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夢の迷宮  作者: Miyabi
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第5章 バベル (3)

「そうね。この指輪のことを何も知らないイオリ君には、まだ話の全体像が見えてこないのかもしれないわね。じゃぁ、この写真を見て」

 そう言うと、江国は一枚の写真を取り出した。L版のモノクロ写真には、軍服を着た男の姿が映っている。その男の顔には見覚えがある。歴史に明るいとは言えない自分でも、その男がかつて世界を震撼させたドイツの独裁者、アドルフ・ヒトラーであることはすぐにわかった。

「彼こそは、かつてドイツのフューラー(総統)として、世界に覇を唱えんとしたナチス党首のアドルフ・ヒトラー。ドイツのアーリア民族の優秀性を訴え、そのナショナリズムを巧みに利用しながらユダヤ人を弾圧した人物としても有名ね。一説によれば、ヒトラーのホロコーストによって殺害されたユダヤ人の数は、一千万人を下らないとも言われている。まさに二〇世紀最悪の、悪魔のような独裁者だったと言えるわ。でもこの写真で良く見てほしいのは、彼の左手薬指にはめられた指輪のこと。良く見て。ね? 似てるでしょう? この指輪に。というか実は同じものなの。リリスさんが持っていたこの指輪こそが、〈フューラーの指輪〉として一部の者により知られ、ヒトラーの死後七十年以上にもわたって行方ゆくえがわからなくなっていた指輪なの。

 ところでイオリ君は、ちょっと古い映画だけど、〈インディー・ジョーンズ〉シリーズは見たことがあるかしら。映画の中では、〈聖杯〉と呼ばれる奇跡のマジックアイテムをめぐって、主人公のインディー・ジョーンズがナチスの〈聖杯〉探索者たちと闘うことになるわ。これは歴史的に見ても実際に起り得た話で、ヒトラーは第二次大戦末期の頃になると、世界各地に部隊を送り込んで、聖遺物や魔道具の収集をおこなっていたの。彼はその呪術的な力が戦争に利用できると考えていたのね。歴史学者たちの見解では、大戦の戦局が不利になったヒトラーは、既に理性的な判断力を失っていたとするのが一般的な見方だわ。けど、実際には違う。戦局が不利になり始めたからこそ、彼は理性的に判断して超科学の力にすがったの。彼は科学を超える力が世界に存在することを知っていた。

 そう。この指輪こそが、フューラーが使用していたマジックアイテムの一つなのよ。フューラーは、この指輪の力を使ってドイツ国民の心を掌握しょうあくし、国民の圧倒的な、まさに熱狂とも言うべき支持を得て、世界に覇をなさんと戦局を拡大していった。この指輪には人の心を操り、自身に絶対のカリスマを与える力がある。もしこの指輪を現代に使えば、そう、たとえばインターネットを利用して、その力を世界に向けて使えば、いったいどれほどのことができるか想像すらつかない。これはそういう指輪なの。

 この指輪がどれほど危険か、あなたも既にその力の一部を見ているはず。私が気づいただけでも、リリスさんはこの指輪の力を四回以上は使っていた。イオリ君にも思い当たるふしがあるはずよ。周りにいた生徒達が、まるで集団ヒステリーにでもなったかのように、突然様子がおかしくなることが何度かあったわ」

 覚えている! ここ最近、確かに周りの生徒たちの様子がおかしかった。学食での出来事や、学力順位の発表のときなど、確かに異常なことが何度もあった。しかもそれだけじゃない。僕はこの瞬間になってようやく分かったのだ。夢の世界から、九十年以上前に持ち出されたあの指輪の行方を。あの骨董品屋を訪れたという、画家を目指していた若者の正体を。老紳士の話を聞いた時に感じた、あのイヤな感覚が何を暗示していたのかを。

「彼は・・・、ヒトラーは若い頃、画家を目指していたんだよね・・・」

 僕は、ただ確認のためだけに言葉を発していた。その答えは聞くまでもないことではあったが・・・。


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