【第3回】
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各々、二本目の缶ビールが空になり、直さんは立ち上がって、冷蔵庫へと向かい、三本目を取り出した。直さんと私、同じペースで呑んでいる。空になった缶を含め、早くも六本の缶ビールがテーブルの上に並んだ。
「私、直さんって、姉貴そっくりの考え方をしている気がするんだ……」
直さんは自分の事を話したがらない。過去にも酔った勢いで直さんに関する話を聞き出そうとしたけど、ことごとく失敗している。
「俺の話は、どうでも、いいじゃないか……」と、笑って誤魔化すんだ。でも、今日の直さんは少し違っていた。
「確かに、そっくりだよ……」
そう言って、言葉を紡ぎ始めたのである。
「和乃は、美礼ちゃんよりも性格的には厳しい女だ。一切の妥協を許さない。しかも、その判断は的確。見た目は『女』なんだけど、中身……、というより、脳そのものが『男』に近いんだろう。男と女では、その構造が違うというが、それを考慮に入れたとしても、そんじょそこらの男共よりも的確な判断が出来る。たまたま俺と和乃は、その考え方の方向性が一緒だった……」
(えっ!)
私は話の内容よりも、自らについて語り出した直さんに驚く。
(これは何かあったに違いないわ……)と、咄嗟に思った程。そう考えながら、私は直さんの話を聞き続ける。
「考え方が似ている所為もあり、相手が何を考え、どの様な判断をするのか、俺としても、ある程度推測出来た。しかも、それは九十パーセント以上の確率で外れない。和乃が、ある問題を提起し、その決断を口にする時には俺の方としても、その結論が何なのか解っているという訳だ。しかも、物事の判断基準も似ているから、俺の意見と異なった話は、まず出ない。それでも時折、意見の対立はあったが、お互いに相手の考え方が解っている為、妥協点も見付け易い。こんな言い方も変だが、和乃を『女』と認識した場合、男として色々と腹が立つ事もあった。しかし、『パートナー』とした時は非常に付き合い易かったのも事実だ」
直さんは、ここで、グラスではなく、缶に入ったビールを一気に飲み干す。続いて、グラスのビールも空にした。直さんとしては四本目となる缶ビールを冷蔵庫から取り出し、そのプルトップを開けながら、話を続ける。
「〈元〉が付く義妹である君に、お世辞を言うつもりはないが、和乃と比較すると美礼ちゃんの方が美人なのは確かだ」
(普段の直さんなら、こんな事、絶対に言わない! しかも、呑むペースが速い!)と、私は内心驚く。
「その上、君は和乃同様、類稀と言っても構わない程の判断力を持っている。プライベートな立場で、この判断力を発揮されると男のプライドは傷付けられるんだ。何だかんだと言って、付き合っている女性よりも優位に立ちたいと考えるのが普通の男だからな……」
「直さんは姉貴と付き合っていた時や、結婚した後、姉貴の行動や性格を嫌った事はなかったの?」
私は直さんの言動が、(変だ)と感じつつ、出来るだけ平静さを保ちながら尋ねてみた。
「和乃は特別だったよな……」と、独り言の様に直さんは話し始める。
「俺の場合、和乃の事は『女』としてではなく、人間として好きだったんだ。理論展開のさせ方や判断の的確さ等、自分で言うのも何だが、俺と同等、時には、それ以上のものを発揮させた。しかも、その方向性が同じだから、苦痛にならない。その関係は『恋人』や『夫婦』というものではなく『相棒』と言った方が正確だと思うが、何しろ、俺と和乃は馬が合った。和乃自身も俺に同様の話をしている。それを踏まえた上で俺は和乃を『女』として、和乃は俺を『男』として扱った。俺達にとって、そこには『男と女』という関係も存在したが、それよりも『相棒』という意識の方が強かったんだ。その為だろう。和乃が、『独立したい』と言い出した時も、(俺が当事者なら、そう考えるな)と思ったし、『離婚したい』と言い出した時も、(それで問題ないな)と納得した」
直さんは、ここでビールを缶ごと呷った。やはり、呑むペースが速い。でも、顔は多少、赤くなっているものの、アルコールに強い直さんの口調は崩れなかった。
「俺達の離婚を知った時、君の両親が俺のマンションを訪ねている」
その言葉に私は黙って頷いた。
「あの時、『うちの我儘な娘の為に、多大なるご迷惑をお掛けして……』と言いながら、君のご両親は土下座に近い恰好で謝罪したんだけど、俺は逆に、(どう対処したら、いいんだ?)と悩んで……、いや、困り果てていたんだ。和乃が遣りたい事は充分に理解していたし、俺も、その為には〈離婚〉という選択肢を選んで〈当然〉と考えていたしな……」
「あの時、大変だったんだよ!」と、私は口を挟んだ。
「私の両親は、『和乃の我儘で幸直さんに無理矢理、ハンコを押させたんだ。離婚届に……』と言って大騒ぎ。自分の娘よりも、直さんの戸籍に〈傷が付く〉事を本気で心配していた……」
「戸籍の件については君のご両親からも話があった。『本当に申し訳ない』と言われたが、俺は和乃に〈脅されて〉離婚届に〈判〉を押した訳じゃない。納得した上での行為だったし、あの時は本当に困った……」と言って、直さんは笑い始めた。しかし、その笑いは長く続かなかったの。
そして、手にしていた缶ビールを飲み干し、立ち上がって、冷蔵庫の中から、もう二本、缶ビールを取り出した。その内の一本を私の前に置き、もう一本を自分の前に置く。これで直さんは五本目だ。いくらなんでもペースが早過ぎる。私も、お酒は弱い方じゃないけど、まだ三本目の缶ビールには半分程、中身が残っていた。




