表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

優しいストーカー  

作者: ミスターT


 私は、孤独を好む。そういうとクールで格好よく聞こえてしまうが、ただ単に集団が苦手なのだ。だから、一人暮らしの今の生活には満足だ。自宅のパソコンを使い、株や商品相場で、わずかながらの小銭を稼いでいる。波風を立てずに、静かに暮らすことが、自分にとって、唯一の幸せだと思っていた。そう、あの日までは。


 ある日、いつものスーパーに向かう途中で、ちょっとしたトラブルに遭遇した。私は、そういうのに巻き込まれたくないタイプの人間である。卑怯者と言われるタイプだ。銀行から出てきたばかりの中年女性が手にしていたバッグを、若い男がひったくって逃げたところを目撃してしまったのである。

「誰かその男を捕まえて。」

中年女性が叫んだちょうどその時、犯人の若い男が、走って俺の前を横切ろうとしていた。私はとっさに、左足を横に伸ばした。若い男は俺の脚につまずき、派手に転倒した。

「何しやがる。」

男は、私を睨み付けてきた。私は、それを無視し、道路に転がっていたバッグを拾い、後からやってきた中年女性に渡した。

「この野郎、喧嘩を売ってるのかよ。」

男は私の腕を掴んできた。

「もうすぐ警察が来ますよ。110番しましたから。」

「ちっ。」

男は、逃げて行った。

「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。」

中年女性は何度も何度も、頭を下げて、私に礼を言った。私がやったことは、左足を横に出しただけである。それで、こんなに感謝され、喜ばれるとは思ってもみなかった。

 私は、人助けも悪くはないなあと思った。


 次の日から、人間ウォッチングをするようになった。何かトラブルが起きないかなあと、不謹慎なことを考えながら、観察をしていた。困っている人を助けたいという欲求が芽生えてしまったからだ。しかし、そう度々、トラブルが目の前で起きることなどないのである。何か良い方法がないか考えることにした。

 一晩考えた。人助けをする対象者は誰でもいい。別に謝礼や感謝の言葉もいらない。ただ、自己満足を得られればいいのだ。私はルールを決めて、人助けをすることにした。ルールは必ず守らねばならない。


ルール① 人助けの対象者は誰でもいい。希望は募らない。

ルール② 対象者は、その日、外ですれ違った100番目の人とする。

ルール③ 知人は対象者から外す。

ルール④ 対象者を決めたなら、対象者のことを調べあげ、困ったことや悩みを、必ず、解決する。

ルール⑤ 人助けが終了するまで、次の対象者は見つけない。


このルールのもと、私は動きだした。


ケース① OL 瞳


 次の日の夕方、私は駅まで歩いた。あえて、人通りの少ない道を選び、すれ違う人数を数えた。駅に近づくにつれ、人が増えてくる。97、98、99、100。対象者が決まった。25、6才の女性である。人知れず助けるのであるから、声などはかけない。私は彼女を尾行した。見たところ、仕事を終えて帰宅する途中という感じである。まっすぐ帰るのか、それとも誰かと会うのか。私はドキドキしてきた。人付き合いが苦手な私だが、こういう関係なら問題ない。

 彼女は駅から電車に乗った。当然、私も電車に乗り、後をつけた。電車は終点に到着した。渋谷である。帰宅するのではなさそうだ。彼女は駅ビルのトイレに入った。さすがに女子トイレまでは、ついていけない。私は、外で待った。10分ほどで、彼女は出てきた。化粧が濃くなっている。なるほど、これからデートってわけだな。私の勘は当たっていた。

 彼女は同じ駅ビルの喫茶店に入った。私も同じ店に入る。彼女は、さかんにスマホの画面を見ている。男と連絡を取っているのだろう。すぐに、若い男が入店してきた。彼女の顔が明るくなった。この男が彼氏だな。二人は店を出てた。

 向かった先は、駅から10分ほどのレストランだ。メインの通りの裏にある小さな店だ。中は若いカップルで賑わっている。一人で入るのには、勇気がいるが、ルールを守らねばならない。私は、店に入り、店員に一言話した。

