表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天錦宝史伝 〜新戦記編〜  作者: 花歌
第5章 〜双光輝く玉〜
43/63

鬼神

 案内されたのは小さな賓客用の部屋だった。碧と白の王族が訪れていることはもちろん公になっていないし、藍も祈真も橘王の私人ということになっているから、部屋もいたって平凡だった。

 それで良かったと藍は思う。

 色々と考えたい今、目につく豪奢な飾りのある部屋は避けたかった。すぐ近くの縁に腰掛け、それなりに整えられた庭をぼんやりと眺める。天竜の村で世話になった村長の家造りがよく似ていた。

「月の神子……」

 ぎゅっと、上衣の上から勾玉を握ってみる。

 ――私がそれなのか。

 嘉瀬村を倒す碧の宝、ではなく鬼神を倒す月の神子の再来。

 嘉瀬村を脅す理由は既に出来上がっている。今の柳瀬が神の血を継いでいないことを公にしてやればいいのだ。そうすれば、紅南国民の反乱を恐れ慌てて碧から兵を撤退させるだろう。碧の国は復活し、民は自由を取り戻すことが出来る。

 しかし、本当にそれで民が幸せになれるのだろうか。

 嘉瀬村に憑いている鬼神が滅びない限り、禍は深まり、荒廃は進むだろう。夜叉が、干ばつが、嵐が増えて、おそらく人もたくさん死ぬ。

 藍の幸せは民が幸せであることだ。今は碧の為に尽力しているが、もちろん、世界の全ての人に幸が訪れるのなら、これほど素晴らしいことはない。

 現在、世界では餓死や戦、夜叉や流行り病などで年間数十万が寿命以外で亡くなっていると言われている。実際はもっと多いだろうし、昨年は碧と紅の戦があったから、稀に見ないくらいその数も増えているはず。

 例え鬼神を倒した所で、全ての人が完全な幸福を得ることはない。そんなことはもう十分分かっている。

「ただ私が欲張りで、我が儘なだけなんだ……」

 ぱたっと後ろに倒れ、藍は呟いた。手を陽にかざし、眩しい光を遮る。

 碧の民だけよりも世界中の人、という一人でも多くの人に幸せになってほしいと思う、己の欲。そして藍がそこまでしたいと思うのは、自分ばかり幸せになれても、周りが同じでなければ目覚めが悪いから。その我の強い性分。

 鬼神を倒せるのは藍だけだというが、藍にその気があるのかないのかで変わってくるような、生優しいものではないことは分かっている。藍と鬼神はいづれ遭遇し、どちらか一方が――おそらくその時に消えるのだろう。その後、世界がどう動いて行くか藍には予想がつかない。

「よお。藍」

 パタン――と、部屋の扉が突然開いて、藍は振り返った。声が祈真だと分かっていたから、何も構えていなかったのに、彼の腕に大きな鳥が――鷹が止まっているのを見て仰天した。

「これは連絡の手段」

 藍の表情を見て察したらしい祈真は、鷹の口端をなでながら言った。

「こいつで仁多と橘を繋ぐ。脚に文を括り付けるんだ。さっき王に借りてきてね」

 文、と藍は問い返す。祈真は頷くと、逆の手に持っていた紙と墨と筆を藍に突き付けた。

「藍も書け」

 一瞬ぽかんとしたが、すぐに意味を悟って藍は頷き、紙や筆を受け取る。

「白軍と西軍どちらを?」

「両方だ。軍部を含む官も碧に助力することには納得してるし。紅南国がこのままでかくなったら、次に危ねえのは白西国だ。そこら辺の危機感は皆持ってるだろ」

「紅南国現王が柳瀬ではないことと、そのせいで世界が荒れていることを知れば、ますます募るな」

「お前にとっちゃ有利だろ」

 藍は苦笑した。

「そうだな。味方は多い方がいい」

 藍は筆を取った。無事旅を終え橘に着いたこと。王と会い、言葉を交わしたこと。これからも話し合う予定があること。祈真いわく、議会で伝えられるであろう公務的な文だというので、藍を保護してくれただけでなく、橘に行くという我が儘も許可してくれたことなどについて、もう一度礼を含めて書いて置いた。

