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戦場のアルカディア  作者: 南ノ瓜
始まりの日
1/4

プロローグ

 西暦二〇七三年。

 二〇〇〇年代から各国が様々な視点から模索し、開発し、試行錯誤を繰り返し、そして今年、世界の軍事事情・産業は大きく変動した。

 その一つの原因として上がるのは、当時持っているだけで他国への牽制となった地球最強最悪の化学兵器『核兵器』が地球上で使用出来なくなったのが、一つの原因である。

 当時、絶大かつ凶悪な威力を誇っていた核兵器だが、米・露・中・伊・仏の五大国、その他にも核兵器を保有する国が増え過ぎてしまった(・・・・・・・・・)のだ。

 核兵器を保有する国同士の間で戦争が始まれば、どちらかは必ず劣勢になる。その時、劣勢になった方の国は、必ず核兵器の使用をチラつかせてくる。しかし、優位に立っている相手国も同じ核保有国。核兵器での脅しは何も怖くない。

 ならばどうなるか? 答えは降伏か、否。

 それだけで済めば、今日、地球がこんなにも血に汚れることは無かった事だろう。話し合いで何もかもが解決出来る、そんな優しい世の中では無いのだ。

 劣勢に立たされ、一歩後ろは下が見えない崖。そんな窮地に立たされた人間、基それの集まりである国が取る行動は、想像に容易いだろう。


 そう、所謂『自暴自棄』、『特攻』、『やけくそ』である。


 そんな事を軍事力が五指に入る大国が、しかも核保有国が実行すれば、世界、いや地球そのものが崩壊しかけない。そんな事は絶対にあってはならない。

 そう考えた核保有国各国は、核を保有しているも使用できないと言う状況に至ったのである。

 これが、世界の軍事力が変動した「一つ目」の理由。説明すればキリがないが、しかし、確かに世界は大きく変わった。明らかに、明白に、疑う余地もなく変革()わった。

 西暦二〇七三年、地球。今日もこの青い星の何処かで銃弾が飛び交い、硝煙と鉄の匂いが充満し、血の海を広げる戦争が繰り広げられている。世界は変わった。技術は進歩した。


 だが、人の思考は、何一つ成長(かわっ)ていない。



 ◇◆◇◆◇◆



 朝、目が覚めると同時に途轍もない号砲が耳を劈く。最近は毎朝毎朝この号砲と共に目を覚ます。


「———おはようございます、久遠曹長……いえ、久遠三尉」


 左腕に着けた時計がピピッ! と六時を告げるアラームが鳴ると同時に、部屋の扉がノックされ、端整な顔立ちの女性が入室してくる。

 しっかりとプレスされた迷彩服を身に纏い、手入れされた半長靴を履いている彼女の襟元には、二曹の階級を示す階級章が縫い付けられていた。少し栗色がかった髪はお洒落を機にする事なく肩に触れないギリギリのラインでふわりと揺れている。

 そして、左胸付近に『和泉』と名前の刺繍が施されたネームの上に縫い付けられた空挺徽章(くうていきしょう)が、彼女が如何に強者であるかを証明していた。


「………おはよ、和泉二曹。毎朝毎朝起こしに来なくても良いのに………」

「いえ。自分は久遠三尉の身の回りの一任されております故、自分の行動は、いつ如何なる場合においても仕事に成り得るのです」

「……そ、なら良いんだけどさ………ふぁ………」


 欠伸まじりに小言を漏らしベッドから起き上がる久遠。ベッド脇のハンガーに掛けておいた迷彩服の上衣をもそもそと着始める。


「今日の日程は朝〇八一五朝礼、その後〇九三〇に小隊長会議、終わり次第、米国外交官との調停会議の予定であります」

「うげ……………そういえば今日はあの案件の可決予定日だったな………」


 和泉から告げられた今日の日程を聞き、久遠は心底嫌そうに顔を顰める。今日は西暦二〇六九年四月一日、新年度のスタートである今日、本日付で陸曹長から三等陸尉へと昇任した久遠一樹(くどういつき)は現在、東京都新宿区にある自衛隊新宿駐屯地に部隊を置く第三〇三普通科大隊、その第一特務小隊の小隊長へと任命されたのである。

 難しく、長たらしい話は後にするとして、要するにこの久遠一樹という男は、此処日本国において今最も重要といっても過言ではない機関の、その中枢を担う男だという事だ。


「先方は今何処に?」


 短く纏めた彼の質問に、問い掛けられた和泉は正していた背筋を更に張り、堅苦しい口調で淡々と語る。


「はい。米国側の外交官ハワード・シュテム外交官は前日、北海道の札幌駐屯地で行われた北部方面の集合会議に出席、今日未明北海道を発ち、先程防衛省庁舎に到着したと連絡がありました」

「準備万端って訳ね…………」


 心の底から出た溜め息と、頭痛がしてきた頭を抱えて、久遠は着々と手を動かしていく。

 寝巻き用の短パンを迷彩が施されたズボンへ穿き替え、先端に鉄板が埋め込まれ安全靴としても機能する戦闘半長靴を履く。短パンを脱ぐ際にしっかりと視線を逸らした和泉に気付く事なく、最後にこの日本国内で久遠だけが羽織る事を許された右肩に施された金と赤が混在した飾緒(かざりお)と、唯一彼だけに与えられた金色に輝く特別な徽章(きしょう)、【特務防衛徽章(とくむぼうえいきしょう)】が付けられた軍袴(ぐんこ)を羽織り、極端に日差しが曲がった識別帽を被る。


「……さて、行きますか……」


 そう呟いた久遠の横顔を見る和泉。彼のその横顔には、先程までの軽薄な雰囲気は一切有らず、まるで戦場に赴く戦士の様な触れれば八つ裂きにされてしまいそうな剣呑な雰囲気が漂っていた。この切り替えの早さも、彼が『選ばれた』理由の一つなのだろうと、彼女は最近理解する事ができた。


「何処までも、お供致します」


 そして、そんな彼の一番近くに身を置ける事に感謝しながらも、何があっても彼だけは必ず守り抜くと改めて決心する。

 この、日本の未来を背負い、自分よりも圧倒的に上にいる敵と知力で相手を嵌め、最前線、卓上と、戦場を問わず戦い、嘗て圧倒的不利な状況から、大逆転劇を繰り広げ、後に『明星の戦神』の異名で後世語り継がれる事となる、青年の背中を。


 これは、一人の青年が歩み、真実を記し、己が存在を世界に知らしめた、戦いの物語である。

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