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天錦宝史伝 〜新戦記編〜  作者: 花歌
第4章 〜郷愁〜
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斜光

戻って、荷をまとめて、藍は自分の馬に乗り替えてと動き回って、ようやく出発の準備が整ったのは、その日の正午すぎだった。

 今回の襲撃で、祈真も佐雲も佳子未もかなり武勇に優れていることを、藍は思い知った。むしろ、藍なんてへなちょこもいい所。確かに剣術の勝負では佳子未に勝ったが、彼女は長い男ものの弓を平気で使っていた。他にも何か使える武器はあるのか聞いてみたところ、槍も双剣もいしゆみも、とにかく武器と名のつくものは一通り使えるとのことだった。やはりその道を極めている者は違う。

 その日をきっかけに、夜叉の襲撃は何度かあったが、藍の予知は奇襲を未然に防ぎ、彼等への攻撃は軽妙とも言えるぐらい鮮やかに行われた。弱く少数の群れを組む人妖や、強いが五、六匹でいる犬妖など、比較的相手にしやすい夜叉ばかりが出たこともあって、四人は全員無傷のまま、とうとう緑北国に入る直前の国境まで来た。

 佐雲と佳子未の護衛の任はここまでだった。この先は祈真と藍の二人だけで橘の都を目指す。予定より少し遅れての旅だったが、四人で過ごす最後の日の夜は、それなりの宴を開いて皆でわいわいやった。

 近くの小さな村の一角を借り、酒やつまみを買って、皆で楽しんだ。儀式の時や賓客が来た時に酒を飲むことは十歳ぐらいの頃から多々あった藍だったので、酒に強い自信はあったのだが、祈真や佐雲に比べればまだまだだった。藍が飲むのより強い酒を、藍より沢山飲んでいるというのに、顔色一つ変えないで談笑している。明日のことがあるので張り合おうとは思わなかったが、せめて祈真と同じぐらい強くなれたらなあと思った。酒に強いと外交の時など色々と便利なのだ。

「やっぱ女は色気がなきゃ駄目だろ。そーゆー意味で佳子未姉ちゃんはいいんだよなあ」

「わたくしがですか?」

 祈真の言葉に、佳子未は心底意外そうに言った。

「わたくしみたいな乱暴な女、殿方は相手になさらないでしょう」

「そーれが、相手になさるんですよ。下手に顔が良くて武術に長けてるからな。強い女には惹かれるんだよ。なぁー佐雲」

「……わしからはなんとも言えませぬ」

「何?娘を手放したくないんだな?だけどよー、もうそろそろ誰かと一緒にならねーと生き遅れになるぜ。余計なお世話だと思うけど」

「機会があったら考えますが、ないので考えておりません」

 ――なんだか大人の世界の話だな……。

 藍は酒を飲みながらぼんやりと思った。誰かと一緒になるなど考えたこともない。ずっと一緒にいたいと思う人ならたくさんいたが、それが伴侶としてかと考えてみるとなんとも言えなかった。第一、一緒にいたい人がたくさんいる時点で既に間違っている気がする。

 ――だって、父も母も喬も琴音も……それから昴も、一緒にいれたら楽しいと思うし。

 藍には恋人関係、というのもよく分からなかった。最も身近にいた喬と琴音の二人は付き合っていたが、琴音に、

「今日喬と散歩したのよ!」

 とか、

「どうしよう藍ー!喬にく、く、口づ……駄目ー!言えないわー!」

 とか、顔を真っ赤にして報告されても、それがすごいことなのかそんなに楽しいことなのか分からなかった。さすがに口付けくらいは知っているし、聞けばちょっと気恥ずかしくなってしまうけれど、それだけだ。

「藍姫は何か甘酸っぱい思い出はないのですか?」

 唐突に話が自分のことに切り替わって、藍は顔をあげ、佳子未を見た。

「甘酸っぱい……ですか?」

「こら佳子未。仮にも一国の姫君に向かってお前は――」

「いいではありませんか。姫だって女の子なんですから。姫様は御歳十五でしたよね?初恋はいつです?」

 こうなると女が強いことを、藍は充分知っていた。恋と男とお洒落の話になると、大体の女はこれでもかという程舌が回るようになる。佳子未はそんな質でもなさそうだったが――酔っているせいだろう。頬が桜色に染まっていた。

