第5章 バベル (6)
不毛な会話がしばらく続いた後、二人と二匹は結局何の共通理解も得られぬままに、とりあえずどこかへ遊びに行くことで話は合意した。しかしこの世界のことを何も知らない僕とステラは、どこへ行くにせよ、ムーンライトとリリスの意見に従うよりほかはない。リリスの正体や現実世界に来た理由など、彼女とは、じっくり話し合う必要がある。しかしリリスの様子からして、彼女がそれを正直に語るとは僕には思えなかった。
どこへ行くか、しばらく女性二人の言い争いが続く。しかし最後は、リリスが言った次の言葉で、話は決着する。
「ムーンライト。あなたは知ってるかしら。バベルの次元エレベーターを利用すれば、階層世界の次元を一気に越えて時空移動ができるのよ。子猫ちゃんは確かどこかの世界に行きたがってたようだけど、この機会を逃してもいいのかしら。バベルへの入り口を、もし自力で見つけるとなれば、子猫ちゃんにはあと何百年位かかるのかな~」
「・・・ ・・・
・・・ ・・・
・・・ ・・・
あ~、 まぁ~、うん、そうだな、よく考えてみれば、バベル見物も、こやつの良い勉強になるかもしれん。うん、そうだな、今日はバベルに散歩も悪くないような気がしてきた。まぁ、どうせただの散歩だ・・・」という、妙に空々しいムーンライトの了承により、ちょっとお出かけツアーは〈バベル行き〉に決定する。
「それじゃぁ意見の一致を見たところで、さっそくバベルのグラウンド0に案内するわね。イオリ君は私と手をつないでね。ギュ~っと強くだよ。ステラちゃんは、私かイオリ君の肩に乗っかっててね。子猫ちゃんは来てもこなくてもどっちでもいいわ」 リリスはそう言うと僕の手を引っぱって、うれしそうに歩き出す。その移動は例のごとくに一瞬だ。数歩歩いて気がつくと、既に僕らは巨大なフロアの中にいた。ほとんど瞬間移動だ。
あっけに取られながらも辺りを見回す。そこは巨大ビルディングのエントランスのような構造になっていて、中央にはエレベーターと階段とロビー、それにフロントがあって受付嬢のような人もいる。ほとんど人影がないことを除けば、そこは豪華なホテルのエントランスにしか見えなかった。外壁は総ガラス張りになっていて、ガラス越しに外の景色がよく見える。驚いたことに、外の景色は現実世界の都市の様子にしか見えず、日差しが強くて、ガラスの外はとても暑そうだ。ただ普通と違うのは、道を歩いている人の群れが、誰もがターバーンやスカーフを巻いていて、アラブ系人種のように見えるところだろう。誰もが忙しそうで、こちらの様子など気にすることなく普通にガラスの向こうを通り過ぎていく。
「さぁ、着いたわ。ここがバベルのグラウンド0、つまりはバベルの1階よ。外壁のガラスの向こう側は現実世界だけど、次元断層があるから外には出られないの。地下1階と地上2階にはそこの階段を使えばすぐに行けるわ。でもそれ以上先の階へ進むには、バベル中央にある次元エレベーターを使うのが便利よ。もちろん各フロアには階段もあるけど、場所が不規則だし、フロアごとに次元が違うから油断してると危険もあるわ。つまりこのタワーの地下1階から地上2階まではどこを歩いても安全だけど、それ以上先に行くなら要注意ってこと。でもイオリ君とステラちゃんは、私が守ってあげるから安心してね。フロントに聞けば、バベルの詳しい説明だって聞けるし、1階のロビーには量子コンピューター・ニムロデの端末もあるから遊んでみて。それと2階にある〈恋人たちのカフェテリア〉は、今回のデートの目的地だから、イオリ君は後で絶対に、私と一緒に行くこと!」
う~む、あまりもザックリすぎる説明だ。リリスの説明だけじゃ、僕にはここが何なのか、さっぱりわからない。バベルという名前から察すると、旧約聖書に出てくるあの有名な〈バベルの塔〉と何か関係があるのだろうか。外には現実世界そのままの光景が広がっているし、中は普通の豪華なホテルにしか見えない。ここは本当に夢の世界なんだろうか。まずはフロントに行って、詳しい情報を得ることにした。