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夢の迷宮  作者: Miyabi
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第4章 闇黒の瞳 (20)

「おい! 伊藤! ここにいる青葉台のみんなはなぁ、誰もカンニングなんかしないで、正々堂々と試験を受けてるんだぜ。それをオマエだけがズルして、成績を上げたんだよな。どうせ女の前でイイかっことかしたくて、卑怯ひきょうなマネをしたんだろうが、オマエはここにいるみんなに対して、恥ずかしくないのかよ!」

 山田は、まるで正義の代弁者のように熱弁をふるう。「俺」と言わず、「みんな」と言うところが、山田の小賢こざかしさだろう。まるで、自分がここにいる「みんな」の代表だと言わんばかりだ。山田は、そういう悪知恵だけは実によく働く。横にいる杉下と成山が、山田の意見に同調しながら交互に僕を責め、僕に反論のスキさえ与えようとしない。

「そうだぞ! このカンニング野郎が! この場でみんなに謝れよ」

「恥ずかしいヤツだな~ カンニングで予想外にいい点取り過ぎて、大失敗ってか? 悪いことはできないよな~」

 杉下と成山の援護を受けて強気になった山田は、周囲の注目を浴びながらまるでヒーロー気取りだ。調子に乗った山田は、なんだか聞いているのもバカバカしくなるような演説を、いつ終わるともなく話し始める。僕としては、なるべく人目につかないよう、静かにこの順位発表をやり過ごすつもりでいた。しかしこのバカのせいで、今や学校中を巻き込んでの結果発表会になってしまった。なんだか最近、僕の知名度は急上昇だ。いったい誰のせいでこんなことになってしまったんだろう。目の前にいるこのバカのせいなのは勿論もちろんだが、その一方で、山田はただの道化ピエロでしかないような気もする。この状況に僕を追い込んだ真の黒幕、・・・、そう! それはリリスと江国美咲の二人だ。どうしてこんな事になったのかよく分からないが、二人の存在が結果的に僕をこの状況に追い込んでいる気がしてならないのだ。僕は山田の言葉を聞き流しながら、リリスと江国美咲の二人を目で探す。二人はきっとこの状況を、どこかで見ていると思ったからだ。僕は瞬時に周囲に目をやる。すると、いた! 山田の更に後ろのほうで、リリスは相も変らぬ美少女ぶりを発揮しながら、楽しそうな様子でこちらを眺めている。脅威の動態視力で僕の視線に気づいた彼女は、その瞬間、にこっと微笑んで僕に手を振る。口の形は、「ガ」・「ン」・「バ」・「レ」の形になって僕を応援しているようだ。こんな状況で見ても、やはり彼女は可愛い。たぶん何も知らない男子なら、誰もが彼女を好きになってしまうだろう。僕が更に目線を動かしてゆくと、校舎の非常階段の陰に、目立たないようにしながらこちらを見ている江国美咲を見つけた。彼女は腕時計を口元に運びながら、何やら話しているように見える。ただの腕時計に見えるが、もしかしたらあれはリストフォンか何かなのかもしれない。この学校では、リストフォンの使用は校則で禁止されていたはずだが・・・。

「おい! 伊藤! 人の話聞いてんのかよ!」

 山田の言葉で、僕は現実に引き戻される。まずは、この状況をなんとかすべきだろう。そろそろ山田の口を止めようかと思ったそのとき、援軍は意外なところから現われた。

「おい、君! さっきから彼のことをカンニング、カンニングって決めつけてるけど、何か証拠でもあるのかい!」

 突然、声をかけてきたのは、メガネをかけた丸顔の男子だ。どことなく少年っぽい顔つきと、まだ着崩れていない制服から判断して、僕と同じ一年生だろう。意外な伏兵ふくへいの登場にとまどっている山田に向って、彼は堂々と言い放つ。

「人のことを卑怯者よばわりしているんだ。もちろん、カンニングの証拠があって言ってるんだよね。カンニングで学年五位が取れるんなら、そんな方法、僕にも興味がある。いったい彼はどうやって、カンニングで学年五位が取れたのか、教えてくれないか!」

 メガネ君の指摘は、まさに正論だ。しかし、もしそれを僕が言ったら、きっとただの言い訳にしか聞こえなかっただろう。彼が代弁してくれて本当に助かった。

「お、おまえ、いったい誰だよ。伊藤の味方か? おまえもカンニングの仲間か?」

「僕が誰かなんてどうでもいい。でも知りたいなら教えてやる。僕の名前は1年Aクラスの野比伸太ぬいしんた。ちなみに僕は彼の味方でもないし、仲間でもない。それに、カンニングの仲間って、いったい何だ? 僕を侮辱するなら、このまま職員室にいって、先生にキミを処分してもらうぞ。僕はただ、キミの言動げんどうがあまりに一方的で見るに耐えない幼稚さだったから、つい口を出してしまっただけさ。さあ、そんなことより、この伊藤君がどんなカンニングの方法で学年五位になったのか、早く教えてくれ。ぼくはその方法に興味があるんだ」

 このメガネ君の質問だと、彼は僕を助けようとしているのか、カンニングの方法に興味があるのか、かなり微妙な気がする・・・。しかし彼の発言が、山田の痛いところを突いているのは間違いない。山田は一瞬ためらい、すぐにその矛先ほこさきを僕に向けてきた。

「おい! 伊藤! 早く白状しろよ! Fクラスのおまえが、カンニング以外で学年5位なんてあるはずないんだよ。おまえはどんな卑怯な方法を使ったんだ?」

「なら教えるよ」

 これまでずっと黙っていた僕が、ようやく話し出したことで、周囲の者全員が強く反応する。特に山田は僕が観念したと思ったのか、ウレシそうにニヤニヤしている。僕は一呼吸置いてから、そのまま話し続けた。

「まず試験に出そうなところをチェックするんだ。今回は学力試験で出題範囲が分からないから、中学3年と高校1年の教科書を全部だね。それを頭の中にバッチリ書きこんでおくんだ。コツは一言一句いちごんいっく、一文字も書き漏らさないこと。そして試験中は頭の中で教科書を見ながら、答えをそのまま答案用紙に書き写せばいい。ただそれだけのことさ。簡単だろ」

「ほらな~ 聞いただろ~ やっぱりコイツは教科書を見て、答えを写していたんだ!」

 勝ち誇った様子で山田が叫ぶ。その様子を見ていた二年、三年の上級生たちは、とたんに興味を無くしたのか、周囲から次々に離れていく。ざわめきの中から、「バカには付き合ってらんねぇや」という、つぶやきの声が漏れて聞こえてくる。このときになって、山田も僕が言った言葉の中身にようやく気づいたようだ。そしてメガネ君、いや、確かヌイとか名乗っていた彼、野比伸太が山田に向って言う。

「キミが話していたカンニングって、もしかしてこのこと? だったら僕はあまり興味ないや。残念ながら僕にはマネできそうにないからね。でもきっとキミならマネできるんだろうね。この方法なら先生にも絶対バレないから、キミも学年五位を目指してみたらどうだい。じゃぁ、僕はもう行くね」

 それだけ言うと、野比伸太は興味をなくしたらしく、もはやどうでもいいような素振りですぐに居なくなってしまった。


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