「一人ですがいいですか。」

「もちろん、結構ですよ。こちらにどうぞ。」

案内された席は、運よく、二人のすぐ近くであった。ここなら、二人の会話が聞こえるはずだ。

「瞳、話しがあるんだ。」

「話って何?どうしたの、真剣な顔しちゃって。」

何やら真面目な話をし始めたようだ。私は会話に集中した。

「実は、好きな人ができた。別れてくれ。」

「そんな。何よ、久しぶりに連絡が来たと思って、喜んできたのに、何よ。」

彼女の目から、涙が溢れてきた。彼女は席を立った。

「あんたなんか、死ねばいい。」

彼女は、捨て台詞を投げつけ、店を出て行った。彼女の悩みが聞けた。望みを叶えねばならない。ルールは絶対である。私は彼女を放っておき、男の方を尾行した。男は、やれやれといった感じで、頭をかきながら歩いていた。電車に乗り、到着駅で降り、住宅街に入っていく。人通りが少なくなり、辺りも暗くなってきた。私は背後から近づき、ナイフで男の背中を刺した。致命傷を与えるため、何度も繰り返し刺した。男の呼吸は止まった。

 彼女のトラブルは解消した。人助け終了。



ケース② 風俗嬢 しおり


 翌日も人助けをしようと思い、駅に向かった。97,98,99,100人。対象者が決まった。綺麗なお姉さんだ。今日は、この子を助けられると思うと嬉しくなった。

 女は化粧が濃く、いかにもこれから夜の町に行きますみたいな姿である。彼女が向かったのは新宿の歌舞伎町であった。きらきらと派手な電飾の看板が掲げられている、怪しい店に入っていった。店はソープランドであった。私は金を払い、店に入った。男性定員が、にこにこ顔で話しかけてきた。

「当店のご利用は初めてですか、、、、」

店員は店のシステムを細かく説明している。

「指名の子はいますか?」

その質問を待っていた。

「今、この店に入っていった子がいいです。」

「しおりさんですね。ご指名ありがとうございます。」

私は、奥の部屋に案内された。しばらく待つと、しおりがやってきた。

「こんばんは。ご指名ありがとうございます。」

やってきたのは、間違いなく尾行した女である。私は、財布から10万円ほど出し、彼女に渡した。

「サービスはいいから、話をしたい。これは、そのお礼。」

「まあ。こんなに頂いていいの。嬉しいわ。いっぱいサービスしちゃうけど、ほんとに、サービスしなくていいの?裸、見たくないの?私、ナイスバディーだけど。」

「そのままでいいよ。ああ、俺は雑誌の記者でね。綺麗な子限定で、話を聞いているのさ。

風俗嬢の悩みっていうタイトルでね。」

私は、記者のふりをして、話を聞き出すことにした。

「そうなのね。いいわよ。いっぱい話しちゃう。」

「俺が聞きたいのは、本音を聞きたいんだ。ぶっちゃけて言うと、しおりさんが話したくないことを聞きたいんだ。ホントの一番の悩みをね。泣きたいくらいの悩みを教えて。」

さっきまで笑っていた女から、笑顔が消えた。

「私ね、借金があるの。それを返すために、ここで働いているんだけど、なかなか元金が減らないで、それば一番の悩み。」

「そっかあ、どこから借りてるの?」

「もとは金融機関だけど、返済できなくて、簡単に言うと、この店に売られたの。だから、今はお店に返済しているの。」

「で、あとどれくらい?」

「あと、多分2000万円くらい。」

「それは、大変だね。」

「ちょっと、待ってて。」

彼女の悩みを聞くことができた。望みを叶えねばならない。ルールは絶対である。私は、部屋を出て、先ほどの店員に話をし、オーナーを呼びつけた。オーナーは5分ほどで店にやってきた。いかにも悪そうな顔つきである。しかし、顔とは違い、言葉使いは丁寧であった。

「私が、この店のオーナーの山田と申します。これからも、御贔屓にお願いします。それで、何か話があるということですが、何でしょう。嬢が不手際をしてしまいましたか。」

私はストレートに話した。

「しおりの借金を肩代わりしたい。いくら出せばいいのか教えて頂きたい。」

オーナーの顔色が変わった。

「そういう話は原則、お断りしているのです。」

「しおりさんからは、あと2000万円と聞きましたが、この店と山田さん、あなたが気に入りました。倍の4000万円を出します。それで、彼女を自由にしてもらえませんか。」

