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Another Face 〜バイトしてたら人間やめることになりました〜  作者: 蔵井海洋
第二章 悪魔の囁き/血の約束
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Episode2-1 鉄の仮面

 午後一時二九分。滝上中央病院・七〇一号室にて。

 病院の個室で隆一と浩介は談笑に耽っていた。


 探していた看護師は少々ぷりぷりと怒っていたが、浩介のはにかみつつ交えられる平謝りにため息をついて許し、今に至る。


「浩介は勉強が好きなんだな。」

「うん! 外を散歩したり、本を読んだり、音楽を聴くことも好きだけど、やっぱり勉強をしてる時が一番好きだな。だって……。」


 隆一も病院で過ごしていた経験があったためか、若干体育系気質のある隆一でも浩介とは思った以上に話が合った。大人びた妹を持っていたため、年相応、いや、それよりも少し幼いくらいの浩介を隆一が自身の弟のように接したことも波長があった理由の一つに入るのだろう。


「だって?」

「ううん! 何でもない!」


 赤面して顔を逸らす浩介を隆一は実に愉快といった笑みを浮かべて観察する。そんなやり取りを五分ほど続けていると、背後からドアをスライドさせる音とヒールの踵が床を小突く音が子気味よく鳴る。


「あら、お友達?」

「日奈さん!」


 ぱあっと花が開いたような笑みを浮かべる浩介。

 振り返るとそこには二十代前半ほどの女性がお菓子を片手に軽く手を振っていた。


「どうも、滝上隆一って言います!」

「花形日奈と言います。」


 日奈は艶のある黒髪を肩程に切り揃え、清潔感を感じさせる白いシャツに黒いスカートを身に着けて柔和な笑顔を浮かべている。


「日奈さんはね、僕の家庭教師をしてくれてて、とっても解りやすくて面白いんだ!」

「別にそんなことぉ。」


 そう語る浩介と謙遜する日奈。

 隆一は嬉しそうに語る浩介と家庭教師の日奈を見て、先ほど頬を染めながら勉強が好きだと言いながら、その理由を答えなかったわけを理解した。浩介へ先ほどよりも愉快な笑みを深めて視線を送る。


「な、な、何かな?」

「いいや、別に?」


 視線に含まれた意味を理解した浩介は耳まで真っ赤に染めた。


「ち、違うよ! 全然違うよ!」

「んー? 俺は何も言ってないぞー。」


 嘘である。目は口程に物を言うという言葉があるが、隆一はまさにそれだった。


「ふふ、ふふふ。」


 日奈がその様子を見て、笑いを堪えきれずに小さく吹きこぼす。


「な、なに?」

「浩介君がそんな風に笑うの久しぶりだったから、つい、ごめんなさいね?」

「い、いや、別にいいけど……。」


 拗ねるかのように口を窄め、小さい声で許す浩介。

 隆一と日奈はその様子を見て再び笑みを浮かべる。それは弟を暖かく見守るような笑みだった。


「じゃあ、俺はこれで!」


 隆一は椅子から立ち上がると部屋の外へ向かおうとする。


「え、全然気にすることないわよ? ねえ、浩介君?」

「僕も自分の病室に戻らないといけないので、こう見えても病人ですから!」


 全く病人とは程遠い活力、旺盛さを放っていたがその空気に当てられた二人は呆気にとられ、そのまま隆一は部屋を出る。退室の間際、浩介に意味深な目配せをして。


 浩介はその意味を十全に理解し、隆一に何か言ってやろうと思ったが止めた。


「じゃあ、今日もお勉強しましょうか。」

「うん!」





 午後二時七分。滝上重化学工業、第三倉庫にて。

 飾り気のない吹き抜けの倉庫内では多くの人間の話し声が響いている。


 その中で、超常生命体対策組織・APCO・実働部・装甲機動隊第一班・班長・荒城亨は薄くなった自身の髪を撫でながら、Tシャツの上に白衣を着た男と神妙な面持ちで話し込んでいた。


「以前から提案していたプランにより、装甲を複合セラミック・ハニカム構造装甲に変更し、旧来のものよりも衝撃を分散しやすく、耐久性も向上させました。また、拡張性を高め、状況に合わせて柔軟な対応が出来るようにしています。」