「本当に嘉瀬村が鬼神なら、殺すのに誰も反対しないだろうな」

 藍はぽつりと呟いた。祈真は藍を見る。

「きっと誰も気付いてない。朱雀城に住む者達だって自分達の国を治めるのが死の象徴である夜叉だとは思わないだろう?」

 おそらくは昴でさえも、自分の父親が夜叉に取り憑かれているなどとは思っていないはずだ。

「……殺すのか」

 言う祈真の表情は真剣だった。鋭い刺のようなその言葉に、藍の心は僅かに揺れる。

 ――殺す……。

 そうだ。夜叉を滅ぼす、ではなく嘉瀬村を殺す。きっとそういうことなのだ。いくら禍の世をなくすためだとはいえ、碧の国の長姫が紅南国王を殺すという図式は変わらない。

「そうだな。きっと殺す……んだろう。私は」

 筆を置く。深く息を吸う。

「私ほど嘉瀬村を斬るのに適した者は何処にもいない。父母を殺され、家族を、友を消され、国まで奪われて……ついでに三千年も前からの因縁付きなんだから」

「お前の意思はどうなんだ?」

「……鬼神を消したい。正直、嘉瀬村はもういい」

 祈真は解せない様子で藍を見ている。無駄に整った面を歪めている彼を見て、藍の唇から勝手に笑い声が洩れた。

「嘉瀬村のことは昴に任せたから。彼は憎いけど、昴は好きだ。昴はいずれ王になると私に言ったし、私もそう思うから」

「けど、遥世によると、今の柳瀬は悪の神の血を引いてない。ってことは昴は日の神子の血を引いてないことになるぜ?あいつが王になったら例え鬼神がいなくなっても、やっぱり禍の世は続くだろ」

「うん。わかってる」

 ――彼は真実を知ったらどう思うだろう。

 ふと藍は思った。

 藍と昴が離れたのは、お互いが善と悪という対比した存在であったということと、彼が紅南国の王族であり、藍が碧の国の姫という立場の違いがあったからだ。

 だから、遥世に「今の柳瀬は神の血を引いていない」と言われたとき、瞬間的に、また会えるのだと思ってしまった。昴が国を治めることが出来ないなら、柳瀬でないなら、日の神子の末裔でないなら――昴と藍はただの人と王族になる。一緒にいることが出来ると。

 その自分の身勝手さに気付いたとき、藍はあまりのことに呆然とした。

 昴は紅の民が愛しいと言ったのに。国が大切だと言ったのに。それを聞いて笑った藍が、彼がそれを成し遂げることが出来ないと知って、喜んでしまった。

 ――なんて私は……愚かなんだろう……。

 結果から言えば、昴が藍の傍にいることも、藍が昴の傍にいることも叶わない。なぜなら、彼は嘉瀬村の息子だから。

 藍は鬼神を倒そうと思っている。鬼神を倒せれば、より多くの人が幸せになるのだから、藍の欲は最高の形で叶うのだ。自分の願望に変えられるものはない。

 しかしそれは同時に、藍の幸せを伴う昴の父親を殺すことでもある。

 昴は父王を憎んでいた。けれどきっとそれだけではなかったはずだ。彼はきっと、心のどかで父親を愛していた。

「多分、私が鬼神が取り憑いた嘉瀬村を殺しても、昴は許してくれる。むしろ、私の今の境遇と世界を見れば、それこそが正しいことだったと思うはずだ。けれどそうなったら、私は永久に昴を思わないで忘れようと努めるだろうな。きっと、一生会いたくないと思うよ」

 結局、昴が日の神子の末裔であってもそうでなくても、藍が幸せになりたいと――己が欲を満たしたいと――たくさんの人が幸せになってほしいと思う限り、昴には会えないのだ。そして藍のこの欲は絶対に変えられない。

