「近い過去とこれから」
最終話になります。
ひとつはあのスーツに握られた左手首の火傷。
指のあとがついて不気味だ。
見たくない。
ふたつめは胸に大きく白い刺青が入っている。
何の模様だろうか?
羽を大きく広げた、何か?
警察官でこれはどうだろうかと苦笑いしたかった。
そう、したかったが無理そうだ。
みっつめはそれだ。
感情を表立って表せていないのだ。
精神的にも。
「お前さんの体はいじらせてもらったよ」
男は静かにささやくような声で言った。
俺はあの地下の奴のような改造を受けたらしい。
別の方法で。
手首の火傷をつけた奇妙なやつは『変異体』という奴らしい。
『あるものの因子』を投与し、局所をサイボーグかした―――バイオロイドのような者達事らしい。
ただし、『適合者』以外は施術不可能な技術らしく、あの地下では軍・警察関係者から集めてきた『適合者』を改造するという行為が行われていたのだと言う。
だがこの男はどうして真司のこともバイオロイドとやらにしてしまったのか?
先ほどはじめて出会ったこの男―――もとい老紳士がそんな事をするようには何故だか思えなかったのだった。
なんとか時間をかけて出た声でそう伝えると老紳士は一瞬目を見開いて、次に目元のしわが深くなるほどに細めた。
口元は緩やかに結ばれている。
しばらくそんな顔をしていた。
だが徐々に苦々しそうに顔をゆがめ俺の腕に視線を移した。
「この火傷は『変異体』につけられたんじゃな?」
そうだとゆっくりしか動かないがしっかりと頷く。
それを見届けると老紳士は続けた。
「”奴ら”や『変異体』から傷付けられるとな、そこから因子が入ってきてしまうんじゃよ。」
そうだ。
俺の場合、火傷から因子が入り込んでいたのだ。
フッと、逃亡中に巻き添えになった主婦の事を思い出して顔をゆがめる。
おそらく大変なことになってしまったのだろう。
因子が入り込んでしまうと、体組織の崩壊が見られ、その処置として有効なのは元の因子の改良型の投与だという。
投与というのが今の俺の状態に対する改造である。
それがあればあの主婦も救えるかと考えたが次の言葉で”すぐさま投与することが重要だ”と付け加えられてしまう。
ただし、状態保護をしておく事によって時間が相手もどうにかなるらしいがこれはきわめて困難らしい。
「まあ、お前さんにお偉方がしようとした処置の正式版が今回の改造方法なんじゃがな。もとは、”奴ら”から傷を受けたものに施すつもりで作り出したのじゃし。」
老紳士が寂しげにいう。
この方法なら感情を表にこそ出せないが自我や思考、感情は失われないままでいられるらしい。
『進化体』にはなってしまうのだがそのほうが何倍もましだ。
俺はそう考えてしまう。
何故こんなことが出来るのか?
この老紳士は誰なんだ?
その改良した因子を作ったのは何故?
時間をかけて伝える。
「孫がな、お前さんみたいになったんじゃよ。」
だからこの元医者は因子改良で治療を試みたのだという。
「まさか”あやつ”の孫にも投与する事になるとは思わんかったがな。」
あやつ?
