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富嶽娘  作者: 橋沢高広
8/11

【第8回】

 その半面、私はショックを受けていたのも事実。

 直さんは、はっきりと、「彼氏と別れて直ぐに他の彼氏を求める様な女に俺は興味がない」と言った……。

 自分では否定したいけど、はたから見れば私も、その様な女の一人。鈍器で頭を殴られた様な衝撃が私の身体からだを貫いた。思わずグラスの中のビールを一気に飲み干し、缶に残っていたビールをグラスに注ぐ。それを見た直さんは私にとって六本目となる缶ビールを取りに冷蔵庫へ向かった。

「ビール、足らなくなったな……」という、直さんの言葉に、「買ってこようか?」と、私は応じる。

「いや、焼酎と炭酸水がある。ビールがなくなったら、それに変えよう」と言って、直さんは続きを話し始めた。


美礼みれいちゃんにも経験がある筈だけど、就職活動は精神的に疲労困憊するだろう。俺は、その疲れを忘れる為に富嶽娘ふがくむすめと会う機会を作った。

 彼女は自分の事を俺に知って貰おうと色々と話す。中には、『それを言っても、いいのかよ!』という内容も含まれていた。まぁ、プライバシーの問題もあり、その件に関しては敢えて触れないが、中々衝撃的だったのも事実。

 一方で彼女は自分の事にしろ、太宰の事にしろ、話す時は真剣なんだ。その為、他人に話の腰を折られるのを極端に嫌う。一人で話し続けるのは、この『真剣さ』の表れだと理解した。

 しかも、彼女は話し方が上手いから俺の方としても、その話に〈のめり込んで〉行く。いつしか俺は彼女を『手放したくない』と考えるようになった。ただ……」


(!)

「ただ……」と、話を続け様とした直さんの言葉を私は、「『ただ……』、どうしたの!」と、少し強い口調で遮る。直さんの、「手放したくない」という言葉に私の中にある〈何か〉が反応したんだ。普段の私なら、この様な場面で口は絶対に挟まない。でも、摂取したアルコールが私の感情をコントロールしにくくさせ始めていた。

 一方、直さんもアルコールの影響が出始めているらしい。通常なら私が発した言葉のトーンや強さが変わると、直ぐに反応する筈なんだけど、直さんは私の言葉を無視して話し続けた。

「ただ、俺としては彼女の真意が掴めなかったんだ。彼女は自分の存在をアピールする事に必死となった半面、俺自身の事柄に関しては、ほとんど尋ねない。本当に彼氏が欲しいのなら、相手が、「どの様な人間か?」と、気になるだろう。ある程度、俺の話を三滝みたきがしていたとしても、それは四年も前の話だ。本来なら今の俺に興味を持つ筈なんだが、その点が欠落している。それが俺には不思議だったんだ」

(確かにそうね……)と、私も思った。

 私の場合、男の人と付き合う状況になったら、自分の話もするけれど、相手の事を聞き出すのにも必死となる。その人が、どんな人物なのかを知りたいから……。でも、それをしないとなると……。確かに、富嶽娘の意図が読めない。

 直さんの話が続いていた。


「そうこうしている内にも時間だけが過ぎて行く。俺は益々窮地に追い込まれた。本当に就職先が決まらなかったんだ。焦りが焦りを呼び、俺は自然と富嶽娘と会わなくなる。

 そして、卒業間近となった大学四年の一月、『特別枠』という名称で募集していた会社を受け、やっと、就職先が決まった。今、務めている会社だ。就職内定者の中に入社を断わった者が何人か、いたという。その穴を埋める為、急遽、『特別枠』と称して新入社員の募集を行った処、俺が〈引っかかった〉んだ。これで俺は一息付ける状態となる。

 この後、『就職先が決まった』と富嶽娘に連絡したんだが、もう、返事は、なかった。

(振られたな……)と、直感的に思ったものの『寂しい』という気持ちは、ほとんどない。だが、本当に『惜しい』と痛感した。

『もう、あの上手い話が聞けない……』と思ったからだ。

 そして、普通なら、ここで富嶽娘と俺との関係は途切れる筈だったが、運命は更なる『悪戯いたずら』を仕掛けた……」


「また、会ってしまったのね」という私の言葉に直さんは頷く。

「そうなんだ。俺が就職して三年目の事だった。場所は会社の最寄駅に隣接した駅ビル内。あそこの五階に本屋があるだろう」

「私も、よく利用する」と言葉を挟んだ。

 直さんの話が続く。


「その本屋で富嶽娘と偶然、出会う。彼女は新潮文庫版の『走れメロス』を手にしていた。この文庫本には『富嶽百景』が収録されている為、直感的に、(彼女、リセットしたい〈何か〉があったな……)と考える。

 彼女も俺の存在に気付き、簡単な挨拶をした後、俺は駅ビルの七階にある喫茶店へと誘う。しかし、『今度、結婚するの……』と言われ、断わられてしまった。

 自分でも、よく解らないのだが、俺は、その言葉にショックを受ける。心の中から何かがこぼれ落ちる感覚が俺を襲った。彼女と別れた後、俺は自分の中で起った現象を冷静に分析しようとしたが、明確な答えは得られない。

 その一方、富嶽娘が『走れメロス』……、『富嶽百景』が収録された本を買っていた事に違和感を覚える。結婚するとなれば、彼女は今、幸せの絶頂期にある筈だ。この時点で『何かをリセット』する必要が、あるのだろうかと考えたんだ」


「過去にあった〈何か〉を清算したかったとかは?」という私の質問に、「それも考えたんだが、腑に落ちない」と言って、直さんは続きを話す。

「結婚を決める前に過去の清算を目的としたリセットを行うのなら理解出来るが、結婚を決めた後でとなると、その順番に違和感を覚える。直感的に彼女は何だかの問題を抱えたまま結婚するんじゃないかと思った。そして、結論を先に言ってしまえば、俺の〈感〉は当たる」

「その後、どうなったの?」

「富嶽娘は離婚した」

「えっ、そうなの!」と私は思わず声を上げていた。

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