9話
「しょうがない。
ラン君、いや、ランちゃんを手伝うよ」
高橋がやれやれと息をつく。
「おお、引き受けてくれるか。
では、ちょっと待っててくれ」
教授は、俺らを分離した機械を弄りだした。
俺たちを突っ込んでいた箱から、赤い石を2つ取り出し、高橋に渡す。
「これが記録するための器具だ。
持っているだけで効果があるから、肌身離さず持っていてくれ」
少し見逃せないものだぞ、それは。
「ちょっと待ってください。
それが記録用の器具だとしたら、俺たちのことも記録していたのでは?」
「もちろんだとも。
君たちのホクロの数まで全て、鮮明に記録したよ。
見るかね?」
自慢気に、教授は胸を張った。
そして教授が手をかざすと、高橋の全裸の画像が3Dで浮かび上がり、ポーズを変えて回転する。
殴りかかろうとしてる高橋を羽交い締めにし、教授に問いかける。
「そこまで詳しく記録しているのに、なんで俺たちをあんなに詳しく調べたんですか?」
教授がバカにするように鼻で笑った。
「愚問だな。
触れても変質しないなら、実験材料は肌で触れる。
これは私の研究のコツだ。
直接触れることによって、ひらめきが生まれることもある。
いいか、口を開けて待っていても良いアイデアは浮かびにくい。
刺激によって新たな発見は生まれるのだよ」
「つまり、意味なく撫で回したってことですか?」
「話を聞いていなかったのか?
私のひらめきのためだ。
大きな意味があったさ」
高橋を解き放つと、凄まじい連続パンチが教授を襲う。
最初の数秒くらいは避け続けていたが、高橋の足への強烈な蹴りからのマウントポジションで決着した。
5分ほどの丁寧な肉体言語による説得の末、高橋の裸体は、いかなる場合であっても他人に見せないことで一致した。
「ところで君はどうするんだ?」
「もちろん、俺の裸も他人に見せるなよ」
場合によっては、俺も拳で語り合う必要があるか。
「そっちではない。
肉体言語は不要だ。
あとさっきまでの敬語が崩れているぞ。
まあ、どうでもいいが」
ああ、ランの件か。
地球には帰りたいから、情報は欲しい。
ランには金を用立ててもらった。
ランにも思惑はあったとはいえ、助かったことは確かだ。
ランに協力するのは別に構わないか。
「わかりました。
俺もランと行きましょう」
「そうか、では君も記録器具を持っていけ」
教授が赤い石を差し出した。
それを受け取って観察していると、咳払いの音がした。
「僕は、ランちゃんの意見を尊重するよ。
母親とは、彼女が決着をつけるべきだ。
たとえ、教授の望む形にならなくてもね」
高橋がくぎを刺すように言う。
教授を見ながら話していたが、俺とも一瞬、目があった。
わかっている。
どうするにしても、ランが決着をつけるべきことだ。
「俺も同意見だ」
俺に危険が迫らない限り、って条件はつけるが。
「ああ、構わない。
私の望みはそれでも叶う。
私が知りたいのは、どのような結末を迎えたか、だからな」
少しこいつの反応に違和感を感じる。
しかしまあ、こいつにとっては、呪いの件はそこまで優先度がないというだけだろう。
「それで、ランは大丈夫なのか?
ていうか、どこに捨てたんだ?」
「ああ、貸し部屋に戻しておいた。
すぐに目を覚ます。
何の問題はない。
さて、元の貸し部屋に送ってやる。
全てが終わったら、その石を届けに来い」
この部屋に来た時と同じように、視界が歪みだした。
完全に視界が歪んだ後、視界が戻ると、ベットに寝かされ、縛られたランがいた。
寝ていても絵になるな。
イケメンは得だ。
まあ、こいつは女か。
高橋も見とれているのか、話しかけずに見ていた。
気配を感じたようで、ランが目を開けた。
「ねえ、早くこの縄解いてくれない?」
「ああ、すまない」
高橋が縄をどこからか出したナイフで切った。
そろそろ、物をどこから出しているか聞くべきだな。
「で、貴方たちも、あのハイエルフに捨てられたの?」
「いえ、違いますよ。
貴方に協力するよう、教授に言われたから来たんです」
「何かと人手が必要でしょ。
僕らも協力するよ」
高橋がランに笑いかけた。
「さて、タロウにも言いたいことは色々あるけど、その前に1つ聞かせて。
普通に話しかけて来たけど、貴方だれ?」
ランが、高橋をしっと見ながら質問する。
そうか、こいつ寝ていたから、高橋の本当の姿を知らないのか。
「いやいや、高橋望美だよ」
「嘘よ、どう見ても女性じゃない」
高橋を警戒するように、俺の後ろに移動した。
「本当の話ですよ」
話が進まないから、声をかける。
「融合って性別も変わるのね。
びっくりしたわ」
「自分だって性別が変わっているくせに」
高橋がブツブツ言っている。
それをランは視線で黙らせた。
「それで、私を手伝うって?
いらないわ。
教授と話せたから、目的は達成できたの。
もう貴方たちと関わる必要はないわ」
ランはそう言い放って、ドアへ向かおうとする。
さっとドアの前に移動して、ランの行く手を塞いだ。
「貴方に協力すると、教授から俺たちの世界に関する情報をもらえるんです。
貴方が必要と思う思わないは、どうでもいい。
勝手に協力します」
こいつは強かだ。
こいつの指示を受けて動く方が、後で厄介なことになるかもしれない。
だから、むしろこいつの指示には従うつもりはない。
「そんな言い方はないだろう。
ランちゃん、君の母親との決着の邪魔をする気は無い。
僕たちは、君が母親と決着をつけられる場を作るだけだよ」
高橋が安心させるような笑顔で、ランに笑いかけた。
まあ、記録するけどな。
完全な野次馬だ。
「勝手にすれば」
ランが俺を押しのけて、ドアを開けた。