【第4回】
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私はグラスの中のビールを呑み干し、残っていたビールをグラスに注ぎながら、「ねぇ、直さん、今日、呑むペースが速くない? どうしたの?」と尋ねる。
「美礼ちゃんから、『今日、男に振られる』と、連絡を受けた後、一通の手紙が届いたんだ」と言って、封筒式のエアメールを私に手渡した。
「中を確認してごらん」という、直さんの言葉に従い封筒の中身を取り出す。そこには、一枚の手紙と写真が入っていた。エアメールという事もあり、その差出人が誰であるのか確認するまでもない。そして、同封されていた写真を見た瞬間、私の思考は完全に停止したわ。
「!」
直さんは微笑みながら、私の顔を見ている。私は直さんの顔と、その写真を交互に見ながら一生懸命言葉を探すが、何も思い浮かばない。その写真は下着姿の姉貴だった。
しかも、お腹が大きい!
「妊娠六ヶ月、しかも、双子という話だ。その為、腹が通常の妊婦よりも大きい……」と、直さんは呟く。
この時、直感したの。
(直さん、失恋したんだ……)って。
私、咄嗟にある言葉を口にしていた。
「直さん……、今日、お酒を呑むペースが速いのは、この所為?」
私の考えは、こうだった。
姉貴の我儘だったけど、直さん自身も納得して離婚した。でも、直さんは姉貴が好きだったんだ。姉貴と離婚して三年。その離婚を気にした私の両親は直さんに縁談を持ち掛けている。しかも、それは一度や二度の出来事じゃない。だけど、直さんは、それを全て断わった。しかも、頑なに……。更に社内の女性が結婚目的で直さんに近付こうとした事例を私は知っている。これも、一件や二件というレベルではなかった。
何故、直さんは近付いて来る女性を避けたのか?
私の場合は元・義妹という特殊な立場だし、敢えて避ける必要もなかったんだろうけど、他の女性は違う。それは、直さん、離婚という手続きはしたものの、姉貴が好きだったから……。口では姉貴の事を、「相棒だ」と言いながらも、「女」として好きだったに違いない。
しかし……。
妊娠という事態によって姉貴は、もう、直さんの許に戻る可能性は、なくなった。妊娠とは、そういうものだ。「子持ちの出戻り」という状況が、ない訳ではない……、と、いうより……、あれ?
自分でも気が付かなかったんだけど、私も多少、酔っていたみたい。この時になって重大な事実に着目していなかった点に気付く。
「姉貴、結婚していたの? ニューヨークで?」
「同封されていた手紙によると、結婚式は子供が生まれてから、するらしい。妊娠六ヶ月……、しかも、双子を身籠った腹じゃ、着たいウエディングドレスも着られないだろう」と言って、直さんは笑いながら言葉を続けた。
「その手紙には、『両親には、どう説明したらいい? 元・夫として、考えて!』とも書いてある。〈出来ちゃった婚〉という事態に、さすがの和乃も焦っているらしい……」
直さんの笑いは私の想像に反して屈託のないものだった。私には、それが不思議でならない。
今度は私がビールを呷る番だった。グラスのビールを一気に喉へと流し込み、私にとって四本目となる缶ビールの中身をグラスに注ぐ。そして、それも呑み干した。
私は手紙を手にして読む。そこに書かれていたのは、間違いなく姉貴の筆跡。ビジネスの場に於いても重要な事柄を記す場合は必ず手書きにする姉貴の性格が、ここでも出ていた。だから、妊娠の件を「手紙」という形で直さんに知らせた筈だ。電話やメールではなく……。
姉貴の結婚相手は、自らがビジネスパートナーとして選んだ男性である。ニューヨークの生活では、お世話になっている話も書かれていた。
(知らない土地で女が一人。ビジネスとはいえ、お世話になっている人と恋に落ちても不思議じゃないけど……)と思いながら、私は直さんの顔を見る。
「俺は和乃のパートナーを知っているが、中々のイケメンだ。相当、可愛い子が誕生するかもな……。生まれる前から、こういう話をするのも何だが、パートナーの毛髪は金色、瞳はブルーなんだ。生まれてくる子供の髪の毛と瞳の色が既に気になっている……」と話す。その顔に浮かんだ笑みが消える事はなかった。
(私の勘違い?)と思った瞬間である。直さんに刻まれた笑いの表情が変化した。純粋な笑いから、悪戯っぽさを含んだ笑いになったと私は感じたの。
空になった私のグラスに直さんがビールを注ぐ。そして、「察しの良い君が気付いている通り、今日、俺は呑むペースが速い。しかし、これは和乃が妊娠した事実に動揺している訳じゃないんだ」と言って、直さんは自分の缶ビールをそのまま口にした。
「俺は、この日が来るのを待ち望んでいた。和乃も三十八歳になる。比較的高齢な出産……、しかも、双子という状況に対して、俺も不安がない訳ではない。だが、和乃の結婚相手には、『医者の知り合いも多い』と手紙には書かれており、『産む準備は万端』という文字もある。俺が心配する必要もないだろう。俺は和乃の妊娠を心から喜んでいるんだ」
(!)
それは私にとって意外な話だった。離婚という形になったとはいえ、直さんは姉貴が好きで他の女性を自分に近づけないと考えていたんだけど……。
酔った私の頭が益々混乱する。直さんの話が続いた。
「美礼ちゃんから、『今日、男に振られる』という連絡があった時、正直、『またか……』と思いながらも、『じゃぁ、男と別れたら呑みにおいで』と、これも、いつもの通りに誘った。振られる理由も、いつもと同じ筈だし、『今度こそは、良い男を見付けるんだ』と、いつもと同じアドバイス……、というより、もう、口癖だな、これは……。まぁ、それは、ともかく、いつもと同じ様な話に終始すると考えながら、会社帰りにビールを買おうと駅前のスーパーへ寄ったんだが、ここで、ある人物と出会う」
「『ある人物』?」と私は思わず口にしていた。直さんは缶ビールに口を付けた後、続きを話す。