「私、仁多王との婚約、考えてみる」

 出し抜けに藍は言った。祈真は驚きもせず、否定もせず、ただじっと藍を見ている。藍は安心させようと笑った。

「大丈夫。確かに昴のことは好きだった。けれどそれは……無邪気な子供のものだよ。私は幸せになりたい。その為には周りが見えなくなるぐらいまで、鬼神を倒すことに没頭する。それが上手くいって、碧の国を建て直して、そしたら――」

 いい白の王妃になって、いい碧の統治者になれるよう、頑張る。

 その言葉が自分の口から飛び出した時、胸がざわざわするのを、確かに藍は感じた。


      


 藍が書いた文を鷹の脚に縛り付け、その場で飛ばし、祈真は自室に戻った。もう橘には何度も来ているし、その都度同じ部屋に通されているので、客間を「自室」と勝手に断言している。

「あの莫迦」

 あんな弱々しい表情で、何が婚約を考えてみる、だ。

「だからガキは嫌なんだよ」

 自分もその年頃を抜け出すか否かという時であるにも関わらず、祈真は乱暴に毒づいた。

 藍も昴も、そして自分の弟である莢生でさえ、愚かなことこの上ないと思う。なんだって揃いも揃って他を優先させるのだろうか。そしてその莫迦みたいな気遣いが周りを――正確には自分を苛立たせていることに気付けないのだろうか。

 祈真に藍を任せて国へ帰った昴は、感情を殺していた。どんな御託を並べようが、どれだけ己を納得させていようが、確かに彼にとっての藍は、何よりも優先させるべきものだった。

 そして藍も、昴を一番に思っている。一国の姫から主へと成り代わっている今、彼女は役目に従順なことこの上ないが、端から見たその姿は、弱気な女でしかない。

 どうして好きに生きようとしないのだろうか。祈真は好きで大司空を務め、好きで仁多と橘の行き来をしている。なぜなら、前者は自分勝手なことをしても位が高い為誰も文句を言わないからで、後者は遥世がいるからだ。大司空と王として正式に会ったのは三年前だが、国交関係で祈真も遥世もお互いの国を父王に連れられて行き来しているから、二人は小さい頃からの顔見知りでもある。冷静な態度と、女にはかなり受けるはずの自分の容姿に眉一つ動かさない図太い神経の持ち主を、祈真は気に入っていた。もちろん本人に言えば、「たかが大司空のくせに上からもの言ってんじゃないわよ」と軽くあしらわれるであろうが。

 祈真が大司空という位に就けたのは、莢生のおかげだ。有能かつ穏和で思慮深い自分の弟を誰よりも敬愛している。

 祈真には幼い頃から王になるという道が引かれていた。政について学ぶよりも剣技を習う方が好きだったけれど、だからといって王以外のものになるなど考えたこともなかったし、同時に自分が将来国の頂点に立つことにも興味はなかった。それが当然の道だったからだ。しかし、当時同じくまだ幼かった、三つ下のまだ十歳にしかならない莢生は、その口で祈真に言ったのだ。

 本当に国を愛しているのなら、王になるな、と。

「兄上は優れた方です。才も武も誰にも劣らない。国一番と言っても過言ではありません。だから貴方は国の目であるべきなのです。王になるのはわたしで良い」

 今から約百年前、禍の世が始まってから、白西国の完全な律令制はしかし、機能しなくなっていた。汚職と暗殺が城では相次ぎ、冤罪と内乱で国は荒れる。

 どの王も、国を建て直そうと躍起になり、そして気力をなくしていった。最高峰と言われる白の政治の仕組みこそが、苛酷な状況下にある国の王を、傀儡へと仕立て上げていた。

 王は利用される存在だったのだ。百年の間に賢王の素質を持たぬ者がいなかったわけでもなかったし、実際に祈真と莢生の祖父である仁多建吉たけきなどは、太子時代、並々ならぬ才能を供えた若君だと唄われていた。それでも私欲の為に位の高い官は、王になった彼を騙し、欺き、媚びを売り、権力を利用して政を混乱させた。建吉王は結局、失意の中その生涯を終えた。

