後宮
バシッ――カツンッ――。
等間隔に響く馬の蹄の音の上に重なる、鋭い音。それに劣らない、見られれば縛り付けられるであろう眼光と、辺りに漂う覇気。
二本目の矢を放った所で、昴は手綱を引いた。馬が足を止める。
――さすがに祈真のようには上手くいかないか……。
的の中心から、ほんの少しずれた位置に刺さっている一本目の矢を見て、昴は溜息をついた。二本矢があると一本目は油断して必ず失敗するから、初心者は一本ずつ練習するべきだ――という、先人の言葉があるが、まさにその通りだと思う。もっとも昴の場合は初心者ではない。ただ、今はどうしても集中出来なかった。
王族のみが弓や剣の練習をすることが出来る庭に、昴は一人いた。連日訪れる臣下の相手、会議への参加、三日に一度はある喜瀬村の参上指示。切羽詰まるような一月を過ごしてきて、ようやく今日、息抜きの時間が取れた。
馬を降り、的に向かう。刺さった矢を抜く為だ。
――今日も付けられている……。
昴以外誰もいないはずのこの場所にはしかし、確かに自分から目を離さない何者かの視線を感じた。
嘉瀬村と謁見した次の日から、昴の動向は見えない何者かに常時監視されていた。朝起きてから夜床に着くまで。会議の行われる政部院にいても、自分の自室に戻っても。
もちろん、昴は気付いていないふりをしている。襲って来ない辺り、目的は昴の命ではないはずだ。こちらから仕掛けたところで、混乱を招くだけなのは重々承知していた。
的に突き刺さった矢を引っこ抜く。思ったよりも力を要し、腕が微かに痛んだ。
昴は今、腕に軽い傷を負っている。――先日、名も知れない仕えの者に突然斬り掛かられたのだ。
幸い、三年間の長旅と何度も夜叉に遭遇したおかげで、自分の反射神経、勘、感覚、全てが研ぎ澄まされていたから、暗殺者より昴の動きの方が早かった。軽い手傷で済んだのは言ってしまえば当然の結果だろう。もう少し過ごす日々に余裕があって、毎日稽古を欠かさないでいれば、完全に避け切れていたはずだ。
的から抜いた矢を見つめながら、昴は考えに耽った。
――紅躅。
第二子、躑躅の長子にして一人息子、紅躅柳瀬宏夜。昴と一つしか年の変わらぬ彼の差し金であることは、明白だった。
昴を狙った男本人は、今尋問を受けている。だが、おそらく白をきり通すだろう。例え紅躅の名を出したところで、今度は紅躅が白をきるだろうから、結局この事件は未解決のまま終わるはずだ。
大した傷ではない。だが、まだ味方の少ない昴にとって、今攻撃を受けるのは政治的に痛かった。昴には有力な後継者がいないのだから、昴が疎まれていると知れば、自然力を貸してくれる者も減る。
昴の母、静紅は、宮号妃最高の地位である蘇芳を賜っていたが、妃になる前は高くもなく低くもない、実に微妙な身分の位置にいた。昴が産まれたときにはもう、母の肉親は皆亡くなっていた。
逆に第二の地位である躑躅を賜った紅躅の母、雅美の父親は、紅南国でも有数の力を持つ高級貴族だ。当時、雅美を宮号妃に押し上げたその父親は、数年前に隠居の身となり、今では息子であり雅美の兄である人が、その位を継いで今なお政の大半を担っていた。
この状態で、昴の命が狙われるのも当然だった。紅南国では、長子が王位を継ぐことが決まっており、昴の存在は紅躅側の者にとっては邪魔で邪魔で仕方なかったはずだ。今思えば、昴の母は必死になって息子である自分を守っていたのだろう。十三歳で国を出るまで無傷だっただけ、幸運というものだ。
「……心底疲れるな。此処は」