「私は――」

 藍は困ってしまって顔を伏せた。

「その……好きとか恋とかよく分からなくて」

「では、まだ好きになった方はいらっしゃらないのですか」

「……多分」

 なんだか恥ずかしくなってきて、藍は下ばっかり見てしろもどしていた。それを見た佳子未が、可愛らしいですね、と呟き、佐雲が、こんな可愛らしい方男はほうっておきませんでしょう、と心底不思議そうに言うので、ますます顔があげられなくなった。

 だから気付かなかった。祈真が僅かに眉をひそめて、半ば睨み付けるようにして藍を見ていたことに。


 明朝早く、佐雲と佳子未、祈真と藍は出発した。佐雲達は南へ逆戻りし、藍達はこれから、東北東に向かって進む。雪が思ったよりも早く溶け出しているので、もしかしたら案外楽に橘に着くかもしれない。

 祈真との旅は全く心配していなかった。人をからかうのが好きだから、その犠牲になることは考えたが、それ以外は頼れる人だ。もちろん、多少自覚のある方向音痴ぶりのため、どっちへ行けばいいのかということ以外、頼り倒す気は藍には毛頭ない。ついでに言えば、藍のもてんで駄目な料理の腕もある。こればかりは祈真に頼らざるを得ない。

 一度だけ藍は村で買った野菜で、煮込み汁を作った。そして結果は大失敗。祈真も佐雲もあまりのまずさの為だろう。盛大に吐き出した。佳子未はまだ手をつけてなかったが、そんな二人の様子を見て、口にするのを断った。そんなにまずかったか、と呑気に聞く藍に、こんな恐ろしいもんどうしたら作れるんだ大莫迦野郎、と祈真は怒鳴り付け、鍋ごと中身を捨てた。多少女として傷つくところもあったものの、そんなにすごい味がするなら食べてみたかったというのが本音だった。

 しかし祈真との二人旅初日、驚いたことに祈真は全く口を開かなかった。これまでは誰に言われずとも自らぺらぺらと喋っていたのに、今、唇はぴったりと閉じられていて、藍が話し掛けても無視。つついても無視。佳子未がいなくなったのが寂しいのだろうか――という考えも浮かんだが、だったらもう少し悲しそうな表情をしているはずだ。今現在藍の見る限り、祈真は――苛立っている。

――なんで?

わけのわからないまま、昼が過ぎ、夕方が来て、火を焚いたら夜が来た。気まずい雰囲気の中、祈真が無言で作ってくれた皮肉な野菜の煮込み汁を、やっぱり彼は無言で藍に突き付けた。

「……いただきます」

 莫迦丁寧に言ってから、藍はこくりと一口飲んだ。とんでもなく美味しかった。

「美味いだろ」

 ふぅふぅと息を吹き付けて冷まそうとしている藍に、祈真は突然優しく言った。

「俺も一応軍師だからな。野営はよくする」

 いつもの祈真だった。変貌振りが理解出来なくて、藍はぽかんとして見つめていた。薪を増やし焚火に向き合っている彼の頬には、てらてらと炎の淡い色が映っている。自称女にモテるというだけあって、その顔がかなり整っていることに、藍は今更ながら気付いて驚いた。そういえば、仁多王も綺麗な顔立ちをしていたっけ。

 ――美男子兄弟か……。

 祈真の場合は美男子というより、武人としての凛々しさが際立っている感じだが、確かに何でも出来るこの男は、相当女に人気があるのだろう。仁多王もあるにはあるのだろうが、相手が王という立場であることやまだ十五歳ということもあって、あまり表沙汰にはなっていないらしい。