「お前の爺さんだ。無茶ばかりしては大怪我をこしらえてわしの所へ転がり込む悪友の幼馴染じゃ。」
「あんな立ち回りをして何とかなるんですか?」
数時間後。
俺はようやく起き上がることが出来るようになった。
何でもあの穴は本来人の通り道ではないらしく、そこを落下した俺は全身打撲と骨折が複数。
内蔵もいくつかやられ、体組織の崩壊まで起きているという状態だったらしい。
よく生きていたものだと思う。
実際、虫の息だったというし・・・。
「お前さんがされそうになった処置を受けた者とお前さん。反応は同じじゃから気づかれんよ。」
そして、このこのエセ老紳士は俺にスパイの真似事をさせると言い放ってきた。
当初、何度この老紳士が進言しても政府は聞く耳を持たなかった。
「財政負担が相当いくし、運用性が完全な人権無視じゃしな。」
そう伝えたのだが・・・。
軍備増強の名の下に必要である、という返答。
しかも政府は、この処置を受けた兵士を増やすべく因子提供を迫ってきたという。
だがここで大きな問題があった。
この方法は莫大なコストがかかるのだ。
そこを削る為に粗悪品が出来てしまい、結果は操り人形となった田川さん達だ。
だが、政府は逆に言いなりになる強力な兵士を手にする事になった。
因子を投与するとリスクもたしかにあるがそれ以上のものが帰ってきたのだった。
投与された者の身体能力は桁外れに向上する。
そんなものが目の前にあるというのに政府が黙るはずもなく、『強化兵』高なんだかといって専用部隊を作ると言い出したのだ。
その計画が先ほどの追いかけっこした施設での事だ。
「何度も言いますが、俺は処置室から逃げましたよ?」
「わしが捕まえて施した。そう通達しておこう。まだあちらに籍があるからのう。」
バレはしないと口の端をあげる。
この笑い方、じいちゃんそっくりだ。
「コネなら任せろ」
げんなりしている俺に最後にこの老人、小峰雪人は言い放つのであった。
だがこの事がきっかけで俺はより政府内部に深く食い込んでいく事になる。
それは、後に人類最後の希望と称される部隊の司令官に抜擢され最前線を駆ける事となる。
『日高真司・解放軍前線部隊少佐』と。
そして俺達は、”すべての時空を救う戦いに身を投じる少女達”に出会う事になる。
時は戻って、真司逃走直後。
施設監視室で数人の男たちがモニターを凝視していた。
それは真司が穴に落ちるその一部始終であった。
ただし、穴に落ちたところは煙幕のせいで突然消えたようにしか見えないのか室内では真司の行方を再び捜索せよという話に収まる。
だが、なぜか後にある男の報告でこれはただ1人の警官が逃走したということで収まったのだ。
それよりも、問題は別にあった。
「何故、プロトタイプが?」
誰かがモニターに視線を釘付けにしたまま呟いた。
黒いまっすぐであろう髪を後頭部の高い位置にまとめるように結わえ付けた、ボディスーツの女性が煙幕を拡散して回っている。
その早業は人間のものではない。
「プロトタイプ『ユノア』ですな」
煙幕を撒き散らし一瞬で去っていった女性。
カメラの隅を過ぎ去る彼女を一同は見つめる。
それから数ヶ月後。
なぜか国主催の”健康診断”と関係施設が急遽閉鎖される事となった。
変わりに各地で起きる”化け物騒動”が話題となり、別の施設が立ち上がる。
だがそれは遅かった。
空を割って現れた不気味な”船”。
落下してくる化け物。
人類はこのとき初めて真の敵と対峙した。
『変異体』。
生けるものすべてを取り込み糧とする存在。
「全隊、退避ポイントへ!2番隊と7番隊がしんがりだ!徐々に下がれ!」
母船は地上にあと数百メートル程度というところで砲撃を受けてとまった。
そこへ『解放軍』と呼ばれる『変異強化処置』を受けた戦士達が進み空の割れ目の向こうにに隠れた母艦の最深部を目指す。
その先頭を進み指揮を飛ばすのはまだ若い元刑事の青年と、因子最初の適合者である女性であった。
空の向こう側に広がる世界。
そこで繰り広げられる戦い。
その戦いの真の意味と本当の敵。
向き合うはずのなかった現実と向き合った彼らは”本来向き合うべき少女”のもっとも信頼する戦友となる。
これは”物語へと続く、彼らの物語”。
お付き合い、ありがとうございました!
「何かが始まりそうな終わりだなあ」と思っていただければ幸いです。
序章ですから!
本編はまだ、しばらく後になりますがよろしくお願いいたします!
本当にありがとうございました!