2:討論戦争-1-
東京都は新宿区。一樹は今日、陸上自衛官の面接を受ける為、日本の自衛隊全てを統率する本部——防衛省に、その足を踏み入れた。
一昔前の自衛隊の試験とは異なり、試験の時点で希望する職種を選択し、それに沿った試験を受ける形式に変化した。
それは、特務科と言う極めて特殊な兵科が追加された為であり、又、先に希望する職種を選択する事により、前期過程教育からその職種に沿った教育を受けさせ、即戦力として部隊に投入する為でも有る。
「はあ………かったりぃ………」
一樹が希望した職種は、勿論特務科。面接待ちの待合室で待機していた一樹は、思わず声に出して呟いてしまった。小さい声だったが、面接待ちでガチガチに緊張している周囲の人間に会話は無く、彼の声はほぼ全員に聞こえてしまう。
「———君!! 怠いとはなんだ!!」
と、面接まで一眠りでもしようと考えていた一樹の元に、如何にも正義感が強く、画の強そうな男が彼を指差しながら吠える。
「………はあ」
溜め息。面倒くさそうな奴に絡まれたと、一樹は心底頭を抱える。そんな彼の態度を見て更に憤慨した男は、周囲の目も気にせず怒号を上げる。
「これから国を担う自衛官になろうという者がそんな不遜な態度でどうする!? しかもその頭髪、君は本当に自衛官になる気があるのか!?」
捲し立てる様に言葉を吐き出す男。如何にも自分は自衛官に相応しい人間だと言わんばかりの発言。確かに面接を受ける為、自衛官らしく頭を坊主にしている男子・男性の中で、一樹だけ髪の毛が伸びたまま面接を受けようとしていた。
しかし昔とは違い、今の自衛隊は頭髪に関して其れ程厳しいわけではなかった。髪を染めるのは流石に禁止されているが、頭髪の自由は昔よりも規則が緩くなっている。それは戦場に行き、死と隣り合わせで戦うリスクを担う代わりの、細やかな計らいでもあった。
「そんな奴がいると思って、バリカンを持ってきた。さあ、トイレへ行って頭を丸めて……」
「——坊主にして、何が変わる?」
「なに?」
基本的に他人に対し無関心な一樹だが、自分に対し鬱陶しく絡んでくる人間に対しては、遠慮無く噛み付く。
「坊主にして、強くなるのか? 一騎当千の力を得られるのか? それだったら坊主にするが、違うんだったら坊主にする意味が無い。極めて非論理的だ」
「っ、君は——!!」
「不遜な態度? 勝手に言ってくれ。大体、静かな待合室で急に大声で怒鳴り散らすお前の方が、僕には不遜な奴に見えるが?」
「———ぷっ………」
と、完膚なきまでに男を論破する一樹。すると隣から吹き出す声が聞こえてきたが、横を向いてもリクルートスーツに身を包んだ女性が無表情に姿勢を正して座っているだけだった。
「っ〜〜〜!! なんて奴だ!! 君にこの試験を受ける資格は無いッッッ!! 即刻出て行くんだ!!」
「へえ? お前にそんな事を決める権限があるのか? 教えてくれよ? 今から面接を受ける自衛官にもなっていない様な奴に、僕の面接を許可しない権限を持っているのか? お前は自衛官にもなってないのにそんなに偉いのか? 自分がこの中で最も自衛官に相応しい人間だと、本気でそう思ってるのか?なあ、どうか僕に教えてくれはしないか?どうなんだ? ん?」
相手に発言の隙を一切与えない言葉の乱打。凡ゆる情報に精通している彼は、瞬時に理解し、判断し、決断すると言った行動に長けている。その為、彼が今までで口喧嘩や口論、討論に引けを取った事は、ただの一度も無い。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ? 何なら今から面接をするお偉いさんに確認してみるか? 僕の面接を受けるか否かを決定出来る権利が、お前に有るのかどうかを?」
「———ッッッ!!!」
