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戦場のアルカディア  作者: 南ノ瓜
第一章
4/4

3:討論戦争-2-

 卓上を挟み相対する五人の面接官。

 そこに笑顔は無く、漂っているのは触れれば崩れ落ちそうな空気のみ。一つ目の質問を好スタートでクリアした分、後の質問での失敗は、一つ目の質問で失敗するよりも際立って目立つ。一樹の面接はここからが本番だった。


「二つ目の前質問です。貴方の長所、趣味、特技を教えて下さい」


 面接は面接。自衛官とて人間で、社会人だ。面接の質問は、何れもありきたりになるのは致し方ない事で、この質問は実に普通で、退屈な質問だった。しかし、この質問に対する回答もまた、彼等の評価判定に於いては重要な事。


「はい。先ずは私の長所からお話しします」


 一度の質問で三つの回答を要求された場合、一つ目、二つ目と区切りながら話す方が相手の印象にも残り、また話の組み立て方や会話術に優れていると言う印象を受けやすい。


「私の長所は物事の先を読みそれに沿った最善の方法、行動をする事が出来る事です。趣味は読書で、知識を深め自分の感覚で広げた世界だけで無く、他人が見ている世界を知る事で、より広い視野で物事を捉えられる様になるからです。

 特技は情報分析。多くの知識を学ぶには、それを分析し、理解する事が大切なので、特技と言うよりは、自然と身についた自分の技術です」


 趣味、特技と話を繋げる事でそれがそう生かされているのかまで説明したお手本の様な回答。正直、面接という場に於いて、一樹は自分が失敗するとは微塵も考えていなかった。相手が人であるならば、更に自分の得意分野の戦いとなれば、彼が百戦錬磨なのもまた事実。これからどうするべきかと考えていると、徐に中央に座っていた一尉の青年が手を挙げた。


「……当初」


 そしてゆっくりと口を開くと、彼は一樹の瞳を真っ直ぐに見据えながら言う。


「当初、面接官五人がそれぞれの質問をする予定でしたが、僕の一存でこれを最後の質問とさせて頂きます」


 予想打にしない一言。それは一樹だけで無く、残り四人の面接官も同様に驚愕していた。始め、一樹が最も警戒していた一尉の青年。自身と似たものを持っている青年は、何かを隠す様な和かな笑顔で口を開く。


「君が自衛隊に入って何をしたいか、その為にどの様な行動をしていくのかはよく分かりました。確かに、今の日本は君の言う通りの状況かもしれない。

 M・Hを利用した貿易関係を他国と気付くのは、確かにいい手ではある。しかし、勿論デメリットもある。だが何かを得る為にはそれ相応のリスクを背負わなければいけないのもまた事実。では君は……久遠くんは、自衛官になって、誰の為にそれを行うつもりですか?」

「ーーーーー」


 今まで答えてきた回答を肯定した上で問われる、《誰の為に》と言う質問。

 そこで初めて一樹の口が詰まる。そんな一樹を見る一尉の青年。彼はこの質問が今、一樹が最も嫌う質問だと理解した上で質問したのだ。青年を見ながら、一樹は内心で大きく舌打ちする。やはり彼が一番警戒すべき相手だったと。

 今まで一樹が回答してきた話の中で、自衛官になりたい理由と言う質問があったが、それに対して一樹の回答は日本と言う国の為に、と言う面が大きく出ていた。これが例えば、友人に勧められ入隊を希望した者で無ければ、答える回答は《人の為》《国民を守る為》などの模範解答になるだろう。

 しかし一樹はそうではなかった。そして、その決まった志しがない事を、この一尉の青年は見抜き、その上で質問したのだ。

 やられた、と内心焦りを隠せない一樹。この手の質問は嘘偽りでは切り抜けられない。かと言って正直な回答をすれば一樹の不合格は目に見えている。

 一樹が誰かの為に、と言う信念を持っていない事を見抜いたからこそ可能な心理戦。ここで求められるのは、解答用紙通りの模範回答でも、嘘偽りで語る話でもない。


「…………」


 回答までの猶予は刻々と迫ってくる。緊張が全身を縛り、背中に嫌な汗がじっとりと滲む。

 だが、一樹は追い詰められながらも、何処かこの状況を楽しんでいた。これまでにない緊張感。それに相応しい相手を目の前に、高揚を隠せなかった。ならば、やれる所までやってやる。とことんまで、徹底的に、気が済むまで、この状況を楽しんでやる、と。