 王は人形。

 莢生は祈真などよりもずっと、それを理解していた。だから、自分が人形を努めるから兄上は臣下になり自分を操れと、そう言った。

「わたしは足が不自由だから尚更いい。いつでも暗殺出来る状態にあるから、逆に誰も手を出さないでしょうし、兄上の良い臣下になるには少しばかり手間がかかります。玉座に座るだけの王に向いているでしょう」

 言われて、祈真には分かった。どうして自分がずっと王位に興味を持てなかったのか。それは、自分が王になっても国を潤すことが出来ないと、どこかでわかっていたからなのだ。

 藍と昴は似ている。あの二人は民を「導く」王になれる。上に立ち、民を愛し、民の幸せの為に尽くす者達だ。これが出来る王はそういない。大概が民を「制御」し、幸を作らせる、民自体を高める気は端からないやり方で政を行う。

 対し、莢生は自ら「利用してもらう」王になった。民を自分より上に見ることを徹底して、民が王に意見するのではなく、王が民に意見する形を選んだ。

 藍と昴のやり方のような「贄」でもなく、歴代の王に多い「支配」でもない。

 莢生に言わせれば、祈真は誰よりも王になる資質を備えているのだと言う。そう信じて疑っていなかった。

 ――だが、そうじゃない。

 自分が王になれば、おそらく白は滅ぶだろう。なぜなら祈真は周囲よりも己を優先する人間だ。確かに王になっても官に騙されることはないだろうし、むしろ官などほうっておいてさっさと政務を進める。だから白西国は祈真の思い通りの国になる。

 しかしそれでは駄目なのだ。例え祈真によって造られた国がどんなに素晴らしかろうと、どんなに誉れ高かろうと、祈真の個のものにしか成り得ず、故に祈真が死ねば国も死ぬ。それでは意味がない。

 だから莢生がいるのだ。本人は気付いていないが、莢生の方が祈真よりずっと王に向いている。絶対に自分一人で物事を断行しない彼こそが、王であるべきなのだ。

 それに気が付いた時、祈真は王位継承権をあっさりと手放した。理由は、「面倒」「向かない」「ややこしい」、なんでもあげられるが、真の理由は「莢生がいる今自分では意味がない」だった。それを口にしたことはないし、故に莢生は自分が言ったことを受けたのだと思っているのだろうが、実際はそうじゃない。

 莢生の臣下となり、国の目になったのは確かだろう。祈真の主な仕事は軍の統率と各地を見回ることだ。それ以上のものになる気は毛頭ない。祈真は見たことだけを莢生に伝えて、あとは何も考えなくて良いのだ。考えるとしても、それは莢生の為に兄として意見したり相談にのったりするだけで、大司空という位で王を操ることは絶対にしないと決めた。

「しっかしまあ、莢生もとんでもないやつに惚れたもんだ」

 祈真は一人呟いた。

 克羅一族最後の姫にして、月の神子の甦り。

 祈真は藍に、お前は妹だと断言した。それは莢生とくっついて欲しいということを込めて、義妹として言ったのではない。ただ、他人と見るにはあまりに近く、恋人と見るにはまた違う藍を、純粋に守ってやらなくてはと思ったのだ。

 守ると言っても、彼女の戦闘能力は桁外れに高いから、護身としての自分は必要ないだろう。旅の間も、彼女の強さは祈真の役に立つどころか、むしろ対等な存在だった。だから、傍にいるのは、脆い足場に一人立つ藍の心の為。