煽りに煽られ、遂に堪忍袋の緒が切れた男は拳を振り上げ一樹を目掛け振り下ろす。口論討論では負け無しの一樹だが、ただの喧嘩は点で弱い。その辺に転がっている大きめの石の方が余程彼より強いだろう。
「———はいはい、其処までっ」
「〜〜〜かはっ!?」
振り下ろされた男の拳が一樹の顔面を捉える寸前、横から伸ばされた手によって、男の身体が空中で一回転——背負い投げされた男が背中から地面に激突する。
華麗な一本背負い。その一本背負いを繰り出した人物は、先程無表情を貫いていた、一樹の横に座っていた女性だった。
「………一本」
余りに華麗に決まった背負い投げを見て、思わず一本と呟く一樹。そんな彼をちらりと横目で見た女性は、地面に叩きつけられ咳き込む男に小さな声で、しかしよく通る声で叱咤する。
「全く………こんな所で暴力沙汰を起こしたら、試験失格どころか逮捕ものよ? それに………君っ!」
「へ……? 僕?」
「そう、君。論破するのは良いけど言い過ぎ。しかも君、こうなるって分かってて挑発してたでしょ」
彼女の指導の矛先が一樹に向かう。全く予想していなかった展開に、珍しく一樹は戸惑う。が、口先小手先の口論では百戦錬磨の彼。一瞬で状況を理解し、言葉を選ぶ。
「確かに、僕はこうなると分かってて彼を挑発していたし、君の予想は当たってるよ。けど、口で煽られて頭に血が上って即座に手を上げてしまう様な奴に自衛官が……それも指揮する立場に立つ役職が務まると思うか? 大体———」
「うるさいっ。悪いものは悪い。言い訳しないの」
「——あてっ!?」
再び言葉の雨を降らせる一樹だったが、しかしその言葉は星が弾ける様な威力のデコピンによって途切れる。
「〜〜〜〜っ、なんつう怪力だ!! それでも女かお前!?」
「し、失礼ね! れっきとした女、レディよ!!」
「筋肉バカの傑のデコピン並みに痛かったぞ!?」
「傑……? って、まさか……あの和泉傑……?」
「んあ、ああ………そうだけど………」
「———静かにしなさい」
と、再び口を開こうとした女性の言葉を遮る形で、待合室の扉が開き、迷彩服に身を包んだ中年の自衛官が低い声で呟く。未だに床に倒れ込んで噎せ返る男を確認した自衛官だったが、その言葉だけを残して扉を閉めた。
「「……………」」
一気に熱が冷めた一樹と女性は、浮かしかけていた腰を下ろして黙り込む。その後、一樹が面接に呼ばれるまで、二人の間に会話は無かった。
□■□■□■
一樹の面接は、と言うよりこの特務科の面接は五対一の面接で、各面接官から質問され、それに答えると言った、普通の面接だ。
特殊な特務科の面接だからどんなものかと危惧していたが、至って普通の面接に、若干の落胆を覚える一樹だった。
面接官の年代は様々。階級の高そうな中年の男から、まだ若い女性隊員から様々。皆、手入れされた迷彩服に身を包み、襟元には其々の階級が縫い付けられていた。
「お座り下さい」
中でも一際目についたのは、中央に座る一等陸尉の男。まだ若く、如何にも好青年といった男で、面接官五人の中では一番階級が上だ。
だが、そんな思いは彼の次の一言で思考の外へと吹き飛ばされる。
「ーーーさて、面接をはじめよう」
「ーーーーッッ!」
彼の一言で面接官の雰囲気が激変。そして一樹は豹変した彼等の瞳を見て確信した。これから始まるのは面接などと言う生易しいものではなく、言葉の銃弾で戦い、知識と己の冷静さを保ち確実に相手を斃す、質疑応答の戦争なのだと。
「受験番号四七番、久遠一樹です。よろしくお願いします」
「……うん。よろしくね」
和かに微笑む青年。
最早一樹に先程までの油断、余裕など無い。今、目の前に居る五人の面接官は、この瞬間から倒すべき敵。彼は内心口角を吊り上げる。至極上等。それでこそ自分が求めていた戦場。己の持っている有りと凡ゆる言葉の武器を装備して、戦争が始まった。
