのではと言ってきた。


 東藤にも訊ねてみると、彼が率いるチームではない、APCOの他の捜査班も本来バイトをしていた彼を捜しているそうなのだが、一向に見つかっていないとのことだった。


「はあ……」


 隆一はため息を吐いた。そして、とりあえず自販機に硬貨をねじ込む。選んだのは甘めのミルクコーヒー、クロエの分だ。そしてもう一本は無糖のブラック。もし、ミルクコーヒーでなかったとしても、交換することができるという算段だ。


再び横見する、


「あ……」


 クロエと目があった。

 その目には先程までの剣呑とした雰囲気はなく、普段の快活な少女のそれに戻っている。


 今ならば、戻ってもいいのではないだろうか――――隆一はそう考え二つの缶を両手で持ちながら二人の元へと愛想笑いを浮かべて歩いていく。


「いやあ、すまなかったねぇ。いや、実は彼女のお父さんと友人なんだが会うのはとても久しぶりでねぇ、ちょっと二人で話しをしたかったのさ」

「……そうなんですか」


 あまりクロエの父については知らないが、見る限りで柳沼の年齢は若く見積もっても六〇代。ということは仕事の関係か、趣味関係、近所の付き合いによるものか、あるいは、クロエは彼女の父がかなりの高齢の時に生まれた子どもなのだろうか。


 隆一は様々な思考を巡りに巡らせ、最終的に、考えることをやめることにした。


「柳沼さんって、」


 隆一が言葉を紡ごうとする。

 その時だった。


「――――――――!!」


 風を切り大空を飛ぶ一つの、鳥と呼ぶにはあまりに大きな黒い影が、鳴き声を上げて三人の方へ向かって飛んでくる。


「鳥? デカいな」


 隆一が惚けた声を上げ、太陽に目を細めながらもその姿を確認しようとする。しかし、その顔はすぐに驚愕の色に染まる。そしてそれはその場にいたすべての人間も、また、同じだった。


 風を切る音はより大きく、より近く、鋭くなっていく。


「伏せろ!」


 隆一は二人を覆い、無理やり地に伏せさせる。すぐ真上を黒い影が目に見えぬ速度で通過していった。


 隆一の顔は風でわずかな切れ目が入り、血が滲み、赤い線が顎まで垂れる。地面のタイルには赤い染みが作られた。


 キャリーカートは上半分から横に裁断され、地面に崩れ落ちた。


 公園にこだましていた歓声は、一挙に悲鳴へと変わる。


「――――――!」


 怪鳥は太陽に背負向け、再び三人に向けて突撃してくる。


「ついにここまで来たか……」

「さあ、早く! 影に隠れますよ!」


 隆一は呆然と呟く柳沼と、何も言わずに眼前の怪鳥を冷静に睨みつけるクロエを公園の森の茂みに逃げ込んだ。すぐ上空では以前、風を切り裂く音が鳴り響いている。


 隆一たちは森の奥深くへと歩を進めていく。そして隆一は懐から携帯を取り出し、ある番号を選択する。


 コールが何度回ったことだろう。早く、早く、早く早く! ――――焦る気持ちで手が震え、携帯が何度も隆一の耳を叩いた。


「父さん、シーカー出た! すぐに滝山公園まで頼む!」


 電話越しに厳つい男の声が聞こえる前に、隆一は用件だけをマシンガンのように矢継ぎ早に叩きつける。相手の男、滝上隆源は多少面食らったようだったが、


『分かった、すぐに部隊を向かわせる。お前は、』


 その声の続きは後方から迫る轟音によって遮られる。


 木々をなぎ倒し、湧き上がる土煙を切り裂きながら怪鳥は隆一たちに向かって確実に進んでくる。


「何とかする! 取り敢えずやばいから切る!」


 隆一は電話を切ると後方を振り向く。光に照らされ、その姿が露になる。


 黒褐色や淡褐色など様々な褐色色が入り混じる体躯は彫刻のように精悍で、鷲のような頭部には、上から鉄の仮面が焼き付くように張り付いていた。脚は走鳥類のようでありながら人のように逞しく、腕の変わりに生えた美しい翼は、その美麗さとは裏腹に強靭さが容易に見て取れた。それを、一言で表すならば“鷲人間”とでもいうのだろうか。


 鷲の異形は脚で大木を容易くなぎ倒し、自身に降りかかる土煙や木片を優雅に振り払う。


「滝上くん?」

「あの鳥野郎……」


 隆一は懐に手を伸ばす。しかし、何もなく、手は虚しく内ポケットの中の空間をかき回すだけであった。


「あれ?」


 青年は今朝の出来事を振り返る。

 隆一? 忘れ物はないかしら? 忘れ物をして恥ずかしい思いはしないように今確認しなさい――――


 えっと、携帯と財布、取り敢えずこれで! ――――


 そう、ちゃんと確認したからこそ、ないのだ。入念に今日のデートに必要な最低限のもの“しか”もっていないのだ。


「滝上くん、あれは私を狙っている。君は彼女を連れて逃げなさい」

「何を言って、」

「私の事はいいから早く行きなさい!」


 老人に先ほどまでの柔和な笑みは消え、有無を言わせない強い気迫を隆一に浴びせる。


 隆一はそれに気圧され、クロエの手を引いて柳沼とは違う方向に向かって森を走る。背後から聞こえてきていた轟音はいつの間にか遠く離れていく。やはり、彼の言う通り怪鳥は柳沼を狙っているようだった。





