第5章 バベル (10)
「面倒くさい雑魚との戦いはナシだよね。そう思って最初から敵モンスターの設定はSSランクにしてあるから、全力で戦ってくれて大丈夫だよ♪」とステラ。
「ちょっと待ってくれ。戦いのルールをまだ聞いてないぞ!」と僕。街の様子は、近代都市に設定されているらしい。周りには高いビルディングが立ち並び、その景色はまるで東京大手町界隈の様相だ。
「マスター。戦いにルールなんてあるわけないだろ! これは実戦を想定したトレーニングなんだぜ。どんな手段を使ってでも敵を倒せばいい。罠を使おうが、武器を使おうが、素手だろうが、何でもアリだ。ちなみにこの市街地にはモンスターが3体いるから、3体倒した時点でトレーニングは終了になる。もう戦いは始まってるから、あんまり油断してると危険だよ。まずは見つからないようビルの陰に隠れながら、敵の場所を確認するんだ。こんなところでウロウロしてたら、敵に踏み潰してくれといわんばかりだからね」
踏み潰すって、敵はそんなに巨大なのか??? 僕はとりあえずステラの忠告に従いながらビルの壁に張り付いて身を隠す。そして呼吸を整えながら耳をすまして敵の気配を探る。
ズシン ズシン ズシン ・・・ ・・・
まだかなり遠くに感じるが、確かに何か大きなものが複数歩いているような地響きがする。この嫌な音の響きは、僕に赤鬼との戦いを思い出させる。
「ステラ。確認なんだけど、このバーチャルトレーニングは、訓練だから危険はないんだよね?」と、泣きたくなるような思いで僕は尋ねた。
「このテリトリーファイトは、本来は、生身の人間が使用するものなんだ。プレイヤーがこの機械を使用すると、人間のテリトリーに直接作用して、戦闘に関わる地形情報とモンスター情報がテリトリー内に再現される。つまり夢を見ている状態でバーチャルファイトが楽しめるっていうマシンなのさ。プレイヤー本人のテリトリー内なら、オブジャクトによる物理攻撃はスピリットに対して干渉しない。つまり夢の中で安全に戦闘が楽しめるマシンなんだ。でもマスターの場合、もともとスピリットの状態でこのマシンにアクセスしたから、この法則の対象外だけどね。大丈夫。モンスターが3体いるから、攻撃3回までのダメージはハンディキャップとしてシステムが無効化してくれる。マスターの実力なら楽勝さ!」
「全然大丈夫じゃないぞ! それはつまり攻撃4回目で大怪我ってことだよね! そもそもモンスターを倒す武器だってない。まさかパンチやキックで倒せるはずないだろ!」
「マスターが実力を発揮すれば、SSランクのモンスターなんて素手でも簡単に倒せるはずなんだ! オレには、ニムロデが解析したマスターのスピリット情報が見えてるんだ。だからオレを信じて、オレが言うとおりに戦えば絶対に大丈夫! さあ、そろそろ敵の1体が近づいてくるから注意してくれ。それに、そんなに武器が欲しいなら、暗黒神剣を呼び出せばいい。あいつはちゃっかりマスターの魂に同化してるみたいだから、マスターが望めばすぐに具現化できるはずだよ」
そう言えば、墓場から、ついうっかり持ち帰ってしまった暗黒神剣のことをすっかり忘れていた。
「さあ、レッスン1、暗黒神剣の召還だ。あの剣の力が何かまではわからないけど、99.98%の可能性で、何かの特殊性能があるとニムロデは解析している。うまく使えば、マスターの心強い武器になってくれるはずさ。さあ急いで! 心で強く念じればいい。簡単だろ」
ドシン ドシン ドシン ドシン バシン バシン ガギ!!!
そのとき、ついにSSランクモンスターの1体がビルの陰から姿を現した。そいつの姿は、もうまるでアニメの巨大ロボットのような大きさだ。高さ10メートルくらい、ビルの4階にも届きそうな大きさといえば想像できるだろうか。確かにこいつなら、僕のことも足で簡単に踏み潰すだろう。ステラの忠告に従ってビルの影に隠れていたから、向こうはまだ僕を見つけていないはずだ。僕は、とりあえずビルの壁に隠れたまま、こいつの後ろ側に回り込むことにした。
「マスター。それはダメだよ! SSモンスターのAI(人工知能)は学習機能のレベルが高くて、時間の経過に従って知能が上がるように設定されているんだ。逃げまわって時間を無駄にすると、こっちはどんどん不利になっていく。この1体目で時間を使いすぎると、2体目と3体目の戦闘で後悔することになる」
どうやら戦略的回避は、戦略的な理由でもってダメらしい。もう八方塞だ。誰か、誰でもいい、僕を助けて欲しい。頼む! 暗黒神剣! 出てきて僕を助けてくれ~~~~~。
ふと気がつくと、僕の右手は、そのときしっかりと暗黒神剣を握りしめていた。