第5章 バベル (7)
バベルのフロントにいるのは、見た目二十代後半の彫りの深いハンサムな男性だった。どうやら日本人ではなさそうだ。僕らが近づいていくと、彼は、にこやかに微笑みながら、「ようこそいらっしゃいました」と声を掛けてくる。その素敵な笑顔に安心した僕は、おずおずと彼に話しかけてみる。
「あの~ ここに来るのは初めてなんですが、ここってバベルでいいんですよね? もし差し支えなければ、ここのこと少し説明してくれますか?」と、僕はちょっとドキドキしながら聞いてみる。
「はい、このたびはようこそ〈バビロンタワー〉へいらっしゃいました。ここは間違いなく〈バベル〉の1階でございます。何かお分かりにならない点がおありになれば、何なりと遠慮なくお尋ねください。わたくしの知識の及ぶかぎりでよろしければ、喜んでご説明させていただきます」
物腰の低い、それでいて自信に満ちた落ち着いた口調で彼は答えた。まさに超一流のホテルマンそのものだ。
「ありがとう。じゃぁ、お言葉に甘えてお聞きしますが、まずはこのフロアの説明と、この建物が何なのか、僕に分かるように教えてくれますか」
「了解いたしました。それではまず、このフロアのご説明からさせていただきます。このフロアはバビロンタワーの1階に当たるスペースとなっております。ここは本来、バビロンタワーの入り口、つまりはエントランスフロアでございますが、四千年以上も前、タワー全体が時空移動して以来、外の空間からは遮断されております。したがいまして、この階もエントランスフロアとしての機能は、現在失われており、正面の出入り口を使用しても、ガラスのすぐ向こうに見える場所へは行けないのでご注意ください。またそちらにございますロビーは、お客様がたの待ち合わせ場所、あるいはご休憩の場所となっております。どうぞ自由にお使いくださって結構です。ロビー横に設置してあるコンピューター端末は、バビロンタワー全体を管理する量子コンピューター・ニムロデとつながっていて、こちらもお客様であればご自由に使うことができます。なおその際は、バビロンタワーの正式なお客様としてご登録いたしますので、わたくしの方へ、どうぞ一声お掛けくださいませ。そしてもし正式にご登録くだされば、正面中央に見えます時空エレベーターも自由にお使いくださって結構です。またエレベーター横の階段を使えば、どなたでも二階と地下一階に自由に行くことができます。地下一階には、様々なアトラクションが用意してありますので、娯楽、またはトレーニングにご利用ください。また上の階の二階には、カフェや土産物コーナーなどもございますので、お楽しみくだされば幸いです。
次にこのタワーの説明に入りますが、このタワーが完成したのは、現在より4518年も前に遡ります。建設にはおよそ120年の歳月を要し、このタワー全体を管理する量子コンピュータ・ニムロデも、今は失われしエデンの知識と技術をもとにして作られました。このバビロンタワー建設の目的は、神が存在するとされる天空の世界、すなわち階層世界の果てにある次元まで到達することを目的にしています。つまり、このタワーの地上3階より上、また地下3階より下の階は、すべての階が異なる階層世界とつながって存在していて、ニムロデが起動し、次元エレベターが使用可能になることで、ガイア、すなわち現実世界とエデンには通路ができて、人々は自由にその往復が可能になるはずでした。しかし何者かの干渉により、ニムロデが起動した瞬間、バベル1階のエントランスは現実世界から遮断され、現実世界から存在が消えてしまったのです。現実世界の古い文献に出てくる〈バベルの塔〉、完成することなく崩壊し、神の怒りに触れて消滅したとされる塔、それこそがまさにこのバベルのことなのですが、実際には消滅することなく、このようにして今も存在しております。外壁のガラスの向こうには、こちらからは今もあのようにして現実世界を見ることができます。しかし現実世界からは、このタワーは存在しておらず、見ることも触ることもできません。
以上が、このフロアの説明、およびこのバベルの説明となります。もしお客様が、更に詳しくお知りになりたければ、バベルの正式なお客様として、是非ともご登録くださり、量子コンピューター・ニムロデのご使用をおすすめいたします」
エデンとガイア。僕は再びその名前を聞くことになった。それは偽りの神話にでてきた二つの世界の名前だ。神により創られた最初の世界エデン。そして英雄によって創られた新世界ガイア。目の前にいる青年の話が真実ならば、エデンとは神がいる世界であり、ガイアとは我々が住む現実世界ということになるのだろうか。