「やっぱ悪ぃけど、莢生には協力できねーわな」

 悲しいことに、藍と昴のお互い認識していないという皮肉な深い絆の前では、莢生の想いはなんの意味も持たない。弟よりも妹が可愛いと思ってしまうという兄のさがを抜きにしても、こればかりはどうしようもないと、祈真は既に割り切っている。

 ――なんとか二人が良い形で会えればいいんだが。

 藍と昴の今の立場関係は、敵以外の何ものでもない。昴が柳瀬の血を引いていないと分かり、可能性が見えたのもつかの間、藍が彼の父親を殺さなければならないというのだから、どう転ぼうと藍と昴の二人が結ばれることはないのだ。

 皮肉なものだ。藍と昴はお互いが月の神子と日の神子の末裔であると思ったから別れたのに、今度は月の神子と日の神子の繋がりがないから会えない。こんなことになるくらいなら、昴が柳瀬の正当な血を引く者でしかも日の神子の生まれ変わりである方が良かったのではないだろうか、と祈真は思う。善の神と悪の神は敵対していたわけではないみたいだし、悪の神はそういう敬称が後からついただけで、実際は日の神子という天神に認められた存在だったのだから、悪どころか月の神子と同じく善と呼んでいいはずだ。

 天神の主力の神を斬ったというのは確かにまずかっただろう。が、それを言うなら地祇を滅ぼせと命じ、剣を与えた天神もどこか理に反している。神が神を滅ぼそうとするなど、いくら発端が人だからといえ祈真からしてみれば、もはや卓越した存在ではない。

「あーあ。こんなこと考えてたらそのうちバチが当たるぜ。俺」

 全く恐れる様子なく、祈真はけらけらと笑いながら言うと、遥世の部屋へと向かった。


「はあ!?それ本当なの?」

 遥世の大声は部屋に響いた。一国の王らしくない一国の王に、祈真は頷いて至極真面目な表情作ってをむける。

「そう。だから藍に任せたりすんな。俺がなんとかしてやる。その代わりといっちゃあなんだが、今度の白の祭りに俺の正妻として宴に――いでででで!」

「こんな時に何わけわかんないことぼやいてんのよ。この軟派男」

 手加減なく遥世に頬を引っ張られ、ヒリヒリする頬をさすりながら、祈真は遥世を見た。

 自称、豪快な愛の告白を、祈真は遥世にかれこれ数十回は告げているが、その効き目は未だ現れていない。本気で面倒くさそうな顔をしている遥世が少々憎らしいとは思うが、彼女が頬を赤らめて照れるような女なら、祈真はこの緑北国の王に惚れたりしなかっただろう。

 しかしこの愛の告白は、実は祈真の方も本気で言っていなかったりする。挨拶代わりと言ってもいいかもしれない。言わないと遥世がこちらに気を配ってくれない――と思うのは、祈真の勘違いだろうか。

「間違いない。俺が天竜の村で会ったときには、藍と紅蘇の二人は既に面識があった」

「……知っていればもっと気の利いた言葉が言えたかもしれないのに」

「どっちにしろ無理だ。あいつら恋仲だから」

 遥世が目を剥いて祈真を見る。

「本人達は諦めてたけどな。一月くらい前に紅蘇が国に戻って来たっつー噂は聞いてるだろ?あれは藍に感化された紅蘇の行動。やつにとっての藍も、藍にとってのやつも大きいはずだ」

「……信じられない」

 遥世は額を押さえた。

「こんな非情な話がある?あの娘、鬼神もろとも嘉瀬村を殺さなきゃいけないだけじゃなくて、想う相手を敵にしなきゃならないわけ?」

「運が悪けりゃどちらかがどちらかを間接的に殺すことになる。もうすぐ起きる戦で藍が勝てば碧の民は紅蘇を許さないかもしれないし、逆に紅が勝てば藍や俺の命はないだろ。俺はやられるのは御免だから腹括れるけど、藍はどうだか」

 敵として藍が昴に直面した時、なんだかんだと迷いつつ彼女は昴を斬ることを了承するだろう。それ以外の策がないということを悟ることの出来る聡明な少女だ。だが、それで全てが片付けられれば人は戦など起こしはしない。

