5話
『太郎さん来店』、ね。
思わず逃げてしまったが、なかなか使える能力じゃないか。
瞬間移動移動系の力だ。
問題は、好きな場所に行けるのかどうか、か。
名前から察するに、飲食店にしか使えないのかもしれない。
とりあえず、宿屋の借りた部屋をイメージして、『太郎さんご来店』を使ってみる。
あの警備隊の男がベットに腰掛けていた。
「お帰り」
「どうも」
「適当にご飯買ってきた。まあ食べるといい」
何故この人は平然とベットに座っているんだろう。
少し呆けてから、窓の外を見る。
まあ、この男もいるわけだし、間違いなく借りた部屋だ。
「どうも」
男が差し出してきた、肉の刺さった串を受け取る。
「銅貨1枚でいいよ」
金取るのか。まあいいや。
「はい」
言われた通り銅貨を渡す。
すると男の目がわずかに鋭くなった。
「君はだいぶおかしい」
「何がですか。
トラブルを防ぐとか言ってたのに、まったく手を出さないあなたの方が、よっぽどおかしいと思いますが」
「それは」
「なんで助けてくれなかったんですか」
まくし立てるように被せる。
すると男はため息をついた。
「あのね、勢いで誤魔化せるのは馬鹿だけだよ。
先輩としてのアドバイスなんだから、しっかり話を聞いた方がいい」
「どういう意味ですか」
「僕も君と同じ状況だと言っているんだ。太郎くん」
まさか、こいつも何かと融合しているのか。
「君と同じで、異世界から憑依してしまったんだ」
ん、憑依?
俺は融合だと聞いているが。
「お互い災難だね。
まあ、先輩としての1つ教育してあげるよ」
なんなんだろう。
少しポンコツな雰囲気を感じる。
最初にあった時から、口調が乱れるし。
「いいかい、君はこの世界の常識を知らなすぎる。
この世界の人間で、時計のスキルを持っていない奴はいない。
時間を聞くような真似をすれば、それだけで怪しまれるんだ」
男は気分良さそうに、人差し指を挙げて説明している。
「そして、致命的なのは金遣いだ。
君、そうとうボラれているよ。
この程度の宿なら銀貨1枚もかからない。
せいぜい、銅貨60枚程度だ。
まったくもってアホだね」
かなりムカつく奴だ。
少しやり返すか。
「なぁ、あんたは憑依って思っているみたいだけど、融合っていう現象らしいよ」
「えっ」
男が黙った。
「なんか、まれにある現象なんだって聞いたんですけど、もちろん知ってますよね。
ああそうか、あなたと俺は違う現象に巻き込まれたのか」
「えっ、憑依じゃないの?」
男は口を開けて驚いている。
「いやぁ、勉強になりました、先輩。
お互い大変な状況のようですけど、頑張りましょう。
ああ、ご飯ありがとうございました」
そう言って部屋のドアを開けて、退室を促す。
「ちょ、ちょっと待った。
もう少し話をしようじゃないか」
男が必死な顔でベットから立ち上がる。
俺は『太郎さん来店』を、待ち合わせ場所に行くために使おうとする。
だが発動しなかった。
やはり店にしか使えない能力のようだ。
「ふぅ。さあ、融合について詳しく教えてくれ」
俺が傍目には止まっていたことを、話す気があると思ったみたいで、男がまたベットに座り直した。
男を無視して最高スピードで走り、待ち合わせ場所に戻った。
飯も食ったし寝るか。
ベットで寝れないのは残念だが、この体は随分と鈍感なようで、地面に寝っ転がるとすぐ意識が落ちた。
「もしかしてここで寝たのか?」
誰かの声がした。
聞いたことのない声だった。
返事をしようと思うがまだ眠い。
「宿をぼったくりの値段で借りたくせに、泊まらずにここで寝ていたよ。
まったく、この男の愚かさは理解できないね」
寝返りを打とうとすると、あのアホ男の声が返事をした。
眠気が一気に吹っ飛んだ。
慌てて起き上がると、あの男の笑顔が目の前にあった。
「おまえ、なんでいるんだ?」
「ふふふ、いいかい?
先輩からの忠告だ。
スキルを舐めないほうがいい。
想像もできない力というものが、いくらでもあるからね」
ムカつく顔で説明してきた。
「ずっとお前を見つめていたが、友だちか?」
そうだ、この声は誰だ。
声が聞こえた方に首を向けると、男装のランが俺を見ていた。
「お前、口調が変だぞ」
「お前もな。俺に対して敬語使っていたのは、演技か?」
まだ頭が少しぼーっとしているようだ。
「いえ、寝ぼけているようです。失礼しました」
「ふん、まあいい。
俺のことより、その男は何者だ?」
ランに聞かれても、俺は男の名前すら知らない。
おそらくは俺と同じ不幸にあった人間っぽいが。
「たぶん、俺と同じ融合にあった、この表現であってんのか?
まあいいか。
とにかく、なにかと融合した人みたいですよ」
「ほう、そうか。
ならば、お前も来い。
これから俺たちが会いに行く人は、融合について研究している第一人者だ」
男口調については触れるつもりがないのだろう。
ならばそれは無視して質問する。
「俺たち、とは?
あなたもその人に用があるんですか?」
「少しは僕に興味持とうよ。
名前くらい名乗らせてくれ」
男が割り込んできた。
あまり興味はないが、名前くらい聞いてやるか。
「あんた、名前は?」
「もうちょっと興味ありそうな言ってほしいな。
まあいいけど。
僕は高橋望美。よろしく」
高橋は手を差し出し、ランと握手している。
名前からすると、もしかして、こいつも女か。
面倒くさい同行者が増えそうだ。