頼りに出来る人が、城内にいないわけでもない。だが、彼等に迷惑はかけたくなかった。会うとしたら、それは昴がよほど追い詰められた時だけだろう。
矢を持って、昴はもう一度馬のいる方へと向かった。
祈真のように上手く弓矢を扱えたらいいと思ったのだが、彼の場合は寸分違わぬことなく目標を射抜く凄腕だから、どうあがいても追いつけるはずもない。風が吹いていようが、雨が降っていようが、祈真の放つ矢の軌跡はいつも同じだった。多分生まれつきの才能だろう。
馬に飛び乗り、位置に付けると腹を蹴った。勢いよく走り出した馬の背で手綱を放し、羽根を弦に添えて、キリキリと引く。
パシッと気持ちのいい音が響いた。昴は馬の手綱を取り直し反転させると、もう一度走らせ、再びその背から矢を放つ。
的の前を往復し、片道で一本ずつ放つ。昴は先程から、この作業を延々と繰り返していた。
馬も弓も好きだ。特に昴の愛馬は、普段は性格が恐ろしく捻くれているくせに、いざというときになると、素直に昴の指示通り動いてくれる。三年間の旅の間、どれだけ助けられたことか。
今度は二本とも的の中心を外れていた。馬を降りて溜息を吐く。さすがに疲れたかもしれない。
自室に戻ろうと、踵を返した所で、昴ははたと止まった。
一人の女が、廊に腰掛けて座っていた。
細く整った眉に、一重の美しい瞳。頬紅で染められた肌はしっとりと愛らしく、形の良い唇は赤で彩られている。胸は女性らしく膨らみ、男なら誰でも引き付けられるであろうその姿形の女は、昴が気付いたことを知るなり、妖艶な笑みを零した。
「もう終わりですの?」
その容姿に反して、声はまだ落ち着いていない。その差がまた男の欲を誘うものだと知っている目の前の女――いや、まだ十五になったばかりの少女を、昴は知っていた。
「私、兄上が帰って来られたと聞いて、今か今かと会えるのを楽しみに待っておりましたのに」
宮号妃第五位、藤の伶珠が長女でえる紅藤、柳瀬衣栩。紅躅宏夜と同じ歳だが、二月ほど紅藤の方が生まれは遅い。故に彼女は嘉瀬村の第三子にあたる。
「……兄弟の挨拶巡りまでする暇がなかった」
「ですから、私の方からこうして参ったのです」
適当に言葉を発した昴に、衣栩は抜目なく言った。
「兄上は変わっておられませんわね。やはり衣栩はその孤高の空気を纏う兄上が好きですわ」
その洗練された笑顔を見て、昴は衣栩を見つめた。
昴が城を出た当時、まだ十一歳だったにも関わらず、彼女はその生まれついての優れた容姿と、したたかで巧みな言葉を使い、会った男をかならず己の魅力に落とさせるということを子供にしてやってのけていた。しかも、相手は子供から年寄りまで様々で、どのような屈強で冷徹な男も麗しい姫君にかかればすぐに虜になってしまうのだ。
昴は兄としてその姿を見て来た。彼女の母である伶珠もまた美しいことこのうえなかったが、それが作られたものであることなど、幼い昴にも分かっていた。多情なその性格が娘に受け継がれているのは歴然だった。
「そうか」
そっけなく言って、昴は衣栩姫に背を向けた。
孤高、という言葉はあながち間違いではないと自分でも思う。本当によく知る者にしか、昴は心を開いていなかった。この朱雀城という檻の中で、無数の敵に囲まれている昴は、人を常に疑っていなければならない。
衣栩姫と話したことはあまりない。特に、彼女が女としての己に目覚め始めた時には、既に檻からの脱出が昴の中で膨れ上がっていた為、周りに構っている余裕はなかった。
「兄上、お待ちください」
馬を戻そうとその場を離れようとした昴を、衣栩は呼び止めた。
「兄上は王位がほしいのでしょう?」
