女子大生
私の休日はお弁当作りから始まる。
自分用だから簡単にありもので。たとえば「ハムとチーズのサンドイッチ」みたいに。
シンプルなのが一番。女性に人気があるアボカドは嫌い。
お弁当作りを済ませたらシャワーを浴び、ささっと支度をする。
基本的にノーメークだから、日焼け止めを塗るくらい。
服装は一応、小綺麗に見えるようには気を付けてるけど、同じくらいの年頃の子と比べたら地味なのは否めない。
大抵いつも似たようなのを着てるかな。
ジーンズに白のノースリーブ、アウターにはグレーのパーカーとかね。
妹にはもうちょっとお洒落に気をつかったら?と言われるけど、そんなことにエネルギーを費やすくらいなら私は専門書でも読んでるほうがマシ。
「いってきま〜す」
一人暮らしだから言う必要なんてないのに、出かける時にはついつい口から出てしまう。
この1~2ヶ月というもの、日ごろの行いが良いせいか、週末は決まって晴れている。
清々しいほどの青空で、日差しが眩しいくらい。
紫外線は気になるけど、やっぱり太陽の光を浴びるのは気持ちいいから外に出るのは大好き。
若い娘がお弁当を持って一人でどこに行くのかって?
行き先はいつも決まってる。お気に入りの動物園。
電車を乗り継いで行くんだけど、開園と同時に入園するのが私の理想。
そのほうがゆっくり見られるってのもあるし、午後からだと出かける気がしなくなってしまう。
だからどうしても朝から行動するはめになる。
休日はお昼まで寝てるって話をよく耳にするけど、そんなのは一日を無駄にしてるだけ。
動物園に着いたらサル山に直行。何度も通っているから案内板を見なくてもわかる。
園内はまだお客さんもまばらで、清掃のおじさんが箒で掃いてたりする。
いきなりサル山かよ、ってバカにしてるでしょ?
でも私はサルが好き。
正確に言うと、しゃがんだサルの後ろ姿が好き。あの姿を見てると癒されるし、なんていうか胸がキュンってする。
サルはこちらの都合に合わせてじっとしててくれるわけじゃないから、ベストポジションを求めて柵に沿って移動を何度も繰り返す。お弁当を食べるときくらいかな、その場を離れるのは。一日見ていても飽きない。
そんな感じで私の休日は終わる。お察しの通り、私には友達や恋人なんていない。今までがむしゃらに勉強ばかりしてきたから。
科学者になるのが幼い頃からの夢だった。
最先端の技術、科学を携えて、未来へ向けて次のステップを踏み出す人類のために足場を築けたら、そんなことを漠然と思っていた。
その第一歩として、昨春、理工学部に進学。この春には無事に進級も果たした。
ここまではプラン通りに進んでいて、なんの不満もないのだけど、最近はちょっと違うのかなとも思う。
違うと言うと語弊があるかな。
これまでやってきたことに対してなんら後悔もないし、なんの迷いはない。これからも邁進していくつもり。
でも、それだけじゃダメなのかなって。
自然な振る舞いのなかで、誰かを癒したり優しい気持ちにさせることも大切なんじゃないかって。
例えば私がサルに癒されてるように。
まだ新緑の頃だったあの日。
ゼミの飲み会で教授も来るからって誘われたから行ってみたんだけど、期待外れに終わった。
教授が参加してるプロジェクトの話を聞けるかもって思ったんだけど、飲み会にそんな堅苦しい話を期待した私がバカだった。
勢いに流されて終電も逃してしまった私は24時間営業のファミレスで朝まで時間を潰した。
始発で帰るといかにも朝帰りって感じが嫌だったから、通勤・通学時間帯まで粘って帰った。
たまにはいいもんよ、人の流れに逆らって歩くのも。
その人を見かけたのは自宅近くのバス停だった。
貫徹のせいでぼんやり歩いていたら、中学・・・ううん高校生くらいだったのかな。走ってきた制服姿の女の子がすれ違いざま私にぶつかって。
びっくりしてはっと顔を上げた瞬間目にしたあの後姿。
・・・彼はしゃがんで列の先頭に並んでいた。
その時思っちゃったのよ、サルに似てるなって。
なんか可笑しくって吹き出しそうになっちゃったから慌ててその場を離れた。
そのあとはしばらく忙しくしてたから彼のことなんて頭から消えていた。
2ヶ月位前だったかな、たまたま朝帰りしたときと同じ時間帯に家を出たときがあって、そのときにまた彼を見かけた。
「あ、おサルさんがまたいる」って、思わず心の中で呟いてしまった。
彼はまたしゃがんでいたんだけど、車道に向かってしゃがんでいるから、ほら、わかるでしょ?しゃがんだサルの後ろ姿。歩道を歩く私から見る彼は私の好きなアングルなわけ。
それからかな、彼のことが気になりだしたのは。
わざと時間帯を合わせて学校へ行くようにしたりして。
でも声をかけたりなんかしない。ただ後ろ姿を眺めるだけ。それだけで嬉しかった。
雨の日は傘をさしてしゃがんでいた。そんな姿を見たらもう私のなかの母性本能が疼くわけ。
あの大きな背中にピタッて寄り添ってみたい。
私にもそんな気持ちがあるんだなって、新たな発見だった。
本当に本当に淡い恋心。
あーあ。そういえば最近、動物園に行ってないなぁ。