episode10-5
「あの戦いの後、貴様に倒された”私”は近くにいた【そこの猫】の身体を借りたのだ。“私”は“王”だ。何としても生きねばならない。“私”に反旗を翻したモノたちに復讐をしなければ、腹の虫が収まらない。そして、ミラジオを真に統一し、全ての民が“王”にひれ伏す世界にする使命があるからな」
「そのためにどれだけのモノたちを不幸にした!!」
竜人は怒りを露にして、【ケセルスス】を、いや、白い全てを睨む。
しかし、【ケセルスス】は至って平静、むしろ嗤ってさえいた。
癇に障る不気味な笑い声が部屋に響き渡る。
「ははは! 貴様が言うのか? 笑わせるなよ。貴様も“私”と同じじゃないか。どうこういわれる筋合いはない。自らの目的のために他人に成りすまし、自分の同族となった人間たちを手に掛けてきた。そうして、今日までやってきたんだろう」
「貴様ぁ……!」
「図星だよなあ。そこの猫と同化している内に口まで達者になってしまったようだ。つい、長ったらしく喋ってしまう。そうだ、貴様も気になっているだろうから、一度話しておいてやろう。今日は気分がいいからな。“私”が【幻相】として、この街で何を目的にしていたかを、な。真実が語られないままでは物語が寂しい」
陶酔した様子で【ケセルスス】が言う。
竜人は苛立ちを覚えながら、黒いスーツに包まる黒猫を抱きしめる。
「そもそも、“私”がこの世界に来たのは、“王”として復活するためだった。残っていた“私”の細胞から、研究者に“ブルーアイ”を作らせ、私の憎しみの波長によって増産し、そこらのチンピラどもを纏め上げて、そうして街にばらまいた」
「“ブルーアイ”は人の思いから、力を生み出す。愚かな人間はすぐに力に酔いしれ、様々な異形の集団が生まれていった。そして、その集団の身体にある力の中枢、貴様らは腫瘍などと不名誉な名前を付けていた、”アレ”を依り代に集め、一つとなる」
「そうして、“王”はこの世に復活する、という算段だった」
「だが、まさか貴様が生きているとは思わなかった。そして、心が壊れたと思っていたアリシアが、こっちに来るなどとも思わなかった。挙句の果てには【水龍】や【雷姫】まで味方に付くというのだから、全く悪夢だよ。少しは【幻相】に対して、恩情なりなんなりを覚えて欲しかったものだね! お陰で計画が大幅に狂ってしまった!」
「己の人望のなさを恨むんだな」
忌々しげに【ケセルスス】が怒号を発する。
だが、その怒りはすぐに萎んでいく。
「だがいいんだ、もう。“私”はこうして復活することが出来た。それだけで十分というものだ。それに“私”は昔以上に満ち足りている。これほど幸福な気持ちになったことは、未だかつてないだろう」
「なあヴァル? 貴様は所詮、他者を殺さなければ、自分の居場所さえ作ることが出来ない、寂しくて哀れなヤツだ。“私”の時も、今も、それは変わっていない。だが、“私”も血も涙もない悪鬼羅刹というわけではない」
「今からでも床に額を擦りつけ、無様な姿を晒すというのなら、助けることを考えるのも、やぶさかではない。どうだ? 悪くない話だと思うがね」
「ふざけるのも大概にするんだな」
「そうか。ならば、戦うしかないな」
「貧弱な鎖から解き放たれた、究極の“私”の力を以って、貴様を葬り去ってやる。安心しろ。今度は他人に化ける余力すらないほどに、貴様の身体は肉の一片たりともこの世に残らない」
「ほざけ。……待っていろ」
黒猫を部屋の隅へ寝かせると、竜人は空席の玉座に向き直る。
誰もいない玉座に、壁や天井から無数の白い触腕が伸びた。
それらは玉座の上で、融解し、結合、何かを形作っていく。
やがて、それは玉座で不敵な笑みを浮かべた。
「どうだ。これが“私”の究極の肉体だ!」
その白き身体はどの生物とも取れない不可思議な姿をしていた。
キメラ、そう呼ぶのが相応しいだろう。
「禍々しい姿だ」
顔は百獣の王、胴は筋骨隆々なヒト型、左腕は肘から先がワニに似た生き物で、右腕は微細な蛇の頭がヒトの腕を形づくり、脚はしなやかな逆関節の脚。全てが青白い何かで構成された姿は、一見不気味な彫刻やマネキンのように錯覚する。まさに異形。この世の生態系から逸脱した、荒唐無稽で醜悪な化物だった。
「これこそ、無数の人間の醜い欲望が結晶した姿だよ! そして、貴様が殺した犠牲者たちの集合体でもある! ははは!! 試してみるかぁ!?」
右腕の蛇頭たちが白い粉塵を光線のように真っ直ぐ放出する。
それらは意思を持つように、精確に竜人の肉体を捉えた。
そして、蛇が一斉に勢いよく歯を噛み合わせる。
眩い閃光が竜人に向かって奔る。
「ッ!」
竜人は反射的に熱線を躱し、何とか致命傷は外した。
