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夢の迷宮  作者: Miyabi
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第5章 バベル (8)

「ねぇ~ そんなことより早く遊びに行こうよ~」とリリスが、後ろで僕の袖を引っ張る。それどころか、

「彼の名前は伊藤伊織クンだよ。ちゃんと登録しておいてね。登録すれば、バベルの中のアトラクションは何でも自由に遊べるんだよね~」と、リリスは勝手に話を進めていく。

「おい! バカ女! 何勝手なことをしてるのだ!」とムーンライトが横で騒ぐが、リリスは猫を完全に無視だ。受付の青年は、僕のほうを向くと、ゆっくりと丁寧な口調で確認の問いかけをしてくる。

「それでは伊藤伊織さま、あなた様をバベルの利用者様として正式に登録してよろしいですか? なおご登録されたとしても、当方が伊藤様に何かの義務や代価を要求することは一切ないので、どうぞご安心ください。ただバベルの施設や次元エレベータの使用で必要となるお客様のデータを、当方で管理させていただくだけです。伊藤様がご了承くだされば、手続きに関しては全てニムロデが自動で処理させていただきます。登録してもよろしいでしょうか?」

 突然の展開に、僕にはどうしていいものかも分からない。しかし登録するだけであれば、特に問題が生じることはないようだ。勝手なことをして、あとでムーンライトに怒られそうだとは思ったが、僕は思い切って登録してみたい気分になっていた。ここは夢の世界なのだ。何かにおびえながら、ビクビクしているだけの冒険なんて、まったく楽しくない。僕はこの世界をもっともっと楽しみたいのだ。それに先に進むのに登録が必要なら、それを拒む理由はないだろう。

「では、お願いします。僕の名前は伊藤伊織で間違いありません。バベル利用者として登録してくれて結構です」と、僕ははっきり宣言した。

「かしこまりました。では現時点をもちまして、伊藤伊織様をバベルの正式な利用者様として登録いたします。認証処理は全てニムロデがおこないますので、伊藤様はこちらのカードをお持ちくださるだけで結構です」

 そう言うと、青年は僕に1枚のカードを手渡す。それはATMで使うキャッシュカードを真っ黒にしたようなカードだった。僕の後ろではムーンライトがさっきから騒がしく文句を言い続けている。お小言は後でたっぷり聞くことにして、僕は話を進めることにする。青年の説明は更に続いた。

「そのカードの中央に手を触れますと、カードは自動的に伊藤様のスピリットに同調し、伊藤様専用のカードに変容します。世界にたった一枚だけの伊藤様のカードとなるわけです。カードは、バベルの施設を利用するのに必要なだけでなく、利用者様の行動をサポートする便利な機能もいくつか備えておりますので、是非とも利用してみてください。カードの詳しい利用法は、カードのAIを作動させれば、必要に応じてカードが直接指示してくるので便利です」

 僕はさっそくカードの中央に触れてみる。するとそれまでただ黒かっただけのカードは、ゆっくりとメタリックな金色に変色していく。カードはキラキラと輝いていて、とてもオシャレだ。しかもよく見れば、うっすらと光の線で模様が描かれていて、どうやらそれは、星、月、剣、女性の姿をかたどった四種類の紋章のようだ。それを見ていた受付の青年は、何かに驚いた様子で、「おおっ」と小さく声を漏らしている。たぶんスピリットの同調とやらはこれでOKなのだろう。次は確か、AI機能の作動と言ってたような・・・、と思った瞬間、僕の心に反応したのか、カードのAI機能が作動する。突然、僕の目と耳と心、三つの感覚に対して同時に情報が伝わってくる。

「スピリットの同調完了。スピリットの分析完了。ニムロデへのデータ送信完了。人工知能の作動開始。伊藤伊織のサポートを開始します。初期設定の入力モードに入ります。コミニケーションスタイルの設定は、ワード、ボイス、マインドの三種類から一つを選択してください。性格設定は、コマンダー、ファザー、マザー、ラバー、フレンドの五種類から一つを選択してください。また形態設定は、カード、ペンダント、リストバンド、フェアリー、モンスターの五種類から一つを選択してください」

 三つの項目それぞれに初期設定があるらしい。コミニケーションスタイルとは、さっきから僕の目にチラついて見える文字情報と、耳に聞こえてくる音声、それと脳に直接響いてくるテレパシーのような共感作用らしい。一番落ち着くのはやはり音声だろう。そう思った瞬間、カードは僕の意識を読み取ったようだ。

「コミニケーションスタイルは音声モードを基本に設定します」とカードから音が響いてくる。

 次は性格の設定だが、両親は最初から除外だ。なんだか家にいるようで冒険気分が壊れる。恋人も却下だ。なんだかこれ以上、そんなのが増えたら疲れそうで不安だ。残るは上官と友達・・・。やはり無難に友達が良いだろう。

「性格はフレンドリーに設定しておいたぜ!」とカードからの音声。さっそく友達モードだ。

 残るは形態。僕の脳裏には、さまざまな形がイメージとして浮かび上がってくる。どうやら音声モードを基本にしても、適当と思われる二次情報は、文字やイメージでも伝えてくれるらしい。ということは、カードへの命令は音声だけでなく、マインドでの命令も可能ということだ。さて、どんな形にすれば良いか悩ましいが、形が具体的にイメージされるので選ぶのは楽でいい。フェアリーにはディズニー映画に出てくる可愛らしい姿のものや、日本のコロボックルのようなもの、更にはゴブリンのようなものまでさまざまに選択可能だ。モンスターにいたっては、フェニックス、ドラゴン、スフィンクス、玄武などきりがない。う~む、どうせなら夢気分いっぱいに、フェアリーかモンスターあたりか・・・。

 このとき僕は、ふいにステラのことが気にかかった。カードの性格設定は友達モードで設定してある。それならば、ここは天涯孤独のステラの友達にもなれるようなモンスターを選ぶべきだろう。なんと言ってもステラは孤独なのだ。仲間だって欲しいはずだ。となれば、やはりここはドラゴンだ。なんだかトカゲっぽくもないような形をしている。

「形態はドラゴンだ!」

 僕がそう宣言するとカードは形を変え、ステラの大きさの半分にも満たない小さな黄金のドラゴンになる。サイズこそ小さいが、金色に輝くドラゴンには迫力がある。しかもその輝きは眩しいほどだ。黄金のドラゴンは空中を滑るようにして舞い上がると、僕の左肩のところで停止した。そこにはさっきから僕の肩に乗っかっていたステラがいる。二匹は互いをじっと見つめ合っている。二匹はきっと良い友達になれるだろう。左肩にステラ、右肩にドラゴン、なんていうのもカッコイイかもしれない。しかし僕の勝手な予想に反して、金色のドラゴンから発せれた言葉は衝撃的なものだった。

「おい! そこをどけよ! 汚らしい手乗りトカゲ!」

 そして、これを聞いたステラの行動は、更に衝撃的だった。

 パク!

 え!! (受付の青年)

 なに!!! (ムーンライト)

 よせ~~~!!!(僕)

 だが全てはもう手遅れだった。ドラゴンの言葉を聞いた瞬間、ステラは大きく口を開いたかと思うと、まるでカメレオンのごとき速さでドラゴンをパックリと食べてしまったのだ。僕らが驚いて声を上げたときには、すでにドラゴンはステラのお腹の中だった。その後、僕がこの金色のドラゴンを見ることは二度となかった。



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