「完成までどのくらい掛かる、滝上主任。」


 滝上隆次郎。年齢三九歳、滝上重化学工業・強化スーツ開発部門で設計主任を務めており、滝上隆源の弟、隆一と椿姫の叔父にあたる人物である。


 非常に仕事熱心で周囲からの信頼も厚い人物だが、家族からはなかなか家に帰らないとよく愚痴をこぼされている。


「元々実戦に投入できる段階には達していたので、あと二日ほどあれば。」

「ありがたいが、随分と早いね?」

「世界でもトップクラスの人材と技術の粋を集めた場所ですよ。ここは。」


 荒城は身に着けた時計を見る。


「では、後はよろしく頼む。こちらは新たな幻獣の対策を立てねばならない。」

「はい、分かりました。」


 そう告げると荒城は倉庫から出て、同じ敷地内にある滝上重工本社ビルの第一会議室へと向かった。





 同時刻。滝上重工本社敷地内別棟、APCO捜査第一班・デスクにて。


 東藤や高水、その他捜査班の面々は、各々、阿久野不動産爆破事件についての調べを会議室へ持っていくためにまとめていた。その中で東藤は、未だに事件が起きた当時の周辺のカメラ映像をチェックしている。


「班長、もうすぐ会議の時間ですよ!」


 捜査員の一人が東藤を急かすが、肝心の東藤は自身のデスクトップPCのモニターに釘付けになっている。


「どうしたんです?」


 高水を始めとした捜査員たちがぞろぞろと東藤のデスクを囲み、一緒になってモニターを眺める。画面は三分割されており、一件目、二件目、三件目とそれぞれの三つの現場のやや不鮮明な映像が映し出されていた。


 東藤は画面の一つ一つを順々に止めていく。


「なあ、高水。」

「何です?」


 そして高水の名を呼び、三つの画面をそれぞれ拡大して見せる。


 そこには、意匠は三つとも異なるもののスーツに身を包み、現場の野次馬たちから少し離れたところに立っている男の姿がそれぞれ映っていた。


「この男、今日見たスーツの男じゃないか?」

「あーですねー。」


 高水は事件現場での出来事を振り返り、素人目に見ても仕立ての良いスーツを着た男を

思い出す。


「この男、何者なんですかねぇ。」

「今の所は分からんが、場所が離れた三件の事件現場にいるんだ。無関係ではないだろう。……さて、会議室に行くか。」


 自身の中の靄が晴れたと言わんばかりの面持ちで立ち上がる東藤。

 他の者たちも各々の資料を持って部屋を後にする。





 午後二時三〇分。滝上重工本社ビル、第一会議室にて。


 室内には東藤を始めとした捜査第一班と別動班、荒城率いる装甲機動隊第一班、幻獣やそれらに関するものを検証・研究を行う研究班が集まっている。通常とは違い、今回はAPCOの上層部の面々も集まっていた。その中には滝上隆源の姿もある。


 形式的な挨拶はほどほどに終わり、すぐに捜査班による事件の経緯が話始められた。

 高水が立って喋りはじめる。


 スクリーンには事件現場の写真が映し出される。ビルのガラスは割れ、室内は煤などで黒く染め上げられ、消火作業によって水が滴り落ちている。容易にその悲惨さが見て取れた。


「では、最初の事件が起きたのは一〇日前の四月一五日。阿久野不動産・滝中町支店です。事件が起きた時刻は一二時三〇分頃で、社内は休憩時間だったそうです。生き残った被害者によると、突然ビルにナニカが入ってきて店内を荒らし始め、咄嗟にビルから離れると後方から物凄い爆音が聞こえたと証言しています。五日前の二件目も、昼休みの時間に襲われ、一件目と同様にまずは店内を襲い、最後には爆破。ここまでは以前の会議の通りです。」


 投影される写真が今日起きた事件のものへ変わる。一件目や二件目のものと違い、ビルの壁や棚、デスクは散乱しているものの、煤けて黒くなっていなかった。


「三件目は証言によると、化物のにあるパイプのようなものから白い粉末を出し、歯と歯をしきりに噛み合わせていたそうです。今回は爆発が起きることはなく、そのまま逃走し、行方をくらませました。現在も捜索を続けています。また、三件の現場全てにいた男がおり、事件に何らかの関係があるとみて捜査しています。以上です。」