オーナーの顔が再び変わった。

「原則、お断りなのですが、そういう事情でしたら、お引き受けいたします。それで、いつ支払っていただけるのですか。」

この金の亡者め。

「2時間後、キャッシュで持ってくるというのでは、いかかでしょう。」

「了解いたしました。お待ちしております。」

「では、証文と、あと、しおりさんを待たせておいて下さい。」

私は、自宅から、4000万円を持ち、再び、店に戻った。オーナーに金を渡した。そして、一言だけ伝えた。

「俺の耳に、しおりさんが自由になっていないという情報が入ったなら、倍返ししてもらうからな。覚えておいてくれ。」

 私は店を出た。彼女のトラブルは解消した。人助け終了。



ケース③ 会社員 滝川


 三日後、再び、人助けをしようと、駅に向かって歩いた。97、98、99、100人。対象者が決まった。今度は男性だ。スーツにビジネスバッグ姿の男である。いかにもサラリーマンのいでたちである。私は尾行した。男は駅近くの居酒屋に入っていった。ここなら気兼ねなく入れる。男は、慣れた様子で店の中を歩いていった。中には同じようなスーツを着ている数名の男が待っていた。同じ会社の同僚に違いない。仕事帰りの一杯なのだろう。私は、近くの席に座った。

「遅いよ。滝川。何飲む?ビールでいいか。すみませーん、生一つ追加。」

「課長、遅れてすみません。ああ、のど乾いた。」

たわいもない会話が聞こえてきた。今日の対象者は外れだな。何も心配事などなさそうに、呑気にお酒を飲んでいる。今日は帰りたい。しかし、ルールは絶対である。男の悩みを聞いて解決しなければならない。会社員たちのお酒のペースは早い。滝川という名の男も、既に酔っぱらっている。

「我々、サラリーマンな辛いよなあ。毎日、毎日、働いてさ。ね、課長、給料上げて下さい。」

一番、若い男が課長にからんでいる。それを見て、滝川が大きな声で話した。

「そうだようなあ。女はいいよなあ。適当に働けばいいんだから。いざとなれば、体でかせげるもんな。楽だよなあ。羨ましい。俺も女になりてえ。体を売って稼ぎたいよ。」

おう、滝川の悩みを聞くことができた。解決しなければならない。


 私は、それから、滝川の自宅まで尾行した。場所は八王子駅近くのマンションであった。どうやら、一人暮らしのようだ。私はいったん、帰宅に戻った。必用なものを準備し、車で、八王子に向かった。

 深夜、辺りが寝静まったことを確認して、滝川のマンションに入った。滝川の部屋は二階の角部屋だ。私は工具を出して、ドアのロックを解除した。部屋に入ると、男の寝息が聞こえる。酒を飲み、大騒ぎして、きっと熟睡しているのであろう。私は、寝息に向かって歩いた。ハンカチを右手に持ち、眠っている男の花と口を塞いだ。ハンカチにはクロロホルムが染み込ませてある。私は男をかついで、部屋を出た。滝川は男としては、背が低く、体重も軽かったので、車まで運ぶのに苦労はしなかった。私は男をある場所まで運ん

だ。

 向かった先は、新宿にある高級マンションの一室である。表札も看板も出ていない。私は、インターホンを鳴らした。

「どちら様でしょう?」

「予約した滝川です。」

ドアが空き、女が出てきた。ここは、病院である。といっても、普通の病院ではない。もぐりの医者が開業している「裏病院」だ。基本、金を積めば何でもやってくれる。中から院長が姿を現した。