 しばらくして、隆一とクロエはトイレの外の壁に隠れ、未だ轟音の響いている方を覗いていた。


「竜ヶ森、ごめん俺やっぱり行くわ」

「え?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、クロエは疑問の声を漏らす。その視線の先には意を決した表情の青年が映っていた。


「本当、こんなことになってごめん。でもさ、やっぱり俺は行かなくちゃいけないんだ。今日、柳沼さんとここで出会ったことも、きっと何かの縁だから。俺はその縁を絶対に失いたくない。でも、俺は死ぬ気はない。ささっと柳沼さんを助けてくる。だから、安全な所で待っていてほしい」


 クロエは何も言わず、青年を止めることもなかった。隆一の顔をかつての父に重ねていたからだ。


 線の太さは違うが、身体から漂う雰囲気はとてもよく似ていた。


 お父さんは必ず帰ってくるから、いい子にして待っていなさい。その間はお母さんの言うことをよく聞いて、お母さんと支えあっていくんだ――――少女は父とあった最後の時を思い出す。父が生きているなら今何をしているのだろう、少女は轟く重音を聞きながら、漠然と考えていた。



 柳沼は公園の森の端までつき、ビルなどが建ち並ぶ街道を目の前にして、老人はその脚の歩みを止め、背後から迫り来る追っ手に振り返り話しかける。


「私を殺しに来たんだろう!何故人間たちを巻き込む!」


 鳥の異形は鉄の仮面を震わせ、カタカタと小刻みに金属が擦れる、乾いた音が森の中に響く。


『貴方がそもそも逃げてさえいなければ、人間の女に惹かれていなければ、こんなことにはならなかったのですよ』


 怪鳥は口を動かすことなく、言葉を紡いだ。その声は屋外であるにも関わらず、反響するように響いている。


『今まで貴方が見逃されてきたのは、ひとえに親人間派であり、【幻祖六柱】の最強であった【雷龍】ヴァルジール殿の力あってこそ。それが無くなった今、貴方を守る者は誰もいない』


異形の鳥獣らしからぬ、理性的で優雅な、それでいて氷のように冷たい声が森にこだまする。


『私は壁を超えられるモノとして、【幻祖六柱】の命に従い、貴方を裁き次の座に着く者を選定しなくてはならない、民は新たなる指導者の誕生を願っているのです。それを支える新たな六柱の誕生もね』

「確かに、君の言い分もわかる。だが、私は生きなければならない。友と、そして愛した者との約束を守るために、親友に起こった真実を知るために…!」


 柳沼は静かに、しかし堂々と己の意志を異形とぶつけ合う。視線と視線が火花を散らし、柳沼の身体からは黒い炎が噴き上がり、怪鳥は風を巻き起こし、周囲のものを吹き飛ばす。炎と風は混ざりあい、草木を焦がす。火が燃え移ることはなかったが、辺りは肌を焼くような熱気に包まれる。


 しかし禁断の領域、その中心に雄叫びを上げながら走りこんでいく一人の青年がいた。


「待てえええええええええええええ!!」


 隆一は地面を砕く勢いで蹴りこむ。優に人ひとりを飛び越えられるほどの高さにまで跳び、その勢いを使って怪鳥に飛び蹴りをくらわせようとするが、その隙はあまりに大きい。案の定、軽くいなされてしまった。


「滝上くん! 何故ここに!」


 柳沼を覆っていた黒い炎は消え、覚悟を決めた悲壮な男の表情は驚愕に染まる。


 大翼の異形は仮面の下の鋭い目で二人の間に割り行ってきた無粋な乱入者を睨みつけながら観察していた。


 隆一の顔に迷いはない。心にあるのはただ一つの思いのみ。青年は異形を視線で牽制しながら、柳沼に語り掛ける。


「僕は友だちに誓ったんです。人を助けるために自分の力を使うって、まあ、今日はちょっと自分のために使っちゃったんですが……」


 青年は苦笑いを浮かべるが、すぐさま真剣な面持ちに戻り、続きを話し始める。


 目の前の鷲の異形も隆一の言葉に耳を傾けるように待っている。それは異形が生来から持っている信条に基づいた心遣いであった。


「貴方は自分の事はいいからって言いましたけど……僕は柳沼さんと紙芝居を楽しんでた子どもたちの笑顔を守りたい。貴方が何と言おうと、お節介とか邪魔だって言われようと、勝手に助けます。一方的かもしれないけど、友人として。だから僕はここに来ました」


 隆一と異形は互いに示し合わせたかのように戦闘の体勢に入る。


 柳沼はその様子を呆然と見つめていた。

 青年の背中にかつての友人の姿を重ね合わせながら。



これは、裏切りの物語。闘争の始まり。

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