「……おい、藍。お前聞いてねーだろ」

 すっかり考え込んでしまっていた藍は、慌てて祈真から視線を反らした。じぃっと見つめ続けることの失礼さは知っている。

「うん、ごめん」

「まったく。まあ、いい。もう一回言うぜ。藍は――」

 何を言われるのだろう、と藍は緊張して身構えた。

「莢生の求婚受けんのか?」

「……はい?」

 煮込み汁を持つ手から力が一瞬抜けて、慌てて掴み直した。祈真は至極真面目な表情でいる。藍は目を細めた。

「仁多王が私に求婚なんてするはずないだろう」

「嘘言え。されたのを俺は聞いたぜ」

 混乱する頭で、藍は必死に記憶を辿った。檀上で話す仁多王、部屋に来て笑う仁多王、見晴らしの良い城の最上階で語る――。

「ああ。あれか」

 聞いてたのか、と言いながら、藍は胸を撫で下ろした。

「あれは冗談だって。王もそうおっしゃって……」

「ちげーよ」

 パチッと音をたてて火の粉が飛んだ。

「莢生はそんな冗談を言う奴じゃない。あれは本心だ」

 藍は祈真を凝視したが、彼は相変わらず薪を焼べるばかりで、藍の方を見なかった。

「悪どい条件は聞く価値がないと言った、あれもあいつの本心だろうけどな。藍が自分のことを考えないで承知したのが分かってたみてーだし。ほんっ我が弟ながら莫迦みたいに誠実だぜ」

 藍が橘に行く危険を侵すのを嫌がってただろ、と祈真は続けた。

「あれは心配してたからだ。あそこまであいつが怒鳴ったのは初めてだったし、だから官が群らがって来て……で、そのあとはお前の知ってるとおり」

 藍は放心状態だった。驚いたなんてもんじゃない。自分で自分の頭を殴って掻きむしってみたが、全く冷静になれなかった。それぐらいすごいことを聞いてしまったような気がした。

 ――仁多王が……私を……。

 求婚を受けるということは結婚するということで、それは藍が仁多王妃になるということ。――いや、これはそれ以前の問題ではないだろうか。

「結婚は好きな人と一緒になるための儀式だろう?」

「そりゃそうだ」

「じゃあ何で仁多王が私に求婚するんだ?」

「……お前何言ってんの?」

 質問を逆に問われ、藍は首を傾げた。祈真は阿呆だろと言わんばかりに溜息をついた。

「莢生が藍を好きだからだろ」

「そう……か」

 別段特別な感情を感じることはなかった。祈真に言われるくらいだから、おそらく彼の言うことは真実なのだろう。

 ――仁多王か……好き、ね……。

 突然、藍の頭の中を誰かの影が過ぎった。

 ずっと傍にいてくれた、彼の記憶を何度もしまい込もうとしたけれど、出来なかった――。

 ――昴。

 急に体が震えて藍は無意識に両手で顔を覆った。

 昴のことは好きだ。会えない今でも好きだし、二度と会えないと分かっていても好き。彼の姿を最後に見てからもう一月経つのに、その記憶は藍の中に鮮明な像のままで留まっている。

どうして突然彼が浮かんだのだろう。

 藍が何か言うたびに変わる彼の表情とか、優しい空気とか、温かさとか――そういった昴が昴である証は感じられるのに、彼は藍の隣にいないのだ。ただそれだけがとても辛い。

 ――会いたい。

 思って藍はハッとした。祈真達との旅の間、ずっとこの感情を殺して来た。絶対に口に出してはならないことは知っていたし、出せば余計辛くなることもわかっていた。

「昴か?」

 唐突に名前を出されて、藍はびくりと反応し、上体を祈真から遠ざけた。

「……あいつが紅蘇だっての、俺、知ってた」

「え?」

 藍は驚いて見た。薪をいじるのを祈真は止めていた。

「気付いたのはお前らが仁多に入って一月以上経ってからだったけどな。昴に聞いたら、あいつ認めたぜ。認めて、悩んで、苦しんで――」

「苦しむ?」

「そうだ。苦しみながら城を出た」

 ――苦しむだって?

 確かに、藍は昴と離れるのが苦しかったし、昴の方もそうだったかもしれない。けれど、藍と昴が別れたのは二人同意の上でのことだ。例え遠く離れていても、心が繋がっていればどこか救われるだろうと藍は思った。昴は違ったのだろうか。

「理由は知ってるけど言わねーぜ」

 祈真にきこうとした矢先、彼は藍の言うことが分かっていたのか、先に口を開いた。

「あいつと約束したからな」

「えっ!いつ?」

「さあね」

 祈真は適当にはぐらかすと、再び薪をほうり込んだ。


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