1話
バナナを食べ終わり、一息つく。
すると、壁の黒光りする奴が目に入った。
刺激をしないようにそっと、立ち上がり、何か叩けるものを探す。目線は奴から離さないようにしていたが、新聞紙を取るために一瞬目を離した瞬間、黒いのが目の前に迫る。
あいつ飛びかかってきた。
慌てて避けると、つま先に激痛が走る。
痛ぇ。机にぶつけた。
ジャンプして痛みを逃そうとすると、何かに滑り体が倒れていく。バナナの皮を踏んだんだ、そう気がついた瞬間、後頭部が痛み、視界が真っ暗になった。
目を覚ますと、目の前に葉っぱがあった。手にも葉っぱのようなものに触れている感覚がある。
どうやら原っぱのような所に倒れているようだ。
死後の世界かと思ったけど、匂いや体で感じる草や土の感覚が、やけにリアルだった。
立ち上がって辺りを見渡すと、綺麗な湖が目の前に広がっている。
波がなく静かな湖は、鏡のように、あたりの風景を映していた。
そういえば、思いっきり打ちつけた頭はどうなったんだろう。
そっと後頭部に手を伸ばすが、特に腫れてはいないようだ。それよりも、もっと深刻な状況だった。髪がない。
恐る恐る、湖を鏡代わりにするため、覗き込んで見た。
映画とかに出てくるゴブリンを黒く染めて、触角を生やしたような化け物が、水面から覗き込んでいた。
「うわっ」
声を上げて後ずさる。
しばらく警戒していたけど、水面から化け物が這い出て来るようなことはなかったようだ。
ゲンゴロウの化け物、いや水棲ゴブリンか。
何にせよ湖から距離をとって、ふと頭の状況確認ができていないことを思い出した。
ゆっくりと頭に触れると、やはり髪の毛がない。ツルツルしてる。
怪我はなさそうだが、スキンヘッドみたいな手触りだ。
頭を撫で回していると、額の頂点近くで細長いものに触れた。
そして細長いものにも、手が触れた感覚がある。
いい加減現実を直視しよう。
もう一度湖に近づき水面を覗き込んで、水面の化け物に手を振ってみた。
水面に映ったゴブリンもどきも手を降っている。
一度深呼吸をして、ゆっくりと自分の手を見てみると、手が黒くなっていた。指も短い。
ふうっと息を吐き、しばらく空を見上げたあと、水面に自分の姿を映す。
やはり、ゴブリンもどきが映っている。
ゴブリン的なものに転生したのかなぁ。
とりあえず現実逃避はやめて、現状の確認をする。
まずは、どうすべきか。
流行りのゲーム系の世界だといいけど。
地球でこの姿は、研究機関での実験フルコースを味わうことになるだろう。
Web小説によくあるような世界であれ。
ステータスよ出てこいと念じてみる。
すると画面のようなものが現れ、ステータスが表示された。
おお、ゲーム風の異世界っぽい。
まあ、ステータスが見えるようになっただけかもしれないけど。
ステータスを見ると、どうやらバグっているようだ。
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名前/ 太郎
種族/ ゴキリン(太郎さん)
性別/ ♂
ユニークスキル
・無限の生命力
・追随許さぬ機動力
・しぶとい
・ガサゴソ
・精神にダメージ
・突然飛ぶ
・『やったか』→『無傷だと』
・突然消える
・鑑定
・人化(ただし黒光りします)
・無限の可能性
・なんやかんや無敵
・全言語理解
・太郎さん来店
スキル
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ゴキリンって何?
あと、太郎さんネタもイラッとくる。
名前から連想して、そっと背中に手を伸ばすと、パタパタ動くものがついている。予想通り羽があった。
水面に映る俺の姿は、言葉にすれば簡単だ。
映画とかに出てくるゴブリンを、黒くして、触角を生やして、羽を付けたら完成。
着ているものは、粗末なボクサーパンツのような服だけ。
上半身は裸。
鏡のような水面には、元の俺とは似ても似つかない姿が映っていた。
変わり果てた自分の姿に途方に暮れていると、女性の悲鳴が聞こえた気がした。
辺りを見渡しながら、耳を澄ます。
「やめて‼︎ 」
はっきりと女性の声が消えた。
とりあえず聞こえた方へ走り出すと、凄まじいスピードで景色が流れていく。それなのに思った通り、自在に動けた。
ああ、あのアホなステータス画面の機動力ってこれか。
そんなことを考えながら森の中に入っていくと、やたらとカッコいい青年の兵士っぽい人たち5人が、盗賊らしき男たち5人に、それぞれ胸を剣で貫かれていた。
それを見て、ドレスで着飾っている美少年を背中でかばっている、最後の1人の青年戦士が、女性のような悲鳴をあげている。
見たままをそのまま言語にすると、よくわからないが、見ている俺がよくわからないんだからしょうがない。
女装少年は明らかに喉仏が出ている。中性的な美少女ということはないだろう。
訳の分からないことを考えながらも、一番大きく浮かんでくる言葉は一つだ。
帰っていいかな。
そこは姫だろう。女装趣味の美少年はテンプレじゃない。
助けるなら美少女がいい。
いや、そもそも助ける能力が俺にあるのだろうか。
スキルとやらは試していない。
俺の種族、ゴキリンとやらが、どういう位置付けかも不明だ。
そうだ、人化とやらを試してみよう。黒光りというのが気になるが、人間になれるなら、そっちの方がトラブルは少ないはず。
人化と念じると俺の体が輝き出した。
「変身‼︎ 」
口が勝手に動き、体がポーズを決める。
なんか魔法少女っぽい変身エフェクトが発生した。光が消えた後、目線を下げると、オイルを塗りたくったかのようにテカテカする、パンツ一丁のポディーピルダーのような肉体が目に入った。めちゃくちゃ日焼けしている。
ふと視線を感じて顔を上げると、ドレス姿の少年と目が合う。
襲っていた奴らは俺を気にしつつも、叫んでいた戦士風の青年を切り捨てた。
「そこの変態さん。
私を助けてくれないかしら。
お礼はするから」
「あっ、はい」
女装少年の助けを求める声に思わず、普通に返事をしてしまった。
変態じゃないんだけど。
まあいい。色々考えるのは後だ。
この筋肉とさっきのスピードなら、どうにかなるだろう。
スッと、女装少年の前まで移動して、彼を切ろうとしている男の顎に掌底を打ち込む。
グシャっと音がした。
やべぇ、顔潰しちゃった。
掌底を食らった奴が後ろ向きに倒れていく。
自分の力に驚いて俺が動きを止めると、別の男が俺を無視して女装青年を狙おうとしていた。
そいつの前まで行き、今度は優しくアゴを揺らしてみると、白目を向いて倒れる。
よし、これだ。
「なんだ貴様」
なんか俺に聞こうとしてきた奴の顎を軽く撫でると、倒れた。
やっぱりこれでいいみたいだ。
流れるように男たちの顎を撫でて回った。
なんかやっていることは、俺の方が後ろの女装少年よりヤバい気がする。
まあいい、見る限りもう襲っていた奴らはいない。
女装少年に話を聞いてみよう。
振り返ると、女装少年は唖然とした表情で俺を見つめていた。
「あの、詳しいお話聞かせてもらえますか」
「あっ、はい」
声をかけると、女装少年は返事をしたが、明らかに顔が引きつっている。
いや、あんたに引かれるのは嫌なんだけど。