昴は振り向いた。無表情のまま、しかし衣栩に歩み寄り、真正面から見据える。
廊に腰掛けた衣栩と庭に立っている昴とでは、僅かに衣栩の視線の方が高く、自然昴は見下ろされている形になった。
寄って来た昴に、衣栩は微笑みかけた。
「戻って来た理由は王位を継ぐ為ですわね?」
この世のものとは思えない程の極上の笑み。
「これだけ大胆に政に介入しているのですもの。女の私でもわかりますわ」
「何が言いたい」
この女は毒だ。美しい仮面の下には、誰よりも深い野心と嫉妬が渦巻いている。もう何人もの男と床を共にしてきているということは聞いているし、纏う空気も目の色も、既に暗く鋭いものになっている。おそらくそれが彼女の妖艶さに拍車をかけているのだろうが、今の昴にとってみれば、この堕落仕切った城の象徴でしかない。
昴の物言わせぬ口調に、衣栩は僅かに怯んだ。ここまで彼女に辛辣に当たる人間はいなかったのか、あるいは自分の美貌に関心を示さぬ昴が憎たらしいのか、一瞬表情に陰りが見えた。
「俺が王位を狙おうが、下人に落ちぶれようが、紅藤、お前には関係な――」
「私は兄上を愛していますわ」
昴の言葉を遮り、衣栩は瞳を潤ませる。
「ずっと愛しておりました。三年前からずっと……。兄上がいなくなってどれだけ寂しかったことか……」
頬に流れた雫は、美しく輝いていた。微笑んでも泣いても人を引き付けるこの少女を、昴はじっと見つめる。
「兄上……」
すっと手をのばし、衣栩は昴の首筋に触れた。自然なようでその洗練された動きを、しかし昴は払わなかった。
「一つ聞いてもいいか」
「……なんです?」
唇の角度をわずかに上げただけで、衣栩は動きを止めなかった。
「紅躅もこうして落としたのか」
途端、衣栩は弾かれたように立ち上がった。
そんな妹を、昴は嘲笑して見る。自分の視線が信じられないほど冷たかった。
「俺が知らないとでも?」
ここにきて初めて、衣栩は感情を隠すことなく昴を睨み付けた。憎悪の込められた射殺すような視線。
「異兄妹で通じるとは、落ちぶれたものだな」
紅躅も紅藤も母は違う。だが、父は嘉瀬村であり、昴の弟と妹であるのだ。
最初は本気にしていなかった。朱雀城に戻って来て、最初に耳にした噂が、同じ血を分けた者同士の密通。
まさかそれが真実だとは思わなかったが、今紅藤を目の前にして、認めざるを得なかった。今の衣栩の表情は紅南国一の美女と謳われる者のものではない。
「手当たり次第王位を継ぐであろう者と通じ、即位した後で影から操るつもりだったのだろうが、俺はそこまで落ちぶれていない」
吐き捨てて、昴は今度こそ踵を返した。
――この城は腐敗している。
城の外もまた、怨みと欲がはびこる世界だった。人は騙し合い、殺し合い、傷つけ合って死んで行く。その姿を何度も見て来た。
その一方で、優しさと温かさもまた、世界にはあった。何気なく交わす言葉、自然と浮かぶ笑顔、ふとした瞬間に通じる心。
そういったものが愛おしくて、どこか懐かしくて――。けれどこの城の住人にはそれが分からないのだ。
ある意味哀れだと思う。城という狭い世界でしかものを見ることが出来ない彼等は、無知を無知と知らぬまま日々を過ごして行く。
昴はたまたま、自分の世界を広げることが出来た。それは自分が幸運だったからで、だとしたら、衣栩や宏夜に罪はないのかもしれない。世界の概念を他に植え付けられることの多いこの場所に住む限り、自らその殻を打ち破る方法はないのだから。
「あなたに何が分かるっていうの……」
背後で声がかかった。独白と取るにはあまりに棘がありすぎた。
