サラリーマン
東京に本社を持つ企業に就職した俺が向かうのは、夢にまで見た丸の内のオフィス街。
通勤に便利な場所をと選びに選んだアパートだったが、それが仇になるとは思いもしなかった。
慣れない営業。
取引先での失敗の数々。
俺には郊外にある子会社への辞令が下された。
自業自得とは言えガッカリだ。
おまけにアパートからでは通勤手段がバスしかなかった。颯爽とJR通勤するはずだったのに!
初めて子会社に向かうその日の朝。
バス停に向かった俺は、そこにしゃがみ込んでいる男を見つけた。
てっきり具合でも悪いのかと思い、
「大丈夫ですか?」
と声をかけてみたが、男はチラリと一瞥を寄越しただけで後は無反応。うんともすんとも言やしない。
なんだよ。声をかけた俺が悪いのか?
田舎じゃ困った人が居たら親切にするもんだと教わってきたが、都会は違うのか?
さすがにムッとしたが、バス停に人が集まりだしてきたんでその場はそれきりになった。
その日、初めて出行した子会社でのプレゼンは、まるで自分じゃないみたいに上出来だった。
俺の頭の中はあの不思議な男で一杯になっていた。
が、翌日のバス停にはしゃがみ込む男は居なかった。
何故かホッとしながら出社した俺だったが、その日の営業は散々だった。
その次の日。
バス停に向かうと、この間と同じように男がいた。
男はやはり、じっと前を向いてしゃがんでいた。
さすがに声はかけなかったが、じろじろと観察していて気がついた。
結構いい物を身に付けている。
スーツも靴も。
びしっと立って並んでいれば相当サマになるのにもったいない。
その日の営業では、今まで無いくらいの凄い契約を結ぶ事が出来た。
一週間も経つ頃には男のしゃがみ姿を見てもなんとも思わなくなっていたが、朝から雨が降った日があった。
こんな日には、流石にしゃがんでないだろうと思ったら、傘をさしてしゃがんでいた。
俺のその日の仕事振りも素晴らしいものだった。
1か月が過ぎた。
俺はその後も業績を伸ばしていった。
何故かバス停で男がしゃがんでいた日は、俺の仕事は成功続きだった。
そして。
「やったぜ!」
俺は、再び本社で働ける事になった。
本社での輝かしい活躍が期待された俺だったが、どうした訳だか大事な契約を逃したりクライアントの逆鱗に触れたりと、その仕事ぶりは子会社出行前より格段に悪くなった。
取引先からは責められ、上からは怒られる毎日が続き追い詰められた俺の頭に、唐突にバス停のあの男の姿が蘇った。
「あいつがバス停にいた日の仕事は上手くいっていなかったか?」
暗い気持ちで得意先巡りをしていた俺の足は、自然とバス停に向いていた。
そうだ。
あの男に会えれば。
バス停に近付くにしたがって次第に早足になり、そのうち力の限り走った。
あの角を曲がればバス停だ。男は。
・・・男は居なかった。
下校時刻なのだろう。
息を切らして立ち止まった俺の横を、何人かの小学生が楽しげに話しながら通り過ぎる。
「シャガミンがさ…」耳に飛び込んできた子供ならではの他愛ない会話。シャガミン…その一言に俺はピンときた。
「あのバス停の妖怪だろ?」
「うん。その妖怪シャガミンがさ、今朝5組のヒデヤに負けて、取り上げてた妖怪リストバンドを返して泣きながらバス乗って逃げたらしいぜ。」
「すげー。」
あの男が妖怪・・・だと?
それじゃ、俺の幸運は妖怪の・・・?
俺は小学生を見つめたまま立ち尽くすしかなかった。
その姿があまりにも怪しかったのだろう。
近所に住む主婦と思しきおばさんが、俺に意味ありげな目を向けながら挨拶をして来て、俺はハッと我に帰った。
見上げれば一面の青空。
容赦なく照りつける太陽。
今日という日ははまだ半ばを過ぎたばかだと言うのに、この後過ごす時間を思うとうんざりする。いつからこんなふうになってしまったのだろう。
俺はため息を一つ吐くと、ありふれた日常へと戻って行った。




