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世界を変えるための冒険

作者: 天理妙我

「ごめんなさい。心臓が九十回鼓動するまで次の質問はしない約束でしたが、まだ五十五回です。どうしてこんなことを始めたんですか」


「うん。沈黙というやつを味わってみたかったんだ」


「沈黙を破ってしまいました」


「いいさ。築かれたものはやがて滅びるんだ」


「ウィルスの話をしましたか」


「三度ほど」


「ウィルスが地上に広がっていくんです。まるで地球を呑み込むみたいに」


「恐いよね。ミクロでは僕らがウィルスを吸い込むのに、マクロではウィルスが僕らを呑み込んでいくんだ」


「世界の果ての話はしましたか」


「いや、まだ聞かないね」


「世界の果てには鏡色のカメレオンがいるんです」


「世界に果てがあるんだ」


「もちろんです。まあるい大福だって、端から端までが大福です」


「そうだね。そうだった。それで、鏡色のカメレオンはなにをするの」


「世界から出て行こうとする冒険者に話しかけるんです」


「世界から出て行こうとする冒険者」


「世界を変えるために旅に出るんです」


「勇敢だね。好きだな、そういうの」


「鏡色のカメレオンは世界から来た冒険者に聞くんです。何をしに世界の外へ行くのかって」


「それで」


「冒険者は答えます。世界を変えるために旅に出るんだって」


「さっき聞いた通りだね」


「ところが鏡色は、世界を変えるために世界から出て行くだなんて、そんなおかしな話は聞いたことがないって、決まって言うんです」


「聞いたことがないって、決まって言うんだ」


「世界を変えるための冒険者は多いんです」


「そうなんだ」


「ところが冒険者は破天荒で未曾有で、前代未聞で前人未踏のことをするつもりで得意になって、世界を根底からひっくり返すような、そんな大発見をして帰ってくるんだなんて言うんです」


「そのつもりなんだろうね。きっと世界は誰かが変えなきゃならない状態なんだ」


「鏡色は笑います。君は世界の中にいたじゃないか。そこでなにをしたんだい。世界の内側に背を向けて、こんな世界の果てまで来てさ。今度は世界から落っこちようっていうのかいって」


「鏡色は解ってないよ。何かを変えるとき、やっぱり外側からじっくり眺めてみる必要があると思うな。全体像っていうか」


「鏡色は真顔になって口を開きます。驚いた、君はまるで世界地図を見ながら公園から最寄りの駅までの道順を探せるように言う」


「そうじゃないよ。問題は根深いんだ。公園から最寄りの駅の間に解決の糸口があるような簡単な話じゃなくて、そう、表面的じゃないんだ。世界の真ん中に歪められた真実があるんだよ。それを正さなくちゃ」


「鏡色は言いますよ。ではどうして世界の真ん中を目指さないんだい、ここは世界の果てだよ、この先にはなにもない」


「そんなはずない。なにかあるはずなんだ。僕に世界の真ん中は目指せない。そこは障害だらけで、今の僕はそんなに強くないんだ。世界の外側に行けば、きっと」


「本当の自分が見つけられる」


「……」


「同じことなんだよ。自分の外側に本当の自分を探したってなんにもならない。自分の内側をのぞいてごらん。自分が変わろうとする限り、変われる可能性はいくらでもあるんだ。自分の外側にそれを求めても、解るね」


「僕はどうすればいい」


「世界を変えるんだ。本当の世界、本当の自分なんて幻想は捨てて、自分の望む自分に少しずつ近づけばいい。あるいは、それは逃げ水のように思えるかもしれない。君の言う障害にぶつかるかもしれない。でもね、それは君が変わっている証拠なんだ。今の自分から逃げるのではなく、今の自分を変えていくんだ。そのときに世界は変わる」


「僕にできるだろうか」


「君はいま、できないと言わなかった。世界の外側に向かうことばかり考えていた君が、世界と向き合えるだろうかと考え始めた。君は変われるんだ。君の世界と一緒に」


「僕は、なにをすべきだろう」


「君がすべきと思うことさ」


「引き返すよ。世界の方へ。そしてきっと、世界の真ん中に。そう、僕自身、僕の世界の真ん中に」


「大丈夫。君にはできる」


「ありがとう。鏡色」


「ふう。おしまいです。これが世界の果てにいる鏡色のカメレオンのお話です」


「世界から出て行こうとする冒険者に話しかけるんだったね」


「そうです。世界を変えるために」


「よし、今度は百回心臓が鳴るまで黙っていてみようか」


「わたしにできるでしょうか」


「その可能性はあるはずだよ」

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