漆黒の甲殻に覆われた肩から白い煙が上がる。
「やっぱり、一度戦った相手の攻撃は避けられるか」
「その攻撃は……」
「そうだ! 君の友達の……、何とか君の能力だ」
「浅見浩介だ……!」
「確か、そんな名前だったな。随分と昔のことだから忘れていた」
「ふざけるな……! 全ては貴様が!」
「“私”のせいか? あれは“ブルーアイ”が無ければ、生まれつき持っていた病で死んでいたさ。貴様と出会うこともなかっただろうなあ」
「だが、あの優しい子が人を殺すこともなかったはずだ!」
「枯れ木のようにひっそりと朽ちていく方が良かったと?」
「ッ!」
「“ブルーアイ”に含まれた“私”の力が、多少人格に影響を与えたかもしれないが、幸せそうに見えたがなあ? 自分の欲望を満たすことが出来たのだからな」
「しかしっ!」
「お前が殺した。自らが何モノであるかも知らずにな」
「黙れェェェェェェェェェェェ!!!!」
竜人は雷を異形の王に向けて放つ。
青白い煌めきが咆哮を上げて空を切り、異形の王に襲い掛かる。
「ははは! そんな攻撃が通用するとでもォッ!?」
異形の王は左手の口を大きく開くと雷を食らう。
激しい力の奔流はたちまち異形の口に呑まれ、無力化される。
「どうだ! いいだろうこの腕ェ! だがそれだけじゃあないッ!」
王の左腕が怪しい紫色の輝きを発する。
光は邪悪さを増した爬虫類を模り、王の意思に従って放たれる。
ソレは目にも留まらぬ速さで、竜人の首に目掛けて飛び掛かる。
竜人は咄嗟に足元を叩き、白い床を隆起させて、壁を作り出す。
だが、
「……ッ!」
白い壁は邪悪な顎によって容易く食い破られた。
己の一部だった粉塵を纏わせなから、顎が竜人を襲う。
竜人は右手に青白い雷を集束させ、顎と真っ向から立ち向かう。
眩い光を纏う漆黒の右手と、紫に輝く異形の王の顎がぶつかる。
「ぐっ、うぉぉぉぉぉぉ!」
「はははははははははは!」
激しい暴風と轟音、そして光が部屋中を埋め尽くす。
だが、青い光は徐々に押されていく。竜人の劣勢であった。
それに対して、異形の王は高笑いをしながら、口角を歪に曲げている。
竜人は歯を食いしばりながら、邪悪なる顎を抑え込む。
しかし、それは抑え込むことが精一杯とも言えた。
「どうした! ミラジオで頂点の生物である竜がその程度かァ!?」
「ぐぅッ……!」
「本調子であれば、後れを取ることなど無い。とでも言いたげだなぁ!」
「それは!」
「そうだ、貴様は本調子ではない! 何故ならァ!」
竜人の肉体を白き甲殻が覆っていく。
それと同時に竜人は顎に押し負け、吹き飛ばされる。
竜人は自身の肉体を見て、驚愕の声を静かに上げる。
「これは……」
「随分と懐かしいだろう! その姿には貴様も長い間助けられたはずだ」
「一体、どういう事だ!」
竜人の身体は既に歪な甲殻が鎖のように纏わりつかれていた。
竜人、改め、白き魔人が異形の王に食って掛かる。
「おいおい忘れていないか? 元々、貴様は“ブルーアイ”を使って無理やり自分を覚醒させたんだろう? それ以降は他の薬で代用していたようだが、それでも“私”の力が貴様の中に根付いているというのは変わらない。“王”に返り咲いた“私”が貴様に再びその鎧を纏わせるくらい造作もなァいッ!」
「クソッ!」
魔人は地面を叩くと立ち上がり、右腕に雷の刃を形成する。
そして雷刃を地面に当て、大きく腕を振り上げる。
すると、雷刃が白い地面を滑るように王へ走る。
それはサメが背びれを海面に出して泳ぐ姿に似ていた。
しかし、それは異形の王が片腕で軽く弾き飛ばしてしまった。
「雷の質というのが落ちているんじゃあないのか! キレが無いッ!」
「貴様のせいだがなッ!」
続けて、第二刃、第三刃が王へと襲い掛かる。
だが、悉く王によって消し飛ばされた。
「ヴァル、さっさと決着を付けないといけないんじゃないのかぁ?」
「言われずともッ!」
魔人は異形と距離を詰めると、顔面に目掛けて鋭い飛び蹴りを振るう。
異形の王はそれを背筋を曲げて、最小限の労力で躱してしまった。
魔人がその後に放った拳や蹴りも、すべて空を切る。
「おっと、このままじゃあ樹の根が海底についてしまうなあ?」
一瞬できた魔人の隙に、異形の王のカウンターが決まる。
魔人の身体は反対側の壁にめり込み、白い粉塵を巻き上げる。
「力はいつだって最高だ! この力を以って、“私”は揺るぎない王の座に就くぞ! 総てのに崇められる存在になるのだ! ははははははははははははははははは!!!!」
異形の王の高らかな笑い声が響き渡る。
巨大な樹はその根を地球の核に向けて、深く深く延ばしていた。