「お父様が王でなくなったら、衣栩は王の娘ではなくなるわ……。紅蘇が王になろうが紅躅が王になろうが、衣栩は王の異妹にしかなれなくて、今までのような暮らしが出来なくなって……侍女が減ったり、食事が粗末になったり、着るものが古くなったら、衣栩はどうすればよろしいんですの」
作られた美少女の瞳には、おそらく本物の涙が溜まっている。
「誰が衣栩の髪をとかすの?誰が衣栩の衣を召しかえるの?誰が衣栩の爪を整えるの?母が同じ兄ならまだしも、衣栩は違いますわ。今の暮らしを捨てたくはありません。その為ならなんだっていたします。衣栩は女ですもの」
おそらくこれは心の奥底にある、彼女の本音なのだろう。だとしたら、これだけ哀れで愚かな者はいない。
「だから何だ」
昴はもう一度振り返り、衣栩姫を見た。同じ姫なのに、どうしてあの少女とこんなにも違うのだろう。育ってきた環境もあるだろうけれど、これほど異なる理由が昴には分からなかった。
「男だろうが女だろうが、大切なのは心だ。例えどれだけの侍女に囲まれていても、どれだけ美しい容姿であっても、心や意志が強くない人は、幸せにはなれない」
屈辱と受け取ったのか、衣栩は顔を歪めた。
「だったらなぜ、男は衣栩を見ると床に誘うの」
昴は目を見開いた。それを見た衣栩は、莫迦にしたように鼻で笑った。
「いつもそう……勝手に勘違いするのは男の方……。少し笑顔を向ければ強気になって、勝手にことを運ぼうとして……衣栩の言葉なんて聞かない。衣栩が嫌だって言っても……」
目の前の少女は泣かなかった。もはや泣く、という感覚は麻痺してしまったのか。だとしたらこれは作ったものではない。十五歳の少女の嘘偽りのない言葉だった。
もしかしたら――昔は、昴と衣栩は同じ場所にいたのかもしれない。ずっと昔に自分の世界に疑問を抱いたのかもしれない。この城の中にいる数少ないまともな人間の一人だったのかも。
だが、今はもうあまりに違う存在になっていた。昴と衣栩の違いは、行動を起こしたか起こせなかったか、それだけ。
「……俺には思う人がいる」
衣栩があまりにも哀れだった。自業自得な部分もあるし、自らの為に行動を起こせなかったのは己の問題だが、世界を広げられなかったのは彼女の罪じゃない。
「だから分かるんだ」
藍に会いたかった。目の前の少女がかの少女と相異であるからこそ会いたかった。会って確認したかった。今自分がここにいることが間違いでないと。
「夜を共にすることだけが、全ての愛じゃない」
どれだけ道に悖る行いがあったとしても、この少女は自分の妹だ。幸せになってほしいと思うし、そうなれば昴も幸せになれる。
「兄として、お前を見守ることは出来る。今は――紅藤のことはよく知らないからなんとも言えないが、話を聞く限り好きにはなれない。だからこそ、お前はお前の幸せを見つけられるよう努力するんだ」
自然、昴の頬は緩んだ。
「紅藤が幸せになれば、俺も幸せになれる。愛情も沸く。その時はきっと、名前で呼んでやれる」
衣栩は瞬き一つしなかった。瞳を見開いて、穴の開くほど昴を見つめて、口をぽかんと開けている。十五歳の少女らしいその姿を見て、満足している自分を感じた。
「兄上の思うお人とは……どんな方ですの?」
おそらく言葉が見つからなかったのだろう。衣栩はぼんやりと言ってから、ハッと口許を抑えた。
しかし昴は咎めなかった。答えたい自分を心の内に感じたその時には、言葉が唇の隙間から漏れていた。
「幸せになってほしい人」
天を仰ぐ。光を身体で受けて、風を撫でる。彼女も感じているだろうか――?
