第5章 バベル (9)
結局、バベルのIDカード(=ドラゴン)は、ステラにお腹に入ったまま、もう取り出すことはできなかった。ステラに言わせると、ドラゴンはすでにお腹の中からも消えてしまったのだと言う。それはつまり消化されてしまったということなのだろうか・・・。
しかし受付で改めて確認したところ、ニムロデはステラの中にIDカードの存在を感知しているという。そのためステラを同伴している限り、僕がバベルの施設を利用するのに支障はないそうだ。
「ねぇねぇ~ 早く遊びに行こうよ~~」と、リリスが相変わらず僕らをせかす。しかしムーンライトは、まだここに用があるようで、
「私はまだこの人間に聞きたいことがある。おまえらは勝手に遊んでくればいい。遊び終わったらそこのロビーに戻ってくるんだぞ。間違っても勝手に次元エレベーターには乗るなよ。行っていいのは、2階と地下1階だけだ」 それだけと言うと、何やら青年と話し始めてしまった。
「じゃぁ、2階のカフェテリアに行きましょう。そこに行けば、私とイオリ君が、も~っとも~っとラブラブになれる素敵な仕掛けがあるのよ~」とリリス。
「地下のバーチャルトレニーングシステムで遊ぼうぜ! SSランクのモンスターを倒すと、超豪華オプションがゲットできるんだよ」とステラ。
二人とも遊ぶ気まんまんだ。しかもなぜかバベルの内情に詳しいようだ。リリスはともかく、初めてきたはずのステラまでここの情報に通じているのは釈然としないが、たぶん食べてしまったIDカードのサポート機能を利用しているのだろう。
さて、どうするべきか。周りを見渡すと、数は少ないがロビーには何人かの人たちがいる。彼らがどういった人間なのかも気なるところだ。彼らはドリームウォーカーなのだろうか。それにしては妙に生気に欠けるような気がする。それに使い魔とかいうのも連れていない。
などと僕が考えているあいだに、ステラが、
「いやだ~ 絶対にバーチャルシステムで遊ぶんだ~~」と叫んだかと思うと、そのまま肩から飛び降りて階段のほうへ走って、下へと続く階段を降りて行ってしまった。IDカードがないと施設は使えないのだ。もうステラの言うとおりに、まずはバーチャルシステムとやらで遊ぶしかないだろう。僕とリリスは地下1階へと降りていくことにした。
地下1階は、アミューズメントパークにあるような施設が幾つもあって、それらがたぶんトレーニングマシン、または純粋な娯楽施設になっているのだろう。ぐるっと見回していると、まるでコロシアムを模したような建物の前で、「お~い お~い」とステラが叫んで呼んでいる。近づいていくと、ステラが得意そうにそのシステムの説明を始めた。
「ここがバーチャルトレーニングシステム・テリトリーファイト、通称〈超戦士たちのコロシアム〉だ。ここではスピリットが持つ力の使い方を学習することができるんだ。バベルでは、ここで戦闘の仕方を学んでから次元エレベーターに乗って旅立つことを推奨している。だって、ただの人間が訓練もなしに夢の世界に旅立っていったら、それはもう完全に自殺行為と同じだからね。マスターも、ここで力の使い方を覚えたほうがいいと思うよ。マスターの力なら、本当なら赤鬼なんか簡単に倒せなきゃいけないはずだったんだ。あんなんじゃ、次はきっと生き残れないぜ。それにこのトレーニングシステムは、アトラクションも兼ね備えていて、達成度に応じて景品も出るんだぜ。Cランクのモンスターを討伐すれば景品はビックリどっきりハンマー、Bランク討伐ならスーパー傷薬ポーションタイプ3回分、Aランク討伐なら戦士の剣スピリットバースト、Sランク討伐なら戦士の仮面マスクドライダー、そしてSSランク討伐なら戦士の証ディメンジョンパスポートをゲットできるよ。オレがサポートするからさ、マスター! 挑戦してみようぜ!」
そう言うと、ステラは再び僕の左肩に這い登ってきた。ここが彼の定位置ということか。まぁ、サポートしてくれるのなら、そこが調度いいだろう。バーチャルトレーニングというくらいだから、きっと危険はないはずだ。豪華版の体感戦闘ゲームといったところか。
「OK! まずはそのビックリどっきりハンマーでもゲットしてみるか。こう見えてもゲームならけっこう得意だ」
僕はステラを乗せたまま、〈超戦士たちのコロシアム〉へと足を踏み入れた。僕が入り口を通り抜けると、後ろで静かに出入り口が閉じ、室内には3D映像が映し出される。振り返ると、そこにはリリスがいないばかりか、出入り口がどこにあるのかすら分からなくなっていた。
「ゲームの細かい設定はオレに任せろ! マスターは、ただ襲ってくる敵を倒すだけでイイ」
それだけ言うと、ステラはボイスとマインドでバトル設定を入力しはじめた。「市街・・・」「3・・・」「・・・SS」の言葉がかろうじて聞き取れた。
え!? SS??? まさか・・・
そのとき、室内の3D映像は市街地に切り替わり、自分がまるで街の中に瞬間移動したような気分になる。そしてバトル開始のアナウンスが流れ始めた。
「ウェルカム トゥー バーチャルトレーニングシステム テリトリーファイト レベルSS アー ユー レディー?」
どうしてアナウンスが英語なんだろう? と僕が考えている間に、ステラはゲーム開始を宣言してしまう。
「ゴーーーーーー」
こうして、いきなりレベルSS設定による戦闘訓練が始まった。このときの僕は、この訓練がいかに危険なものであるかをまだ理解していなかった。