第5章 バベル (13)
え? それって僕が助かっても、ステラは死んじゃうってことじゃ!? もちろんそんなの良いはずがない。しかし僕が何を言い返す間もなく、ついにモンスター3体が攻撃をしかけてきたのだ。まず正面にいた一番近いやつが僕に向かって情け容赦のないパンチを繰り出してくる。更に左にいるヤツは駐車していた乗用車を持ち上げ、僕のほうへ巨大な鉄の塊を投げ飛ばそうとしていた。しかし倒れたままの僕は、まだ立ち上がることすらできないのだ。もうどうすることもできない!
すると突然、僕とモンスターの間に立ち塞がるかのようにして、何か金色の小さなトカゲのようなものが空中に飛び出してきた。よく見ると、そのトカゲには背中から翼がはえていて、翼を軽くはためかせながら、空中に停止していた。するとそいつは、いきなり口から白く輝く、霧のようなブレスを勢いよく吹き出したかと思うと、その超高圧のブレスで、正面のモンスターの動きを止めたのだ。その小さな体から吹き出ているとは信じられないほどの凄まじいブレスが、正面の巨大なモンスターの動きを抑える。いや、それのみならず巨大なモンスターの右腕と顔の部分をジェット噴射のような超高圧ブレスで吹き飛ばした。頭と片腕を失ったこのモンスターは、これでもう戦闘不能だろう。
[これがドラゴンブレスだよ、マスター。IDカードの戦闘サポートシステムに組み込まれていた機能さ! 空だって飛べるんだ。この力でオレがマスターを守るから、マスターは今の内に早く逃げてくれ!] 心の中にステラの声が聞こえる。
しかし休む間もなく、2体目のモンスターが、その持ち上げていた乗用車を僕たちに向かって投げ飛ばしてきた。もちろんヤツは投げ飛ばした車で、僕たちをペシャンコにするつもりだ。ステラはブレスを止めることなく、今度はもの凄い勢いで飛んでくる車に向かって、ブレスを正面から叩きつけるにようにして吹きつけた。
僕は動くこともできず、ただそれを見ていたのだ。まるでスローモーションを見ているかのように、それは僕の目に全てがはっきりと見えていた。もうほとんど目の前にまで飛んできていた巨大な鉄の塊に、ステラのブレスが叩きつけられる。しかし飛んでくる車の勢いは強すぎて、もう車を止め切れない。しかも最悪なことに、片腕と頭を失って動けないはずの、正面にいるモンスターまでもが、残った片腕だけでこっちに向かって走りながら突っ込んでくる。こいつが戦闘不能だというのは、僕のただの思いこみでしかなかったと言うことだ。ステラは乗用車へのブレス攻撃が手一杯で、突っ込んでくるモンスターに対して完全に無防備だ。今すぐどうにかしないと、ステラが殺されてしまう!
しかし僕は動けなかった。いや、それはたぶん間違いだろう。すでに戦意を喪失した僕は、動こうとしなかったのだ。僕は、その状況を、まるでテレビでも見ているかのように、ただ黙って見ていた。ステラが最後の力を振り絞ってブレスで車を止め、その瞬間に正面のモンスターに向かって体当たりしていく様を、僕はただ呆然と見ているしかなかった。
この瞬間、僕は自分がいかに卑怯で、ズルくて、身勝手で、弱いかを、思い知った。そう、考えてみれば僕はいつだってそうなのだ。赤鬼のときは、謎の獣に助けられた。山田のときは、僕の代わりにリリスがナイフで刺された。そして今度は僕の代わりにステラが命を落とそうとしている。そうやって僕はいつも誰かに助けられ、誰かを犠牲にしてきたのだ。
動け! 僕の体よ! 早く立ち上がってステラを助けないと、ステラが僕の代わりに死んでしまう!
しかし僕の体はついに立ち上がることなく、ただその瞬間を見つめているだけだった。ステラが正面の巨大モンスターに弾丸のようにして突進し、翼が折れ、体がいびつな形にゆがみながらも、敵を吹き飛ばす様を僕は見ていた。敵を吹き飛ばしたステラははじき返され、僕の目の前に転がっている。もうどう見たって助かることはない。ステラはもうじき死ぬだろう。そのとき、僕の心にステラの意識が伝わってきた。
[ごめん・・・。偉そうなこと言ったけど、やっぱりダメだったみたいだ・・・。オレが死ぬまで、逃げてくれよな。そうすればこのシステムは強制終了になるから・・・。あとほんの十五秒くらいだと思う・・・。悪いのは、オレがムリに、こんなゲームにマスターをつき合わせたからだ。ゴメンな。初めての外の世界が楽しくて、ちょっとムチャだったみたいだね。でも、マスターの力は本物なんだよ。だからマスターは、オレが行けなかった世界の果てを絶対に見てきてくれよな・・・。約束だよ・・・]
そこでステラの意識は止まった。