「誰よりも幸せになってほしい。それだけだ」
懐かしい笑顔が瞼に浮かぶ。
後宮第六宮の、撫子の上君である友佳から謁見の願いが届いたのは、紅藤と会った二日後のことだった。
政の行われる政部院にいた昴は、仕え人からそれを聞かされた時盛大に顔をしかめた。なんでも昴が朱雀城に帰還してからというもの、ずっと面会を求めていたらしい。
会いたくないから、ではない。むしろ撫子の上君――友佳には会いたくて会いたくてたまらない。
昴の母静紅と友佳は幼い頃から共に育った知己で、その友情は同じ人に嫁ぎ、離れた位を貰っても変わらなかった。
静紅は幼い昴を連れて何度も撫子の宮に渡っていたし、友佳もよく蘇芳の宮へ来ていた。彼女には紅子である和歌滝という息子がいたが、昴のことも可愛がってくれたことをよく覚えている。和歌滝の方も、あにうえ、と片言で昴の後をついて回っていた。
母が死んだ時、友佳は後を追うのではないかというほど悲しんだ。穏和で優しかった人が、人目も気にせず子供のように泣きわめいたの見て、幼心ながらに母と友佳の友情の深さを知った。城を出ることを決意した時には、一番最初に友佳に相談し、力を貸してもらった。
だからこそ会いたくないのだ。
今、昴の立場は非常に微妙な位置にある。友佳にまで迷惑をかけるわけにはいかなかった。彼女にはもう七歳になる和歌滝と、昴が城を出た当時まだ生まれて半年も経っていかった緋子である飛渡、さらには昨年の実月に生まれたばかりの朱子友理の三人の子供がいる。昴を監視する視線は未だ存在しているし、その子達まで危険に晒すわけにはいかなかった。
「断っておいてくれ」
昴はそっけなく言った。仕え人は差し出した友佳からの文を見ようともしない主人を、ほとほと困り果てた様子で見ていたが何かを思い出したらしい。突然ハッとすると、昴にもう一度文を突き付けた。
「撫子の上君は、恩だと思いなさいとおっしゃっておりました」
「恩?」
「はい」
怪訝に思い、昴は見ていた書物を閉じ、筆を置いた。
――恩……城を出た時に加担してくれた時のか?
もちろん、その恩を忘れたことなど一度もない。だからこそ、もっと自分に力がついてから返そうと思っていた。友佳を訪ねるなどというそんな簡単なことでは、城を出ることを成功させる、という昴の一生に関わる決心を支えてくれた彼女に対してあまりに失礼だ。
けれど恩と言われれば昴が断れないのもまた事実だった。昴が友佳に恩がある限り友佳が恩だと言えば、走れと言われても泣けと言われても、昴は従う。おそらく友佳は昴が断ることを予期して、この仕え人に言葉を伝えるよう頼んだのだろう。なんと昴の性格をよく知る義母だ。
「……分かった」
文を受け取り、昴は言った。
「こちらから行くと伝えておいてくれ。宮に入る王の許可は出てるんだろう?」
「はい」
「ならばこの文にある時間に行くと伝えてくれ」
「わかりました」
走って消えていく男の背中を見遣ってから、昴は文を開いた。必達な文字は数が少なく、文章が短い。
――そういえば友佳殿は字を書くのが嫌いだったっかな……。
苦手というわけではないのだが、言葉を音にして聞く方が彼女は好きだったような気がする。
『蘇芳の第一息子柳瀬紅蘇殿』
文はこの言葉から始まっていた。他人行儀なその文句に、昴はたまらず苦笑した。
『この文を受け取ってくださったことに感謝します。そして、貴方が私の意図を汲み取ってくださることを祈ります』
それだけだった。一見悪戯心の交じった謎掛けのようだが、友佳のお茶目は昴にとってみれば不可思議なものではない。彼女の意図はいたって明確だった。
――文を見たらすぐに来い。
時間も場所も指定されていない。私の意図を汲み取れと言う程だから、昴が場所を選んでいいというわけでもない。おまけに友佳は昴に会えるよう何度も上に取り計らっていたのだから、じれったいことこの上ないだろう。
「撫子の宮……か」
昴は立ち上がり、署名の入ったその文を懐にしまうと、庭に出て沓を履き、後宮へと向かった。