「この男だな。」

「そうです。電話で話した通りです。それで、治療費はいくらですか。」

「そうだなあ。1000万円でどうかな。」

「分かりました。」

私は、鞄から500万円を出して、渡した。

「残りは退院の日に、持ってきます。」

「よかろう。できれば、あと300万ほどだせば、オプションをおつけしますが。」

全く抜け目がない奴だ。私は、鞄がら、300万円を出した。

「退院の日が決まったら、連絡下さい。残金の500万円を持ってきます。では、宜しく。」

 私は病院を後にした。


 2か月後、病院から連絡がきた。私は滝川を迎えに行った。

「院長、残金です。滝川を連れてきて下さい。」

「滝川君なら、目の前に立ってるよ。」

目の前にいるのは、ワンピースを着た女性だ。

「手術は大成功です。完璧に仕上がってますぞ。オプションの顔の整形も上手くいったよ。」

そう、私が頼んだのは、性転換手術だ。滝川は望み通り、女に生まれ変わったのだ。だが、これでは、まだ望みの半分だ。ルールは絶対である。

 私は滝川を連れて、歌舞伎町に向かった。ソープランドだ。店に入り、オーナーを呼び付けた。

「これは、これは、その節はお世話になりました。」

「その後、しおりさんはどうしている。」

「しおりは実家に帰りました。あなた様に会いたがっておりました。」

「今日は、この子を雇って欲しいと思って、やってきたんだが。どうだろうか。」

「なかなか美人ではないですか。もちろんOKです。で、いかほどで。」

「適当に見積もってくれ。」

「それでは、1500万円ではどうでしょう。」

「1300万円で手を打とう。残り200万円は、従業員で分けていいぞ。」

滝川よ。これで、願いは叶ったな。女になり、体を売って稼げるぞ。人助け終了。



ケース④ 婦人警官 大石あかり


 人助けは楽しい。もっと、困っている人を助けてやりたい。私はこの日も駅に向かって歩いた。97、98、99、100人。対象者は決まった。制服を着ている女性だ。婦人警官である。まだ、新人のようで、先輩と思われる、もう一人の婦人警官と歩いていた。俺は、尾行した。

「あかりさん、仕事は慣れてきたかしら。」

「先輩、まだまだです。ただ、難しかったり、怖かったりする現場に遭遇してないのがラッキーです。」

「そのうち、必ず、あるはずよ。変な人、多いから。」

私は、若い婦人警官の胸元を確認した。名札に「大石」と書かれている。大石あかりが名前のようだ。二人は、停めてあったミニパトに乗り込んだ。私は、しまったと思った。車で行かれては、さすがに尾行の続行はできない。ただ、念のため、車のナンバーを覚えた。おそらく、新人の教育中なのであろう。ならば、明日も、ここに来るかもしれない。私は、しばらく、この時間に、この場所を見張ることに決めた。

 私の読みは当たっていた。三日後、ミニパトがやってきた。中から、この前と同じ二人組の婦人警官が出てきた。今日こそ、悩みを聞いてやる。

「そういえば、この前、練馬で起きた通り魔の事件、知ってるわよね。」

「はい、先輩。もちろん知ってますよ。」

「あの被害者の彼女が、このあたりに住んでいたそうなの。」

「そうなの?じゃあ、犯人がこの付近にもいる可能性もあるのね。怖いわあ。もし遭遇したらと思うと、どうすればいいのか悩んじゃうわ。」

「何言ってるの、あかりさん。犯人がいたら、即逮捕よ。あなたも警察官なんだから。」

「はい。先輩。わたしが、犯人を捕まえます。絶対に捕まえちゃうぞ。殺人者は許せない。刑務所に入らなければいけない。」

「その気持ちが大切よ。」

対象者の悩みが聞けた。そして望みも聞けた。ルールは絶対。守らなければならない。

 私は、待たせていたタクシーに乗り込んだ。

「前のミニパトの後をつけてくれ。」

タクシーはミニパトを追った。そして、ミニパトは所轄の警察署に戻っていった。私はタクシーを降り、警察署の前で待つことにした。あの婦人警官、大石あかりを。

 大石あかりは、夜9時過ぎに警察署から出てきた。当然、制服姿ではなく、可愛らしい私服であった。私は彼女の後をつけた。人通りが少なくなったところで、声をかけた。

「大石あかりさんですか?」

彼女は突然、名前を呼ばれ驚いている。

「は、はい。何か?」

「大石さん、あなたの望みを叶えてあげます。俺は、練馬の通り魔の犯人を知っています。」

「えっ。」

彼女は携帯を出した。そして、どこかに電話をかけ始めた。おそらく、自分の勤務している警察だろう。

「一つだけ約束していただければ、犯人を教えます。」

「約束とは何ですか?」

「あなたに、逮捕してもらいたいのです。」

「えっ。わ、分かったわ。私も警察官なので逮捕はできます。」

「良かった。犯人は俺です。私が、渋谷で男を刺しました。これが証拠です。」

私は、凶器のナイフ、血の付いたナイフを道路に投げ捨てた。そして、両腕を前にだし

捕まえてくれという意思表示をした。

「自首します。逮捕して下さい。」

パトカーのサイレンの音が近づいてくる。

彼女はバッグから手錠を取り出し、私の腕に優しくかけた。

 彼女の願いは叶った。人助け完了。


 ルールーは絶対。守らなければならない。 (終)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