第4章 闇黒の瞳 (23)
四時限目終了のチャイムが鳴っている。昼食の時間だ。
学力試験の翌日、つまり今日、僕は江国美咲に昼食をごちそうする約束になっている。しかしさすがに江国美咲と二人だけで学食に行くのは人目を引くだろう。だから、朝、出来杉英才も昼食に誘っておいた。野比伸太にも声をかけたが、昼休みは図書館で用事があるらしく、「またの機会に」といって体よく断られた。
僕が江国美咲と共に教室を出ようとしていると、リリスが見逃すことなく声をかけてくる。
「あ~~ 美咲ちゃんだけお昼に誘うなんてズル~~イ イオリ君、ズルイズルイズル~~イ!」
何がどう「ズルイ」のかよく分からないが、とにかく僕は「ズルイ」らしい。
「どうして私を置いてっちゃうの~ イオリ君は~ 私みたいなカワイイ彼女をもっとも~っと大切にしないとダメなの。美咲ちゃんとだけでお昼ごはんだなんて、ズル~イ。イオリ君、ズル~イ」
やっぱり何がズルイのかは分からないが、「イオリ君」「ズル~イ」を連発してくる。しかもリリスの「ズル~イ」攻撃はまだ終わる気配がない。
「イオリ君と美咲ちゃんだけが、こんどのAクラス仲間じゃないんだよ~。私だってこんどAクラスでイオリ君と一緒に勉強するんだよね。だから私も、お昼ごはん一緒に行きた~い。私だって、イオリ君と同じAクラスなんだよ~。そうじゃないとズル~イ。なんだか浮気されてるみたいでズル~イ」
つまりは、リリスも一緒に昼食に行きたいということらしい。もしここで断るとまた何か起りそうで怖い。なにせ僕とリリスは婚約者ということになっている。純情直情型の錦織修三がいたら、今度こそ本当に殴られかねない。仕方なく僕は、リリスも昼食に誘うことにした。僕と江国美咲、そしてリリスの三人は、教室を後にして学生食堂へと向った。
僕たちがいなくなった後の教室では、しばらくすると何人かの生徒たちがウワサ話を始めていた。
〈あの三人、後期からはAクラスの仲間入りだね。うらやましいな~ 彼らだけなんて、なんだかズルイな~〉
〈伊藤君って、カッコイイ人だったんだね。どうして今まで気が付かなかったんだろ~。でもリリスさんの彼氏だし、そう思うとなんかダマされてたみたいで、ちょっとズルイかも〉
〈伊藤がAクラスかよ! いきなり学年5位だもんな~ やっぱズルイよな~〉
〈どうして伊藤だけが、あんなに幸せなんだ。超美人の彼女だけでもズルイのに、成績優秀者だなんて、神様は不公平だよな~ 伊藤のやつ羨ましいよな~。なんだかちょっとズルくないか~〉
まるでリリスの「ズルイ」が伝染したかのように、「伊藤」「ズルイ」という感情が生徒達の中に広がっていく。彼らがそんなウワサ話で盛り上がる中、教室のスミでは、席に座ったままの山田良治が、ブツブツと独り言をつぶやいていた。
「そうだ! 伊藤だけっていうのは、どう考えたってズルイじゃねぇか! Fクラスの、しかもあんなイジられ野郎が、成績優秀者でAクラスだなんて、絶対に許せねぇ。俺がFクラスで、なんであいつがAクラスなんだ! 俺だってAクラスに上がって、みんなからスゴイって言われたい。みんなからカッコイイって言われたい。あいつがAで、俺がFだなんて、ありえねぇ。だがもっと許せないのは、あの佐藤莉理栖のことだ。佐藤莉理栖は俺の女になるはずだったんだ。佐藤莉理栖とイチャイチャするのはヤツじゃなくて俺のはずだったんだ! いつの間にか、江国のヤツまで伊藤にベッタリだ! クソッ、伊藤のヤツめ! アイツだけが女にもてて、俺は学校中から卑怯者呼ばわりかよ! 伊藤の野郎がヒーローで、俺が卑怯者だと! クソッ、どうしてだ! どうしてなんだ! 伊藤のヤツが何か変なことでもしているのか? クソッ、伊藤のヤツがうらやましい! うらやましい! うらやましい! うらやましい! くっそ~ 俺だってAクラスにいきたい! 俺だって佐藤莉理栖を恋人にしたい! なんで俺じゃなくて、アイツなんだ~ 全部あのクソ野郎のせいだ! このままじゃ済まさねぇ・・・ クソが・・・ 俺のほうが・・・ 伊藤の野郎・・・ 思い知らせてやる・・・ ウラヤマシイ・・・ ウラヤマシイ・・・ ウラヤマシイ・・・ ウラヤマシイ・・・ 殺してやりたいほどウラヤマシイ・・・ 殺してやりたいほどウラヤマシイ・・・ コロシテヤリタイホドウラヤマシイ・・・」
いつしか山田の心は、どす黒い嫉妬の感情に飲み込まれていった。