 高水は礼をして自身の席へと座る。

 すぐに研究班による事件現場に落ちていた証拠や幻獣の考察についての発表が始められる。立って話し始めたのは、現場で東藤に話しかけてきた若い女研究員である。


「一件目、二件目では現場の損壊が酷く、僅かな証拠しか得られませんでしたが、今回の事件での現場や証言から、幻獣について幾つかの特徴をまとめてみました。」


 スクリーンに簡素な化物の絵が映し出される。

 黒く塗りつぶされた人型の背中からはパイプが生え、腕には鉤爪、足は象のように逞しく描かれている。


「現場には鉤爪のようなものによる切り傷が至る所に見られました。また、現場近くから被疑者の足跡とみられる痕跡を発見。最大の特徴として、被疑者の背中にはパイプが生えており、そこから白い粒子を放つことが判明。それが粉塵爆発に利用されたものであると思われます。採取された粉末は、被疑者の細胞であり、一、二件目の現場に落ちていたものと同一のものであることが分かりました。実験の結果、この細胞は非常に細かく、発火しやすいという特徴を持っています。」


 一旦話を中断し、ペットボトルの水を口に含んで、息を整える。


「三件目の現場の爆発が不発に終わった理由は、粒子が足りず、粒子間の距離が離れすぎたため爆発が起こらなかったとの結論に至りました。」


 再び息を整え、話始める。

 スクリーンのスライドが変わり、“本件の対応方法に関する研究班の見解”というタイトルに変わる。


「まず、屋内における火器の使用は厳禁です。僅かな火花で大爆発が起こる可能性があるためです。ですので、屋外に誘い出してから戦闘を行ってください。また、被疑者の身体は爆発に耐えるほどの強靭性、あるいは何か特殊な構造を持っているはずです。火器で傷を与えることは難しいのではないかと。よって、本件は装甲鎧の兵装を活用した作戦を行うことを推奨します。以上です。」


 そう言うと研究員はそそくさと自身の席へ戻る。

 荒城は先ほどから険しい表情で頭を掻き、何かを思案しているようだった。


「では最後に、滝上理事より先日保護した『ブルーアイ』使用者の処遇についてお話があります。」


 険しい表情をした隆源が立ち上がり、その重い口を開ける。


「幻獣、いや、ブルーアイを使用して誕生した新世代の幻獣、この場では世間の言うように『シーカー』と呼ぶが、今回保護した者、恥ずかしながら私の息子、滝上隆一をこのAPCOの新たな戦力として投入することを先ほど決定した。」


 会議室の中が一斉にざわつく。中には苦い表情、嫌悪感を隠さない者もいる。


 東藤を含めた現場にいた者たちは昨晩の戦いを思い出していた。


 自分たちを容易く蹴散らした炎の怪物を終始圧倒していた白き魔人の姿を。


「扱いは私直属の部下とし、一切の処分は私が決定する。必要に応じて他部署の活動を支援させよう。今回の件にも是非役立ててくれ。以上だ。」


 周囲に自身の威厳を放ちながら席に座る隆源。そこには異論は認めないという強い意志が存在していた。


 会議室が沈黙に包まれる。

 先ほどまで苦い顔をしていた者たちもその様子から、隆源に対する畏怖の念を持たずにはいられなかった。


「そ、それでは本日の会議はこれで終了となります。」


 その言葉とともに室内にざわつきが戻る。そして各々の持ち場へと帰っていった。


 そんな中ある話し声が東藤の耳に届く。声の主は上層部で隆源に嫌悪感を隠さなかった者たちの会話であった。


「全く、御当主は何を考えているんだ。たとえ隆一様といえど、幻獣となった者を仲間に引き入れようなどと。」


 御当主という呼び方。それは滝上家に所縁のある者だからこその呼び名である。


 APCOの前身となった魔狩師という特殊な職業、そしてそれを生業としていた旧家・滝上家。その現当主兼APCOの理事を勤めているのが滝上隆源なのである。


「六年前の事故からすっかり隆一様を甘やかすようになって、『鬼の隆源』と言っても所詮は子どもに甘い親であったということよ。」


「まだ学生の椿姫様を強化スーツの装着員として半ば押し切るように推選したのも、他ならぬ御当主だからなあ。全く、あの人のすることは俗人の私には解らぬよ。」


「全くだなあ。所で今夜一杯、どうだね?」


 そういって猪口を持つような仕草をする。


「おっいいですなぁ。行きますか!」


 そう言ってたわいのない会話を始める。

 上層部にいる人間に無駄な役職はない、特にこの組織には。


 一見無能にも見えるが、一瞬、あの者たちがお互いを底光りするような目で顔色、いあや、心の内を窺っていたことを東藤は見逃さなかった。味方かどうか、その判断を僅かな会話と表情で見極めていたのだ。


 超常生命体対策組織・APCO。警察の職域を侵害しかねないそんな組織を設立させた上層部の者たち、その手腕の一端を垣間見た。


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