第4章 闇黒の瞳 (25)
公園には五時ちょうどに着いた。
学生食堂では、出来杉・江国美咲・リリスの三人から、公園に行くのかどうかしつこく聞かれたが、もちろん僕は行かないと言ってある。三人にも、絶対に公園には近づかないよう強くクギをさしておいた。もし僕を気遣って公園に行っても僕はいないし、それどころか山田に見つれば、とばっちりで何をされるかも分からない。だから絶対に公園には行かないよう言ってある。僕もわざわざ来る必要は無かったのだが、残念なことに公園は僕の帰り道の途中なのだ。わざわざ遠回りをして家に帰れば、それは意識して逃げたことと同じになってしまう。だから僕は山田に会いにいくことにしたのだ。いや、あるいはそれも言い訳なのかもしれない。僕はなんとなく、山田との揉め事がこれで最後になるような予感がしていた。何か根拠があるわけではない。しかし、なんとなくそう思ったのだ。それにいつまでも山田と揉めているわけにもいかない。山田もそう思っているはずだ。たぶん山田良治は格下であったはずの僕に対して、意地になっているだけなのだと思う。僕は山田に対して何かをする気はないし、これからも格下でかまわない。もちろん山田のカツアゲに応じる気はないが、それ以外に山田が何をしようが僕には関係の無いことだ。ただそれだけを伝えたくて、公園に来たのだ。このまま揉め続けても双方の利益にはならないだろう。
公園は青葉台駅から徒歩五分ほどの場所にあって、駅近くにある公園にしてはかなり広い。入り口周辺にはいくつものベンチが置かれていて、昼時にはサラリーマンの休憩場所としても人気だ。しかし駅から反対側の奥まった場所にはかなりの数の木々が生い茂っていて死角となる場所も多く、夕方以降、人気が無くなると、一人歩きの女性や子どもたちはあまり近づかない。僕が公園に着くと、指定された公園奥のベンチには既に山田が待っていた。
「逃げずによく来たな」と山田。気のせいだろうか、山田の目つきが異様に険しい。山田は抑揚のない妙にさめた声で話し続ける。
「ここ最近、キサマにはコケにされっぱなしだが、もうそれも面倒になってきた。今日で全部終わりにしよう。そう思ってキサマを呼んだんだ」
なるほど、目的は僕と同じだ。だったら話は簡単だろう、と僕が一瞬そう思ったのは完全な間違いだった。山田の話は、僕の予想を裏切る方向へと進んでいく。
「いいか、伊藤。オマエはこれから俺の言うとおりにするんだ。反論は一切許さない。おっと、まだ何もしゃべるなよ! 人の話は最後までよく聞くもんだ。まず俺からの要求を言う。聞き終わったら、オマエはただ「ハイ」とだけ言えばいい。それ以外の答えはなしだ。まずはその前に、オマエの他に誰もいないか確認しなくちゃな。成山! 杉下!」
すると山田に呼ばれた成山と杉下の二人が、生い茂った木々の陰から姿を現した。意外というか、やっぱりというべきか、成山の横にはリリスがいて、逃げられないよう腕がしっかりと握られている。
「イオリ君、ごめんね。イオリ君が心配で見にきて隠れてたんだけど、見つかっちゃって」とリリス。
夢の中のリリスとはずいぶんイメージが違う。彼女の正体はもっと危険で邪悪な存在に思えたが、いま目の前にいる少女は、まるで力の弱い普通の女の子だ。現実世界の彼女は、もしかしたら普通の人間とあまり変わらないのかもしれない。
「やっぱりだな。卑怯なオマエのことだ、いざとなったら携帯電話で警察でも呼んでもらおうとか思ってたんだろう。駅前の交番からなら、ここまで三分だもんな。きっと誰か連れてくるだろうと思って、杉下と成山に見張らせておいたんだ。だがまぁ、佐藤もいるならちょうどいい。
じゃぁ、話を始めるか。伊藤、俺からオマエへの命令は、これから先、オマエは何があろうと俺の命令には絶対服従だ。これが一つ目の命令だ。二つ目は、キサマが学力試験のときに使ったイカサマの方法を俺にも教えること。そしてオマエはそのイカサマを二度と使うな。頭のいいエリートは俺だけで充分だからな。そして三つ目は、そこにいる佐藤莉理栖を俺の彼女として差し出せ。これが俺からキサマへの命令だ。もしイヤだと言ったら、お前を殺す」
山田はそう言うと、服の内側に隠し持っていたナイフを取り出し、鋭い刃先を僕のほうに向けた。
どうやら僕は完全に誤解していたらしい。山田はすでに正常な理性を失っていたのだ。双方の利益とか、甘いことを考えていた僕がバカだったということだろう。何が山田をここまで追い込んでしまったのか、僕にはまったく分からなかった。しかしもしここにあの江国美咲がいたなら、きっと彼女は山田の言葉を分析し、彼を狂わせたものの正体が、僕への激しい嫉妬であることを簡単に見抜いていたに違いない。なぜなら山田の出した命令とは、すなわち山田自身が伊藤伊織の立場と入れ替わることに他ならないのだから。