 そして、ゆっくりと一樹は口を開く。


「ーーーー誰かの為、で無ければいけませんか?」

「………」

「確かに、自衛隊は国を、国民を守る為の組織です。彼等の多くは誰かの身内を、国民を守りたいと言う志しを持った者がいると思います。しかし、それだけが理由なり得るとは、私は思いません。誰かの為に、何をすべきか。それは確かに自衛官を志す大きな理由になると思います。多くの自衛官、またそれを目指す者の大多数はそれが理由だと思います。ですが………」


 一呼吸置き、確りと青年の瞳を見つめる。試されているのはその場の適応力でも、理解力でも無い。


「私は、守りたいものも、それに相応しい理由もありません。ですが、だからこそ、これからそれを見つける為に、私は自衛官になりたいと思っております。誰の為に、と言う質問でしたが、今の私にはそれに答えられるだけの言葉も、思いもありません。しかし、それを見つける為に。と言う理由では、自衛官を志す理由には、ならないでしょうか?」


 何の飾りもない言葉。正真正銘、自分の心から出た言葉。一尉の青年の瞳を見据え、反応を待つ。その瞳は一樹の真意を探る様な、既に見透かしている様な瞳。回答の内容としては最悪。一樹が最も苦手とする質問。誰の為に。それは、今の一樹には答えられないもの。守るべき者もなく、志す信念も無い。


「それが、君の答えですか?」

「……はい」


 一呼吸置いて返事をする。その後の沈黙が何分続いたのか分からない。実際には一分も経っていない僅かな時間だろうが、 時間が何十分にも凝縮された様に感じる。


「そうですか……」


 呟く青年。他人との会話でここまでの緊張をするのは、一樹自身久し振りだった。言いくるめられない相手、口で負かすことの出来ない相手に出会ったのは。


「分かりました。以上で面接を終わります。お疲れ様でした」

「ありがとうございました」


 一礼して席を立ち、そこからは型通りの行動。今までにない脱力感、それと同等の達成感。外に出てみると、案外楽しい事もあるじゃないか、と今まで抑えていた笑みを外に出す一樹。

 この面接の結果、自分がどうなるのかは分からない。だが、面白い玩具を見つけた子供の様な笑みを浮かべて、一樹は待機室へと戻っていくのだった。



 □■□■□■



「……お疲れ様です影山一尉。どうでしたか、一樹は?」


 全ての面接を終え、帰宅する為に防衛省を後にしようとする青年に、背後から声が掛けられる。


「和泉君か……」


 その相手は、一樹の唯一無二の親友であり、一樹を自衛官にと進めた本人である和泉傑だった。


「悪くないよ。唐突な状況の変化にも対応できる適応力も、理解力もある。けれどまだ彼は幼過ぎる」

「………」


 一尉の青年——影山は、傑の質問に正直に答える。

 光るものはあった。才能も、それに甘えず培ってきた努力の証拠もある。しかし、まだ上に立つには彼は幼過ぎたと、影山は考える。


「特務科は信念だけではどうにもならない状況に立たされながらも、冷静かつ的確な対応、指示をしなければならない。例え必敗の状況だとしても、それを打開する術を見つけ出さなければならない」

「あいつには、その力もあると思い———」

「違う。俺が危惧しているのはそこじゃない」


 一樹を擁護しようとする傑の言葉を遮り、影山は話の中心に立つ少年の顔を思い浮かべる。


「俺が危惧しているのは、彼に覚悟があるか………部下の命を預かり、背負うという覚悟があるのかどうかだ」

「…………」

「君はまた別格だが、彼は才能に優れているとはいえ、ただの少年だ。そんな少年に、今の俺の立場(・・・・)を預けるのは、余りにも酷過ぎる」


 真剣な声で語る傑を見つめる影山の瞳は、過去に見てきた戦場を映し出していた。あの地獄の様な戦場で、部下の命を背負う重圧を、あの少年に預けていいのか、そんな不安があった。


「……大丈夫ですよ。あいつなら」

「何故そう言い切れる?」

「だってあいつは……いえ、これは俺の口からは言えないですね」

「………?」

「だからあいつから直接聞いて下さい」


 そう言い残し、一礼してその場を離れる傑。

 彼が最後に言った言葉、それを確かめる為には久遠一樹を合格にしなければならない。もとより不合格にする気は無かったのだが、傑の言った事を確かめたくなった影山は、してやられたと思いながらも、僅かな笑みを浮かべて帰路に着くのだった。

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