8話
教授は、高橋の全てを調べようとしているみたいだった。
耳の穴の中まで調べている。
俺も寝ている間に、あれくらい調べられたのかもしれない。
考えない方がいいか。
そうして20分以上かけて、上半身を調べあげた。
観察対象が下半身に移行しそうだ。
とりあえずそろそろ、セクハラだろう。
「教授、そろそろセクハラで訴えられますよ」
「セクハラ?
なんだそれは」
そうか、この世界にそんな概念はないのか。
「女性の体を、男がベタベタ触っちゃあダメでしょ、って話です」
しかし、教授は全く手を止めない。
「安心しろ、私に性別はない。
ハイエルフだからな」
それなら、問題ないのか。
いや、例え女性同士でもあそこまでベタベタ触るのはアウトだろ。
もちろん、性別がなかったとしてもダメだ。
「いや、なんであってもそれはアウトだって」
教授が高橋を大股開きにした。
「黙れムッツリ。
お前が目を逸らせばいい話だろう。
さっきからジロジロ見ているのはわかっているぞ」
教授の言い放った声で、高橋が身じろぎした。
「くそ、まだ起きるな」
教授が手を高橋にかざした。
かざした手から、魔法陣のようなものが現れる。
こいつ何しようとしてるんだ。
さっと、高橋を抱えて教授から離れる。
「何をする?」
「あんたこそ、何しようとしてるんだよ」
「お前もな」
下から女性の声が聞こえた。
視線を下げると、高橋がジロリと睨んでいる。
そういえば、左手に柔らかいものが。
「いつまで触ってんの?」
「ああ、ごめん」
高橋を下ろして離れると、高橋は衣装をどこかから取り出し、パッと着た。
すごいな、男が見てる前で平然と着替えた。
「君、かなりムッツリだよね」
否定できない。
そういえば検査から着替えまで全部見続けてた。
すっと、視線を逸らす。
「ごめんなさい」
「いいよ。
たぶん、あのエルフの方が謝るべきだと思うし。
どうせ君にしたセクハラ検査、僕にもしたんでしょ」
こいつ、一人称が『僕』か。
『俺』、じゃないだけマシかな。
高橋は話しながら、教授がさっき出した3枚連なった鏡で全身を映している。
「うん、元通りだ」
「そうか、よかったな」
高橋に声をかける。
「チッ。
おい女、ステータスはどうなっている?
元のままか?」
教授が確認してきた。
「うん。融合した時のままだよ」
「やはり、生きているものに受け継がれるだな」
なんか微妙な言葉が聞こえた。
「そういえば、教授が筒に突っ込んでいた男は、どうしたんですか?」
「融合というのは、魂を持たないものと、魂をもつものが溶けて混ざり合う現象のこと。
したがって、あれは死体だ」
えっ、高橋って死体とくっついてたのか。
ちょっと引く。
高橋もだいぶ俺から離れていた。
「ねぇ、ばっちいから近づかないでね」
くそ、わかっていたさ。
ゴブリンと黒光りするあいつと合体した俺は、さぞ汚いだろう。
「どうした、2人とも。
ああそうか。
死体と合体していたとは言っても、汚いとものではない。
むしろ新鮮な死体だ」
「より嫌だ」「より嫌です」
高橋と同時に怒鳴った。
融合のことは忘れよう。
高橋とアイコンタクトで同盟が結ばれた。
まさか、高橋とこんなに心を通わせることになるとは思わなかった。
そしてふと思う。
あれ、ランの声をだいぶ聞いていない。
「教授、ランは?」
「ああ、あまりにもグダグダうるさいから、寝かせて、その辺に捨てた」
わざわざ連れてきたのに、ひどいな。
「まあ、あいつが目覚めない内に、色々やるか」
またしても、書類が自動的に作成されていく。
そして、俺の時と同じくらいの厚さの書類が出来上がった。
「さて、最も重要なことは終わった。
ここからは、まあまあどうでもいい話をしようか」
教授が切り出してきた。
「なんの話?」
「そこで眠っている、呪われた娘のことだよ。
どうやら母親を殺すのは、あまり気が進まないみたいだ。
君たちが手を貸してやるといい」
朗らかにエルフが笑う。
「なんで、それを俺たちに言うんですか?」
教授はマッドサイエンティストのように思える。
わざわざランを気遣う理由がない。
「不思議なことにね、彼女の呪いには悪意が感じられない」
「呪った方は、悪いなんて思わないでしょ?」
高橋が不思議そうに聞いた。
「ああ、そういう意味ではないよ。
全く負の感情がない、そういう意味だ。
普通、呪いをかけるなら、憎しみとか、恨みとか、そういった嫌な感情を持つものだが、それを感じない。
それなのに、今まで見た呪いの中で、最も強い呪いだ」
「それで?」
「頭の中に、学術的にはありえない仮説が浮かんでいるんだ。
もしこの仮説が正しければ、君たちの助けが、この娘には必要だと思う」
変な話だ。
教授がランについていけばいいだろう。
「あなたが手を貸してあげれば?」
高橋が指摘した。
「いやぁ、せっかくいい実験ができたから、論文を完成させたいんだよ。
この娘の呪いも気にはなるけど、今は呪いよりも融合の方が優先順位は高いかな。
だから、ちょっと君たちに記録をお願いしたいなぁと」
俺と高橋が無言で部屋を出て行こうとすると、エルフがドアを塞いだ。
「君たちにとっても悪い話じゃない。
もし、彼女に起こる出来事を記録してきてくれたなら、異世界に関する知識をあげるよ。
君たちの世界に帰るために、きっと必要な情報だ」