「あの子以外鬼神を斬ることが出来る者はいないわよ」

「俺が月華の剣を借りて斬ったらどうだ?重いけど振れないこともないぜ?」

「やってみれば?振ろうとした瞬間剣に拒絶されるのが関の山だから。雷に打たれて死んでも私は後片付けなんてしませんからね」

 さらりと遥世は言う。

「鬼神を嘉瀬村から引き離せれば……」

「それをやっちゃならねえのはお前も分かってんだろ。遥世」

 鬼神が例え嘉瀬村以外のものに取り憑いていたとしても、結局は嘉瀬村を王位から排除しなければならないことに変わりはない。日の神子の血を継いでいないものが国を治めていても、荒廃は続くだけだ。だったら鬼神と偽柳瀬が一緒になってくれている方が、こちらとしては動きやすい。

「しかし何かね、なんで日と月の神子ら末裔が王になんなきゃならねえのか、俺には理解出来ん。大体仁多と橘はどうなるんだよ。国を治めてるじゃねーか」

「あくまでも信託されているのよ。緑北国は碧の国に、白西国は紅南国に。そう考えれば今ある四大国の存在は頷けるわ。それに……」

 ふと遥世は目を細める。

「この世界があるのは、日の神子と月の神子が天神や地祇と盟約を交わしたからなのよ」

「ああ。さっきの口伝か」

 思わず呆れて祈真が呟くと、聞きたくないなら耳塞いでたら、と遥世は祈真が聞くのを知ってて軽く言った。

「天神と地祇の争いは人が発端だったから、神々は人を一度は見捨てた。けれど日の神子と月の神子がその罪の全て背負って己の最大の望みという犠牲を払ったから、代わりに神々がもう一度この世界に戻って来た。その盟約は多分彼等の血によって繋がれているのだと思うの」

「はあ~。なるほどなー」

 適当に相槌を打つ。神の恩恵を受けているというこの世界は今、緊迫した状態にあり、下手すれば滅びるかもしれないということは、あえて口に出さないでおいた。

「ってか日の神子と月の神子の最大の望みって何だったんだ?全然分からねーのか」

 ふと興味を覚えて祈真は遥世に聞いた。

「……多分」

 遥世は祈真をじっと見た。その眼差しの強さが祈真は好きだった。しかし今、彼女の瞳はかすかに潤んでいる。

「愛し合っていたのよ。だから一緒になりたいという想いを差し出して、神々と盟約を交わした。何よりもお互いが大切だったのに二度と会うことは出来なくなって……」

 祈真は息を飲んで遥世を見た。

 ――それはまるで……。

「今の藍と被るような気がしてならない……。あの娘も想う人と結ばれる日は永遠に来ないのかもしれない……」

 遥世は悔しそうに唇を噛み締めたが、それを注意する気が祈真には起きなかった。

 ――藍は……。

 一国の姫であることには変わりない。彼女はその役目を充分に果たしている。

 なのにどうしてこうも残酷な現実ばかりが存在するのだろう。藍は誰もの希望なのに、彼女自身には希望がない。自らの力でことを成すしかないのだ。

「なんであいつなんだろうな」

 これから、白西国、碧の国、緑北国の連合がやらなければならないことは三つある。

 碧の国の復古。

 嘉瀬村を鬼神ごと殺す。

 偽柳瀬を紅南国から排除し、真の日の神子の末裔を王位に付ける。

 それが叶う時、世界は禍の世を脱し、再び安寧を取り戻すのだろう。

 ――全ての鍵が藍。

 部屋で叶わぬ想いを殺しているであろう少女を、祈真は思い浮かべた。

 清らかで、誠実で、他人のことを自分のものとして捕らえることの出来る心優しい少女。

「だからこそ、あの娘なんだわ」

 遥世が消え入るような声で言った。


コメントや感想くださると励みになります。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