「まず、貴方が自衛官になりたい理由、どうして特務科を希望したのか教えて下さい」
最初の質問は最左翼の壮年の男性。階級は二曹で、服の上からでもわかる隆起した筋肉を備える男だった。一番始めの質問は、テンプレ通りの志望動機。確かにオーソドックスな質問ではあるが、面接という場では、ある意味最大の質問だ。
此処は様子見という形を取ってきた面接官。しかし、一番始めの質問は、今後の面接を左右する一番大切な質問。言葉巧みに生きてきた一樹に取って、それは理解に容易く、瞬時に言葉を選択し、発言する。
「はい。私が自衛官を志し、特務科を希望した理由は、この日本が嫌いだからです」
一発目から全速力で飛ばす一樹。面接官たちは度肝を抜かれたように一瞬口を開くが、流石は面接官に選ばれたことだけあり、すぐに表情を持ち直す。
「すいません。この日本ではなく、今の日本がと訂正します」
そして賺さず謝罪と訂正。これで相手側に伝わるのは、一樹の建前と本音のバランス。日本が嫌いと一寸も思っていないにも関わらずそんな発言をするのは有り得ない。例え誤った発言であれば多少なりとも焦るそぶりを見せる筈だが、今の一樹にはそれが無い。
つまり、一樹は今の応答で自分が本心ではそう思っているが、だからこそ……という二つの思いを伝えたのである。まさに雄弁、詭弁、抗弁を極めた一樹だからこそ可能な巧みな言葉を使った心理戦。
「私は今の日本の情勢で、今のままでいいと思っている政治家、内閣、延いてはこの自衛隊も含め、今のままではこの国は崩壊すると思い、国を主導できる特務科を希望致しました」
「え………では、具体的にどの様な方法で日本を変えていきたいと思うのですか?」
「はい。まず自国のエネルギー資源であるM・Hを利用した国際的な交易関係を築きたいと思っております」
「それは何故ですか?」
「はい。日本の海底には、日本のエネルギー消費量と比較して約一〇〇年分のM・Hが眠っていると推測されています。更にM・Hを利用した自動車、発電所等が既に世に出回っているのは既知のここと思います」
質問に答え、再び質問。個人の意見に対する追求。何故そのように思うのか? 何故、という問い掛けはつまり、その意見に対して多少なりとも興味を持っていると言う事。確かに応答に対する意見の追求は当たり前だが、討論・口論に強いということは、相手の表情を見抜く観察力も優れているという事。相手の表情、思考を見抜き見透かす事が出来る一樹は、先の面接官の追求を自分の意見を聞い言っていいタイミングと捉え、さらなる意見を述べる。
「ですが、自衛隊が使用している貨物車両、自衛艦、航空機などは、M・H発火式より石油燃料式の方が燃費効率、操舵性。そして、生産コストが安いのです。その為、確かにM・Hを利用した物の方がメリットもあります。が、生産コスト面。そして何よりまだ真新しい技術を採用・導入した事による隊員達の不安や疑心を解消できる事もあります。話を戻しますが、以上の理由で私はM・Hを利用した広く国際的な貿易関係を結びたいと思っております」
余りにも饒舌に、そして何より明確な意思を持った発言をする一樹に、少なからず関心と驚愕を覚える面接官たち。
掴みとしては申し分無いが、一樹が警戒しているのはやはり中央に座す一尉の青年。直感的に彼は青年と自分と似た何かを隠していると疑心する。
彼の質問の意図、表情の一つ一つ、更には話し方の癖を見抜かなければ、恐らく討論戦になった場合、一樹は自分が劣勢に立たされるだろうと確信する。
気を抜けない討論。油断ならない相手。今までに数える程しか出会わなかった張り甲斐のある相手に、内心で口角を吊り上げる。
「それでは、次の質問です———」
先程質問して来た面接官の隣に座る男が口を開く。頭の中をリセットし、次の討論戦に備え耳を傾ける。
まだ面接は始まったばかりだ。




