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富嶽娘  作者: 橋沢高広
1/11

【第1回】

 ※


 私と同じ会社に勤めるシステム部課長の大町幸直おおまち・ゆきなおが住むマンションに向かったのは、金曜日の午後八時十分を少し過ぎた頃だった。

 私の名前は、中島美礼なかじま・みれい

 会社の上司である、大町幸直を社内では、「大町課長」と呼び、プライベートでは、「なおさん」と呼んでいる。一方、直さんは私の事を会社で、「中島さん」と呼び、プライベートでは、「美礼ちゃん」、もしくは、「君」と呼んでいた。三十歳を超えた私に対して「ちゃん付け」で呼ばれるのは少し照れ臭いが、直さんに言われる分には余り気にならない。

 彼とは少し変わった間柄。かと言って、会社側にその関係が〈バレて〉も問題は、ないんだけど、「下衆の勘繰りを入れられてもなぁ……」という、直さんの意向もあり、二人の関係を明かしていない。

 私は、この日、男に振られた足で直さんのマンションに向かった。男に振られる事は既に、直さんへ連絡済みである。

 私にとって、男から別れ話を持ち出されるのは、いつもの出来事だった。今回もそう。何回か喧嘩した後、「重要な話がある」と言われたので、(また、振られるな……)と、覚悟はしたんだけど、その通りになったという訳。

 マンションのリビングに通された私は、そのままソファに座る様、告げられた。

 直さんは冷蔵庫から冷えた二本の缶ビールとグラス、そして、ミックスナッツが盛られた皿をソファセットのテーブルに置く。

「何ヶ月、持った?」という、直さんの質問に、「五ヶ月ちょっと」と私は答えた。すると、直さんは、「半年、持たなかったか……、半年が一つの〈壁〉なのかなぁ……」と言いながら、私の前に置いたグラスへと缶ビールを注ぐ。

「後は手酌な……」と言って、直さんは、もう一本の缶ビールを開け、自らのグラスに注いだ。

「取り敢えず、五百ミリリットルの缶ビールは十二本用意した。存分に呑めるだろう。約束通り、メシは食って来たな?」という、直さんの質問に、「男と別れた後、牛丼のチェーン店で牛丼を食べたし、大丈夫」と私は答えた。

「それなら、〈空きっ腹〉じゃないから、少しピッチを上げても問題ないな」と、直さんは言って、「何回目……、いや、何十回目の〈別れ〉だか知らんが、とにかく、お疲れさん」と、ビールが入ったグラスを私の前に差し出す。そのグラスに私のグラスを軽く当てて、一気に飲み干した。グラスの中が空になる。直さんのグラスも空になったのを確認して私は自分のグラスに缶ビールを注いだ。グラスの容量は約二百五十ミリリットルなので五百ミリリットルの缶ビールが一本空く。直さんもグラスにビールを注ぎ、空になった缶をテーブルの端に置きつつ、私に尋ねた。

「もう、そろそろ若い男から声が掛かり難くなったんじゃ、ないのか?」

「確かに、その傾向はあるけど、年上の人なら今でも頻繁に声が掛かるわ……」

 私、もう三十二歳。自分で言うのも何だけど、男性には人気がある。

 化粧の仕方が「格段に上手い」という側面があるものの、「そこそこの美人」だと自負しているのも確か。これは自意識過剰かも知れないけど、職業柄、「私は綺麗であるべき」という意識は常に持つ様、心掛けているんだ。

 二十代の頃は付き合う男を頻繁に替える「尻軽女」という忌まわしいレッテルを貼られた経験もあったけど、私は一度も男を「振って」いない。いつも男の方から離れて行く。その様な事情を多くの男性は知っており、男を頻繁に替える割には私の評判は余り落ちなかった。中には、「早く、あの男と別れてくれないか」と、〈順番待ち〉をする男性が、いたという話も聞いている。まぁ、これは半分、冗談だろうけど……。

 グラスのビールを口にしながら、直さんが話し始めた。

「美礼ちゃんの場合は性格に問題があるしなぁ……。決して、それは〈欠点〉じゃないんだけど、男として、その性格を目の当たりにするとつらいんだよ……」

 私も自分の性格は、よく知っているつもり。コスメティックサロンに化粧品等を販売する職業の為、日常的に化粧品等のプロを相手にしている。それが要因となり、厳しい相手の要求や考えを逸早いちはやく察知する能力は鍛えられていた。しかも、無理難題を言われた時の対処方法も身に付けているから、ここ数年、顧客先と大きなトラブルを起こしていないわ。まぁ、若い頃は得意先の人と喧嘩をした事もあったけど……。だから、仕事と割り切った時の性格は顧客にも、社員にも評判が良いんだ。良い意味での八方美人だと自分でも自負している。だけど……。

 直さんの言葉が続いていた。

「毎度の話になるが、君の仕事振りは小耳に挟んでいる。妥協を許さないコスメのプロを前にして、美礼ちゃんは的確な判断を下す。それが君の『売り』なのだが、男の前、特にプライベートな時に、それをられると男の面子めんつが成り立たなくなる事態にもなり兼ねない……」

「『俺の判断が、そんなに気に食わないか?』ってね。何度も、それで喧嘩になったわ」

 私は二本目の缶ビールを開け、グラスに注ぐ。

 男の人には『男性としてのプライド』があるのは充分に承知しているつもり。女が「引かないといけない場面」があるのも解っている。でも、私は、その様なシチュエーションでも妥協はしない……、というよりも、出来ない。私は自分の意見、そして、判断結果を相手に伝えないと気が済まないんだ。もう、これは癖みたいなもので、(今回は大人しくしよう……)と思っていても、気が付くと、言葉を発した後だったというのが、いつものパターン。

(あっ! やっちゃった!)とは思うんだけど、一度、口から出た言葉は元に戻らない。これで男の人はプライドを傷付けられ、これが何回か繰り返されると、「君とは長く付き合う自信がない」と、毎度お馴染となった台詞せりふを吐かれ、捨てられるの。

 私にも学習能力が〈ない〉訳ではない。だから、男に捨てられる度、(今度は気を付けよう)と、考えるんだけど……。どうも、上手く行かないんだ……。これが……。

「それに美礼ちゃんは結婚に対して真剣なんだよな。これも悪い話じゃないんだけど、男にとっては物凄いプレッシャーになる。君に対しては、『取り敢えず、付き合ってみて……』という考えが通用しないのを男達は知るんだ」

 そう、直さんの言う通り。私、結婚願望が強い。それでも幸せな結婚生活を送るには、相手の男性をよく知る必要もあり、「取り敢えず、お付き合いしてみましょう」という処から始めている〈つもり〉なんだけど、どこかで「結婚」の二文字が強烈に現れてしまうみたい。これも注意している筈なんだけどなぁ……。

 判断した結果を口にしたり、結婚に対する強い願望を出さない様にしたりと、それなりに努力はしているけど、真摯になれない部分があるのも事実。それは、直さんという存在がいる為なんだ。

 直さんは私の姉貴と結婚した人。十年前に社内結婚した。そして、離婚もしちゃったけど……。

 私と直さん、プライベートでは「元・義理の兄と妹」という関係。その上、直属ではないけど、会社内では上司と部下という関係でもある。ちょっと複雑な関係なんだ……。

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